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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第三話 -装甲と剛槍-
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灰と白


 アロガントの破片が炎上し、夜を不気味に照らす。今この場で立っているのは、灰色の騎士と白の重装騎士のみ。

 唯とリンは、《ブランク》レリクスはゆっくりと後退する。騎槍を構え、じりじりと間合いを詰めてくる《アーマード》レリクスから離れる為だ。

「つまり、味方じゃないってこと?」

 唯の言葉はリンと、《アーマード》レリクスに対して向けられていた。

 《アーマード》レリクスは、足を止めて考える素振りを見せる。

「味方でも敵でもない。アロガントの殲滅は課題(タスク)にある。だが、レリクスは交戦に留めろと言われている」

 馬鹿正直に、《アーマード》レリクスである青年は答えた。そこにリンが口を挟む。

「研究目的って訳ね。プラトーの調整したレリクスが、貴方達ってこと?」

「そうなる。質問は終わりか?」

 《アーマード》レリクスは、再び騎槍を構えて歩き出す。

 間合いが縮まっていく。再度、リンが青年に向けて話し掛ける。

「実験体を外に出すなんて、貴方達は優秀なのね。ナンバーは一桁?」

「与えられた課題(タスク)を正確にこなせる人員が選ばれた。ナンバーは08(ゼロエイト)、話は終わりだ」

 《アーマード》レリクスが一歩踏み込む。同時に突き出された槍の穂先が眼前に迫り、《ブランク》レリクスは地面を蹴って大きく後退する。

「……唯、隙を見て逃げるしかない。相手はそれ用に調整された、戦闘用のレリクスよ。オペレーターはナンバー08(ゼロエイト)、一桁台の実験体は侮れない」

「俺だって、人間と殴り合いなんかしたくないよ」

 だが、と唯は言外に不安を付け加える。戦いについては素人の自分でさえ、背を向ければやられると分かるのだ。

 《アーマード》レリクスが突っ込んでくる。踏み込みながら突き出された騎槍、アーリーランスの穂先が再度迫った。

 《ブランク》レリクスは、後退しながら右腕と右足を引き、ボクシングの基本的な姿勢を取る。隙を見て逃げる為には、結局応戦するしかない。

 《アーマード》レリクスは、前後左右に間合いを調整しながらアーリーランスを振るう。斬撃軌道は横一文字、右に振るっては左に振るい、左に振るっては右に振るう。

 《ブランク》レリクスは身を屈めてやり過ごそうとするも、横薙ぎの連続には対応出来ない。両腕で防御しつつ、やはり後退するしかなかった。

 防御してるつもりでも相手は槍、重く相応に痛い。

「戦闘用、レリクスだから。槍も出せるって感じなのかな」

 一歩二歩と、《ブランク》レリクスは大きくステップを踏んで下がる。あの槍と対等に渡り合えなければ、そもそも勝負にならない。

「あれはバレルフェイザー。レリクトを武装に展開した物で、レリクスの基本装備なんだけど……」

 リンが口籠もる。だが、基本装備ならこちらも使えるという事だ。唯はリンの記憶から、必要な情報だけを掬い取る。

「レリクトを形に。こうか!」

 右腕にレリクトを集中、自然と浮かんできたイメージ……長剣を意識しながら、《ブランク》レリクスは直上に拳を突き上げる。中指根本にある銃口から、剣の柄を模したエネルギーが放出された。

 《ブランク》レリクスは、右手でそれを掴み実体化させる。しかし、眼前に持ってきたそれは、イメージした姿とは程遠い。

「なんで、折れて」

 イメージしたのは長剣、しかし手元にあるそれは、半ばから折れて先がない。ナイフ程度の大きさになってしまった剣身は、あまりにも頼りなかった。

「俺のやり方が違う? でも」

 唯が困惑する中、別の光景が脳裏に浮かぶ。走馬燈のように過ぎていくリンの記憶、その一つに、落胆し憤る研究者の姿があった。

 レリクトへの耐性は目を見張るものがある。だが弄り過ぎだ。ここまで因子が破壊されてしまえば、最早レリクスのガイドとしては使い物にならないだろう。貴重な実験体をダメにされた。成功しかけていたのに、失敗作を増やしただけだった。

 唯は頭を振り、その光景を振り払う。そして、もう一度手の中の折れた長剣を見遣る。

「……ごめんなさい。それは、私が」

 その先は言わなくていい。そう唯は強く念じる。リンにとっては、日常茶飯事な光景だったのだろう。何を言われても、リンの感情が揺れ動くようなことはなかった。

 だがそれでも。《ブランク》レリクスは、右手で折れた長剣を……ブロークンソードを握り締める。

「……唯、どうしたの?」

 こちらの感情の変化に気付いたのか、リンが気遣う時の声を出す。

「何でもない。少しやる気になっただけ」

 唯はそう答える。ブロークンソードを持ったまま、右腕と右足を僅かに引く。

 空気の変化を感じ取ったのは、リンだけではない。《アーマード》レリクスも、槍を構えて姿勢を低く保つ。

 放たれた矢のように、《ブランク》レリクスは駆け出す。真っ赤なツインアイが、《アーマード》レリクスの黄色く染まったバイザーを睨む。

 《アーマード》レリクスは、両手で構えたアーリーランスを横薙ぎに振って迎撃しようとする。

 可能な限り速度を維持したまま、《ブランク》レリクスは大きく弧を描くように動き、その斬撃から逃れる。《アーマード》レリクスを中心に、円を描くように走りながら間合いを詰めていく。

 しかし、容易に背後は取らせてくれない。その場でどっしりと構え、《アーマード》レリクスはアーリーランスで追い払おうと横薙ぎを繰り返す。《ブランク》レリクスは、高い位置のそれをスライディングで潜り抜け、低い位置のそれを跳躍し避ける。

「速いな」

 《アーマード》レリクスがぽつりと呟く。そして、ならばこれでどうだと言わんばかりにアーリーランスを振り下ろした。

 突然の縦斬りだったが、速度で上回っている《ブランク》レリクスには当たらない。しかし、地面に直撃したアーリーランスは、その地面をも砕いて爆散させた。

「ッ! くう!」

 衝撃に煽られ、《ブランク》レリクスは体勢を崩す。その隙を逃さず、《アーマード》レリクスはアーリーランスで突きを放つ。

 迫る槍の穂先を目で追いながら、《ブランク》レリクスは両足に力を込める。

「その突きを」

 《ブランク》レリクスは、右手に持ったままのブロークンソードを突き出す。

「待っていた!」

 唯は叫び、ここしかないと歯を食いしばる。《ブランク》レリクスは、迫るアーリーランスをブロークンソードで防ぐ。両手でブロークンソードを押さえ、槍に押し付けながら。《ブランク》レリクスは一気に間合いを詰めた。

 火花を散らしぼろぼろになったブロークンソードを捨て、格闘が活きる距離へ飛び込む。

 《ブランク》レリクスは槍を右脇に抱え、左手の拳を叩き込んで得物を弾く。互いに徒手空拳、未だに構えることすらしない《アーマード》レリクス目掛け、一気にラッシュを掛けた。

 ワンツーを叩き込み、右フックから左アッパー、だめ押しで右ストレートを、《ブランク》レリクスは一息に放つ。命中の度に《アーマード》レリクスは僅かに下がる。だが、下がるのみでダウンはしない。

 右の拳を握り込み、連撃を考えずに渾身のストレートを《ブランク》レリクスは放つ。相応の衝撃は走り、轟音が響く。しかし、《アーマード》レリクスはそこに立っていた。

「……効果的ではないようだな」

 《アーマード》レリクスはそう言い放つ。そして、見本を見せるかのように右ストレートを返してきた。

「ぐ……!」

 《ブランク》レリクスは両腕で防御するも、突き抜けてきた衝撃を殺しきれずに地面を転がる。起き上がり、黄色のバイザーと視線を交わす。それで終わりなのかと、そう言われているような気がした。

 《ブランク》レリクスは立ち上がり、肩で息をする。視界が揺れており、限界が近いことを何よりも雄弁に語っていた。

 《ブランク》レリクスは、左手で腰のホルダーからレリクト・シェルを一発取り出す。

「唯、これ以上は無理よ。レリクスを解除して、そうすれば」

「君が身代わりになって俺が逃げられるって? そうかい!」

 殆ど意地と根性だけで、唯は……《ブランク》レリクスは右腕にレリクト・シェルを装填した。右腕上部にあるフォアエンドをスライドし、右腕を大きく引いて構える。

「来るか」

 小さく呟くと、《アーマード》レリクスは左肘のボルトハンドルを前後に動作させる。左腕を引き、掌底の構えを取る。

 エネルギーの奔流が両者の腕を纏う。《ブランク》レリクスは右腕を、《アーマード》レリクスは左腕を。それぞれ極限まで引き、そして弾かれたかのように駆け出す。

 唯は感情のままに声を上げ、全霊を込めた拳を放つ。相手は何も言わず、ただ圧倒的な存在感を伴った掌底を打つ。

 空間が歪む。極大のストレートと、極大の掌底が示し合わせたかのようにぶつかり合う。決して混ざることのないエネルギーの塊同士が、空間を軋ませ轟音を生じさせる。 数秒間の拮抗……破壊だけを体現する純然なエネルギー達は、どこに届くこともなくその場で死を撒き散らした。

 《ブランク》レリクスは後方に吹き飛び、何度も地面に叩き付けられながら装甲を散らしていく。脱力した状態で地面を転がり、止まった時にはもう鎧は残っていなかった。灰色の光が瞬き、ボディスーツ姿のリンがアームドレイターから弾き出される。

「レリクスの限界値を超えるなんて。唯、唯!」

 自身もふらつきながら、リンは唯を揺さ振る。

 名前を呼ばれ、朧気だった意識に鞭を打つ。唯は目を開き、立ち上がろうとしたが出来なかった。唸り声を上げるも、痛みと血の味が込み上げるのみで何も出来ない。

 地に伏したまま、唯は《アーマード》レリクスの姿を見た。白い重装甲には、明確にダメージが入っている。だが、それでも奴は未だに立っているのだ。

 あれに殺されるのか。そんなことを考えていたが、《アーマード》レリクスは左腕のアームドレイターを外した。白の重装が消え、青年と少女が現れる。

 こちらの視線に気付いたのか、青年は口を開く。

「レリクスの殲滅は課題(タスク)にない」

 それだけ言うと、さっさと歩いて去ってしまう。金髪碧眼の少女もこちらをちらと見たが、何も言わずに歩き出した。

 唯は、再度起き上がろうと力を込める。しかし、やはりどうにも身体が動かない。せめてうつ伏せだけは何とかしようと左手で藻掻いていると、リンが手を貸してくれた。

 仰向けの状態になり、夜空が見えるようになる。頭が痛くないのは、リンが膝を貸してくれているからだろう。安堵してるような、はたまた不機嫌そうな。そんな表情をしているリンが見える。

「車の中で、何で《ブランク》なのかって、貴方聞いたでしょ。あれが答えよ」

 リンがそう切り出す。あれが答えと言われても。レリクスに変身しているのならともかく、今はこうして別々の思考で考えている。

「実験の影響で、私はレリクトへの耐性を得た。けど、度重なる実験で私の中は滅茶苦茶になった。レリクスのガイドとして、必要不可欠な因子が壊れたの。レリクスはオペレーターとデバイス、そしてガイドによってその形を得る」

 リンの目に奥に、自嘲気味な暗い影が浮かぶ。

「だから空っぽ(ブランク)なの。歳ばかり重ねた、私らしい記号だとは思うわ」

 空っぽなら、これから幾らでも埋められる。そう返したかったが、結局唯は言葉にしなかった。リンの目の奥にある影には、まだ届くとは思えなかったからだ。

「名前も記号も何でもいいけど。自分を犠牲にって選択はあんまり好きじゃない」

 だから、唯はそう苦言を呈した。しかし、リンはにっこりと微笑む。

「あら。私も自爆特攻を仕掛けるような男はどうかと思うわ」

 別に自爆するつもりはなかったと、唯は目で訴える。

「それに。こんなにボロボロになるまでダメージを受けるなんて。私が半分でも肩代わりしてれば、今頃普通に歩けてたわよ。本当に、私から権限を奪うなんて思わなかった」

 そんなリンのお小言の中に、気になる部分があった。唯は少し考え、口を開く。

「権限を奪うとかそういうの。特にやった憶えがないんだけど。どういうこと?」

 そう聞いてみる。今度は、リンが考え込んでしまった。

「……無意識で権限を? まさか、意思だけで制御を。あり得ない。そんな情報なかった」

 リンは口に手を当て、ぼそぼそと喋っている。喋るというよりも、考えを口にして整理してるのだろう。

「もしもし? あんまり聞こえないんだけど」

「……貴方が想像以上にお馬鹿だったかもって言ってた」

「何でそうなる」

 唯はそう反論するも、リンはくすりと笑うのみだった。


 次回予告


 プラトーからの刺客、実験体08(ゼロエイト)との戦いは、唯とリンの敗北で終わった。

 不完全な《ブランク》レリクスと、正規に調整された《アーマード》レリクス、その差は歴然と言ってもいいだろう。

 手にした長剣は折れていたが、二人の牙が折れた訳ではない。むしろ唯はともかく、リンはそれなりに負けず嫌いなのだ。

 研究者モードを前面に押し出したリンが、徹夜で作り出した物とは。


「手先は器用な方だから。ないなら作ればいいだけよ」

「……ウイスキーの空き瓶が凄い事になってるけど」


 ブランクアームズ第四話

 -新たな刃-

 お楽しみに!

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