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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン1
4/26

おじさんvsニワトリ

「こうえんであそびたい」

「よかろう」

 目敏いな我が姪よ。たった今、砂場遊びセットが届いたところだ。

 そんなわけで三時のおやつを終えた我等は近所の公園まで来たわけだが……入口にどことなく見覚えのある娘が。

「あっ、ママ、あの人来たよ」


 んん? 母親らしき女が猛然とこちらへ──


「先日はすみませんでした!」

「!?」

 女は俺の前でスライディング土下座した。

 アスファルトの上だが、大丈夫か……?



「たびたび申し訳ありません、先輩」

「もう少し落ち着いて行動せよ」

 公園のベンチで、案の定膝を擦りむいていた女に友美用にと持ち歩いている救急セットを使って手当てを施してやりつつ、内心では首を傾げる。


 誰だこやつ?


疾風の俺「わからん!」

大地の俺「そう急くな疾風の」

激流の俺「先日、駄菓子屋の前で俺の顔を見て逃げ出した女だろう」

大空の俺「その後も何度か遭遇するたびに逃げられている」

業火の俺「無礼な! 打ち首だ!」

大地の俺「やめんか、冷静になれ。友美の前で醜態を晒すな」

伯父さんの俺「そうだ、それだけはあってはならぬ」

怒涛の俺「それで結局誰なのだ?」

雷鳴の俺「わからん!」

宇宙の俺「私を先輩と呼ぶからには、学生時代の後輩か社畜時代の同僚でしょう。確率は一二〇%」

小六の俺「社畜だったのは最近までのこと。しかし見覚えは無い」

中三の俺「ならば学生時代の後輩と考えるが妥当か」

高三の俺「しかし全く思い出せん」


「……やむをえん」

「どうしました、先輩?」

「すまんがわからん、誰だお前は?」

 しばし脳内で議論を交わした俺は、正直に問いかけてみた。まったくわからん。

 ちなみに友美はこやつの娘と砂場で遊んでおる。自分から子守りを買って出た。面倒見の良い性格らしい。友美もあっさり懐きおったわ。

 ……嫉妬などしておらん!

「ヒッ!? すいません、わかりませんよね! 言います! 言いますから、そんなに怒らないで!」

 涙目になってしまった。ええい小心者め。

「違う、間違うな、怒ってはおらん。だから早く言うが良い」

 さっきから気になってしかたない。

 すると女は身を乗り出してきた。

「マユミです! 笹子(じねご) 麻由美!」

「近い近い。離れろ」

「あ、すいません……」

 マユミ……? 名前を聞いてもまだピンと来ない。何かが喉元までせり上がってはいるのだが……。

「……」

「……あ、あの、わかりません?」

「ううむ……」

「そ、そんなあ、思い出してください! アタシッスよ! ごーてつセンパイ!!」

「はっ!?」

 ッス、という語尾を聞いた俺の脳裏をようやく雷鳴の俺が駆け抜ける。

「ヒヨコ! 貴様ヒヨコか!?」

 髪が黒い! 肌が白い! 化粧が薄い!

「わかるか!?」

「あ、そ、それもそうですね。えへへ」




 笹子 麻由美は高校の時の二つ下の後輩。入学式直後から何故か親鳥について歩くヒナのように俺を追いかけ続けていたため、皆から“ヒヨコ”と名付けられた。

 当時はガングロで金髪で化粧も濃い、いわゆるギャルだったのだが……。

「ずいぶん変わったな」

「そりゃまあ一児の母ですし」

 なるほど、いつまでもあのままではおられんな。思えば長い時が過ぎた。ヒヨコも立派な……いや、立派かはわからんが、ともかくニワトリになったらしい。

 俺が感慨に耽っていると、ニワトリ、もとい麻由美はビクビクと怖がるように再び問いかけてきた。

「そ、それで、あの……先輩の方は? あそこにいるの娘さんですか?」

「いや、姪だ」

「あ、じゃあ美樹ちゃんの。先輩はご結婚は?」

「しておらん」

「そうですか」

「うむ」

 よくわからん質問だ。人の婚姻状況というのはそんなに気になるものか?

 とすると、ここは俺も訊き返すのが礼儀だろうか?

「お前はどうなのだ」

「えひっ!?」

「どうした?」

「い、いえ、そのアタシはッスね! アタシもまだ独身で……」

「ん? だが、さっき母親だと」

「あ、はい……大学では彼氏がいて、卒業後に結婚する約束だったんですけど、急な病気で他界して……あの子は彼の子なんですけど、妊娠に気が付いたのは彼が亡くなった後でした」

 なるほど、それで未婚のシングルマザーに。こやつも苦労してきたのだな。

「その御仁、残念だったな……お悔やみを申し上げる……」

「ありがとうございます」

「それで、仕事はどうしているのだ?」

「市役所の臨時職員ッス。休みを取りやすいんで、こうして子供ともよく遊んでやれるんですよ」

「ほう……」

 それは良いことを聞いた。高卒でも採用してもらえるものだろうか? いや、しばらく働くつもりは無いが、もし必要になったらな。

「先輩は今、何を?」

「少し前までブラックホールにいた」

「えっ!? もしかして、あのニュースでやってた……?」

「うむ、洒落にならんブラック企業だ」

 有名な家電メーカーなのだが、あまりにも多い時間外労働やパワハラの横行等、環境の劣悪さでも有名だった。昨年パンデミックが発生し、ほとんどの企業がリモートワークに移行していた時にも全社員を出社させてマスコミに叩かれたな。実際かなりの人数のクラスターを発生させてしまい、それでやっとリモートワーク化が進んだ。

 そして俺が宝くじを当てて辞めた直後、外国人技能実習生に対して犯罪まがいの扱いをしていたことが明るみに出て、あれよあれよという間に倒産してしまった。まさかあんなことまでしていたとは……。

「それじゃあ、今はお仕事は?」

「しておらん。まあ、蓄えがあるから当面心配いらん」

「そうですか」

 ホッとする麻由美。俺の身を案じてくれたのか、良いやつだな貴様。

 しかし宝くじのことは他人に言うなと妹に釘を刺されている。なので今は黙っておこう。こやつは平気な気もするが、高校時代の印象は何故か俺の後ろをついて回るだけのヒヨコ。さほど詳しく知っているわけでもないし過信はできん。

 それにしても、やはり不思議だ。

「いまだにわからんのだが、お前は何故あの頃、俺をつけ回していたのだ?」

 ビクッと麻由美の肩が跳ね上がる。

「あ、ああの、せ、先輩って強かったじゃないですか? アタシ、中学時代にいじめられてて、それで先輩と一緒にいたら高校ではいじめられなくて済むかな〜って」

「なるほど」

 そのような事情があったのか。ならば素直に言えばよかろうに。正直、あの頃はストーカーなのではないかと疑っていたぞ。

「おじちゃ〜ん!」

「おお、友美。どうした」

 姪っ子に手を引っ張られ立ち上がる。そのまま砂場まで行くと、俺は感嘆の声を上げた。

「なんと……素晴らしい」

 見事な城が出来上がっていた。さらに土台にトンネルまで掘られている。

「ともみちゃん上手だね」

「そうかそうか」

 うちの子を褒められて機嫌を良くした俺は友美と一緒に麻由美の娘の頭も撫でてやった。くすぐったそうな顔をしておる。

「その方、名はなんと申す?」

「アユミだよ」

「母親と一字違いか、覚えやすい。友美はまだしばらくこっちにいる。時々顔を合わせることもあろう。その時にはまた遊んでやってくれ」

「うん、いいよ」

 良い子ではないか、気に入った。

 俺自身が友美の遊びに付き合ってやりたい気持ちもあるが、やはり歳の近い方が気兼ねなく楽しめよう。この娘はしっかり者に見えるし目の届く範囲でなら安心して任せられる。思わぬ良い巡り合わせになった。

「さて、そろそろ夕方だな。一旦帰って着替えてから晩飯の材料を買いに行くぞ、友美」

「やだ! まだあそびたい!」

「むう」

 珍しくごねおる。そんなにアユミが気に入ったか。

「ともみちゃん、またこんど遊ぼう。おねえちゃん待ってるから」

「うん……」

 おお、アユミの説得には素直に応じた。

 若干悔しい。

 公園の水道で手を洗わせると、友美は唇を尖らせつつ俺の手を握ってくる。

「きょうのばんごはんなに?」

「グラタンに挑戦してみるつもりだ」

「ぐらたんっておいしい?」

「美味いはずだ。失敗しなければな」

 多少の心得はあるが、ここは下手なアレンジなどしないよう心がけねば。

「それではな麻由美、アユミ。友美が世話になった。また会おう」

「はい、先輩!」

「またね〜」

「ばいば〜い」

 手を振るアユミに振り返す友美。友達が出来て良かったな。




「……ママ、あの人、買い物に行くって」

「無理。今日はもう無理。あんなに長時間話したの久しぶりだもん。これ以上は心臓破裂して死んじゃう」

「しっかりしなよ、憧れの人なんでしょ?」

「だからよ〜」

 そう、あれは中学時代──校庭でクラスメート達にいじめられていた私を先輩が助けてくれたのが出会い。


『貴様ら、くだらぬ真似はやめよ』


 あの世紀末覇王フェイスでひと睨みされた瞬間、いじめっ子達は失禁して戦意喪失。私は逆の意味で心を射抜かれた。

 その後、中学時代は結局一度も話しかけられず、先輩を追って同じ高校へ。勇気を出すためギャル化して迫ってみたものの空回り。年齢差のせいで一年後には先輩が卒業。以来、一度も会えていなかった。

 そして私は大学で出会った別の人と付き合い、死別して、子供を生み……忙しさに初恋のことなど忘れかけていたところで先日のあの突然の再会。思わず悲鳴を上げ逃げ出してしまったというわけである。

「先輩、全然変わってなかった……素敵」

「中学生の頃からあの顔なの……?」

 そうなの、当時からすでに完成されていたの。老けてたとか言っちゃ駄目よ?

「まあ頑張って。アタシは別に気にしないから。口調はヘンテコだけど良い人そうだし」

「ありがとう、ママ頑張るわね」

 そう、この子のためにも……生まれてからずっと父親がいない歩美のためにも、麻由美、今度こそ頑張るッス!




「……」

 なんだ? 急に寒気が……風邪でも引いたか? 友美にうつしてはならんな、後で薬を飲んでおこう。妹に睨まれた時のような悪寒だった。

「おじちゃん、ともみもみたい」

「こら、火を使ってる時は危ないから近寄ってはならん。アニメを観ておれ」

「こっちがみたい〜」

「むう……」

 しょぼくれた顔をするでない。その顔には敵わん。しかたなく片手で抱き上げてやる。

「これで良いか?」

 落ちるなよ? 絶対に落ちるなよ?

「これ、ぐらたん? しちゅーみたい」

「まだだ、これからしばし煮込み、その後で耐熱容器に入れ、チーズを振って焼く」

 箱に書いてある通りに作っているから、まあ大きな失敗はするまい。

「あちちだから食べる時には気をつけるのだぞ」

「うん」

「いや、やはり心配だ。俺がふーふーして冷ましてやろう」

「だいじょーぶ!」

「焦るな友美よ」

 ヒヨコも一五年経ったら立派なニワトリになっていた。お前もゆっくりでいい。焦らず一歩ずつ前へ進め。

「それに、そう急いで成長されては楽しみが減る。俺もまだまだ、お前と遊びたい」


 今しばし ヒヨコのままで 腕の中


「いつかは必ず大きく育つ。なにせ、この俺の姪だからな」

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