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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン1

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11/26

ニワトリvs恋愛

 あの人に声をかけるのはだいたいの場合、三年生の教室の前。だって中まで入って行く勇気は無かったから。


「ごーてつセンパイっ!」

「ヒヨコか」


 アタシが呼びかけると、センパイは必ず振り返ってくれる。中学の時のクラスメート達みたいに無視したりなんてことは絶対しない。

 幸いセンパイを追いかけて入学したこの高校は良い人ばっかで、そもそもハブられたりしてないんだけどね、もう。

「今日もお弁当ッスか?」

「うむ」

「じゃあじゃあ、今日もちょっとだけ交換してください。アタシ、またパンなんスよ」

「構わん」

 この変な喋り方はセンパイのお父さんの教育のタマモノ。男らしさにこだわる人で大人なのに色々こじらせてたらしい。そのとばっちりでこうなったと前に聞いた。

 まあ、アタシはそんなセンパイの喋り方も好きッスけどね!

(って、口に出して言えたらなあ……)

 中一の時から三年近く追いかけてるのに、いまだに本心を明かせない。勇気を出すためギャルになってみたりもしたけど、正直言って無意味だった。結局それは明るくて活発でお洒落な女子という仮面を被っただけ。本当のアタシはそんなんじゃないから、嘘がバレたらどうしようって考えちゃって最後の一歩を踏み出せずにいる。

 教室でもそう。誰もアタシの本当の姿を知らない。みんな良い人達なのはわかってるんだけど、どうしても無理。素を出したらまたイジメられていたあの頃に逆戻りするんじゃないかって不安になる。

「あ、ちくしょう! またヒヨコに取られた!」

「にひひ、遅いッスよパイセン」

 校庭のベンチで並んでランチを食べるアタシ達を見つけ、今さら現れた吉竹パイセンは悔しがる。

「豪鉄の弁当は半分オレのモンなんだぞ!」

「いや、本来全部俺のものなんだが」

 ごーてつセンパイのお弁当は大変美味であると評判で、色んな生徒に狙われている。最近はもっぱらアタシが独占中。

「吉竹パイセンはモテモテじゃないスか。頼めばみんなお弁当分けてくれるっしょ」

「そりゃそうだが、オレは豪鉄のが食いたいんだよ」

「なんスかそりゃ。え? 待って、もしかしてそれ……前々からパイセンの方は怪しいと思ってたけど……」

「ちげえよ! いいかコイツの弁当は」

「吉竹」

 ギロリとセンパイがパイセンを睨み、アタシ達は同時に硬直した。す、好きな人だけどこの顔で睨まれるとやっぱりこっわーい。

「つくねをやる……黙れ」

「お、サンキュー」

「あっ、それ楽しみにしてたのに!」

 慌てるアタシの目の前で、鶏のつくねが吉竹パイセンにかっさらわれた。

「ひどいっスよセンパイ。パンあげたじゃないッスか」

「もう散々食ったろうが」

 そりゃそうなんスけど……本当にあれ楽しみにしてたのに。

「チェッ。それにしても美樹ちゃん料理上手ッスね。しかも、こんなに美味しいお弁当を毎日作ってくれるなんて、センパイは幸せ者ッスよ」

「そうだな」

「……」

 アタシの発言に、何故か揃って渋い顔をする二人。

 後に知ったけど、あのお弁当は毎日センパイが自分で作ってたものだった。お父さんの教育の成果でセンパイ自身“男らしくない”と思われることを忌避していたため、幼馴染の吉竹パイセン以外には秘密にしていたのだ。


 そして、それから二ヶ月後──センパイ達は卒業してしまった。


「ヒヨコのやつ、今日は来なかったな」

「ああ……」

 今もまだ後悔し続けている。卒業式という最後のチャンスでどうして臆病風に吹かれてしまったのか。

 いや、理由は明白。私には覚悟が足りなかった。

「お前の両親も喜んでるよ」

「そうだといいな……」

 センパイと美樹ちゃんは、半年前に交通事故で御両親を喪った。

 だからあの人は、高校を卒業したらすぐに就職して働き始めると、とっくの昔に決めていたのだ。しばらく兄妹二人で生活するだけのお金はあるけれど、妹の美樹ちゃんの将来の学費を考えると全く足りない。それを稼ぐための選択。

 アタシにはまだ、そんなあの人を支えていけるだけの自信が無くて逃げ出した。そしてセンパイは亡くなったお父さんの友人に紹介され、東京の大きな会社に就職。

 以来、ほとんど地元に帰って来ることは無かった。




笹子(じねご)さん」

「あ、こんちは」

 大学に進んだ私は、入学後すぐに彼と出会った。

 浮草(うきくさ) 雨道(あまみち)。変わった名前の同級生と。

 女の子みたいな顔で外見上はごーてつセンパイと正反対。でも温厚で人のために進んで動くところなんかは良く似ていた。

 そのせいだろうか、けして積極的ではなかったけれど、それでも諦めず私を口説き落とそうと頑張っていた彼に、二年後とうとう心を開いてしまった。センパイに対しても踏み出せなかった最後の一歩を踏み出し、アタシの方から告白した。

 未練が無かったと言えば嘘になる。でも彼のことも本気で愛していた。センパイ以外で誰か一人を選ぶなら彼しかいないと思ったし今も思っている。

 けれど結婚の約束をした直後、彼は原因不明の病にかかり、二ヶ月の闘病生活も空しくこの世を去ってしまった。


「ごめんなさい……」


 呆然自失となり病室の前で座り込んでいたら、何故か彼の双子のお姉さんに泣いて謝られた。お医者さんにもわからない未知の病気だから誰のせいでもないのに。あれは、どうしてだったんだろう?

 ともかく、あの時はいっそ死んでしまおうかと思った。そしたらまた彼に会えるんじゃないかって。

 ところが、彼がこの世を去った直後に思いがけない事実が判明。アタシのお腹の中には彼の子が宿っていた。

 だから私は決めた。大学を卒業しよう。ちゃんと就職しよう。そして必ず、このお腹の子を幸せにしてあげようと。


「歩美……無事に生まれてきてくれて、ありがとう」


 浮草家の長男は代々祖父が名付ける決まり。彼のおじいさんは雨で濡れた道でも臆さず、そして挫けず歩いて行ける強い心を持って欲しいという願いを込め、彼に“雨道”という名前を贈った。

 だから私も、そんな彼の名に込められた願いと私の名前の一字を取って娘に“歩美”と名付けた。

 歩美の顔立ちは彼と良く似ている。でも性格はどちらにも似ず、なんだか男勝りな子に育ってしまった。ひょっとしたらあの子はあの子で私を守ろうと考えていて、それで強くなろうとしているのかもしれない。

 父と母、そして浮草家のご両親にも助けてもらいつつなんとか大学を出た私は、ビルの清掃を手掛ける会社の事務職として雇ってもらった。

 でも、これが思いのほか忙しく、なかなか娘に構ってやれない日々。小さい頃はだいぶ寂しい思いをさせてしまった。

 転職した方がいいか? 悩んでいたところに市役所勤めの従兄が来て、ある程度時間に融通の利く仕事だからどうかなと語り、臨時職員として雇ってくれた。

 それから五年。仕事はそこそこ忙しいけれど、従兄が言った通り、こちらは休みを取りやすい。給料も親子二人で生活していくには困らないだけの額を貰っている。うちの市では片親や経済的に厳しい家庭への子育て支援も手厚く行ってるからね。私自身そのお世話になりながら、子育て支援課の一員として他のお母さんやお父さん達の手助けをしている。

 幸い、周囲の助けのおかげで歩美は良い子に育った。将来への不安が全く無いとは言えないけれど、それでも間違いなく幸せな日々。

 ただ、人間ってね、ふとしたキッカケでそんな幸せにさえ不満を抱くことがあるみたい。あの時、私はそう知った。


「こんにちは」

「あ、こんにち──」


 たまに歩美と一緒にやってくる駄菓子屋。その店先のベンチに腰かけ、買ったばかりの駄菓子を開封しようとしていたら唐突に声をかけられた。

 そちらへ振り返った私は一瞬硬直して、そして叫んでしまう。


「ぎゃあっ!?」


 我ながら酷い醜態。頭の中はパニック状態。もう二度と会うことは無いんじゃないかと思っていた顔が目の前にあって、オマケに自分は子持ちで、娘とかつての憧れの人の前でとんでもない声を出してしまった。

 どうしたらいいのかわからなくなり、気が付いたら歩美を抱えてその場から逃げ出していた。


「ちょ、ママ!? いきなりどうしたの!!」

「あ、あわわわ、ど、どうしてあの人が……どうしてごーてつセンパイが……」

「ママ……」


 うちの娘は察しが良い。とても九歳、いや、あの時には八歳か。ともかく幼い割に洞察力が鋭い。自分へ向けられる恋愛感情には驚くほど鈍いくせに、他人のそれだとあっさり見抜く。

 だから、この時点ですでに気が付いてしまっていたんだろう。母親が茹でダコみたいに真っ赤な顔で慌てふためいていたのだもの。あの子じゃなくたって気が付く。

 そう、私は十五年ぶりにあの人の顔を見た途端、また恋に落ちてしまったのだ。

 きっと歩美なりに色々葛藤があったんじゃないかと思う。でも雨道さん譲りの優しさと強さを併せ持つこの子は数日後に言ってきた。


「ママ、あの人にもう一回会ってみなよ」


 ぽんと背中を押された気がした。目の前にいる娘ではなく、別の誰かに。


『怖がってちゃ駄目だよ、麻由美ちゃん』


 私の勝手な妄想かもしれないけど、でも、たしかにあの瞬間彼がそう言った。心の中で声が響いた。

 高校時代、どうしても踏み出せなかった一歩を、あの人と娘が踏み出させてくれた。

 だから頑張るよ、見ててね。

 笹子 麻由美、必ずこの初恋を実らせてみせるッス!!




「今宵は満月か……風流だな」

 友美を起こさんようこっそり布団から抜け出した俺は、縁側で月を見上げて呟いた。

 何故だろう、隣に誰かいるような気がする。しかし怖さは感じない。

 少し考え込んだ俺は日本酒とお猪口を二つ持って来た。

 両方に酒を注ぎ、片方は自分の隣に置く。

「誰だかわからんが飲んでくれ」

 こんな良い月夜に一人で飲むのはもったいない。友美がいるから生憎一杯だけで終わりだがな。


 ぽつぽつ、ぽつぽつ雨が降ってきた。

 なのに空には雲一つ見当たらない。


(夜の天気雨か……)

 少し物悲しい。しかし昼間に降るそれとは逆に、どことなく温かい。


『ありがとう。二人を、どうかよろしくお願いします』

「……」

 気のせいか、聞き覚えの無い若い男の声が聞こえた。だが声のした方向には俺の置いたお猪口があるのみ。

 眉をひそめながら再び月を見上げると、こころなしかさっきより青く輝いているような気がした。

 答えるならば今のうちだと、心のどこかで誰かが囁いている。

 そうか、あいわかった。

「任せてくれ」

 なんのことかはわからんが、こんな広い世界で俺を選んで頼ってくれたのだ、無碍にはすまいよ。

 残りの酒を一気に呷る。


 月の夜に 訪ねし友に 誓い立て


「おかげで良い酒が飲めた。その願い、必ず叶えてみせようとも」






 ──翌朝、目を覚ました俺は、あの出来事が夢だったと気付く。

「今は下旬だぞ、満月が見えるはずもない」

 一応スマホで調べて月齢を確認すると、やはり昨夜は満月ではなかった。たしかに酒を飲んだという記憶はあるから、久しぶりに飲んだせいで妙な夢を見たのだろう。

 だが、そう思った俺に友美が何かを差し出す。

「おじちゃん、はい」

「ん?」

 お猪口だ。

「あっちに落ちてた」

 縁側を指差す友美。

「すまん、片付け忘れていたか」

 受け取って、そして眉をひそめる。


 これは、昨夜俺が使ったものではない。

 夢の中で“客人”に出した盃だ、模様が違う。

 しばし、どういうことか考える。


 だが、明確な結論など出ようはずも無い。

 俺は友美を抱き上げた。

「世の中、不思議なことはあるものなのだな」

「ふしぎ?」

「お前の好きな魔女が使う魔法のようなものだ。あるいは狐狸に化かされたか」


 まあ良い。夢だろうがなんだろうが約束は約束。

 守るぞ、絶対にな。

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