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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第二話 -世界の裏側-
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二人で一人


 封鎖された廃工場、自分達と獣しかいない戦いの舞台で、片羽唯は左手で掴んでいる‘右腕’を見る。散弾銃の意匠が見て取れる義手型デバイス、アームドレイターだ。

 正面には首のない化け物、アロガントがいる。距離を大きく取ったまま、警戒しているように見えた。

「誰かの平凡を、誰かの勝手で壊すような真似は許せない、か」

 唯はリンが言った答えを小さく呟く。自らの平凡を願うことだって出来る筈なのに、それをしない。いや、出来ないのだ。だからリンにとって、平凡な人生は憧れでしかない。強く憧れるからこそ、それが壊されることが許せない。

 そんなリンの想いを、全て肯定することは出来なかった。正しいとは思う。でも、命を賭けてまで戦う必要があるのかどうかは、未だに分からないままだ。

「……でも戦うよ。君の意思はきっと、間違いなんかじゃないと思うから」

 決意を込めた言葉を吐き出すと、唯は左手で持っていた右腕、アームドレイターを直上に放り投げる。空いた左手で、パーカーのファスナーを掴むと下まで降ろす。

 パーカーの右側をはだけさせ、デバイスのプラットフォームとなっている右肩の付け根を露出させる。丁度正面に落ちてきた右腕、アームドレイターを左手で再度掴み取ると、それを右肩のプラットフォームへ装着した。

Connected(コネクテッド)Arm(アーム)

 何かが繋がるような感覚が過ぎ去り、右腕の感覚が僅かに蘇る。

 唯は左手で腰のベルトから弾丸、レリクト・シェルを一発抜き取ると右腕、アームドレイター下部のスリットに押し込むようにして装填した。流れるような動きでアームドレイター上部、散弾銃のフォアエンドを思わせる部位をスライドする。アームドレイターに込められたレリクト・シェルがその特性を解放され、灰色の光に変換されて右腕を包む。

 ぎこちなくだが動かせるようになった右腕を、横に向けて伸ばす。高さは自身の胸の辺りだ。その高さが、丁度リンの頭の位置になる。

 右手を開き、リンと視線を交わす。何をしたいのかすぐ分かったのだろう。ふっと口元を緩めると、リンは一歩前に出る。そして、こちらを振り返りながら自身の小さな右手を頭の高さまで上げる。

 唯も一歩前に出る。歩きながら機械の右手と、リンの右手を交差させるようにして合わせた。身長差のあるハイタッチを決めたその瞬間には、リンの姿は灰色の光に変換されて右腕に取り込まれている。

Archi(アーキ)Relics(レリクス)......《blank(ブランク)》』

 右腕はハイタッチの勢いのまま、顔の前にある。右手を握り締めると、唯はリンの補助によって淀みなく動かせるようになった右腕を思いきり引く。

「フェイズ・オン!」

 始動キーを叫びながら、唯は右腕でストレートをかます。突き出した拳、中指の付け根にある銃口から、灰色の光が放たれると唯を包み込んでいく。

 右腕のアームドレイターから順序よく装甲が形成され、灰色の外装が唯を覆い尽くす。

Phase(フェイズ)On(オン)......Folding(フォールディング)Up(アップ)......《blank(ブランク)Relics(レリクス)

 ツインアイが真っ赤に瞬き、また全身の鎧も灰色に瞬いた。右腕が外装展開の反動を受け、大きく後ろに跳ねる。

 唯とリンは……《ブランク》レリクスはそのまま右手を握り込み、右足を僅かに下げる。左手も同じように握ると、姿勢をすっと整えた。基本的なボクシングの構えを取ったのだ。

「……私は、貴方が思っている程立派でも、強い訳でもない。それでも」

 右腕、アームドレイターに宿ったリンの声が聞こえた。

 今この瞬間、二人の意識は一つになっている。自分がリンの光景や想いをより強く感じられるように、リンも自分の光景や想いを強く感じるのだろう。

「うん。それでも」

 小さく肯定を返し、両手両足に力を込めていく。

「やるだけやってみる!」

 相方に答えを告げながら、《ブランク》レリクスは先んじて動く。ファイティングポーズを僅かに崩し、低姿勢を保ったまま前方に駆け出した。

 アロガントは、両手を広げるようにして咆哮を返す。その両手の爪が抜け落ち、爪があった所から眩い光が放出され始めた。

「あれは、アーク溶接機でも喰らったのかしら。《ウェルドアーク》アロガントとするわ。正面から打ち合うのは恐いわね。フットワークを活かして隙を作るわよ」

 リンの助言に、唯は息を吐くようにして肯定を返す。

 一瞬で距離を詰め切った《ブランク》レリクスだが、先手は取らなかった。《ウェルドアーク》アロガントが振った右腕を、スライディングの要領で潜り抜ける。地面を滑りながら体勢を変更、アロガントを正面に捉えながら、起き上がると同時に右腕でアッパーを叩き込む。

 《ウェルドアーク》アロガントの背中に拳が直撃するが、その程度ではびくともしない。《ウェルドアーク》アロガントが振り返り様に振ってきた左腕を、《ブランク》レリクスは後方にステップすることで躱す。

 今度は先んじて《ブランク》レリクスが動く。引いた時と同じかそれ以上の速度で前方にステップを掛け、同時に左の拳、ジャブをかましたのだ。更に、ジャブを引きながら右の拳、ストレートを放つ。

 教本通りのワンツーパンチが、《ウェルドアーク》アロガントを大きくよろめかせる。

「よし、これで!」

 《ブランク》レリクスは左手を腰に伸ばす。そこには外装として再形成されたベルトがあり、レリクト・シェルが出番を待っていた。

 ベルトから一発抜き取り、右腕へ装填しようとする。

「唯、後ろ!」

 リンの警告を受けるも、《ブランク》レリクスは背後に迫っていた歯車塗れの両腕、その振り下ろしを避けられなかった。

 衝撃と共に、《ブランク》レリクスは大きく体勢を崩す。

「ぐ、なんで!」

 後方には先程まではいなかったアロガントが、全身の歯車を回転させて嗤っている。

 背中を殴られ削られた《ブランク》レリクスは、レリクト・シェルを取り落としながらも距離を取ろうとする。しかし、たたらを踏んで辿り着いた先はもう一体のアロガント、《ウェルドアーク》アロガントの目の前だ。

 《ウェルドアーク》アロガントは、今までのお返しだと言わんばかりに両手で掴み掛かる。

 爪の代わりにアーク溶接機が生え揃っているその両手が、容赦なく《ブランク》レリクスを抱擁する。眩い光が装甲を食い荒らし、夥しい火花がそこかしこに散る。

 外装はまだ貫通していない。だが、唯は自身の身体に直接それらを受けている感覚と痛みを覚え、叫びながら藻掻く。

 痛みはある。だが、腕を食い千切られる程ではないと唯は目を見開き、全身に力を込める。そして、《ブランク》レリクスは両足で、《ウェルドアーク》アロガントの胴を思い切り蹴り付けた。

 拘束が緩んだ一瞬の隙を突き、《ブランク》レリクスは溶接の両手から逃れる。

 とにかく後退して仕切り直す。そう考えて動く《ブランク》レリクスだったが、もう一体のアロガントが両手を前に突き出す。

 歯車の隙間に生えたノズルから、炎の塊が放たれる。火炎放射をもろに受け、《ブランク》レリクスは地面を転がるようにして吹き飛ばされた。

 相変わらず痛みも熱さも感じたが、唯は歯を食いしばるようにしてそれに耐える。《ブランク》レリクスは片膝を付くようにして起き上がり、二体のアロガントを睨み付ける。

「アロガントが奇襲してくるなんて。歯車と炎、《ギアフレイム》アロガントって感じね」

「なんか物凄く痛かったんだけど。これ本当に鎧なの?」

 《ブランク》レリクスの損傷部位から、灰色の光が放出されている。その光は再び装甲を形成しており、完全ではないが破壊された部位が元に戻っているようだ。

「レリクスの装甲は、鎧だけど感覚は繋がってるの。ある程度は私が受け持てるけど、全部は無理だったみたい。ごめんなさい」

 声色一つ変えずに謝罪され、むしろこちらが気にする羽目になった。レリクスは二人で一人……自分が痛みに悶えているように、リンも痛みに苛まれている。

 《ブランク》レリクスは勢いを付けて立ち上がり、こちらを挟み込むようにして動いている二体のアロガントを交互に見る。

「二対一か、厳しいかな」

 処理すべき情報が一気に増えた。ただ前だけを見据えていれば良かった先程とは、意識がまるで違ってくる。

「こっちも二人。数は同等、後は連携の差ね」

 リンらしい強気な意見に、唯は苦笑しつつ頷いて返す。

 《ブランク》レリクスは再度右腕と右足を引き、拳を構え直した。二体のアロガントも走り出し、挟み撃ちの状況を作り出そうとしている。

 《ブランク》レリクスは炎を吐き出す方、《ギアフレイム》アロガント目掛けて詰め寄る。《ギアフレイム》アロガントは両手を突き出し、広範囲に散布するように火炎放射を開始した。

 炎の壁を前に、《ブランク》レリクスは一度立ち止まり進路を変更する。しかし、その時にはもう一体の《ウェルドアーク》アロガントが、こちらを殴れる距離まで近付いていた。

「リン、質問が、あるんだけど!」

 アーク溶接を伴った横薙ぎを、《ブランク》レリクスは限界まで身を屈めて躱す。

「何? 炎が来るわよ」

 リンの言葉と感覚から、その機会を見極めて地面を蹴る。床に広がる《ギアフレイム》アロガントの火炎放射を見下ろしながら、こちらを掴もうと伸ばされた《ウェルドアーク》アロガントの左腕を蹴り付けた。

 その反動を活かし、《ブランク》レリクスは離れた位置へ着地した。

「アロガントを倒せる、あの強い攻撃。一発でこっちの装甲も壊れてたけど。こういう場面ではどうすればいいの?」

 一体だけなら、一発で撃ち抜けば良い。だが、一体を仕留めて二体目にやられるなんて御免だ。

「その点は改良済み。貴方の腕を信じて」

「俺の……分かった。君の腕を信じるよ」

 《ブランク》レリクスは再度駆け出す。正面で相対するは《ウェルドアーク》アロガント、しかしこちらの狙いはその後方、炎を吐き出す奴だ。

 《ウェルドアーク》アロガントが両手で掴み掛かろうとする。下を抜けてきたことを根に持っているのか、腕の位置が低い。《ブランク》レリクスは低く跳躍すると、その勢いのまま右膝を《ウェルドアーク》アロガントの胴に……馬鹿でかい口に食らわせた。凶暴な歯並びを形成している牙が幾つか吹っ飛び、《ウェルドアーク》アロガントは背中を打ち付けるようにして倒れる。

 味方すら焼き尽くす勢いで、《ギアフレイム》アロガントが両手から火炎放射を繰り返す。迫り来る炎の壁を前に、《ブランク》レリクスは突撃を選んだ。

 助走は三歩……全身が焼かれる不快な感覚を、歯を食いしばりながら耐え両足に力を込める。両腕で視界を覆いながら、地面を踏み締め前方に向かって跳躍した。

「……炎を張っておけば、近付かれないとでも思った?」

「少し甘かったわね」

 炎の壁を突き抜けた《ブランク》レリクスは、空中で右腕を限界まで引き絞る。跳躍の勢い、そして落下の勢いすらも乗せ、右の拳は解き放たれた。

 飛び込むようにして放たれたストレートは、《ギアフレイム》アロガントの胴に直撃し、その牙を造作もなく砕く。

 《ギアフレイム》アロガントの身体が一瞬だけ宙に浮かび、背中から落ちて地面を削る。右腕を胴に叩き込んだ体勢のまま、《ブランク》レリクスは左手でベルトからレリクト・シェルを二発引き抜く。

 抵抗のつもりなのか、《ギアフレイム》アロガントは両腕両足を閉じるようにして《ブランク》レリクスを抱き留めた。炎を纏った歯車が、背中を音を立てて削っていく。

 痛みや不快感はあるが、手を止める程ではない。リンが激痛を引き受けてくれているから、自分はこうして動けている。

 《ブランク》レリクスは、右腕下部のスリットへレリクト・シェルを二発込めた。そして、そのまま右腕上部にあるフォアエンドをスライド、新たなレリクト・シェルをアームドレイターへと装填しながら、使用済みの空薬莢を排出する。

 右腕が灰色の光で包まれていく。その力の奔流が最大限に高まった時、《ブランク》レリクスは右腕をぐいと押し込んだ。

 胴体、即ち口腔部に腕を押し込まれた《ギアフレイム》アロガントは、次の瞬間内側から炸裂するようにして弾け飛んだ。

devastate(デバステイト)

 右腕から生じたエネルギーは、アロガントだけではなく地面すら打ち砕く。そこにアロガントの爆圧も加わり、地面はひび割れてそこかしこに破片を散らす。

 地面に右の拳を叩き込んでいる体勢の《ブランク》レリクスの背中に、《ウェルドアーク》アロガントが両腕を伸ばす。

 背中に目は付いていないが、リンの感覚からその行動を読み取り、《ブランク》レリクスは再度左手で右腕上部のフォアエンドをスライドする。空薬莢が空中に跳ね上がり、右腕に灰色の光が灯っていく。

 《ウェルドアーク》アロガントが掴み掛かるより一拍早く、《ブランク》レリクスは立ち上がりつつ回転、握り締めた右手で裏拳を仕掛けた。

 灰色の光を伴った裏拳は、《ウェルドアーク》アロガントの両手を横合いから殴り付ける。振り抜かれた裏拳の勢いをそのまま譲り受け、《ウェルドアーク》アロガントは一歩二歩とよろけるように後退していく。

 当然、《ブランク》レリクスは前進を選ぶ。たたらを踏んでいる《ウェルドアーク》アロガントへ、ステップを二回仕掛けて急接近する。二回目のステップが終わると同時に、引いていた右腕を解放、腰の入ったストレートを相手の胴にねじ込んだ。

 打撃と同時に撃発、放出されたエネルギーは、《ウェルドアーク》アロガントの胴を容易く貫通、コアを破壊し、その身体を爆散させた。

devastate(デバステイト)

 空中を舞っていた空薬莢が、地面に落ちて小さな音を響かせる。

 ストレートを放った体勢のまま、《ブランク》レリクスは自身の右腕を見た。上下左右に装甲が展開され、放熱板のような基部を露出している。灰色の光を解き放っている辺り、本当に放熱板が、それに近しい何かだろう。

 全身を見渡すも、撃発による損傷は見て取れない。

「……凄い、本当に崩れない」

 そんなことを言っている内に、展開していた装甲が元に戻った。《ブランク》レリクスは左手で右肩を掴み、引き抜くようにして右腕を……アームドレイターを取り外す。右肩の根本を中心に、身に纏っていた装甲が次々と身体から離れる。それらは灰色の光となって霧散していく。

 元の姿に戻った唯は、左手に持ったアームドレイターに視線を落とした。

 アームドレイターから灰色の光が漏れ、それが人の形を作り出す。ボディスーツ姿のリンが地に足を付けると、腰まで伸びた銀髪がさあっと広がる。

「あら。髪留めも消えちゃうのは不便ね」

 口を尖らせるリンだったが、正直消えているのは髪留めだけではなく全部だ。ボディスーツは残っているとはいえ、身体のぴったりと張り付いているそれにどれ程の意味があるのかは分からない。

 そもそも髪留めよりショートパンツが消えた方が痛手なのではと唯は考えつつ、自身のパーカーを見る。

「これ着る? その格好は目のやり場に困る」

「年齢はともかく、私の身体はチビッ子なのよ? 困ってどうするの。それに、これも想定済みよ。ジャケットは脱いであるから」

 ショートパンツ脱いでないじゃん、と唯は言い掛けたが、黙ってアームドレイターを肩で担ぐようにして持つ。

「じゃあさっさと戻ろう。ベッドでもソファでもいいから眠りたい」

「どっち使ってもいいけど。シャワーは浴びて欲しいわね」

 唯とリンは、来た時と同じように車へ歩いて行く。

 しかし、二人の間には来た時とは違う空気が流れていた。

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