表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第四話 -新たな刃-
19/321

読書家と猫


 沈みかけた太陽を直に見て、夕方だったなと実感する。当たり前の感覚を噛み締めながら、片羽唯は街を歩く。この外出許可がリンなりの気遣いなのか、ただ単に炭酸水を切らしたのかは分からなかったが。ありがたいことに変わりはない。

 外に出てから知り合いにあったらどうしようとか、右腕がないという時点で目立つのではとか不安になってきたが。一先ず、炭酸水を確保しておこうと足を進める。

 最初はいつものコンビニに向かおうとしたが、顔馴染みの店員がいるかも知れないと気付いたのだ。少し考え、唯は商店街を通って普段行かないコンビニを目指した。

 都市再開発の煽りを受け、元々寂れかけていた商店街はしっかりと寂れることになった。しかし、寂れる前も寂れた後もお世話になっていない場所であり、顔馴染みも当然いない。我ながら完璧なのではと考えていたが、とある古本屋を通りがかった時に完璧などないと知った。

「あ」

 唯は立ち止まり、挙げ句の果てに声を出してしまった。

 古本屋、その店先に座りコーヒーを啜っていった金髪少女が、こちらをじろと見る。

「あ。あんた知ってる」

 少女はぽつりと呟く。色白の肌にくせっ毛の金髪、眠たげな碧眼に白のジャケットとくれば、該当人物は一人だけだ。

 そして、その横に立っている金髪で白のコートを着た青年もまた、しっかりと顔馴染みの相手だ。

 左腕がないその青年は、右手だけで器用に文庫本のページを捲っている。その目がこちらを捉え、三人の間に沈黙が広がっていく。

 唯はポケットの上から、防犯ブザーの感覚を確かめる。いざとなればこれを使えばいいのだろうが、びっくりするぐらいに敵意はない。もっとも、金髪少女は黙ったままこちらをじっと見ているし、左腕がない青年も無表情のままこちらを見ている。敵意どころか、何を考えているのか全く分からない。

 重苦しくもない妙な沈黙の中、左腕がない青年が咳払いをした。

「やあ友よ。一年振りの再会だ、積もる話も沢山あるだろう?」

 そして、無表情を貫いたまま青年はそう切り出した。機械音声を思わせる棒読みに、えらくフレンドリーな内容と、正直気味が悪い。

 一歩後ずさり、困惑の表情を浮かべた唯を見て、青年はふむと呟く。

「違うのか。本の通りにはいかないものだな」

 青年はそう言うと、心なしか残念そうな様子でページに目を落とす。再度読書を再開した青年を前に、唯は込み上げてきた感情をとりあえず処理することにした。

「まず友かどうか関係性が微妙過ぎるよね? 一年前に俺達会ったっけ? 積もる話は……まあそれなりにあるのかな」

 聞きたい事、というカテゴリーなら。それこそ沢山積もっている。

「あるのか。今なら答えてやれるぞ」

「本読んでるのに?」

「可能だ」

 可能というのなら質問させて貰おう。そう考えながらも、唯は金髪二人組と一定の距離を保つ。いきなり首根っこを掴まれたりしないようにだ。

 青年は立ったまま読書を続け、少女はその足下で座ってコーヒーを飲んでいる。急に襲ってきたりはしないと信じたい。

「えっと、まず確認したいんだけど。今この場で戦ったり、襲ってきたりはしないの? なんか、思っていたよりゆったり過ごしてるけど」

 そんな唯の言葉に、青年はこくりと頷く。

「現状の課題(タスク)にはない。この前も言ったが、レリクスの破壊命令は出ていない。察するに、情報収集の段階なのだろう」

 青年の言葉を補足するように、少女が口を挟む。

「一回で壊したりしたら、それ以上はデータが採れないでしょ。だからじゃない?」

 そういうものなのか、と唯は納得しようとする。とりあえず、敵意がない理由は分かった。

「君はゼロエイトとか呼ばれてたけど。あれ名前なの?」

「そこ気になるの?」

 唯の問いに、金髪少女が呆れ顔を浮かべる。

「ああ。俺はナンバー08(ゼロエイト)だ。プラトーでは、有用な実験体には数字が割り振られる」

 確かに、リンもそんな感じのことを言っていた。

「じゃあ、君も?」

 金髪少女にそう問い掛けるも、ぷいとそっぽを向かれた。

「彼女は08(ゼロエイト)用備品だ。元のナンバーは知らない」

 代わりに、ゼロエイトと名乗る青年がそう答えた。

「ゼロエイトにしても備品にしても、凄い呼びづらいんだけど。他に名前とかないの?」

 百歩譲ってゼロエイトは呼べたとしても、少女に向かってやあ備品、とかは言えない。

「俺はプラント産で、そういった個体識別名はない。彼女は」

「やめて」

 青年の言葉を、少女が強い口調で遮る。

「……名前なんて忘れた。大体、あんたがそれを知ってどうなるの。結局最後は戦うだけ。そこにいるナンバー08(ゼロエイト)は、プラトーの命令に逆らえない。逆らうって事すら知らない」

「知ってるが」

「うるさい馬鹿」

 苛立ちを隠そうともしない少女の様子を見て、唯は一人頷く。過去というのは、彼女にとっては地雷原にも等しい。おっかないし、踏み抜かないようにしよう。

「じゃあさ、プラトーの連中は何を考えてるの? アロガントみたいな化け物を作って、俺達みたいなレリクスも作って。この街をどうしたいの?」

 青年は少し考えるも首を横に振った。

「俺は課題(タスク)に従うだけだ。プラトーについては何も分からない」

「あたしはあんたの方が気になるな。プラトーに関係がないあんたが、フェイスやドールと一緒になって戦ってる。戦うの好きなの?」

 少女の問いに、唯は首を横に振る。

「好きとかじゃない。でも、リンに頼まれて。腕も、なくなったし。それに」

 なぜ戦うのか。直接的過ぎる問いを前に、唯はしどろもどろになるしかない。

 そうするしかなかった。だから腕を付けて、リンと戦う道を選んだ。それに、リンの意思は眩しい程に真っ直ぐで。自分がそうなれなくとも、その手伝いぐらいはしたくなる……そうなれなくとも。

「へえ。てっきり正義のヒーローとかに憧れるタイプかなって思ったんだけど。中身はすかすかなんだ」

 少女の顔には、言葉とは裏腹に嘲りや落胆が見て取れない。ただ思ったままを口にしているだけ……それ故に、空虚という感想が強く打ち付けられる。

 こちらの顔色を見て、少女自身もそれを感じ取ったのだろう。少し気まずそうな顔をして、残り少なくなったコーヒーカップに視線を落とす。

「悪口を言いたかった訳じゃない。あたし達が無理矢理やらされてることを、率先してやってるあんたが気になっただけ」

「俺は無理矢理という意識はないが」

「黙って本読んでなさいよ」

 ふむと呟くと、青年は右手だけでページを捲る。

「……読書、好きなの?」

 唯が小声で、少女に向かって聞く。少女はくすりと笑みを零すと、いつもの呆れ顔で溜息を吐いた。

「プラトーにいる間は、娯楽らしい娯楽なんかないから。朝このお店を見付けて、それからずっと。これもおじいさんに貰ったの」

 そう言って、少女はコーヒーカップをくいと持ち上げる。おじいさん、というのはここの店主だろう。店の奥に引っ込んでいる為姿は見えないが、二人の珍客を快く迎えているようだ。

「本というのは凄い。内側に別の世界が広がっている」

 青年の言葉は素っ気ないものだったが、文字を追う目は心なしか輝いて見える。

「問題があるとすれば、クソみたいな演技力で台詞を読み上げてくることぐらい」

 冒頭のやあ友よを食らっている身としては、少女の言葉に頷くしかない。

「それにね、こいつさっき」

 少女が話し始めようとした時、電子音が懐から鳴り響く。少女の顔が曇り、ジャケットの内側から端末を取り出すと画面を青年に見せる。

 青年は本を閉じ、それを棚に戻す。

「現れたようだな」

 青年がそう言うと、今度は唯の懐から電子音が響いた。リンからの着信だ。

 青年は歩き出し、少女が立ち上がってその背を追う。

「先程も言ったが。レリクスの破壊は課題(タスク)にない。だが情報収集は未だに継続中だ。その場にいれば、実行するしかなくなる」

 青年は立ち止まり、振り返る事なくそう言う。少女はこちらに視線を合わせ、何を言っているのか分かるでしょ、と目だけで伝えてくる。

 警告、或いは忠告……敵対している、だが完全な敵でもない二人を前に、唯は迷いながらリンからの着信を取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ