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おじさんは勝てない  作者: 秋谷イル
シーズン1

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10/26

おじさんvs写真

「わざわざすまんな」

「いえ、頼ってもらえて嬉しいッス!!」

「こんにちは~」

 散髪翌日、土曜。駅まで来た俺と友美は、そこで麻由美と歩美に合流した。例の写真屋まで案内してもらうためだ。勝手に近場だと思っていたが、どうやら隣の市の少しわかりにくい場所にあるらしい。

「おじちゃん、ここなに?」

 駅に来たことが無い友美はきょろきょろしておる。

「ここは駅だ。電車に乗るところだぞ」

「!」


 手を繋いだまま目を見開く。その顔は嬉しいのか、それとも怖いのか、どっちだ?


「しんかんせん?」

「ではないな」

「どういうでんしゃ?」

「どういう……」

 よく考えたら、俺もこっちに戻って来て以来電車なぞ一度も乗っておらん。学生時代も徒歩で通学しておったしな。

 答えに窮していると歩美が助けてくれた。

「かっこいいよー、四角くて青いよ」

「あおいの?」

「うん、それに今は車体に“サムライスター”が描かれてるんだ」

「サムライスター?」

「放送中の戦隊物。おじさん知らないの?」

 戦隊物か……今はなんとかマンやなになにレンジャーではないのだな。あの手の番組を見なくなってから三十年近く経つので全くわからん。

「さむらいすたー……ろきくんがすきっていってた」

「ろき君とは誰だ?」

「ほいくえんのともだち」

 悪戯ばかりしてそうな名前だな。

「そういえば、おじさんってサムブラックに……」

「なんだ?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 何か言いかけていたようだが、歩美はそれ以上語らない。

 まあいい、そろそろ次の電車が来る時間だ。

 おっ、来たぞ。

「では行こう。友美よ、電車の中では静かにするのだぞ」

「わかった」

「友美ちゃんは良い子ッスねえ。うちの歩美なんか初めて電車に乗った時には走り回るし大声出すし駅へ着く前に急にトイレに行きたいって泣き始めるしで──」

「ママ! 余計なこと言わなくていいから!!」



 この時間なら空いてますよと麻由美が言った通りガラガラだ。乗客は俺達の他に老婦人が一人、離れた席に座っているのみ。

 これなら多少騒いでも大丈夫だろうと、そう思ったのだが……。

「……」

「……こやつ」

 友美め、目をキラキラさせながら車窓の外を眺めているのに本当に一言も喋らん。

「えらいなあ」

「えらいけど、別にずっと黙ってなくても……」

「そうだな」

 これは俺の責任だろう。俺がどうにかしてやるか。

「友美よ」

「……」

 こやつ、お口にチャックの動作で静かにするよう注意しおった。

「しーっ、ではない。別に大きな声を出さなければ喋っても構わん」

「このくらい?」

「もう少し」

「このくらい?」

「うむ、適切な音量だ」

 よし、話せるようになったところで何か訊きたいことはないか?

「おじちゃん、あれなに?」

「市民体育館だな。みんなで体を動かす場所だ」

「あっち、とうきょうたわーがある」

 ただの送電塔だが……まあ、夢を壊すこともあるまい。

「そうだな、大きいな」

「おっきー……」

 俺達の会話を聞きつつ、隣の母娘は「かわいー」などとくすくす笑っておる。麻由美はスマホを取り出した。

「センパイ、友美ちゃんとのツーショット撮ってもいいスか?」

「構わんぞ、後で俺にも送ってくれ」

「もちろんスよ」

 言うなりシャッターを切り、外を眺める俺達の姿を撮影する麻由美。

 さらに音が三回、四回、五回……おい待て、何枚撮るつもりだ。

「あっ、おじちゃん」

 興奮した様子でまたどこかを指差す友美。

「おはなばたけ」

「花畑?」

 こんな市街地にあるものだろうか? 指の示す先を見ると、なるほど線路より低いビルの屋上に数多くのプランターや鉢植えが並べられ花畑のようになっている。

「ほう、面白いことをする人もいるものだ」

「電車で移動してると、いつもと視点が違うから色んな発見がありますね」

 言いつつ、麻由美はまた俺達を撮った。




「うわっ、可愛っ!!」

 貸衣装により念願のお姫様へと変身した友美。その姿を見て我がことのように喜ぶ歩美。お前も可愛い奴だな、俺は頭を撫でてやる。

 無論、友美を褒めるのも忘れん。

「似合っているぞ」

「かわいい?」

「うむ、可愛い。実にお姫さまではないか」

「んふー」

 満足気に胸を張る友美。一方、歩美は俺の手を掴んでどけた。

「やめてよおじさん。子供じゃないんだから」

 九歳でもう大人ぶっているのか、こやつ。

「さっ、じゃあ次は写真だよともみちゃん」

「うん」

「お母さん達に見せるんだよね。きれいに撮ってもらえるといいね」

 そう言って友美の手を引き、撮影スタジオの方へ歩き出そうとした歩美の肩を、しかし麻由美が掴んで止める。

「まだよ歩美」

「ママ?」

「センパイがね、せっかくだからって、もう支払いも済ませてくれちゃったの」

 クイッと親指で更衣室を指す。歩美の顔は青ざめた。

「ま、まさか……」

「さあ、アナタもまた“お姫様”になるのよ」

「ちょっ、いきなりは心の準備が、うわあああああああああああっ!?」

 歩美は母親に引きずられていった。俺は友美の前にしゃがみこみ、自分のスマホを取り出す。

「このスマホで撮影して、お前の父と母に送ってやろう。向こうは夜だろうから今晩通話する時にまとめてな」

「かわいくとって!」

 言うなり、友美はおそらくこやつの中の“お姫様”のイメージに即したであろう奇妙なポーズをとった。早速俺はシャッターを切る。

「安心しろ、お前の場合どう撮ってもそうなる」




「はい、いいですよー、じゃあ歩美ちゃんの方、今度はこういう風にポーズとってくれるかなー?」

「こ、こう?」

「いいねいいね、可愛いよー。上目遣いがグッド。あ、友美ちゃん、お姉さんのほう見てねー? いくよー、1・2・3、スマーイル」

 カメラマンは言葉巧みに二人の子供にポーズを取らせ、笑顔を引き出し、シャッターを切っていく。流石はプロだな手慣れておる。

 共にお姫様となった友美と歩美は様々な小物や背景と合わせて撮影され続けた。最初は緊張していた友美も今は自然に笑っておるし、歩美もだんだんノリノリで撮影者の注文に応えるようになってきておる。

「うふふ、いいッスねえ。可愛いッス。これは良い記念になりますよ」

「うむ、来て良かったな」

 二人とも実に楽しそうではないか。やはり若い娘は写真が好きなのだ。美樹も麻由美も、学生時代に友人達とプリクラを撮って来ては良く俺に見せておったしな。

「そ、それにしても、さっきのは参りましたね」

「ん?」

「いや、その、これ……」

 そう言って麻由美が持ち上げたのは店の人から「次回以降、気が変わったらどうぞ」と渡されたパンフレットとクーポン券。


“一足早く、あるいはもう一度、ウエディングドレスを着てみませんか?”


 カップル向けに新郎新婦の格好で写真撮影をしてくれるサービスがあるようだ。結婚前の男女以外にも、たとえば事情があって式を挙げられなかった夫婦や、もう一度結婚式の感覚を思い出したい夫婦などに人気があるらしい。

 俺達は後者、つまり既婚者だと思われていた。まあ、たしかに傍目には両親と娘二人の家族にしか見えんだろう。

「ア、アタシがセンパイと夫婦なんて、そんなわけないじゃないッスか、ねえ?」

「ほう、そんなわけがないのか?」

「へ?」

「ありえたかもしれんだろう。別におかしな話ではない」


 麻由美は顔が真っ赤になった。


「え? あの、それは、どういう……」

「いや、気にするな」

 俺はそっぽを向く。

「ええっ!? き、気になるんスけど」

「後にしろ。それより友美と歩美の雄姿を目に焼き付けるのだ」

 俺は麻由美の顔がまともに見られなかった。こやつめ、あんな顔をするのは反則だろう。

 まったく、らしくないことを口走った。俺も今日は浮かれてるのかもしれん。




「友美よ、楽しかったか?」

「たのしかった!」

 そうか、それは良かった。元の服に着替えさせ、写真屋を後にした俺達は昼食にすべく麻由美のおすすめだというレストランを目指している。味もさることながら、子連れの客でも入りやすいところが良いのだそうだ。

「んふふ、んふふふふ」

「おじさん、さっきからずっとママがおかしいんだけど……?」

「うむ……」

 困ったな、麻由美めなかなか元に戻らん。あの会話以来ずっと上機嫌を通り越して宙に浮かんだままだ。

「歩美、例の店の場所はわかるか?」

「うん、大丈夫。それは問題無いよ。でも、どうしてママが……」

「店で腰を落ち着けてから話す」

 少々気恥ずかしいが、麻由美がこうなったのは俺の責任。娘のこやつには事情を話しておこう。

 それにその……もしかしたら、こやつの理解を得なければならんことになるかもしれんしな、色々と。

 そうして俺が友美の手を引き、歩美が麻由美の手を引いて俺達を先導しつつ歩いていた時のことである。


「きゃっ!?」


 前方で一人の女性が男に突き飛ばされ転倒した。暴漢は女性の手からかばんを強奪してこちらへ走って来る。

「っ!? 歩美!」

 流石は母親よ、瞬時に切り替えて歩美の肩を抱き、男の進路から避難する麻由美。俺も友美を抱き上げ、麻由美に託す。

「少し預かってくれ」

「はい!?」

 驚く麻由美達の横を通過し、逆にひったくりの進路を塞ぐ形で立ちはだかった。

「じ、邪魔だおっさん!!」

「ぬかせ」

 俺の顔を見て怯む程度の小童がここを通れると思うなよ。

 ふんっ!!

「うえっ!?」


 小童の両肩を掴んで動きを止める。無論全力で逃れようと抵抗するのだが、その動きを先読みしてくるんと回転させてやった。目を回したところで再び肩を掴み、上から体重をかけて圧し潰す。


「お、重っ……ぐえっ」

 ひったくりは地面に膝をつき、さらにはうつ伏せに。背に座った俺はかばんを取り上げ、追いかけて来た女性に渡す。

「あ、ありがとうございます! 助かりました!」

「うむ」

 こういう時にはこの無駄にでかい図体も役に立つというものだ。再就職先は警備会社がいいかもしれん。

 たまたま近くを巡回していたそうで、警官も二人駆け付けて来た。捕まえた犯人が怪我一つしとらんことを褒められる。

「すごいですね、大の男を無傷で取り押さえるなんて」

「俺の方がでかいからな」

「いや、それでも簡単に出来ることじゃないですよ。何かやってたんですか?」

「……柔道を、少し」


 本当は親父に空手もやらされていたが、あれは性に合わんかった。


「流石ッス、センパイ……」

「ママ、何か知ってるの?」

「ごーてつ先輩は柔道の有段者……ただし、相手に怪我をさせたくなくて試合ではあまり勝てない。そういう人だったのよ」

 俺より小さい相手が俺を投げ飛ばしたりするのは面白かったがな。だから柔道は好きだ。

「しかし、申し訳ありませんが派出所までご同行願います。一応、事情聴取をする決まりなので。目撃証言がありますし、あの男が無傷だからすぐに済むと思います」

「構わん。だが──」

 俺が麻由美を見ると、麻由美は友美を抱き上げながら頷いた。

「大丈夫、アタシがちゃんと見てるッス。センパイの家で待ってますよ」

「頼む。友美、また後でな」

「おじちゃんどこいくの?」

「警察だ」

「たいほされたの?」

「違うよ」

 警官が苦笑しながら友美に近付く。

「君のおじさんはいいことをしたんだ。おまわりさん達はその話を聞きたいだけ。だから、ちょっとの間おじさんを借りて行くね」

「うん……」

「では、行って来る」

 友美が頷いたのを見て、俺は警官達と犯人に同行し派出所へ向かった。




『それで、結局すぐに釈放されたの?』

「釈放と言うな、逮捕されたようではないか」

 スマホに向かって唸る。昼の一件を妹の美樹に語り終えた俺は、手招きして友美を膝に座らせた。

「友美、母だぞ」

「あ、おかーさん」

『ああん友美! 今日はどうだった?』

「たのしかった」

『そう、それなら良かったわ。ほら友くん、友美よ、顔見せてあげて』

『やあ友美。それとお義兄さん、こんばんは』

「そっちは朝だろう」

『はは、そうですね。これからまた例の遺跡の調査です』

「予定通り終わりそうか?」

『問題無し。私達の仕事はほとんど終わってるの。後は後任への引き継ぎが残ってるだけ。ちゃんと来週には帰国する』

「そうか」

 妹夫婦は今、南米だ。美樹は考古学。義弟の友也は言語学の研究をしており、どういうわけだか日本の有名な企業から依頼を受けて新たに見つかった遺跡の調査に赴いておる。

 どんな調査なのか詳しいことは聞いておらん。守秘義務があるとかで身内にも話してはならん決まりらしい。

『おーい、ミキさん!! トモヤさん!! そろそろ出発するぞー』

『あ、はーい。じゃ、そういうことだから行くわね。友美、お母さん達もうすぐ帰るから、いい子で待ってるのよ』

『ニッカさん、すぐ行きまーす! またね友美、おじさんの言うことをよく聞いてね』

「うん」

「こやつのことは任せておけ」

『はい。それではお義兄さんもまた。あと五日、友美をよろしくお願いします』

「うむ、またな」

 俺が頷いた直後、画面の向こうの二人が名残惜しそうにこちらを見つめて、数瞬の間を置いてから接続が切れた。

 世界のどこにいる人間とでもこうして顔を見ながら会話出来る。便利な世の中になったものよ。これが無ければ友美も、ここまで長い期間親と離れ離れの生活に耐えられはしなかっただろう。

「お前は偉いぞ」

 頭を撫でてやる。

 首を傾げられた。

「なにが?」

「強いからだ」

「じゃあ、おじちゃんもえらい」

「何がだ?」

「つよかった」

 ああ、昼間の件か。あの犯人は素人だったし武器も持っていなかった。別に大したことではないのだが……。

「お前に褒められると悪い気はせんな」

 気分が良い。俺はこの瞬間の記憶を後々のため保存しておこうと思い、スマホで一緒に自撮りした。アルバムを開くと我ながら友美の写真ばかりである。

 それを見ているうち、あることが気になりだした。




 翌朝、俺は思わぬ形で自分の写真を見ることになった。

「こ、これは……」


“男性お手柄。ひったくり犯を無傷で確保”


 ローカル新聞の記事だ。小さな写真ではあるが、あの小童を取り押さえた時の俺が見事に写っている。背後には麻由美と歩美、そして友美の姿もぼんやり捉えられていた。

(そういえば……)

 派出所を出た後、記者を名乗る人間から写真を掲載してもいいですかと訊かれたような気がする。しかし一刻も早く友美の元へ戻りたかった俺は適当に生返事を返し、その場を後にしたような。

「ううむ……」

 目立ってしまったな。後で吉竹あたりにからかわれそうだ。

 まあ良い、地方紙の小さな記事だ。目を通している人間は少なかろう。

 そう思いながら居間へ戻ると、友美がテレビをつけて何か観ていた。

「友美、何を観ておる?」

「おじちゃん」

「何?」

 まさかテレビのニュースにまで取り上げられたのか? 焦った俺が画面を見ると、そこにはキャスターでなくライダーでもなく五人のサムライが並んでいた。


『武士道戦隊! サムライスター!!』


「なんだ、歩美の言っていた番組か」

「おじちゃんがいる」

「ぬう」

 なるほど合点がいった。このサムブラックとかいうヒーロー、どことなく俺に似ておる。変身後の姿もいわゆるヒーロースーツではなく侍らしい和装だしな。

「おじちゃん、さむぶらっく?」

「それは、だな……」

 送電塔の時と同じく夢を壊さないよう答えるべきか。だが、それだと今後変身ヒーローとして扱われてしまいそうである。

 困った俺は話題を逸らすことにした。

「今日はまた電車に乗るか?」

「のりたいっ!!」

 よし食いついてくれた。

「昨日は俺のせいで半端になったしな……麻由美達が暇なら、あいつらも呼ぼう。しかし、今日は写真屋にはいかんぞ」

「じゃあどこにいくの?」

「電器屋だ。スマホのカメラでは物足りん。これからのお前との思い出をより鮮明に記録するため、今日はデジカメを買いに行く」


 無駄遣い? 断じて否だ 必要だ


「美樹達にもここにいた間のお前の生活を見せてやりたいしな。プリンターとアルバムも買ってこなくては」

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