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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第十七話 -死線の先-
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前を向く為に


 身体を蝕む疲労は、もうとっくに抜けていた。《クロス》の生産工場を破壊して、もう三日は経過している。だがそれでも、見慣れた隠れ家の馴染んだソファで、片羽(かたは)(ゆい)は寝転がっていた。眠っている訳ではない。どうにも気分が晴れず、結果として怠惰に時間を過ごしている。

 《クロス》レリクス、その生産工場の破壊……結果だけを見れば、大勝利と言っても過言ではない。誰一人として欠けず、目立った怪我もなく、施設を破壊することに成功した。その過程で鴉、《クロウ》レリクスを取り逃がしたのは過失だろうが、そも目標には含まれていない。

 プラトーに敵対の意思を伝えることにも成功した。《クロス》の増産も阻止した。これから《クロス》にさせられるかも知れなかった人達を、多分、きっと。先延ばしにしただけだとしても、救えた……かも知れない。

 唯はちらと周囲を窺う。銀色少女、リンは自身のデスクに向かい、黙ったままキーボードを叩いている。何をしているのかは分からない。だが、デスクや足下に転がった酒瓶やペットボトルを見る限り、いつもよりストレスを感じているように思える。

 車椅子に座ったまま、ぼうっと天井を眺めているのは鈴城(すずしろ)(みどり)だ。何かを見ている、という訳ではないだろう。その証拠に、緑の膝にはいつも掛けている眼鏡が置いてある。

 その相方である少年、狗月(いぬつき)(ひかる)は車椅子の傍に座っていた。彼は無表情だったが、意識してその表情を浮かべているように見える。つまり、無理をしているようにしか見えない。

 作戦は成功した。にも関わらず、皆一様に心ここにあらず、といった具合だった。当然、その皆には唯も、ここにいないエイトやゼロも含まれている。

 よくないな、と唯はソファから起き上がった。あれから三日経った、奇跡的に何も起こっていないが、これからもそれが続くとは思えない。

「リン、今忙しい?」

 唯はソファから身を乗り出し、銀色の背中に向けて声を掛ける。

 声色から察したのだろう。リンはお手製ハイボールを流し込むと、椅子を回転させてこちらへ向き直った。

 見た目十一歳、実年齢二十八歳のリンは、今日も白衣を羽織っている。解けば腰まで届く銀髪に、病的なまでに白い肌、そこだけ真っ赤な虹彩に染まった目と、要素だけを見れば異質な塊なのだが。リンがあまりにも堂々としている為か、不思議と調和して見えてくるから不思議である。

 ちなみに、自分の髪は前回の戦いでまた銀髪に戻っていた。戻ったというよりも塗料が落ちただけだろうが。当然、黒に染め直している。

「忙しくはないわ。どうしたの?」

「これからどうするのかなって。いつまでもゴロゴロしてる訳にはいかないでしょ?」

 そろそろ前を向きたいと、唯は言外に伝える。緑は眼鏡を掛け直し、光は立ち上がって車椅子の傍に付いた。

 リンはそれぞれに視線を向け、こくりと頷く。

「まあ、私はゴロゴロしてないけど。まずは現状把握から始めるわ」

 そう言うと、リンはモニターに幾つかのデータを表示した。光が車椅子を押し、緑がそのモニターに近付く。

「《クロス》の稼働率、ですか?」

 緑の問いに、リンは頷いて返す。

「同時に、プラトーの稼働率でもあるわ。ここで言う稼働率は、表舞台に出てるかどうかって話だけど。ここ数日、プラトーに目立った動きはないわ。唯、理由は分かる?」

 スパルタ教師からの無茶振りを受け、唯は唸る。

「生産工場を破壊されたから、戦える人がいない?」

「十点満点中二点ね。上出来よ」

 にこりともせずに一蹴され、満点の答えを得ようと唯は緑を見る。

「工場の破壊がきっかけになっているのは確かです。《クロス》の増員も難しいなら、戦える人がいないというのも間違いじゃないです。問題はその先、だからといってプラトーは裏切り者を許さない」

 そこまで喋ると、緑はじっと考えを巡らせる。もう一度モニターに映し出されたデータを凝視すると、小さく一度だけ頷いた。

「レリクス戦備は、私達の方が上だとプラトーは判断した。プラトーは動けないのではなく、動かない。何かを仕組んでる。もしくは、この状況すら実験の一環として考えている。この街ごと弾道弾で吹き飛ばさない辺り、プラトーにとって痛手ではないのかも知れません」

 リンは満足げに何度も頷き、唯をちらと見る。そんなリンに、分かるかと目線だけで訴えた。

「って、ちょっと待って。弾道弾? プラトーはその気になったらこの街にミサイルを撃ち込むの?」

 唯の疑問は、しかしリンや緑にとってはあまりにも的外れだったのだろう。

「撃つわよ。手っ取り早いもの」

「撃ちます。そういう相手です」

 リンは光に目を向ける。少しも驚いていない彼の表情を見る限り、光もリンや緑と同意見のようだ。

「最終手段として存在している、という話よ。たとえば、実験体が大量に逃げ出す、とかね」

 それがどうしてミサイルにまで発展するのか、と唯は眉をひそめる。たとえば、以前戦ったステージ5のアロガント、《ヒュージ》アロガント撃破の際に、ミサイルを使うかもという話は聞いた。だが、実験体が逃げたぐらいで撃つ、というのは理解出来ない。

 その疑問に、緑がそうですね、と前置きしてから話し始めた。

「一人二人ぐらいなら、その実験体を捕まえるか処理するかで終わります。それに関わった人も、少人数で済みますから。でも、例えば大量に。それこそ、あの工場施設にいた全員が逃げ出したりしたら。彼等彼女等は、実験体と言えど人間です。それは、唯くんが一番分かっていると思いますが」

 緑の言葉に、唯は頷く。そうであってくれるのが嬉しいと、緑は一度だけ微笑み、話を続ける。

「逃げた実験体は、沢山の人の目に付きます。プラトーは、本来表舞台に立つべき組織ではありません。ネットワークはプラトーが掌握している以上、ネット上にそれらの悪事が広まることはありません。ですが、人の口だけは直接封じなければいけません」

 そこまで言われればさすがに分かると、唯は目を伏せる。だが、緑は最後まで言葉にした。

「だから弾道弾で、地図の上から消すんです。一人一人の口を封じるよりも、ミサイル被害を情報操作して正当化した方が速いし、安上がりです」

 リンが咳払いする。緑の説明を補足する形で、リンが話の続きをする。

「現状もかなり危険ではあるわ。アロガントの目撃情報も、被害状況も隠せていない。三日前、施設破壊後ね。この街は新規の出入りが不可能になったわ。隠せなくなったから、強制封鎖したってことね。それでも実験は続ける。挑戦と未来、プラトーの標語よ。この事態すら次の研究に活かす。それが彼等よ」

 今まで目を背けていた事柄に目を向けた。その結果、事態はより悪化している。そう感じ、唯は居たたまれない気持ちになった。

「私の見通しの悪さが招いた事態でもあるわ。プラトーはアロガントを、何が何でも秘密裏に処理してくれると、どこかで甘えていた事のツケね」

 そう言うと、リンは唯に向き直った。

「ねえ唯。私がドクターに取り付けた条件は憶えてる?」

 唯は頷き、忘れたことはないとリンを見る。

「この街のアロガント被害やレリクトに関するあれやこれ。そういうのを全部解決するって奴でしょ」

 正確には少し違う。レリクトに関する事件の解決……それが成されれば、リンは。

「そう。これも難しくなってきたわ。アロガントを全部倒しても、プラトーを何とかしない限り……この街は日常を取り戻せない。実験が終わった時、プラトーがこの街を残すかどうかは、正直博打でしかないわ。相当分が悪い類の博打よ」

 これまでの話を聞く限り、そうだろうなとしか思えない。アロガントが全て片付いたとして、それらを見聞きした人間が大量に残っているのだ。

 ならば、と唯は目を閉じて考える。リンは誰かの日常を守る為に戦うと言っていた。自分にそれ程の意志はない。だが、リンの目的が間違っていない事だけは分かっている。

「なら道は一つか」

 唯は目を開け、リンに視線を向ける。

「アロガントだけじゃない。この街にいるプラトーを倒す。それと並行して、ミサイル攻撃を阻止する方法も考える。大雑把に考えるとこんな感じ?」

 リンは溜息を吐き、困ったように笑みを浮かべる。

「本当に大雑把ね。でも大筋はそれでいいと思うわ」

 唯は緑と光に視線を向ける。二人の意見も聞いておきたいと考えての事だ。

「問題は山積みですが、私達も他人事ではないですからね。勿論協力しますよ。ただ……いえ、何でもないです」

 緑は自身の右膝をちらと見る。そこから先に足はなく、スカートが不自然に凹んでいた。

「俺も緑(ねえ)と同意見だけど。ちょっと気になってて」

 そう言うと、光は誰もいない空間を見た。その壁は、よくエイトが寄り掛かっている場所でもある。

「あの二人、大丈夫なのかなって。最近、特に元気ないから」

 エイトとゼロの事だ。今ここにいない二人は、自分達以上にどこか塞ぎ込んでいる……ように見える。

 リンはモニターに目を落とす。

「……エイトはあの後、施設設備を破壊した。後腐れないように全部。気にするなと言う方が酷かも知れないわね」

 先程の話を聞いてなければ、そういうものかと納得するしかない答えだ。だが唯は、そして光も。その言葉の意味をもう理解出来るようになっていた。

 大量の実験体が逃げ出すことは、この街を全滅に追いやる危険性に繋がる。エイトは諸々を天秤に掛け……助けることは出来ないと判断し、文字通り全てを破壊したのだ。

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