鉄槌を穿つ拳
二基のロケットが、二騎のレリクスを空へと運んでいく。
灰の鎧と灰結晶のレリクス、唯とリンの《ブランデッド》は積み重なっていく高度を不安げに眺めていた。レリクス一騎を格納し打ち上げるだけのロケットだったが、申し訳程度に高度計だけは付いている。他に見る物もないとくれば、この数字と振動だけが感じられる全てだ。
「大気圏突破と同時に、ロケットの燃料は尽きるわ。正確には、突破する為に全て使い果たす必要がある、という事だけど」
リンの説明に、唯は無言で続きを促す。
「よって、突破と同時にロケット外へ移動。残りの距離はレリクスで詰めるわ」
唯はどのぐらい詰める必要があるのか聞こうとして、聞いた所で意味はないと口を噤む。近かろうが遠かろうが、そこに辿り着かなければならない。そういう話なのだ。
「数字を聞いても気が滅入るだけだし」
「彼我の距離が知りたいの? おおよそ」
「ストップストップ! 気が滅入るって言ったばかりじゃん」
そんなやり取りをしている内に、ロケットが増速を始めた。振動が酷くなり、否応なしに緊張が高まる。
「合図と同時に出て。最適なタイミングなら、それだけ楽が出来るから」
「うん、頼んだ」
その言葉を契機に、唯は呼吸を整える。外が宇宙だろうが何だろうが、詰め寄って殴り付けて破壊するのみ。黒崎芽依、《クロウレイジ》の事も今だけは思考の外に置く。
《ブランデッド》の性能に弱点があるとしたら、自分自身の心に他ならない。宇宙空間で外装の維持に失敗すれば、間違いなく死ぬだろう。
戦いに集中し、だが心を揺らさぬように。
振動が不意に収まる。一瞬の静寂を依り代に、感覚が研ぎ澄まされていく。
「今、行って!」
唯は、《ブランデッド》はロケット側面のハッチを蹴り破る。
隣で併走していたロケットからも、同じタイミングで黒いレリクスが、《クロウレイジ》が飛び出す。
人工衛星、通称‘鉄槌’は目視出来る距離にあった。レリクスの跳躍力なら、二手程で到達出来る。
灰と黒、二騎のレリクスは素早くロケットの頂点に移動し、ロケットを蹴り抜くようにして自身を射出した。それぞれ灰結晶と黒い羽が咲き乱れ、足場代わりのロケットが霧散する。ただ蹴っただけではなく、レリクトを込めたが故の現象だ。
宇宙の宵闇を真っ直ぐに飛翔する《ブランデッド》と《クロウレイジ》は、示し合わせた訳でもなく最適な位置へと移動する。黒い靄を背中から噴出し、《クロウレイジ》が先行する形になる。《ブランデッド》はその真下に滑り込む。横一列から縦一列へと変わり、その時を待つ。
「鉄槌が動いた、来るわよ!」
リンの警告……直上にある人工衛星、鉄槌の砲身が顕わになる。二叉の槍を思わせる砲身は、次の瞬間には稲光を吐き出していた。
否、それがきっと杭なのだろう。あまりにも早過ぎるが故に、光しか感知出来なかったのだ。
速度と質量のみで目標に破壊をもたらす杭は、射線上にいる物をずたずたに引き裂いた後に依守市に直撃、地表を衝撃のみで粉砕するだろう。
しかし、今射線上にいる物はそう容易くはなかった。杭の発射と同時、いやそれよりも速く《クロウレイジ》は増速、背中の黒い靄が巨大な手を形作る。
《クロウレイジ》は巨大な両手、それこそ《クロウレイジ》自体を覆える程のマニピュレーターを正面に射出した。
その動作は、言ってしまえば目の前に飛んできた羽虫を両手で叩き潰すような。そんな単純な動きだ。だが、その単純な動きが全てを粉砕する杭を包み、止めたのだ。
《クロウレイジ》の背中から伸びた巨大な両手は、次の瞬間には爆散していた。
だが、それでいい。《クロウレイジ》は足を止めて迎撃し、その間も直進し続けた《ブランデッド》はその爆発すらも活かして鉄槌へと飛び付く。
「射出後に目標は離脱するわ! 推定五秒!」
「なら捕まえる!」
《ブランデッド》は右義手を振り抜き短剣を、ブーステッドソードを形成する。それを右手で掴み、左手で右義手のフォアエンドを三回スライドした。
「らああああッ!」
《ブランデッド》は右手を、ブーステッドソードを振りかぶる。そして高度を上げようとする人工衛星、鉄槌目掛けて短剣を振り下ろす。
ブーステッドソードは灰結晶を放出し、三本爪の大型アームを形作る。《ブリンク》の爪を人工衛星に突き立て、上昇しようとする慣性すら活かして《ブランデッド》は跳躍した。人工衛星、鉄槌を追い越し、《ブランデッド》はブーステッドソードを放り捨てる。眼下には、尚も高度を上げようと近付いてくる鉄槌が見えていた。
追い越してしまえば、後は待っているだけで勝手に近付いてくれる。
《ブランデッド》は右の拳を握り締め、極限までその拳を背後に引き絞った。右義手は灰色の光と結晶が集約し、解放される瞬間を今か今かと待っている。
「これで、終わりだ!」
唯は、《ブランデッド》は叫ぶ。その背中に灰結晶が集約し、次いで炸裂する。
降下を始めた《ブランデッド》と、上昇する鉄槌……一騎と一基は吸い込まれるように重なった。
当然、拮抗など起きる筈もない。
『devastate』
灰結晶の花弁が炸裂する。人工衛星、鉄槌は紙細工のように拉げ、そこかしこに散らばった。




