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4 本当の願い 本当の目的 本当の依頼者


 私の願い。本当の願い。


 やっとわかった。



『 ゆっくり眠ること 』



 かかってくる電話に怯えることもなく

 朝から動く必要もなく。


 好きなときに起きればいいと思えば、夜眠るのも怖くなかった。


 あんなに眠れなかったのは、次の日が来るのが怖かったからなんだ。

 眠ったら朝が来てしまうから。



 退職代行を委任したあと

 新井弁護士の言った通り会社からの連絡はなかった。


 手元にスマホがないから連絡が来るようなこともなかったし。


 精神安定剤『デパス』を飲んでなかったのに、私はゆっくり眠ることができた。


 こんな安らかな気分は久しぶり。



 眠るの…気持ちいいな…。





 






 ふと、気が付くと

 私は『御鳥法律事務所』に来ていた。



 また記憶が飛んでいる。

 いつ来たのか分からない。

 デパスの副作用が続いているのかな。


 退職がちゃんとできたのか、報酬の支払いはどうするのか。

 それを聞くために近いうちに行かないとなって思っていたから、ふらふら来ちゃったのかも。



 新井弁護士は、いつも通りソファに座っていた。


 新井弁護士がソファで向かい合わせの誰かと喋っているから、今は邪魔しちゃいけないな。




「先生、このたびは…ありがとうございました」



 ソファに座る客はどうやら年配の男女2人。

 後ろ姿に見覚えがあるような…。

 それに、なんだか聞き覚えのある声。



「おかげで、ほんの少し、報いることができたと思います…」



 他人の会話を聞いちゃいけないなと思ったので、その場から離れようと思ったけど

 なぜか足が動かない。


 そのまま会話が聞こえてくる。


 今度は男性の方がしゃべっている。



「娘の、過労死責任を会社に取らせることができたのは先生のお陰です」



 こんなプライベートな話、聞いちゃいけないのは分かってるけど

 さっきから身体が硬直したように動かない。



「お二方とも1年間よく戦ってこられたと思います」


 新井弁護士は二人に声を掛けている。


「娘は、もう戻りませんが…。何かをせずにはいられなかった。勝ち目のない訴訟であちこちから断られてしまった中、引き受けてくださった先生にはそれだけでも感謝しているんです。なのに、まさか…」



 耳も離せない。

 なんで…



「それは、多分、お嬢さん、あかねさんが力を貸してくれたからです」


 あかね、私の名前…?



「そう言っていただけるのは嬉しいですが…。亡き娘に何ができたでしょう…?」


「裁判を戦うだけの証拠を残してくれました。これとかね」



 そう言って新井弁護士は、見慣れたスマホを取り出した。

 あずけたままだった私のスマホ?



「中に入っていた大量のデータ。会社からの着信と呼び出し通知。深夜早朝休日を問わない仕事の押し付け。そういった事情は全てこのスマホのデータから読み取ることが出来ました。これが決定的な証拠のひとつになったことは確かです」



「でも先生、どうしてこれが証拠として使えたんですか? ロックが外せなかったはずなのに」


「そこはプロですから。ロックのパターンの推測くらいつきます」


「そうなんですか…」


「ともかく、このスマホはお返しします。あかねさんの物ですからね」




 男性が震える手でそのスマホを受け取った。



「う…あかね…」


 男性は耐えきれなくなったように声を詰まらせた。



「あかね…あかね…。本当はお金なんて必要なかった…。でも許せなかったんです先生。あかねは死ぬまで働かされたのに、会社や上司がのうのうと何もなかったように過ごしていくなんて…。だから…。」



 そういうと、男性は女性と肩を寄せ合った。


「…あかね、生きていてくれれば、それだけで十分だったのに」


 女性は嗚咽混じりの声でそう言う。

 後ろ姿からでも分かる。ふたりとも泣いている。



 新井弁護士が話しているこの二人…。

 間違いない。

 



『新井先生! どういうことですか!?

 なんでうちの父と母がここにいるんです!

 それに、過労死って何? 訴訟って何のことですか!?』



 この二人、私の両親!

 なんで泣いてるの? 娘が死んだって何?


 新井先生は私のことをちらりと見ると、再び視線を両親に向けた。



『おとうさん! おかあさん! 私はここにいるよ!

 死ぬまで働かされたって誰のこと!?』



 私が声を上げているのに、両親は振り向きもしない。


 すでに叫びとなっている私の声に、両親は気が付く様子もなかった。

 

 どうして気が付いてくれないの!?


 私は、ふたりが呼んだから・・・

 だから、ここにいるのに・・・

 


 

___________




 また記憶が飛んでしまった。




 もう両親はそこにはいなかった。


 あれは、幻覚?




 目の前には新井弁護士がいる。



「おひさしぶりです。池原あかねさん」


 以前見たときと同じ笑顔。



 新井先生? あの、私の退職代行のことですが…。



「ええ。無事、退職しましたよ。死亡退職という形ですが」



 しぼうたいしょく…?



「あなたの望み、叶いましたね」



 …ええ、ゆっくり眠ることができました。



「それは良かった」



 それで、報酬を支払うために来たんですが、どういうことなんですか?

 さっき、そこにいたのって私の両親ですよね…?



「報酬は要りません。契約書にもそう書いてあるでしょ」



 契約書を確かに取り交わした。

 けれど、実はよく読まなかった。

 あのときの私は、細かい字を読む気力すらなくて…。


 でも、先生に私はまだ何も支払っていません。相談料も。



「報酬はあなたのご両親からいただきました。しかもなかなかの金額ですよ。

 会社からの賠償金が結構取れたものでね」



 どうして両親から?



「それは僕の本当の依頼者はあなたのご両親だからです。

 娘が脳出血で亡くなってしまい、それを過酷な労働を原因とした過労死として会社に責任を追及して欲しいという依頼を受けたんですよ」



 ですからなんで両親がそんな依頼を…



「けれど過労死の証拠がなかった。

 娘さんの遺品のスマホはロックが掛かっていて中を見ることも出来なかった。

 どんな業務形態で、毎日の帰宅が何時で、仕事内容がどんなもので、休日がどれくらい取れていたか、分からなかった」



 遺品のスマホ…



「でも、あなたが僕の目の前でスマホのロックを開く動作を見せてくれた。

 だからスマホを証拠として使うことが出来ました。

 それだけじゃない。あなたは会社でのことを色々話してくれました。

 退職代行のための情報だと思っていたんでしょうけど…」



 スマホは…



「あなたのスマホは、ずっと僕の事務所にあったんです。

 あなたは持ち帰ったつもりだったようですけど、もうあなたはスマホを持って帰ることは出来なかったから」



 …じゃなくて、私、私は…



「もう分かってるでしょ。池原さん。あなたは過労死してしまったんです。僕の法律事務所に来る前に」



 わたし、過労死… ?



「言ったでしょ。死んでも楽にはなれないって。

 あなたはずっと会社に縛り付けられていたんです。

 死んだ後も毎日会社に通い続けていた。

 僕に『スマホを預ける』までは鳴るはずのないスマホの着信音があなたには聞こえていた」


 

 うそ・・・



「会社からの着信が気になって何度もスマホを確認するためにここに来ていたんです。

 あなたがうちの事務所に来たのは、うちにスマホがあったからなんですよ」



 ・・・・



「でも、もうあなたは自由です。頑張りましたね」



 なにも…



「何もしていない? そんなことはありません。

 あなた、自分で見つけたじゃないですか。自分の本当の望みがなんなのか。

 そして僕という専門家の力を借りて会社と決別した。

 僕に『スマホを預けた』から、もうあなたにはスマホの呼出音は聞こえない。

 何も心にわずらうところなく眠れるんです」



 もう、スマホの呼出音は・・・聞こえない・・・。



「1年間、寝てたでしょ。気持ち良かったですか?」



 いちねんかん、わたし、ねてたの・・・?

 あんなに、まいばん、ずっとねむれなかったのに・・・。



「その1年の間に会社に対しては賠償責任を認めさせました。

 ご両親のたっての希望で『謝罪』もさせることもできました。

 和解こそ成立したとはいえ、会社はブラック企業の烙印を押され、社会的な制裁も受けています。

 あなたの上司は法廷の証人席で問い詰められて顔を真っ青にしてましたよ。

 あなたに見せたかったな。

 それは全部あなたが出してくれた情報のお陰なんです。あなたが頑張ったんですよ」



 わたしが、がんばったから・・・

 


「ご両親の呼ぶ声で、こうして束の間あなたは目を覚ましたみたいですけど。もうあなたは」



 わたしは・・・


 これからずっと、ゆっくりねむれる・・・



「もうあなたは、ずっとねむっていられるんです」



 そうね。まだねむい・・・



「おやすみなさい」





 そしてわたしは、手に入れることができた。




 永遠の眠り。


 安らかな眠り。


 もう、誰にも起こされることはない。




 私が消えるまで、ずっと・・・・・・・・・






















 残念ながら 法的に解決できることは時間とともに狭まっていく。

 事態が進行すればするほど取れる手段は限られてくる。


 もしも、もう少し

 もう少しだけ早く法律事務所に足を運んでいたなら…。


 生きてさえいたなら、いくらでもやり直すことができたのに。


 過ぎたことは戻らない。


 分かっているけれど、考えずにはいられない。


 彼女には、味方になってくれる両親も友達もいた。

 なのに、なぜ過労死にまで至ってしまったんだろう。

 どうしたら止められたんだろう。



 今まで何件も過労死案件を見てきた。


 いつ過労死するかなんて、死亡する本人も自分では分からない。

 あまりに突然、命が消える。


 突然過ぎて、死んだことに気が付かず

 ずっと怯えながら働き続ける。



 あんなに死を願っていた彼女だったけど

 実際に死んでしまっても、彼女はまったく満たされることはなかった。

 死んでなお、逃げ道を求めて死を見つめていた。



 僕は、死者の姿を見て、声を聴くことができる。 


 この特技で、死者に報いることに成功したとしても

 命は戻らない



 法律知識を使えば、生きている間にいくらでも解決策はあったのに。

 なぜ、もっとはやく相談に来てくれなかったのか…。






 でもね。

 しょせん、これも僕の仕事の一件に過ぎない。


 割り切るしかない。気に病んでも仕方ない。

 いちいち考えていたら仕事なんて続けられない。


 この特技のお陰で、思った以上の成果が得られた。

 証拠が乏しくて他の弁護士がさじを投げたこの事件だったけど

 結果的に得られた証拠で全面的に勝訴できるところまでもっていけた。


 会社からの賠償金から相当額の報酬を受け取れたしね。


 所長の御鳥先生はきっと喜んでくれる。

 僕はそれで満足しておこう。



 僕の仕事はまだまだ残っているけれど

 言ってる僕が過労死したらシャレにならないからね。


 ほどほどにしとくよ。












おわり




 おもむきの違う小説をいろいろ書き試しています。

 最近読んだホラー小説がおもしろかったので、今回はホラーに挑んだつもりが…。

 なかなかホラー展開にならない…!


 セクハラとか枕営業とか入れようかと思ってたんですけどねー。

 ダメじゃん!このままだと「現実がホラー」という話になっちまう!やべえ!


 そう思ったんで、かなり削って短く書きましたです。



 弁護士ものとしては2作目になりますかね。


 みなさまも過労死する前に弁護士に相談を!死ぬなよ!


※追記。活動報告に入れた人物紹介、新井先生だけですがここに置いておきます。


①名前

 新井あらい つかさ


挿絵(By みてみん)


②所属法律事務所

 御鳥法律事務所


③事務所所在地

 東京都


④外見

 やや細身で長身。

 容姿は整っていると言っていいかも。

 まだ若そう(あかね談)。

 目が怖いけど愛想は良い。


⑤性格

 陰気で得体が知れず怖そうな外見とは裏腹に性格は明るく、いたって普通の感性。

 友達も結構います。


⑥好みのタイプ

 オーラのキレイな人(好みのタイプのオーラがあるらしい)


⑦特技・能力

 霊が見える。霊とコミュニケーションを取れる。

 弁護士就職難の頃に弁護士になったため就職活動で苦労した。就職に有利になるかと考え、霊脈で修験者に短期弟子入りし必殺技をマスターしている(けど事情により使いどころがない)


⑧好きなもの・人

 御鳥みどり先生(事務所所長)


⑩嫌いなもの・人

 悪霊

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