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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン1
6/26

おじさんvsお菓子

「友美よ、もう一度見せてくれ」

「はいっ」

「ぬう……字が小さい」

 姪っ子が顔の前まで持ち上げてくれたパッケージ。その裏の説明に目を走らせる俺。今、ちゃぶ台の上でハンバーガーを作っているところだ。

 と言っても本物ではない。知育菓子というやつである。ハンバーガーやら寿司やら様々な食事を模したものを、中に入っている粉を水で溶いて練って再現するらしい。

(昔も似たような菓子はあったが、最近のものは随分凝っている)

 凝っている分、手間も増えていた。正直言って子供だけでは無理だろう。電子レンジを使う工程もあるし、箱には「ほごしゃのひととつくってね」と注意書きがある。

 もちろん全部俺がやっては意味が無い。任せられそうな作業は友美自身の手に託す。

「さあ友美、練ったぞ。これをその型にはめてポテトを作るのだ」

「やってみる!」

 中に入っているプラスチックトレーがそのまま形を整える型になっていた。友美は俺が渡した生地を小さな指でそこに押し込む。

「できた」

「外してみるか」

 取り出してみると、それは若干いびつながらしっかり四角い形になっていた。ミニマムな食パンかワッフルという感じだ。トレーの底に突起があったため縦線がいくつも入っている。

「次はこのナイフで切るのだ」

「うん」

 無論本物ではなくプラスチックのオモチャのナイフ。俺の指では持つのに苦労しそうな極小サイズのそれを使い、線に沿って切り離していく友美。よし、上手だぞ。

「あっ」

 最後の一本だけナイフが変な方向に走り真っ二つにしてしまった。

「おじちゃん……」

「安心せよ」

 千切れたそれを指でつまんで練り直し、伸ばして一本に戻す。他と若干違う形になってしまったが、頼むから気にしてくれるなよ。

「ありがと」

「うむ」

 気にしてはおらんようだ。むしろワクワクしておるな、こやつめ。

「あとは、やくの!?」

「そうだな」

 電子レンジで加熱することを“焼く”と言っていいかどうかは知らんが、そんな細かいことにいちいち突っ込んで白けさせることもあるまい。

 他のパーツの成形は先に終えてある。それらを全て皿に乗せ、パッケージの説明通りの時間加熱。長くはない。小さいのですぐに終わるようだ。

「ほう……」

 膨らんで来た。

「いいにおい!」

 たしかに。驚いたな、けっこうハンバーガーらしい匂いがする。粉に水を足して練っただけなのに。

 出来上がったそれらを積み重ね、パッケージの一部を切り取って作ったファストフード店の食器風に見えるフィルムの上に並べた。仕上げはコーラだ。

「炭酸ではあるまいな?」

 いわゆる粉末コーラらしい。やはり付属の小さなカップに水を入れ、溶いてみたところ、味だけがコーラ風。炭酸は含まれていない。友美はまだ炭酸を飲めんからな、助かる。

「いや、考えてみれば当たり前か。対象にしているのは同じような幼子だしな」

「おじちゃん、もうできた?」

「うむ」

 加熱したては熱いので少し冷ましておいた。もうそろそろ食べられるだろう。

 再び、いつものちゃぶ台の上に置いて友美を座らせる。ちなみにこやつ用の椅子は妹が「百均にあるよ」と言うのでダイ○ーで買って来た。最近の百均はなんでもある。

 俺としてはもっと良い椅子を買ってやりたかったのだが「一ヶ月しか使わないのに高いものなんか買わなくていいよ」と言われてしまった。

(次に来るとしたら盆あたりか?)

 美樹達の仕事次第だろう。今年はずっと忙しくなりそうだと言っていたし来年の正月になるかもしれん。すでに若干窮屈そうなこの椅子はその頃にはお役御免になっているはず。そう考えると、やはりこれを使うのは今回の滞在だけになりそうだ。子供はすぐに大きくなる。

「いた、だき、ます!」

 いつものように細かく区切りながら食前の挨拶をする友美。ところがなかなか手を付けようとしない。

「どうした?」

「はんぶんこ」

 ああ、なるほど、俺にもくれるつもりなのか。

「俺はいらん。そんなに小さいものを半分にしなくてもよかろう。一人で食べるが良い」

「だめ! いっしょにつくったの! はんぶんこ!」

「ぬう」

 強情な奴め。しかたなく包丁を持ってきて自分の親指の先ほどしかないバーガーを縦に切ってやった。

「出来たぞ」

 ポテトはすでに切り分けてあるから同じ数になるよう配るだけだ。コーラは喉が渇いていないからいらんというと、あっさり納得してくれた。

(腹が減ってないと言えば良かったのか)

 こやつの判断基準は推し量るのが難しい。

「おいしい」

「うむ」

 味もなかなかどうして、ハンバーガーらしさがある。ポテトは少し塩気が足りん。

 もちろんすぐに無くなった。手間を考えるとあまりに呆気無い。しかし友美は満足そうに笑っている。

「おいしかったね」

「そうだな」

 最近何を食っても美味く感じる。こやつと一緒に食うからこそ美味いのかもしれん。友美よ、お前もそう言いたかったのか?

 俺の問いかける眼差しに気付かず、友美は生まれて初めてのコーラを飲んできらきらと目を輝かせる。

「すごくおいしい」

 いかん、ジュースは絶対飲ませるなと言われていた。忘れておったわ。

 後でちゃんと歯を磨かせよう。




「おや?」

 日課の散歩に出かける直前、郵便受けを確認してみると一通の手紙が入っていた。

「切手が貼られておらん……」

 誰かが直接投函していったか? 眉をひそめながら差出人の名前を見ると、さらに驚かされた。


“じねご あゆみ”


 麻由美の娘ではないか。何故あの娘がうちに手紙を?

「それなに?」

「アユミからの手紙だ。この間、公園で一緒に遊んだだろう」

「あゆゆ」

「?」

「って、よんでっていってた」

 ああ、アユミか。何故昔のアーティストの愛称を知っているのかと思ったぞ。

 封筒を開いて中の手紙を読んでみる、なるほど、そういうことか。

「もうすぐアユミは誕生日らしい」

「おたんじょうび?」

「そうだ」

「ともみ、このまえだった」

「うむ」

 友美は四月二十八日。つまり先月で三歳になったばかり。

「あゆゆ、なんさいなの?」

「たしか……」

 先日真由美が来た時、九年近く子育てをしてると言っていた。あの言い回しからすると今は八歳ということか。

「おそらく九歳になるのだろう」

「きゅうさい……おおきい」

 ものすごいおねえさんだ、とでも思っていそうな顔だ。俺の歳を教えたらたちまち爺さん扱いになるかもしれん。こやつには絶対教えてやらん。

「ケーキある?」

「あると思うが、催促はするなよ」

 いやしいと思われてしまうぞ。子供だし食欲旺盛なのは良いことだがな。

 手紙は招待状だった。何故だか俺達のことを誕生日の祝いに招いてくれるらしい。この住所、会場は麻由美の実家だな。昔、一度だけ行った覚えがある。

(親の知り合いとはいえ、自分にとっては赤の他人も同然だろうに)

 あるいは麻由美が友美のためにと気遣ってくれたか? なんにせよ特に断る理由も無い。厚意に甘んじて顔を出させてもらうと──顔?

「いかん」

 よく考えたら俺の顔は十分遠慮する理由になるではないか。アユミの友達でも招かれていたらパニックになってしまうぞ。高校生の時に町内の子供会のサンタ役を頼まれた苦い記憶が蘇る。

 かといって折角の招待を断るのもな……事によってはその日の主役を傷付けることにもなりかねん。少なくとも招いた客が来てくれなかったら癪には障るだろう。

「……土産を用意するか」

「おみやげ?」

「うむ、予定変更だ友美。今日はスーパーに行く」

 どのみち誕生日プレゼントは必要だ。かといって俺には小学生のおなごが欲しがるものなどまるでわからん。あまり金のかかった品だと遠慮させてしまう可能性もある。

 ならば菓子でも作って持参しよう。幸い先日、麻由美の連絡先は聞いておいた。母親に訊けばアユミの好みも一発でわかる。

「友美よ、また菓子を作るぞ。手伝ってくれるか?」

「やりたい!」

 その意気だ。

 さて、まずは電話せねば。




 三日後、俺は大量のドーナツを詰めた箱を片手に、もう一方の手で友美の手を引いて家を出た。

「たのしみだね」

「そうだな」


 誕生日 祝ってみせよう 俺達で


「少し、ひねりが足りんな」

 何はともあれパーティーに出発だ。

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