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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン1
8/26

おじさんvs山ガール

 いかんな、近頃どうも弛んでおる。

「あと七日……」

 壁に貼ったカレンダーを見て呟く。残り一週間で妹達が帰国。友美とはそこでしばしの別れ。あやつめを大和撫子として教育する機会は当面巡って来ない。

「少し厳しくするか」

 友美は挨拶を欠かさん。食器の片付けや洗濯などといった家事も積極的に手伝いたがる。良い子なのは認めよう。しかし昼寝を嫌がる、お菓子を人にねだるといった悪い面があるのもまた、たしかなことだ。

 再びあの本を開いてみる。


“大和撫子とは穏やかで容姿端麗、清楚かつ言葉遣いが美しく、男性を立てる女性のことを指す”


「ふむ、穏やか……ではあるな」

 時々怒ることもあるが基本的にあやつはおおらかな性格をしていると思う。よし、この点は合格としよう。

「容姿端麗……」

 これも間違いなく合格だな。俺の姪は宇宙一愛くるしい。あの頬などいくらつついても飽きが来ない。あまりしつこいと怒られるが。

「清楚かつ言葉遣いが美しく……これだな」

 清楚とは飾り気が無くすっきりと清らかな様を言うらしいからやはり合格として、言葉遣いはあやつもまだまだだろう。なにせ三歳児なのだ。

 親父の教育の成果でこんな言葉遣いになってしまった俺が言うのもおこがましい話ではあるが、美しい言葉遣いを出来て損することもあるまい。将来的にはあやつのためになるはず。今日はこれを目標としよう。


 早速友美のところへ戻った。


「今日やるべきことが決まったぞ」

「うんちでた」

 洋式便座に座っている友美は、俺の言葉を遮りそう言った。

「よし、ちゃんとできたか」

 結構なことだ。ちゃんと食物繊維を取らせて良かっ……いや、そうではない。

「友美よ、そういう時は“うんちがでました”と言ってみよう」

「どうして?」

「綺麗な言葉遣いの方が、聞く人間は嬉しくなる」

「じゃあ、うんちでました」

「よし、自分で拭けるか?」

「おじちゃんも」

「ん?」

「おじちゃんも、ふけますかっていって」

 なるほど、たしかにこやつにばかりやらせて自分はいつも通りだと示しがつかん。

「ご自分で、お拭きになれますか?」

「うん」

「そこは、はいですね」

「はい」

 完璧だ。呑み込みの早いやつよ。

 水洗レバーにはまだ手が届かないので、俺が流してやった。




「今日は何をして遊びますか」

「かくれんぼがいいです」

「よか……わかりました」

 いかんいかん、こちらが先に素を出すところであったわ。

「では十数えるので、その間に隠れてください。お家の外や、危ない場所に行くのは禁止です」

「きんしって、なんですか」

「駄目、ということです」

「はい、わかりました」

 ふふふ順調順調。なんなくついてきおる。

 こやつめ、やはり天才か。

「いーち、にーい」

「おじちゃん」

 ん?

「ちゃんと、かずもていねいにかぞえて」

「……」

 丁寧な数の数え方……だと?

「ひ……ひとつ、ふたつ、みっつ」

「ちがいます」

「では、どうしたらいいですか?」

「えーごでいってください」

「ワン、ツー、スリー」

 友美は走って行った。

 何故英語なのだ?



「さて、友美さんはどこでしょうか?」

 俺と友美のかくれんぼには一つ特殊なルールがある。俺が勝手に設定した。

 それは、すぐに見つけてはいかんということ。たとえそれがどんなにバレバレな隠れ方であっても。

(今回もあそこか……)

 友美は隠れる場所が決まっている。カーテンの裏か起こした布団の中、あるいは廊下の角だ。隠れ方もほとんど変わらん。

 しかし俺は友美を見つけても、あえてそちらの方を見ないようにする。

「おかしいですね、見つかりません。友美さんはどこへ行ったんでしょう?」

 わざとらしくキョロキョロしながら探すとカーテンの裏からくすくす笑い声が聞こえて来た。さらに──

「ここですよ」

 ヒントまでくれる。

 もちろん、それでもすぐに見つけてはならん。

「このあたりから声が聞こえて来たような……?」

 ある程度時間をかけることがコツだ。でないと友美はヘソを曲げてしまうし、攻守交代が頻繁だとこちらもすぐに音を上げてしまう。

 だが今回はそろそろいいだろう。

「おや? なんだかカーテンが動いた気がしますね」

「だれもいません」

「あれ? 友美さんの声が聞こえたような……発見!」

「みつかってしまいました」

 きゃっきゃとはしゃぐ友美。隠れるのを楽しむというより、見つけてもらうことやその過程を楽しんでいるのだろう。

 ゆえに俺も本気を出してはならぬ。

「こんどはおじちゃんがかくれてください」

「わかりました」

「ワーン、ツー」

 お? お前も英語で数えられるのか。さては美樹が教えたな。

 こうしている場合ではない。すぐに隠れなければ。

 俺が隠れる場合、すぐに発見されてはならないし、かといって友美が見つけ出すことを諦めるほど難しくしてもならない。絶妙な匙加減が必要となる。また風呂場などの危険が伴う場所も厳禁だ。

 となると必然、俺も隠れられる場所は少なくなる。大人はただでさえ小さな隙間に潜り込んだりできなくて不利なのに、俺の場合さらに無駄に図体がでかいからな。

(今回はDポイントを使うか)

 友美が十数え終わる前に、最近新たに出来た隠れスポットへ迅速に滑り込んだ。

「もういいですか!」

「もういいですよ!」

 答えると、早速とてててっという軽い足音が走り回り始める。ハラハラさせるな。

(走らんでいい、歩いて探せ。また転ぶぞ)

 やはりもう少し落ち着きも学ばせた方がいいかもしれん。

 やがて俺の隠れている場所に友美の気配が近付いて来た。

 空き部屋に設置したテントへ。


 ──先日、たまには外食するかと友美を連れて街へ出たら、ファミレスがちょうどあの青狸とコラボしていた。友美がどうしても入りたいと言うのでそこで食事を取ったのだが、食後にクジを引いて下さいと言われ、引かせてみたところこの青狸デザインの簡易テントが当たってしまった。畳んだ状態からワンタッチで展開される優れもの。

 どうしても使いたいと言うので空き部屋に設置してやった。それ以来、絵本や人形など持ち込んで自分の部屋のように使っておる。俺も窮屈ではあるが、なんとか入れないことはない。

 テントの入口はジッパーで閉じておいた。大人なら中に誰かがいると丸わかり。しかし友美は──


「あれえ? いませんね」

「……」

 こやつの場合、本気で気付いておらん。

「あっちかな?」

 友美は一旦別の部屋を探しに行った。俺は静かに待ち続ける。

 やがてまた戻って来た。

「いない……」

 ちょっと泣きそうな声だ。今回は難しすぎたか、よし。

「ここですよ」

「!」

 友美は一気にテントに近付いて来た。そしてジッパーを動かし、入口を開いて。

「いた!」

「見つかりました」

 俺も安心して外へ出た。




「疲れました」

「そうですね」

 午前中めいっぱい遊んだので、友美は早くもお疲れだった。

 いや、早すぎる。いつもならまだまだ元気いっぱいの時間だろう。

(この言葉遣いのせいか?)

 普段やらないことをやると気疲れするものだ。

 そうだな、今回はここまでにしよう。

「よし、友美。いつも通り喋っていいぞ」

「どうしてですか?」

「勉強は時間を決めてやるものだ。そして今日の勉強の時間は終わった」

「わかった」

 切り替えの早いやつめ。良い勝負師になれそうだ。

「さて、ではそろそろ昼飯を」

「おじちゃん!」

「ん?」

「おじちゃんのぼりしたい!!」

「……」


 大和撫子の条件。

 男を立てる。


「……よかろう」

 俺は立ち上がり、空気椅子のようなポーズで両手を前に突き出した。友美はその両手を掴み、俺の膝を足場にして頭の上を目指しよじ登って来る。

「うんしょ、よいしょ」

「なんだ、やはり元気いっぱいではないか」

 まあ良い。俺の勝手でもう一つ大和撫子の条件を付け足させてもらおう。

 健康。それもまた俺の願うこやつの未来には必要なことよ。


 伯父が山 姪は登山者 山ガール


「いててて、髪を引っ張るのはやめてくれ、ハゲる」

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