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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
番外でも勝てない

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せっかち娘と炊き込みご飯

     第三話・せっかち娘


 朝食の席。トーストした食パンをかっ喰らいながら長女の歩美がいきなりこんなことを言った。

「父さん、ママ、正道と柔のクリスマスプレゼント、どうする?」

「まだ九月だ」

 三ヶ月先のことを今から考えずともよかろう。そういうつもりで返答したのだが歩美はさらに表情を明るくして頷く。

「あ、そっか! 先に誕生日プレゼントだね!」

「落ち着け」

 それも二ヶ月後だ。




 二ヶ月後、正道と柔の……いや待て、いつも正道を先にしては柔に悪いな。訂正しよう、柔と正道の誕生日の祝いの席で、またしても歩美は言った。

「そろそろクリスマスプレゼントも決めようよ」

「まあ、残り一ヶ月だしな」

 今度は早すぎることもない。この二人にとっては最初のクリスマス。じっくり贈り物を検討したい気持ちもわかる。

 ただ、こやつらはまだ一歳になったばかり。正直に言えばさほど選択肢があるわけでもない。

「絵本はまだ読み聞かせしても理解出来んだろうしな……アニメのDVDなどにも興味を示すかどうか」

「おもちゃは?」

「美樹達がたくさんくれただろう」

 もう使わんからと友美達のお下がりを大量に押し付けられた。まあ、出費を減らせたし助かると言えば助かるがな。吉竹や他の近所の人達、かつての同僚や今の職場の上司などにも色々貰ってしまった。今のところこやつらに不足しているものは頻繁に替えるオムツくらいしか思いつかん。

 ちなみに誕生日プレゼントは転んでも怪我をしないクッションつきのリュックサックにした。二人とも一歳になったばかりとは思えんほど走り回るので見ている側としては不安なのだ。あれを身に着けさせて以来、いくらか安心できるようになった。

「父さん」

 突然、真剣な眼差しを向けて来る歩美。この気配、ただならぬ。

 俺もまた居住まいを正し、そんな長女へ問い返す。

「なんだ?」

「この間のことなんだけど、二人がこれを描いてくれたんだ」

「ほう」

 歩美が背後から取り出して広げたのは自由帳だった。二ページ分使いクレヨンで何かが描かれている。

 ただ単にめちゃくちゃ線を引いただけに見えるが、愛娘と愛息子の描いた絵ということなので、俺はあえてその感想を飲み込んだ。

 歩美はそんな俺の目を、透き通った曇り無き眼で見つめ提案する。


「この子達は天才だよ。才能を伸ばそう。絵画教室に通わせてあげるのがプレゼントって、どうかな?」

「まず、お前のそのせっかちな性格を治した方がいいな」


 姉になり ますます極まる 子供好き


「あなたも人のことは言えませんよ」

「そうか?」






     第四話・炊き込みご飯


「ん? また炊き込みご飯か」

 秋の中頃、帰りが遅くなってしまった俺は一人食卓につきながら眉をひそめた。それを見て妻の麻由美の表情が曇る。

「あ、やっぱり作り過ぎッスかね?」

「いや、そうではない。言い回しが悪かったな」

 ここのところ週一で献立に組み込まれているのは尋常でない気もするが、それだけ数をこなすということは何かしら考えがあるのだろう。

「美味いから問題無い」

「そ、そッスか」

 ホッと胸を撫で下ろす麻由美。ふふ、やはり何か企んでおるな。よかろう、大塚 豪鉄、逃げも隠れもせん。どのような勝負でも仕掛けて来るが良い。


 ……いや待て、別に勝ち負けのつくようなことではないかもしれん。黒星続きで身体が勝利を求めてしまっておる。闘争本能を鎮めるため脳にブドウ糖を補給してやるとしよう。米には豊富に含まれている。


「いただきます」

「はい、めしあがれ」

 うむ、今日も美味いぞ麻由美。お前の笑顔を見ながらだと、なおさらにな。

「我が親ながらラブラブだなあ……」

 寝転んでゲームを遊びつつ、娘の歩美は呆れたように呟いた。




 それからもしばらくの間、麻由美は週に一度は炊き込みご飯を作り続けた。しかし一向に意図が見えて来ない。

(はたして、なんのために作り続けているのだろうか?)

 今日もまた美味いそれを頬張りながら考える。俺の好物だからか? だが、いくら夫の好きなものだからといって普通こんな頻度で作り続けるだろうか? やはり真意があるに違いない。飯の最中だというのに、炊き込みご飯が出る日の俺はいつも探偵気分。なんとしてもこの謎を解き明かしてやりたい。そんな思考になってしまう。

(いかんな、どうしても勝負に持ち込んでしまう)

 きっと麻由美はそんなつもりで作ってくれているわけではないのだ。もっと素直に味を楽しまねば。

「ん……?」

「ど、どうしました?」

「いや……なんでもない。いつもより美味いような気がした」

 嘘だ。いや美味いのは本当だが、雑念を振り払って味に集中しようと思ったからだろう。俺は、とうとう麻由美の目的に気付いてしまった。

「えっと、それは、どのへんが?」

「そうだな……」

 遠い記憶を探りつつ、いくつかの回答を返す。なにぶん昔のことだから曖昧なことしか言えんが、役に立っただろうか?

「わかりました。来週、楽しみにしててください!」

 こやつ、そんなことを言ったら俺にバレてしまうかもと考えておらんのか? まったく、可愛いやつよ。

「わかった、頑張れ」

「はいっ!!」


 ──その後、風呂から上がって来ると麻由美の姿は無かった。


「歩美よ、母さんはどこへ行った?」

「え? あれ、さっきまでいたんだけどな。正道と柔を寝かせてるんじゃない?」

「ふむ」

 廊下に出てみる。そして耳を澄ますと階段の上から微かな話し声が聞こえて来た。

「……、……ほど、それじゃ……がとう」

 どうやら誰かと話しているようだ。柔と正道が相手にしては早口なので、おそらく電話だろう。相手の見当もついた。俺は居間に戻り、今日も寝そべってゲームしている娘に声をかける。

「宿題はしたのか?」

「これが終わったらやるよー」

「……」

 時計を見ると、もう午後九時を過ぎている。しかし、しばし観察してみても歩美は一向に遊び終わる気配が無い。普段は真面目なのだがな、たまに反動でこうなる。

 やむをえんので、うつ伏せになっているその娘の背に腰を下ろした。

「ぐえっ!?」

「夜更かしをする気か?」

「や、やります! やりますから下りて!!」

 うむ、早く済ませて寝るがいい。遊ぶなとは言わんが、何事にも節度は必要だ。

「さて」

 俺はテレビの前に座り、別のゲーム機の電源を入れた。先日、美樹が新しいのを買ったから歩美にやると言って持って来たものだ。

 コントローラーを握り、レースゲームを起動する。すっかり俺もこいつの操作に慣れたものだ。最近のゲーム機はボタンが多いので最初はかなり苦戦した。

「次こそは勝ってやらねば」

 美樹には一勝も出来ず笑われてしまった。兄の威厳を取り戻すため次こそは一矢報いてやる。

 そんなわけで今夜も一時間だけと決め、練習に勤しむ俺だった。




 そして、ついにその日が来た。

「また負けた……」

「ふふん、私はこのゲーム、かなりやり込んでいるのよ。兄さんの腕じゃあまだまだ無理無理」

 胸を逸らして勝ち誇る美樹。膝の上で友美が「ママつよーい」と感心している。姪っ子の笑顔にますます敗北感が募る。

「おーちゃん」

 友樹は励ますように俺の膝を叩いた。流石は()の子、この悔しさ、わかってくれるか。

 と思ったら、甥っ子は俺の膝によじ登り、わざわざそこを経由して反対側へ抜け、姉を押し退けるようにして美樹の膝の上に割り込んだ。

「ともき、ここはおねえちゃんの」

「とーもーもー」

 どうやら姉と一緒に座りたいらしい。

「おねえちゃんのなのっ」

「とーもーも」

「こらこら」

「ケンカするでない」

 俺と美樹の二人がかりで宥め、結局半々で座らせた。二人同時に膝に乗せた美樹はニヤつきながら俺を見上げ「重いわー」とうそぶく。おのれ白々しい。勝利ばかりか、母親だからといって子供らまで独占しおって。

 俺がぐぬぬと歯軋りしておると、歩美が居間へ戻って来た。

「ふう、ふう……そ、そろそろ交代してよ父さん」

「ちょうどいいところに」

 歩美は一歳になった正道と柔を抱いている。さっきから二人にせがまれ家中を走り回り遊び相手をしていたのだ。こやつら、まだ一歳とは思えんほどに元気が良い。

「二人とも俺が預かろう。ゆっくり休め」

「う、うん」

 本当に疲労困憊した様子で息切れしながら横になる歩美。息子よ、娘よ、姉にどれだけ過酷な運動をさせたのだ?

 まあ、それはともかくとして。

「なるほど重いな」

 俺は二人を膝に乗せ、美樹と向かい合う。

「失礼ね、その子達はまだ一歳よ。兄さんの筋力で重いわけがないじゃない?」

「そうでもないぞ。こやつらは日々すくすく成長しておるからな」

 まあ実際羽のように軽いわけだが、ついつい対抗意識を燃やし妹と睨み合う俺。不穏な空気を感じ取った友美と友樹が両者の顔を交互に見る。

 そこへ──


「できましたよ~」


 麻由美が炊き込みご飯入りの蒸し器を手にやって来た。直後、俺と美樹は一瞬だけ視線を交差させ頷き合う。

「ここは」

「一旦休戦ね」

「というわけで歩美、もう少しだけ柔と正道を見てやってくれ」

「うちの子達もお願いね」

「ええっ!?」

 許せ娘よ、友也がおらん今、頼れるのはお前しかいない。せっかくだからたまには晩酌でもするかと奴に買い出しを頼んでしまった。


 ──俺と美樹は協力して箸や食器を運び、食事の支度を進める。二人とも今日この日を待ち望んでいた。内心では気が急いてしかたない。


 そうして全員分の食器と料理を食卓の上に並べ終えたところで、ちょうど友也も帰って来た。

「ただいまー」

「ご苦労。手を洗って席につけ」

「は、はい」

 慌てて冷蔵庫に買って来たビールを入れ、流しで手を洗ってから食卓につく友也。その茶碗にも麻由美が炊き込みご飯をよそってやる。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます、お義姉さん」

 揃ったな。

「では、いただきます」

「いただきまーす」

「いたーだき、ます」

 めいめい手を合わせ、食前の挨拶を済ませてから箸をつける。卓上には麻由美の作ってくれた料理が色々並んでいるが、やはり今日は炊き込みご飯からだ。


 一口で、俺と美樹は納得した。


「ああ……」

「この味だわ」

 遠い記憶が鮮やかに蘇る。懐かしい──まさにこれこそ俺達のお袋が作ってくれた炊き込みご飯そのものよ。

「よく再現出来たな」

「あ……やっぱり、バレちゃってたんスね」

 照れ笑いを浮かべる麻由美。

 俺も小さく笑う。

「前回でな」

 あの時、味わうことに専念したおかげで気が付けた。麻由美は我が家の伝統の味を再現しようとしているのだと。かなりお袋の味付けに近かったからな。入っている具材の種類や切り方まで当時のものと同じだ。

「麻由美ちゃんに訊かれたから私が教えたのよ」

「だろうと思ったぞ」

 俺以外でこれを知る者は、もうお前しかおらん。なら誰が伝授したかは自明の理。


 ただ、俺の記憶は曖昧だった。美樹とて作り方を教わったわけではない。そうなる前にお袋は事故で他界してしまったからな。正確なレシピなど知らなかったはずだ。

 だから回数をこなす必要があった。俺の反応から何が足りないのかを推察し、俺達兄妹の思い出の味へ少しでも近付けるために。


「センパイの一番の好物って聞いたんで、どうしても復活させたくて」

「そうか……」

 もう一口。美味い、実に美味い。二口三口、箸が止まらん。

 とはいえ、俺は麻由美に我が家の味付けを受け継いでほしいなどとは思っておらん。俺も料理はするが、母から教わったことは少なく、ほとんど独学で身に着けたものだからな。教えてやりたくとも教えてやれん。

 つまり、これからはこやつの味が大塚家のお袋の味になる。それでいいと思っていたし、今もその考えは変わらん。

 だが一意専心の努力でここまで完璧な再現をされては、その労を否定することなど出来ようはずも無かった。

「見事だ麻由美。これぞまさしく我が家の炊き込みご飯。本当にお袋の作ったものと何もかも同じだ……ありがとうな」

「センパイ……」

 俺と麻由美はしばし見つめ合う。

 歩美がイライラしながら手を振った。

「ああーもう、二人とも見つめ合うのはそのへんにしてよ。せっかくの美味しいごはんが甘ったるくなるじゃん」

「あまいー」

 友樹までそんなことを言いよったので慌てて顔を逸らす。そんな俺達夫婦を見る美樹は、またニヤついていた。

「なんだ?」

「いーえー、別にい。まだまだ仲が良くてよろしいことで」

「美樹ちゃん、からかっちゃ駄目だよ」

 そういうお前も笑っとるわ、友也。

 俺は茶碗を持ち上げ、無言で箸を進める。

 やがて空っぽになったそれを麻由美に差し出した。

「すまんが、おかわりを頼む」

「はい、あなた」

 笑顔で受け取る麻由美。一瞬、指先が触れた。

「おじちゃん、かおまっか」

「友美よ、余計なことは言わんでいい」


 思い出の 味取り戻す 妻の愛


「正道、柔、お前達の母は世界一の女だぞ」

 膝の上の息子と娘に、俺はこっそり教えてやった。

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