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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン1
7/26

娘vsおじさん

 教室で帰り支度をしていたら男子達が呼びかけてきた。

「おーい、歩美。サッカーやるけど来ねえ? 人数足りなくてさ」

 いつもなら参加するんだけど、あいにく今日の私には大事な用がある。

「ごめん、すぐ帰らないと」

「えー」

「えー、じゃないわよ木村。あゆゆ、今日誕生日じゃん。忘れたの?」

「あっ!?」

 さおちゃんに指摘された木村 無限むげんは顔を青ざめさせた。

「今日か!」

 忘れてたなこいつ。ちゃんと招待状を手渡したのに。

 今日は私の誕生日会。じいちゃんばあちゃんと一緒に暮らしてる家はけっこう広いので、仲の良い友達とさらに何人かを招待しておいた。毎年のことだ。

 まあ、実際来てくれるのは半分くらい。男子はいつも忘れるか、恥ずかしがってやって来ない。女子の誕生日会に出席するなんてかっこ悪いのだそうだ。わけわかんねー。

(あの人はちゃんと来るかな……?)

 来てくれないと困る。せっかくの計画が台無し。

「後で行くからね、あゆゆ」

「オッケー、ゆっくりでいいよ、さおちゃん」

「オレも行く」

「サッカーは?」

「やめた」

 どうやら木村は来るらしい。慌てて帰り支度すると私より先に飛び出してった。

「どうしたんだろ?」

「あいつ、あゆゆのことが好きだから」

「まっさかあ」

 そんな男子いるわけないよ。




 私は半分男子みたいなもの。髪は短くしてる方が好きだし、スカートも滅多にはかない。女の子らしい遊びより外で走り回ったりゲームして遊ぶ方が楽しい。あと、ママ達からはよくパパ似だって言われる。つまりそんだけ男っぽいのだ。

 ただ、男子の馬鹿っぽさというか特有のノリにはついてけないことも多い。それで少し引いた位置から見ていると、今度はクールでかっこよく見えるとかで同性にウケる。おかげで女子達とも仲良くやれてるんだけど、普通の友達って言えるのは幼馴染のさおちゃんだけかな。男子なら木村ね。あいつも小一からの付き合い。

 でもね、私もやっぱり女の子なんだよ。だから誕生日にはいつもと違ってそれらしい服を着ることにしている。せっかく自分が主役の日なんだから目一杯楽しまないとね。学校では恥ずかしいからいつも通りズボンを履いてたけど、帰ったらママの用意してくれてる衣装に着替えるぞ!


 というわけで帰って来た。


「ただいまー」

「おお、おかえり、歩美」

「早かったねえ」

「ふふ、まあね」

 笑顔で迎えてくれたじいちゃんとばあちゃんに対し、私もほくそ笑んでみせる。

「みんなが来る前に、しておくことがあるからさ」

 ニヤリ。




「なんじゃ貴様! スジモンか!?」

「いやですよあなた、ごーてつ君じゃないの」

 あ、来たらしい。外の騒ぎを聞きつけ、ママが慌てて外へ駆け出す。

「お父さん! センパイよ、ほら高校の時の!」

「あっ!? そうか麻由美が高校の時に世話になった……いやすまん、歳のせいか、忘れておった」

「随分無沙汰をいたしましたので、やむなきことかと。こちらこそ戻って来ておきながら挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」

 窓から外を見ると、あのおじさんと友美ちゃんがいた。フフフフ、ちゃんと時間通りに来るとはえらい。おじさんのだけ二時間早く書いておいて良かったよ。

 私の姿に気付いた友美ちゃんがこっちを指差す。

「おひめさまがいる!」

「こら、人を指差すでない。ん? おお、たしかに“お姫様”だな」

 ヘヘッ、どうだ、マゴニモイショーってやつだろ。胸を張ってみせる。

 ママが借りてきてくれた貸衣装のドレスのおかげで私は一日限定のプリンセスになっていた。




「麻由美よ、この飾りはこれで良いか?」

「はい、バッチリです。ありがとうございます」

 計算通り。ママは毎年私の誕生日になると張り切って家中飾り付ける。それこそ誕生日会の直前まで頑張る。

 だから早目に呼び出せば、当然おじさんも手伝うことに。そうなればママとおじさんが共同作業。必然的に親密さが増すってスンポーさ。

 それだけじゃないよ。今日はことあるごとにママの魅力をおじさんにアピールしていくからね。覚悟しなよおじさん。


「見て見ておじさん、このケーキ、ママが焼いてくれたんだよ」

「ほう、これは見事な。お前、菓子作りの才能があったのか」

「そ、そうスか?」

「そういえば俺も菓子を焼いてきた。皆で食ってくれ」

「ありがとうございます、ドーナツですね。って、お、お店で買うやつみたい」

 アンタがアピールしてどうする!?


「お、おじさん、今日のママ、お洒落だと思わない?」

 ママは私に合わせ、普段よりしっかりメイクして大人っぽいドレスを着ている。

「たしかにな、見違えたぞ麻由美よ」

「マジスか? えへへ」

「アユミも凄いな。似合っているぞ」

「そ、そう? えへへ」

 って、私のことはいいんだよ! ママ! ママを見てやって!

「こういう服はどこで借りられるのだ?」

 友美ちゃんに着せる気か!

 私にも写真見せてね。


「友美ちゃん……ハッ、そうだ!!」

 こうなったらあの子にも手伝ってもらおう。早速じいちゃんばあちゃんに可愛がられている友美ちゃんの元へ走る。

「ちょっと借りてくねっ」

「どうしたんじゃ歩美?」

「ああっ、ともちゃ〜ん」

 ごめんね二人とも。友美ちゃんも。これが終わったらすぐに返してあげるから。

「あゆゆ?」

「ともみちゃん、今からお姉ちゃんが言うことを、おじさんに言ってくれない?」




 おじさんとママは何故か座敷に移動していた。仏壇の前で手を合わせている。

 あ、そうか、パパか。

「お初にお目にかかる。俺は大塚 豪鉄。今日は娘さんの誕生日だということで、お邪魔させていただいた」

 律儀な人だなあ、死んだ人にまでわざわざ挨拶するなんて。

(なにはともあれ、ママとおじさんだけのこのシチュエーションはチャンス。友美ちゃん、お願い!)

「うん」

 よくわかってないっぽい顔だけれど、友美ちゃんは素直に頷いて座敷の中に駆け込んで行った。良い子だなあ。あんな妹が欲しい。

「おじちゃ〜ん」

「ん? どうした友美、麻由美のご両親と遊んでいたはずでは?」

「父さんと母さん、こんなちっちゃい子から目を離したのかしら。すいません先輩」

「いや、突然来て面倒を見てもらっているわけだしな。それより何用だ友美?」

「おじちゃんとおばちゃん、いいかんじだね!」

「はひっ!?」

 ママが硬直しちゃった。ちょっと、何してんのさ! そこでグイグイいかなきゃ!

「ふーふみたい!」

「ほう……」

「と、とも、ともちゃ、なにを……」

「って、あゆゆがいえって」


 おおい!?


「……」

「……歩美、出てらっしゃい」

 二人の視線がこっちを向いたので、私はしかたなく襖の陰から顔を出す。

「ち、違うよ。今のは別に……」

「いいから来なさい」

「はい……」

 私はママの前で正座させられた。ああ、これから説教されちゃうんだ。よかれと思ってしたことだったんだけど、余計なお世話だったかな。

 ママが大きく息を吸い込む。お説教の前のいつものルーティーン。

 でも、その肩にポンと大きな手が置かれた。

「待て、麻由美。先に俺に話をさせてくれ」

「え?」

「先輩?」

「頼む」

「はい……それじゃあ、どうぞ」

 憧れの人に真剣な眼差しで頼まれ、ママは顔を赤くしつつ後ろへ。

 代わりにおじさんが少しだけ前に出て私を見つめる。

「アユミよ」

「う、うん」

 何を言われるのだろう? こうして間近で見ると本当に怖い顔だなこの人。思わず唾を飲み込む。

「合点がいった。今回のこと、どうやらお前は母のため色々策を巡らせていたようだな」

 うっ、バレた。思ったより鋭いな。

 おじさんの手がこっちに向かってのびてくる。時々こういう悪戯をすると、じいちゃんはゴチンとゲンコツを落とす。だから今回もそうなるのだと思った。

 でも、おじさんのおっきい手は、私の頭を丁寧に優しく撫でた。

「……?」

「母のために頑張るのは悪いことではない。だが、今日はお前の誕生日だ。主役の自分をもっと大切にしてやれ。誰かのためではなく、お前自身のために今日を楽しめば良い」


 ……。


 なんでかな? 全然似てないのに仏壇に立ててあるパパの遺影の顔と、このおじさんの顔が重なって見えた。

「ふう……そうですね、今日はこの子が主役ですもんね」

 ママはそう言って立ち上がると、私の手を掴んで立ち上がらせた。もう、お説教をする気は無いらしい。

「さ、準備を続けましょう。もうすぐお友達も来るでしょ?」

「楽しみだな、アユミよ」

 おじさんも友美ちゃんを抱いて立ち上がる。

「う、うん」

 その顔を見てると、さっきとは違う意味でドキドキした。




「さあ、一気に消して!」

「ふーーーっ!!」

「おお、お見事!」

「歩美、九歳のお誕生日おめでとう」

 祖母の祝福の言葉に続いて、集まった一同が次々にアユミに祝辞を述べる。

「おめでとう!」

「おめでとー、あゆゆ!」

「あ、ありがとう」

 照れながらそれらの言葉を受け取るアユミ。うむ、良い笑顔だ。誕生日の主役はそうでなくてはならん。俺も改めて祝おう。

「おめでとう」

「ありがと」

 俺に対する返事だけそっけない気がするが、まあ、この中で一番付き合いが短いからな。当然のことか。


 それにしてもこやつ、まさかの策士であったわ。


(俺と麻由美の縁を取り持とうとしていたのだろう、多分)

 確信は無いが、あの時、友美に言わせた言葉を考えれば間違ってはおるまい。

 ゆえに合点がいった。今回のことだけでなく、高校の時に麻由美がずっと後ろをついて歩いていたことや、当時、頻繁に俺の家に遊びに来ていたことなどを含めて色々な。あの頃は美樹と遊ぶために来ているのだと思っていたが。

(人との縁は思わぬ形で繋がり、そして変化してゆくものだ……)


 ──昨夜、サラリーマンだった頃の同僚から電話が来た。会社が潰れた後、実家に戻り農業を始めたのだが、今年は豊作だったから少しおすそ分けしてやるという内容。

 正直驚いた。会社にいた頃は仲の良い相手ではなかった。むしろ一方的に嫌われていた気がする。皆、日常的に上司のパワハラを受けていたからな。あいつは俺に当たり散らすことでそのストレスを発散していたのだろう。それが、どういうわけか会社を辞めた後になって友人として接して来た。


 あいつにとって俺は、単なる同僚でなく友達だったようだ。


 その電話のせいか嫌な夢を見た。やはり会社に勤めていた頃の夢だ。

 残業ばかりの過酷な日々。休みはほとんど取れず上司は部下にパワハラ三昧。辞めたいという後輩達の愚痴を聞き、宥め、時には引き止めきれずに見送り、心身共に疲れ果てていた頃の俺の夢。

 しかし目を覚ますと腹に友美が乗っていた。まるで猫のように。


 その重みと熱を感じていたら、あの日々の記憶にも温もりを感じた。良縁悪縁、世の中には様々な縁があるが、なんにせよ他者との繋がりは大切なものだ。いついかなる時でも孤独になってはいかんし、真に孤独になることも出来んのだと思う。人と全く関わらずに生きていくことは人間には難しい。悪縁だって、いつかは良縁に変わるかもしれん。


 そんなことを考えていたら、ひょっとしてと思った。先日麻由美が訪ねて来た日に頭の中に浮かんできた光景。あれはそういうことなのではないかと。

 高校時代は就職活動と妹の面倒を見ることに専念したかった。

 社会人になってからは忙しすぎて他のことを考える余裕が無かった。

 しかし暇になった今になって思い返すと、俺もそうだったのかもしれんなと。忙しさを理由に自分の気持ちに蓋をしていただけで、本当はいつも後ろをついてくる“ヒヨコ”のことが気になっていたのではないか?


 まあ、やはりまだ確信は無いがな。

 今も、優先すべきは友美よ。妹に無事この姪っ子を返すまでは他のことに現を抜かしておれん。

 だが、その後ならば……。


「友美よ」

 膝の上に座った姪へ問いかける。

「アユミは好きか?」

「うん、すき」

「麻由美もか?」

「ケーキおいしい」

 麻由美の判断基準はそこなのか。

 だが、たしかに美味い。

「そうだな、あやつは娘の誕生日に美味いケーキを焼ける女だ」

 アユミを見ていればわかる。あれだけ母を慕っているのだから、間違い無く良い親なのだろう。

「そういうことだ」

「なにが?」

 今はまだわからずとも良い。

 いずれわかる。

「あゆゆ、おひめさまみたい」

 友美はさっきからしきりに同じことを言っている。

 そして、その度にチラチラと俺を見る。

「友美も着てみるか?」

「きたい!」

「ならば今度行くか。ああいうのを着られる写真屋の場所を聞いておいた」

「やった!」

「こらこら暴れるな」

 膝の上で跳ねる友美と座らせる俺。今日だけはお前が主役ではない。ちゃんと大人しくしておれ。

「あはは、可愛い」

「あゆゆのほうがかわいい! おひめさまだもん!」

 友美の中では“お姫様”は無条件で何よりも可愛いという位置付けのようだ。

「そうだな、可愛いな」

 俺が同意するとアユミは「ばっ、ばかなの!?」と声を上ずらせる。

 そんなに変なことを言ったか?

「と、ともみちゃんのが可愛いに決まってんでしょ!」

「友美は可愛いが、お前も大したものだ」

「ママ! この人いつもこうなの!?」

「先輩は正直者なの」

「ていうか、ずっと気になってたんだけど、このおじさん誰だよ!?」

 アユミのクラスメートだという、やけにめかしこんだ少年が叫ぶ。おお、すまんな自己紹介が遅れた。

「大塚 豪鉄。アユミの母の友人だ」

「ゆうじん……」

 肩を落とした麻由美に気付かれぬよう、一言付け加える。

「……今のところはな」

 惚れた弱みという言葉があるが、この場合、どっちが負けになるのだろうな。


 今さらの 自覚抱いて 春近し?


「今度は俺から飯に誘おう」

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