おじさんvs少年
「オレは……どうしたらいいんですか!?」
「……」
俺も、どうしたらいいのだ? 苦悩する中学生の隣で、ただ黙って腕を組んでいるしかなかった。
時は遡る。終業後、今日こそ早く帰れるなと思って街を歩いていた俺の耳に剣呑な声が届いた。
「テメコラッ!」
「んだラァッ!」
「!?」
急ぎ、声のした場所へ駆けつけると公園で学生達が喧嘩していた。しばし懐かしい気分に浸る。
「今の少年らも元気なものよな」
俺も昔はよく絡まれた。こんな顔だからな、勝手に番長だと思い込んだ連中が挑戦して来たのだ。懇切丁寧に違うと説得して帰ってもらっていたが。
っと、そんな場合ではない。すでに事は始まってしまっている。大人として止めに入らねば。
「少年達よ、矛を収めるが良い!」
「あ? なんだおっさ──ぎゃあ!!」
「ひ、卑怯だぞヤクザを呼び出すなんて!」
「逃げろっ!!」
……逃げ出してしまった。
「何故だ」
「あ、あんた……いや、あなたは!?」
「ん?」
一人だけ逃げなかった少年が俺を見て別種の驚きを示す。怯えている感は無い。意外な人物に出会ったという様相。
はて、たしかにどことなく見覚えがあるような?
「歩美の義理の親父さん!」
「おお」
俺も思い出し、手を打った。
そうだそうだ、この少年は昔、歩美の誕生日会で顔を合わせた子ではないか。たしか俺と麻由美の結婚式にも来てくれていたな。
とりあえずベンチに座らせ、救急セットで手当てをしてやりつつ問いかける。
「たしか、木村君だったか?」
「覚えててくれたんスか!?」
「歩美の友達だからな」
ただ、最近めっきり彼の話は聞かない。中学校では別のクラスに別れたか何かで疎遠になってしまったようだな。
「何故ケンカなどしていた?」
「あ、その、オレ……」
彼は言い淀み、しかし、意を決したように返答する。
「オレ、強くなりたいんです。でも、どうしたらいいのかわかんなくてイラついて、そのせいでダチともケンカしたりして」
「さっきのは友人か?」
「いえ、あいつらはガン飛ばしただろとか言って因縁付けてきた上級生ッス」
なるほど、事情はおおむねわかった。おそらく歩美とも、その葛藤が原因で関係を悪化させてしまったのだろう。
ここはあやつの父として、娘の友人の相談に乗るとするか。
「何故強くなりたい?」
「そ、それは……」
何故か赤くなりそっぽを向く木村少年。なんだ、俺には言いにくいことか?
「じ、実はオレ、小学生の時からある女子のことが好きで……」
「ほう」
「そいつはその、おじさんみたいな強い男が好きっぽくて、だからオレも強くなれば振り向いてもらえるかなと……」
「なるほど」
実にシンプルな理由だ。わかりやすい。
ゆえに困ったぞ。
(この小僧、歩美に惚れておるな?)
俺も朴念仁というわけではない。そもそも誤魔化し方が下手過ぎてバレバレだ少年。
「う〜む……」
腕を組み悩む俺。父としては反対すべき状況だろうか? とはいえ別に彼に悪気があるわけではない。むしろまっすぐで気持ちの良い若者ではないか。応援したくなる。
いやいやしかし、まだ歩美に恋愛などというものは早い気も……俺は少年と二人並んで煩悶する。
「オレは……どうしたらいいんですか!?」
それは俺が問いたい。
「あいつに……あいつに一人前の男と認められたいんです! どうか、どうかオレを強くしてください師匠!」
「待て待て」
いきなり立ち上がったかと思うと迷わず土下座した少年に待ったをかける。麻由美も昔、似たようなことをしたな。恋をすると思考が似通ってしまうのかもしれん。
とりあえず勝手に弟子入りされても困る。だが、師匠呼ばわりされたことで名案を思いついたぞ。
「俺などより君に相応しい師がいる」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ、俺が学生時代通っていた道場を紹介しよう。あそこなら間違い無く強くなれる」
「そこに通えば、あいつに……!」
「結果までは知らん。しかし女房の話では、あやつが俺に惚れたのは中学生の時、つまり道場に通っていた頃だったそうだ」
「まじスか!?」
少年の目に輝きが宿った。
よし、これで良い。こやつの好意の矛先が歩美だというのは気にかかるが、娘のために若者が奮起してくれているという事実は嬉しいではないか。今まで努力の方向性を誤っていたようだが、それさえ正してやれば物事は良い方向へ進むだろう。
「早速連絡しておこう。明日にでもこの住所に行ってみなさい」
俺は少年に道場の住所を書いたメモを渡す。木村少年はそれを握りしめ感涙した。
「あ、ありがとうございます! お義父さん!」
「誰がお義父さんだ」
十年早いわ小童。
「……話が違います、お義父さん……」
俺こと木村 無限は早速紹介された道場に入門した。教えているのは柔道。先生は四十くらいの気さくなおっさんである。歩美の親父さんがあらかじめ紹介してくれていたおかげであっさり弟子入りを許された。なんでも昔、ここで一緒に教わった仲間だったらしい。先生は当時の師範の息子だそうだ。
が──
「可愛い〜、くりくり頭〜」
「中学生? 道着似合ってるね〜」
「強くなりに来たんだ〜。よ〜し、寝技から教えてあげよっかな」
「せ、先生!」
俺は何人ものお姉さんに囲まれながら、道場の奥に立つ師範へ呼びかけた。
「どうしてこんなに女の人ばかりなんですか!?」
「はっはっはっ! 言ってなかったか、すまんすまん! 俺は近くの大学の女子柔道部のコーチもしていてな! 練習場所としてうちの道場を提供している!」
「お、オレも一緒に練習するんですか!?」
「ちょうど君の来られる時間と彼女達の練習時間とが同じだからな! はっはっはっ!」
「このことは、あのおじさんは!?」
「豪鉄のことか? 多分知らんだろうな! あいつは忙しくて昔の仲間が飲みに誘っても、なかなか来られないんだ! はっはっはっ!」
はっはっはっじゃねえよ、このおやじ!
「あれ? もしかして私達と一緒に練習するの嫌?」
「どうしてかな? どうして嫌なのかな?」
「聞き出しちゃおっか、寝技で……」
「あ、ああっ……あああああっ!?」
歩美、助けてくれ! オレの理性を守ってくれ! 絶対屈しない! オレは絶対に大学生のお姉さん達には屈しないぞ!
「あ、うちの部、まだ十人以上いるからね」
「みんなで一緒に練習しようね」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああーッ!?」
──後日、道場の現状を知った俺が救出に向かったところ木村少年はすでに悟りを開き、澄んだ瞳になってしまっていた。
「安心してください、お義父さん。おかげでオレは明鏡止水の境地へ到り不動の心を身に着けました」
「そ、そうか……」
「これからもこの道場で頑張っていきます。ここは心の修練に最適な場です」
にこり。とても中学生とは思えない仏の如き微笑を浮かべる。
これは俺のせいか? 俺のせいだなすまん。なんということだ、彼が将来我が家に挨拶に来たとしても俺には「娘をもらっていきたければ、この俺を倒してみよ!」などと言うことは出来そうにない。
「頑張ってくれ……」
「はい。必ずや歩美さんに相応しい男になってみせます」
「うむ……」
「あ、豪鉄! 今日こそは飲みに行くぞ!」
「そう、だな……」
無性に飲みたい気分になったので、俺は久々に仲間達に付き合った。
九年後、木村少年はオリンピックで金メダルを獲得した。
彼の恋がどうなったのかは、今はまだ語るまい。




