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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン1

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12/26

おじさんvs遠足

 明日はいよいよ、妹夫婦の帰宅の日。

 なので今日は──


「遠足に行くぞ、友美」



 午前九時、俺と友美は家を出た。今日は遠足気分を味わわせてやりたい。

 というのも、俺が子供時代に通っていた例の保育園。あそこの遠足が今日だからだ。園の子供達はバスで隣の市の動物園まで行くらしい。

 同じ街の子供達が遠足を楽しんでいるという日に、友美だけが家にいなければならんというのは寂しい気がした。だから俺が遠足に連れて行こうと決めたのだ。

「どこにいくの?」

「色々だ。だが、その前に良いものを見せよう」

 俺は見つからないよう隠しておいた物を玄関前まで引っ張り出す。

「あっ! さんりんしゃ!」

「うむ、元は歩美のだが友美にくれるそうだ」

 本当はレンタカーを借りて遠出しようと思っていたのだが、日曜日に遊びに行った帰り、遠足の計画を話したら麻由美がこれを持って来てくれた。


『もっと早く思い出したら良かったッスね。遠足に使うかはともかく、歩美が乗ることはもう無いでしょうし、友美ちゃんのために使ってあげてください』


 それがキッカケとなり考えを改めた。これに乗せて市内を一周させてやろうと。帰る前にもう一度顔を合わせてやりたい者達もいる。それに車で移動するよりこっちの方が自分の足で移動してる感覚があって楽しいかもしれん。

 最近の三輪車には保護者が掴んで制御するためのハンドルが後部についておる。これがあれば道路への飛び出しなど危険を避けられるし、疲れたら押してやることも可能。市内一周くらいであれば俺の体力も十分保つ。

「のっていい?」

「もうお前のものだ、もちろん良い」

 俺が頷くと、友美は早速サドルに跨る。ふふ、なかなか堂に入っているぞ。先日買ったばかりのデジカメで一枚撮った。この雄姿も後で美樹達に見せてやろう。

「ありがとう、おじちゃん!」

「礼は麻由美と歩美に言うが良い。さて、それでは出発進行だ」




 目的地はあるような無いような。主には、これまで友美と歩いて来た場所を巡って行くつもりだ。それ以外は気の赴くままで良かろう。

 というわけで最初は自宅の真裏まで来た。


「おー! かっこいいねえ友美ちゃん!」


 店先で掃除していた吉竹が俺達を見て手を止める。

「おはようございます!」

 褒められた友美は興奮しながらペダルを漕ぐ。キコキコキコキコ言いながら床屋の前で回る三輪車。待て待て、俺の目も回る。

「あっはっはっ! おじさんを引っ張り回してるじゃねえか! 凄えな友美ちゃんは!」

「ともみが、おじさんを、えんそくに、つれてく」

 お前が引率なのか。




「友美よ、食料を補給するか」

「うん」

 俺達は駄菓子屋の前で停車した。

「あら〜、友美ちゃん豪ちゃん、いらっしゃい。珍しいねえ、こんな早い時間に」

「おはよう、おばあちゃん」

「はい、おはよう」

「明日こやつは帰るのでな。挨拶回りを兼ねた遠足の最中よ」

「あらぁ……それは寂しくなるねえ」

「なに、また遊びに来るさ」

 婆さんの存命中に顔を合わせる機会はまだまだあろう。というか、この婆さんは友美が子を持つような歳になってもまだここで店番していそうな気がする。

 流石に無理か?

「友美よ、今日のおやつは三百円までだ」

「むだづかい! めっ!」

「違うぞ友美、間違っている」

「ほっほっ友美ちゃん。遠足のおやつは三百円までって、昔から決まってるんだよ」

 婆さんに世の真理を教えられた友美は目を輝かせた。

「じゃあ、いつもよりいっぱい?」

「ああ、買っていい」

 確認を取った友美は早速商品を選び始める。今や俺が計算せずとも、なんとなく二百円以内に収めて来たりする。百円増えたが今日はどうだ?

「これと、これと……」

 悩んで悩んで、最後に五十円チョコとヨーグルトのどっちにするか迷って、結局前者を取る友美。

 惜しい、後者なら三百円以内だった。少しオーバーしたぞ。

 とはいえ最後だからな。

「婆さん、電子決済で頼む」

「あいよ」

 友美に合計金額がバレんよう電子マネーで支払いした。ほんの少しオーバーしただけだ、この程度でがっかりさせることもあるまい。

「はい、友美ちゃん。また来ておくれね」

「うん」

 駄菓子のいっぱい詰まった紙袋を受け取り、友美は力強く頷いた。




 今度は本屋へ来た。駄菓子屋もそうだが、普通の遠足ならこんなところには来るまいな。そう思うと貴重な体験かもしれん。

「絵本を買うか」

「いいの?」

「一冊だけな」

 これも記念よ。それに友美に背負わせたリュックには諸事情あってまだ先程の菓子しか入っておらん。あまり軽いと遠足感が損なわれるだろう。

「あ、こんにちは大塚さん、友美ちゃん」

「こんにちは」

「こんにちは〜」

 何度か来ているので店員に覚えられてしまった。俺のこの顔は特に忘れ難いらしい。

 早速絵本コーナーに向かうと、友美はパッと目についた一冊を選ぶ。

「これにする」

「泣いた赤鬼か」

 こやつにしては普通のチョイス。何故これなのだ?

「おじちゃんににてる」

「……」

 表紙の赤鬼の顔か、なるほど。

「だが、そんなに似てるか?」

「にてる」

 やや納得いかぬ面持ちでレジまでいくと、友美が店員に問いかけた。

「これ、おじちゃんとにてるよね?」

「ぷっ! あ、すいません……」

「いや……」

 そうか、ウケたということは似てるのか。むう……いかん、頬が緩む。

 俺に似てるから選んだのだな、こやつめ。




「もう少し早い時期に連れて来てやれば良かったな」

 かなりの距離を散策して辿り着いたその場所で、俺は己の不明を恨む。ここは知る人ぞ知る穴場の公園。存在自体、同じ市内の人間でもあまり知る者のいない桜の名所。

 とはいえ、六月が目の前に迫ったこの時期に流石に桜は咲いてなかった。この地方なら友美が来たばかりの頃であれば、まだ花が残っていたはずだがな。

「来年の楽しみにするか」

 花は咲いておらずとも、それはそれで風流な景色よ。とはいえ遊具の類は無く、一通り公園内を散策すると俺達は次へ向かった。友美は不満を口に漏らす。

「あそびたかった……」

「まあ待て、ここは本命ではない。遊ぶのならもっと良い場所がある」




 ちょうど昼時、市役所に到着。電話をかけると、すぐに中から麻由美が出て来た。

「お前、本当に市役所の職員だったのだな」

「なんスかそれ!? あ、友美ちゃんこんにちは」

「こんにちは~」

「明日帰っちゃうのかあ……寂しくなるッスね、センパイ」

「そうだな」

 だが、別に永遠の別れではない。またそのうち遊びに来るだろう。来年も同じ頃に来たなら、さっきの公園で桜を見せてやれる。機会はこれからもたくさんある。

「さ、それじゃあお昼にしましょう」

 麻由美は大きな包みを持ち上げてみせた。弁当だ。三輪車を持って来た時にこれも用意すると提案してくれたので、素直に厚意に甘えることにした。

「すまんな」

「いえいえ、むしろ嬉しいッスよ」

「そうか」

 ならば良かった。俺も、もう一度こやつの手料理を味わってみたかったしな。

 俺達は市役所に隣接している公園まで移動した。市内で最も大きな公園である。市役所の隣の広場、さらに建物の背後の高台全体が敷地に含まれている。遊具がたくさんあるし、広場でなら三輪車も思うさま乗り回せよう。だからさっきの公園では遊ばせず体力を温存させたのである。

 遠足感を出すため芝生の上にビニールシートを敷いた。その上に三人で座る。

「ほう、これは立派な……」

「すごーい」

「ど、どうぞ。お口に合うといいんスけど」

 麻由美の前に並べられたお重は、なかなかどうして立派なものだった。俺も昔、学生の頃に毎日弁当を作っていたが、これだけの量、手の込んだ品を作ったことは無い。やはり侮れぬやつよ麻由美。

 ではまず、だし巻き卵からいただいてみるか……うむ、美味い。それに……。

「ど、どうスか?」

「美味いぞ。なんというか……昔、お袋が作ってくれた弁当を思い出す」

「そっスか。へえ、センパイの、お母さんの……」

 唇をもにょもにょ動かして沈黙する麻由美。その顔は照れておるのかなんなのか。いまいちよくわからん。

 もしや世辞だとでも思ったか? 嘘は言っておらんぞ。前に歩美の誕生日会でこやつの作った飯を食ってからずっと思っていたが、実に懐かしい味付けだ。技術では俺も負けておらんと思うが、この味を再現することは出来ん。

(こやつが母親だからか、あるいは……)

 考えつつきんぴらごぼうにも手を付けた。うむ、やはり美味い。

「何をしておる。お前も食わんと昼休みが終わってしまうぞ」

「あ、そ、そッスね。いただきます。ん、うん、我ながら良く出来たッス。友美ちゃんは、美味しい?」

「すっごくおいしい」

「よかったあ」

 ホッとする麻由美。うむ、なんだ、さっきのは俺が悪かったな。

「そうだな、とてつもなく美味い」

 最初から余計な言葉を付け足さずに言えば良かったのだ。

 ただ、すでに俺の評価の信頼は失われていたらしい。

「センパイ……ありがとうございます」

 麻由美はまた複雑な表情になってしまった。ええい、気難しい奴め。




「実に美味い、見事な弁当であった。ごちそうさま」

「セ、センパイ、もういいッス。そのへんで」

「遠慮するな受け取れ。率直な感想だぞ。極めて美味であった。これ以上の弁当を食ったことは無い」

「あううう」

 なかなか信じてくれんのでな、食事中ずっと褒め倒していたら麻由美は腰砕けになってしまいおった。

「ごち! そう! さま! でした!」

 いつもの挨拶をしてから友美がトドメを刺す。

「すっごく、すっごくすっごくおいしかった!!」

「ああああ~!?」

 麻由美は友美を抱きしめ、ビニールシートの上でゴロゴロと転げ回る。よし、これは俺の勝ちだな。

 なんというか、久しぶりに誰かに勝った気がする。




 まだ時間があったので麻由美は友美と遊び始めた。ここまで歩いて来て疲れたでしょうと言われ、俺は休憩中。

 流石は一児の母よ、麻由美の奴め友美の扱いも上手い。三輪車の練習をした後、今度はブランコに乗り、そしてシーソーへ。目まぐるしく興味の対象を変える三歳児のペースに見事ついて行っておるわ。

 俺はその光景を買ったばかりのデジカメで写真に収めた。多少値は張ったが望遠機能の優れた機種にして良かったな。ここからでもあやつらの笑顔が鮮明に写る。

「ん?」

 ふと気が付くと空に月が浮かんでいた。昼間にあんなにくっきりと見えるのは珍しいな。その月も一枚撮っておく。

 先日の不思議な出来事を思い出した。見えない誰かに早くしろと背中を押され、せっつかれた気がする。

 そう焦るな友よ、急ぎ過ぎてはあやつも戸惑ってしまう。だが、たしかに少しくらいは前に進むか。

 俺は時計を見て、もうそろそろ麻由美の言っていた時間が迫っていることを確かめると、ビニールシートを畳んでカバンに入れ、お重も風呂敷に包んで持ち上げた。そして芝生の上で追いかけっこを始めた二人に近付いて行く。

「麻由美、時間だぞ」

「あ、もうッスか。残念」

「俺もだ」

「え?」

 きょとんとしたところへ風呂敷包みを返し、ついでのような体で提案してみる。

「今度、二人で飯に行かんか?」

「あ、はい、もちろ……ん? 二人で? アタシとセンパイで!?」

「そうだ」

 いちいち確認するでない。こちらもいっぱいいっぱいなのだ。

「お、お昼……ですか?」

「いや、晩飯だ。出来れば晩飯がいい」

 昼食の席では格好がつかん。

 麻由美はどうやら、俺の目的を察したようだ。

「ああああああ……」

 またしても腰砕けになる。

「しっかりせんか」

「だ、駄目です、立てません……だってセンパイが……」

「しょうのないやつよ」

 抱き上げてやった。友美にも声をかける。

「友美、ついて来なさい。麻由美をあの建物まで送り届ける」

「わかった」

「ちょまっ!! センパイ、これは流石に!?」

「立てんのならしかたあるまい」

 友美を連れて市役所に入る俺。麻由美は道中ぎゃーぎゃー喚き立てていたが、入り口をくぐった途端沈黙する。

「え?」

「あれ、笹子さん……?」

「なんでお姫様だっこ……」

「あの大きい男の人と小さい女の子、誰……?」

 職員や利用者達の注目が一気に集まる。

 麻由美は涙目で訴えた。

「先輩……本当、ここまででいいですから……」

「そうか」

 下ろしてやると、たしかに麻由美は自分の足で立った。無事治ったようだな。

「では、会食についてはまた後で話そう。俺は遠足に戻る」

「はい」

「弁当、本当に美味かったぞ。また食わせてくれ」

「ばいばい」

「ば、ばいばい。またね友美ちゃん」

「ではな」

 麻由美と別れ、外へ出る。すぐに背後が騒がしくなった。

「おじちゃん、どうしたの?」

 心配する友美。俺が右手で顔を覆ったからだ。

「いや、その、な……」

 やりすぎたか? すまん麻由美。別に恥をかかせたかったわけではなく、ちょっとした照れ隠しのつもりでやった結果、後に引けなくなったというか。

(本当にすまん……)

 同僚達の質問攻めに合う麻由美の姿が目に浮かぶ。その職場に居辛くなったら……責任は取るからな。




 遠足というやつは、いくつにもなっても心が浮き立つものなのかもしれん。

 そして、帰り道はやはり、寂しくなるものだ。

 公園で思いっ切り友美を遊ばせ、俺自身もへとへとになるまで付き合った後、夕暮れが始まる前に帰途についた。友美はすでに三輪車を漕ぐ体力も無くなってしまい、今は俺の腕の中で寝息を立てておる。

 俺は、もう一方の手で三輪車を押しながら、無言で道を歩き続けた。

 小学生が三人、向こうから歩いて来る。

「こんにちは~!」

「うむ、こんにちは」

 町内で挨拶を徹底する運動でもしているのかもしれん。見知らぬ俺にまで元気良く挨拶してくれた。

 やがて、中学生も一人歩いて来た。今度はこちらから挨拶しよう。

「こんにちは」

「え? あ、こ、こんにちは……」

 戸惑いながらも応じてくれる少年。うむ、すまなかった、驚かせたな。和装で汗だくで子供を抱えた中年が三輪車を押しながら挨拶してきたら困惑するのも無理は無い。

 高校生らしきカップルが歩いて来た。彼等はただ、じっと不審そうに俺を見つめ、すれ違う。まだ背後から視線を感じる。頼むから通報はやめてくれよ。


 家に帰るまでが遠足だ。

 だから家の前で、しばし立ち止まる。


「友美よ、着いてしまったな」

「……」

 まだ眠っている。そういえば今日はお前が引率だったな。きっと俺の本心を察して全力で付き合ってくれたのだろう。

「明日から寂しくなる」

 寝ている間に、その本心をぶち撒けた。こやつがおらんと寂しい。俺はまたここで一人暮らしだ。就職して都会へ出て十五年がむしゃらに働き続け、仕事を辞めて帰ったら妹は嫁に行った後。悠々自適の生活は心身を癒してくれたが、やはり孤独も感じていた。

 そんな俺にとって、この一ヶ月はとてつもなく楽しかったぞ。

「ありがとうな友美」

 寂しくはなるがしかたない。こやつを無事返してやるのが俺の役目よ。

 あと一日、しっかり務めを果たそう。


 眠る子に 頭を下げた 遠出の日


「さて、最後の晩飯は何を作ってやろうか」

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