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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第一話 -空白の鎧-
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人形と静寂


 月明かりさえ雲に隠れ、その街は色をなくしていた。

 深夜二時、家屋から漏れる光すら潰え、街灯だけが命じられるままに空間を照らしている。人通りなどある筈もなく、人が住んでいる街にしては……生き物が存在しているだろう街にしては、不自然な程に静かだ。

 静寂にも種類がある。この街に漂うそれは、息を潜めるという言葉が的を射ているだろう。得体の知れない恐怖や不安を、誤魔化しながら息を潜める。寝静まった後の、どこか穏やかな雰囲気とは違う。

 全ての生き物が静寂を守る中、例外である異形が唸り声を上げる。昼間なら子ども達の憩いの場となっているだろう公園、噴水の傍で、少女が化け物に取り押さえられていた。

 その化け物は人型であり、立ち上がれば二メートル近くはあるだろう。両手両足が肥大化しており、爪は伸び鋭利になっている。その手足は、まだ元の人間を彷彿とさせる見た目をしていた。たとえ筋骨隆々に膨れ上がり、皮膚が硬質化し、指が爪と一体化していてもだ。

 しかし頭部や胴体にその面影はない。というより、頭部がないのだ。本来頭があった位置には何もなく、胴体胸部に大きな顎が形成されている。唸り声を上げ、涎を撒き散らしているのも胸部の口腔だ。

 化け物の左手は、爪を突き立てるようにして少女を押さえ込んでいた。パーカーとショートパンツを着た、齢十一程の少女が、化け物の顎を目の前にしている。しかし、少女の顔に恐怖はなかった。

 左手で爪の一つを押さえ、それが首に食い込むのを防ぎながら、右手を取り落としてしまった得物に向かってじりじりと伸ばしている。

 その少女は、状況だけではなく様相も普通ではなかった。腰まで伸びている長髪は、月明かりに照らされて銀色に輝いている。強い意志を感じさせる目は、赤い虹彩をしていた。病的に白い肌と相俟って、どこか神秘的ですらある。

『リーンドール、状況がモニター出来ない。まさか死んでないよね? 脳だけは死守してよ』

「ちょっと黙ってて」

 耳に付けた通信機、そこから聞こえる無神経な男性の声に少女は……リーンドールは初めて表情を変えた。化け物を前にしても歪まなかった顔が歪み、忌々しげに苦悶の声を発する。

 その声を足掛かりに右手を伸ばしきり、そこにあった得物を……無骨な散弾銃を掴んだ。

 リーンドールは散弾銃を引き寄せながら、右手だけでそれを回転、グリップを握り締める。初弾装填は済んでいる……故に、リーンドールは右手だけで散弾銃を持ち上げ、目の前の化け物、その口腔へと銃口を向けた。

 静寂を食い破る発砲音が夜に響く。化け物の口腔内で炸裂した電撃弾は、激しい閃光と共に化け物を怯ませる。

 化け物の拘束を解き、リーンドールは公園の床を転がった。そこに散乱している弾薬……黄色いラベルのショットシェルを左手で幾つか掴み、右手で保持したままの散弾銃に押し込んでいく。

 化け物が立ち上がりこちらへ向き直る。リーンドールは膝立ちのまま、左手で散弾銃のフォアエンドをスライド、空薬莢を排出し、新たな弾薬をチャンバーに送り込む。

 化け物が向かってくるのと、リーンドールが散弾銃を撃つのは同時だった。化け物の左足に電撃が走り、その場で転倒する。

 リーンドールは立ち上がり、散弾銃のフォアエンドをスライド、排莢と装填を済ませ、立て続けに電撃弾を化け物に浴びせる。

 両手両足、そして胴体に電撃弾を受け、ようやく化け物は動きを止めた。

「……もう再生が始まってる。こんなオモチャじゃどうにもならないわ」

 化け物の身体は、電撃で神経を焼き払った状態にある。この弾丸は、それこそ人に撃てば掠めただけで全身の神経が使い物にならなくなるのだが。この化け物はそう単純ではない。ゆっくりと、しかし確実に再生している。時間稼ぎにしかならない。

『オモチャとは心外だなあ。その弾ぐらいだよ、携行火器でアロガントに有効な奴は。硬い皮膚を貫いて内部からこんがり焼き上げる』

「対人用スタン弾の失敗作でしょ。犯人を丸ごと焦げたステーキに変える弾丸なんて、ここでしか使えない」

 リーンドールは散弾銃を左脇に抱え、右手で腰のホルスターからリボルバー拳銃を抜く。倒れたままの化け物……アロガントに対し、一発だけ撃ち込んだ。

『発信器は正常に動作してるね。それにしても割に合わない。身体が幾らあっても足りないんじゃない?』

 リーンドールはリボルバーを腰のホルスターに戻し、散弾銃を床に転がっているスクールバックに叩き込む。

「ドクター・フェイス。貴方が何か良い手を思い付いているのなら、私もそれに従うけど。プラトーの連中が率先して動かないんだから、私達がやるしかないでしょう?」

 ショットシェルを拾い集めて、それもスクールバックに放り込む。念の為、自分の端末でも発信器の動作を確認する。先程撃ち込んだ発信器は、強い信号で位置を示し続けていた。

「後はプラトーが回収に来る。こいつは放っておいていい。この街に放たれたアロガントは、まだ」

 リーンドールは端末を仕舞い、その場を後にする。

『アロガントの弱点である頭部は胸部の奥、心臓と共に肋骨が変異した強化骨格の中に格納されている。携行火器じゃ殺せない。やっぱり当たりを付けて、区画ごとミサイルで吹っ飛ばした方が早いよ』

「……もう黙ってて」

 通信機の電源を切り、それもスクールバックに放り込む。

 リーンドールは帰路へと急ぎながら、パーカーのファスナーを下げて前を開く。胸や脇腹に付いた傷口をちらと見て、また傷が増えたと溜息を吐く。ある程度の衝撃や裂傷を防いでくれるボディスーツを下に着ているが、まともに爪を貰った部位は裂けている。

 血が滲んでいる身体から視界を外し、あれほど騒いだのに静寂を守り続ける街を見渡す。

「悪ガキもいなければ、それをしょっ引く警察もいない。なんとかしないと」

 都市再生計画の一環としてスタートした依守いもり市は、ニュータウンらしく綺麗な建物で溢れており、活気もあった。だが今、依守市は前代未聞の事態、戒厳令の只中にあった。

 夜間の外出は以ての外、他の市への移動も厳しく制限されている。

 原因は数々の失踪事件、傷害事件……そしてあの化け物、アロガントだ。

「プラトーは……何をやってるの」

 毒突きながら、リーンドールは夜の闇へと紛れていく。

 狂った研究者の巣窟であり、依守市の再建にも大きく関わっているとされる財団法人……プラトーは騒動の中心にいる。

 かつてはそこの実験体であった自身のことを思い返しながら、リーンドールは束の間の静寂を取り戻した街へ消えていった。

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