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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン2

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15/26

大塚家vs甥っ子

友樹(ともき)よ」

 春うらら。俺は今、いつもの座敷で幼児と向かい合っている。

 妹・美樹と義弟・友也の間に産まれた第二子で、名は友樹。二歳と五ヶ月の男児である。やはり美樹に似ており、それはつまり友美とも似ているわけで、大いに既視感を抱く光景だった。

 こうなった理由も、また然り。

「お前の父と母は出張で一週間沖縄だ。ゆえに、今日から俺達でお前と友美を預かることになった」

「あの、あなた……二歳の子に言ってもわからないと思います」

「そうだよ父さん。怖い顔ですごんだって、そんな小さい子相手じゃ無意味だよ」

 妻・麻由美と娘・歩美が口を揃えて俺を諫める。だが俺は一歩も退かなかった。

「いいや、教育は早いうちから施すのが大塚流よ。俺はこやつに立派な日本男児となって欲しい。そのため早速このような本も買って来た」


“暑苦しい日本男児の育て方”


「またそんなもの買って来て……」

「役に立った試しが無いじゃんか」

「そんなことはない。友美の時も大いに役立った。なあ友美?」

「わかんない」

 くっ……三歳の時の記憶ではアテにならんか。ちなみにいつものようにこやつもうちで預かることになった。もう七歳か、大きくなったものよ。

「とにかくあなた、お時間ですよ」

「むう、やむをえん」

 直々に面倒を見てやりたいところだが、俺は今、市役所の職員として働いている。入れ替わりに専業主婦となった麻由美と娘の歩美を養うためだ。そろそろ出勤しないと無遅刻無欠勤の記録も途切れてしまう。

「では、頼んだ麻由美。友美と友樹はちゃんと麻由美の言うことを聞くのだぞ。それから歩美、車やその他諸々に気を付けてな」

「はいはい、気を付けますって」

「いってらっしゃーい、おじちゃん」

「あなたも、お気を付けて」

「うむ、では行って来る」

 心配なれど働かなければ食っていけぬ。俺は渋々家を出た。




「いってきまーす」

「気を付けてね」

「ママまで毎日言わなくていいよ、もう」

 今年中学生になった歩美は照れ臭そうに唇を尖らせ、玄関から出て行った。最初の頃は恥ずかしがっていたスカートにも、近頃やっと慣れて来たみたい。

「さーて、それじゃあ洗濯とお掃除しようか、友美ちゃん」

「やるっ!」

 友美ちゃんは相変わらず大人の手伝いをするのが好き。正直言えば掃除なんかは一人でやった方が捗るんだけど、楽しいから良し。普段は家事を一通り済ませると退屈になってしまうので、この子達が来てくれると本当に嬉しい。

 最初は仕事を続けるつもりだった。でも、美樹ちゃんと友也さんはあれからも長期出張を繰り返していて、そのたびに友美ちゃんがうちに預けられるため、どちらかが常に家に居られるようにしておいた方がいいのではとセンパイと相談した結果こういう役割分担になった。

 まあ、退屈だとは言っても、外で働けなくなったことに不満があるわけじゃない。家を守るのだって大切な仕事だし、私と歩美がこっちの家に来たことで寂しくなってしまった実家にも、ちょくちょく顔を出せるもんね。

 父さんと母さんには同居しようって言ったんだけど、新婚生活を邪魔したくないからと断られてしまった。ごーてつセンパイは構わないって言ってくれてるんだけどなあ。もう結婚して三年だから流石に新婚ってわけではないし。

(後でまた話し合ってみよ)

 考えている間に洗濯物を干し終えていたので今度は掃除。友樹くんは一旦友美ちゃんに任せ、家中に掃除機をかけていく。

 先に二階の掃除を済ませて戻って来ると、居間では友美ちゃんがちゃぶ台や他の家具を丁寧に拭いてくれていた。

「きゅっきゅ、きゅっきゅ」

「友美ちゃん、拭き掃除上手になったねー」

 初めての時、畳をずぶ濡れにしたのが懐かしい。子供がどんどん成長していく様を見るとワクワクする。歩美が小さかった頃も思い出し、ついつい顔が緩んだ。

 そういえば私達女子組はみんな名前に“美”が入るんだよね。偶然って面白い。私達が結婚したことで親戚になったのに、まるで最初から家族だったみたい。

 ん? 掃除機をかけながら、あることに気が付いた。


 とてててててっ。

 よちよちよち。

 とてててててっ。

 よちよちよち。


「……」

 友美ちゃんが移動するたび、その後ろを友樹くんがついて行く。その様に、センパイの後ろをずっとつけ回していた高校時代の自分を思い出す。

「友樹くん、おねえちゃん大好きだね」

「……うん」

 小さく頷く彼。もう言葉はちゃんとわかってるんだよね、流石は学者夫婦の息子。

「よし、二代目ヒヨコの名は君に譲るッスよ、友樹くん」

「?」

 首を傾げられた。ごめん、いらないよね。

 忘れて。




「んふふふふ」

 私が机に頬杖ついて笑っていると、親友のさおちゃんが近付いてきた。

「何? 上機嫌ね」

「いやあ、実はさ~」

「また友美ちゃんが来てるの?」

「なんでわかるの!?」

「そりゃわかるよ」

 いつものことだもんと嘆息するさおちゃん。マジ? 私、友美が来るたびに毎回こんなだった?

「いやでも、今回はそれだけじゃないんだなあ」

「へえ? じゃあ何、彼氏でも出来た?」


「!?」


「いや、違うよ。今回は友樹も来てるの。ほら友美の弟。まだ二歳だよ」

「そんな可愛いの?」

「見て見て」

 興味を持ってくれた親友にスマホで写真を見せると、たちまち目がハートマークに。

「なにこれ? ほんとに男の子? かわい〜!」

「え、なに? なんの話?」

「あゆゆの従弟。みんなも見てみなよ」

 たちまち私の周りはクラスの女子だらけになった。あはは、キャーキャー騒いじゃって。その可愛いの、アタシの従弟なんですよ?

 ん? 男子が何人かこっち見てる。

「何、アンタ達も見たいの?」

「はあ? 別に。お前のイトコなんか見てどうすんだよ」

「なんだよそれ」

 ケンカ腰な木村。腹を立てた私が立ち上がろうとすると、さおちゃんに止められた。

「ほっときなってあゆゆ。それよりさ、今日遊びに行っていい?」

「あ、いいよいいよ。みんな来て。遊んでくれたらうちの子達も喜ぶからさ」

 たしかに木村なんかに構ってもなんにもならない。アタシは楽しい会話に戻った。あの馬鹿、最近やたらと態度悪いんだよね。前は友達だと思ってたのに。ほんとなんなんだろ、まったく。


「クソッ、うぜえなあ大塚。女子が女子に囲まれてニヤニヤして、キモイっつうの」

「あ?」

「な、なんだよ木村? いきなりすごむなよ」

「いや、でもさ……俺、正直このクラスで一番美人なのは大塚だと思う」

「ま、まあ顔は悪くないよな……性格は男みてえだけど」

「おいテメエら、ちょっと表出ろ」

「なんなんだよ木村!?」


「また男子達、騒いでるよ」

「やだねー」

 友樹には、あんな風に野蛮に育って欲しくないなー。




 おせんべいをパリッと齧り割る。ポリポリ咀嚼しながら私は友美ちゃん達姉弟と一緒にアンパン〇ンのDVDを見ていた。午後から散歩がてらこの子達を連れて実家に顔を出す予定なので、午前中はのんびりしよう。

 とりあえず一枚目の再生が終わった。

「おわっちゃった」

「おわっちゃったね、まだ観る?」

 友美ちゃんは大きくなるにつれて落ち着いた性格になって来ている。元々そういう感じではあったけれど、近頃はあまり走り回ったりしなくなった。今はもっぱら読書かアニメ鑑賞を好む。

 弟の友樹くんはと言えば、どうも生来大人しい性格らしく、さらに言えばお姉ちゃん子。友美ちゃんの隣で静かに座っていることが多い。ふふ、歩美みたいに活発に動き回る子も好きだけど、君みたいな静かな子も好きだよ、おばさんは。

「どれにしようかなー」

「こえ」

「ん?」

 友美ちゃんが何枚もあるDVDを眺めて迷っていると、友樹くんがそのうち一枚を指差した。

「ああ、そっか、友樹くんはそれ見たかったんだもんね」

「じゃあいいよ、つぎはともきのばんね」

 友美ちゃんも弟のため譲ってあげる。まだ小さいのに、しっかりお姉ちゃんだね。

 これらのDVDは元々うちに置いてあったものが多い。でも、あれは昨日美樹ちゃんが置いて行ったものだ。ちょっと前に再放送された特撮番組を友樹くんが気に入って、二歳の誕生日に全巻セットを購入してあげたそうな。

 私がデッキにそのディスクを入れて再生ボタンを押すと、しばらくしてタイトルロゴが激しい爆発と共に表示された。


『武士道戦隊! サムライスター!!』


「おー、ちゃ!! おー、ちゃ!!」

「お茶? 飲みたいの?」

「ちがうよ、ともきは“おじちゃん”っていってるんだよ」

「え?」

 理由はすぐにわかった。

「こ、この人……」

 サムブラック役の俳優さん。若かりし頃のセンパイに激似!!

「うわあ……」

 まるでセンパイがテレビに映ってるみたい。戦闘シーンではビームポントウ(日本刀)を構えヘルメットを被ったうちの人が縦横無尽に大暴れ。し、痺れるゥ!!

 これ、アタシも買おうかなあ?




「……」

「な、なあ、やっぱり今日の大塚さんおかしいって」

「無口ですし、すごく怖い顔してますよね……」

「それ、いつも通りじゃない?」

 若者達が何か囁き合っておる。しかし、おれの耳には届かん。一刻も早く今日の仕事を終わらせねば。そのために集中しているからだ。

 ちなみに麻由美の口利きで市役所の職員となった俺だが、格好はいつも通り和装である。最初の頃は普通にスーツを着て出勤していたのだが、そのうちに上司から、


「大塚さんは前みたいに和装でいいですよ」


 と言われてしまった。どうも、前に麻由美を抱えて入って来た時の俺の姿が忘れられんらしい。凄まじいインパクトだったそうだ。

 その記憶とのギャップが大きくてどうしても違和感が拭えんから、いっそのこと和装で来てくれと、そう頼まれた。

 まあ、俺もすっかり和装の方に馴染んでしまっていたしな。スーツでなければいかんという決まりがあるわけでもない。ならばと着替えて来たところ、これが意外な形でウケてしまった。この格好はご老人には親しみが湧くものらしく、話しかけやすい職員がいると評判になったのだ。

 おかげで今の俺の業務は、もっぱら市民、特に高齢者の愚痴を聞くことと悩みの解決である。前職の経歴を活かし技術系の職員として採用してもらったはずだったのだが、今や草むしりからSNSアプリの設定、囲碁や将棋の対戦相手にご近所トラブルの解決などとなんでも屋の如く手広く対応している。一時期あまりに忙しかったものだから役職も無いのに若い部下を三人付けられてしまった。彼等は今もそのまま俺と共に働いている。

 正直、問題児揃いなので体よく押し付けられた気もしないでもない。

 しかし幸いにして今日の仕事は書類整理だけだ。もうすぐ定時。これさえ終われば問題無く帰れる。

「よし!」

 時間が来た、やるべき仕事も終わった。

 さあ帰るぞと意気込んだ瞬間、窓口に老婦人が一人やって来た。

「あのー、相談したいことがあるんですが」

「おばあちゃん、今日はもう時間で」

「いや」

 部下の言葉を遮り、俺は話を伺うことにした。

「どのようなご用件で?」




 ふう……飛び入りの仕事に対応してすっかり遅くなってしまった。

 急いで家に帰った俺は、そこで戦慄すべき悲鳴を聞く。

「きゃあああああああああああああっ!!」

「なんだ……!?」

 今の声は麻由美! すぐに行くぞ!!

「大丈夫かっ!?」

「あ、おかえりー、父さん」

「んん?」

 なんだ、何事も無いではないか。居間では麻由美と歩美が肩を寄せ合い、きゃっきゃとはしゃいでいた。かしましいものよ。今の悲鳴はなんだったのだ?

 それに──

「友美と友樹は?」

 姿が見当たらん。

「ここですよあなた、見てやってください」

「おお、これは!」

「にあう?」

「う?」

 友美は色鮮やかな赤い着物姿。友樹は羽織と袴を身に着けている。しかも友樹の頭には新聞紙で折った兜。

「似合う、実に似合うぞ!」

 俺は素早くスマホで撮影した。麻由美も負けじとデジカメで撮影する。なるほどこれを見て悲鳴を上げたな貴様。

 いや待て、俺は不意に我に返る。

「どうした、こんな立派な物?」

「実家に顔を出したら、お父さん達がもうすぐ端午の節句だから持って行けって」

「おばあちゃんとおじいちゃんの古い着物をリサイクルして、友美と友樹用に仕立て直したんだってさ。可愛いよねー」

 たしかに可愛い。だがな、友樹相手にそれはいかんぞ歩美。

「歩美よ、男児に“可愛い”などと言ってはならぬ。幼くとも、こやつなりに男としての矜持があるはずだ。それを傷付けてしまう」

「これを見てもそんなこと言える?」

「ん?」

 歩美が掲げたスマホの画面を覗き込み、俺は眉をひそめた。

 これは昔の友美……ではない。まさか!?

「友樹か!?」

「せいかーい、見てよこの可愛さ。さおちゃんの発案でさあ、昔の私の服を着せてみたらまるで女の子っ」

「私もそれを見て、思わず叫んじゃいました」

「た、たわけえっ!!」

 流石の俺も、これには激昂した。

「歩美、お前、日本男児の誇りをなんと心得るか!」

「あなた、落ち着いて」

「これが落ち着いていられ──なんだ?」

 麻由美が差し出したのは俺が買ったあの本だった。とあるページを開き、そこの一文を指先で示す。


“日本男児たるもの、いついかなる時も我を忘れず、平静を保つべし”


「……」

「ね?」

「おおっ、初めて父さんの買った本が役に立った」

「ぐ……ぬう」

 これは、今日も俺の完敗らしい。

 肩の力を抜き、床に座る。

「わかった、まずは飯にしよう」

「はい、出来てますよ」

「説教はそれからだ」

「げっ」

 麻由美のおかげで冷静にはなったが、説教せんとは言っとらんぞ歩美。

「友美、友樹、お前達はこっちに来なさい。せっかくの晴れ着が汚れてはならん。普通の服に着替えるぞ。後でお義父さん達にも礼を言わんとな」

 実に良いものを見せてもらった。




「友樹よ、今日は災難だったな」

「うー」

 俺の手で肩まで湯に浸からされた友樹は、まだ上がってはいかんのかと唸り声を上げ抗議する。

「まだだ、姉が十数えるまで待つが良い」

「ファーイブ、シーックス」

 友美はまた英語でカウントダウンをしておる。いまだに何故イングリッシュなのかわからん。

「それにしても、やはりお前も美樹に似ておるのだな。正直、あの写真は一瞬美樹の幼い頃かとも思ったぞ」

「みき?」

「お前の母の名だ、覚えてやれ」

「エーイト、ナーイン、テン! あつい!」

 十まで数え終わると、あっという間に友美は湯船から飛び出した。あやつもギリギリで我慢しておったらしい。

「あゆゆー!!」

「コラッ! ちゃんと拭いてから出て行かんか!?」

 昔に比べだいぶ大人しくなったと思ったが、それでもまだ時々粗忽な行動に出る。この一週間のうちに素っ裸で廊下へ出てはならんと教えてやらなくては。

「しかし友樹よ、お前はもう少しヤンチャになってもいいのだぞ?」

「んー」

 俺に抱き上げられて湯船から上がり、バスタオルに包まれ気持ちよさそうに水気を拭き取られる甥っ子。なすがままだ。どうも、こっちは大人しすぎる気がする。性格の面では友也に似たのだろう。

(友也か……)

 実を言うと俺の中には迷いがあった。その迷いを断ち切るためにあの本を買って来たのだが、やはりどうしても拭い切れん。

 親父は俺に強くなれと、ただひたすらそうあるように教育を施した。しかし今時、あの考え方は時代錯誤ではないかとも思う。今はより多様性が求められる時代だろう。

 どっちが正しいのかはわからん。親父の教育が無ければ、俺は今のような人生を歩んでいなかった。少なくとも、そのおかげで幸せな日々を送っていることは間違いない。だが友也とてそれは同じ。あやつも美樹と共に立派に、笑顔に溢れる家庭を築いておる。


 人にはそれぞれ得手不得手があり、それを自覚することこそ強さなのかもしれん。

 だとすると……うむ、やはりそうしよう。迷いは晴れたぞ。


「友樹よ、さっきの言葉は忘れてくれ。お前はお前らしくあれば良い」

 仮に歩美達の悪戯で女装趣味に目覚めてしまったとしても、それがお前の望みであって貫かんとしている信念になったのなら、この伯父は認めてやろう。人に迷惑をかけること以外、なんでも自由にやってみるがいい。


 甥っ子の 明日の姿に 想い馳せ


「どのように育つものやら……楽しみはまだまだ尽きん」

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