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四重奏連続殺人事件


連続殺人の幕開け?

 

埼玉県蕨市。埼玉から東京、神奈川を結ぶJR東日本の京浜東北線に乗れば、川口、西川口駅と過ぎて荒川を超えれば都内の赤羽駅に着く。江戸時代名には、中山道六十九宿の中でも五宿に入ると言われた宿場町。戦前は機織物の町として栄えたが、今は東京のベッドタウンとなっている。

蕨市の市街地域面積が全国で一番狭いミニ市としても知られている。

流入する都市勤労者に対応すべく、狭くて人口密度が高い地域ならではので、土地の有効利用が図られ、無秩序に建設された中低層マンションが込み入った区画を形成している。建物と建物の間には迷路のような路地がくねっている。

 この年、梅雨は豪雨と霧雨が交互に訪れる油断のならないものだった。

 中国人留学生、王陳軍は、恨めしそうな顔で真っ暗な空を見上げている。午前三時。昨夜からの強い雨は止みそうにない。

留学生とは言っても、大学・大学院の学生ではなく、日本の大学・専門学校を目指して日本語学校で勉強しているにすぎない。一昔前までは、進学目的は単なるお題目で、出稼ぎこそ真の目的であるような輩が大半であった。平均年収三○万円以下の国から来て昼夜兼行で少し無理なアルバイトをすれば一年で三○○万円稼げる。誰が勉強なんかで時間を無駄に使うだろうか。

来日その日から、稼ぐのに夢中になる。

アルバイト収入だけでは満足せず犯罪に手を染める者が多数いたのも事実である。

日本語学校には警察からの問い合わせ、だけでなく、刑事訴訟法第一九七条第二項の(捜査関係事項照会)として刑事が出向いて来ることもたびたびであったと、当時の日本語学校業務に携わっていた友人が話していた。

少しはこのような事実の存在を残しておくべきと思う。当時はこのようなことは「日中友好」に資するものではないとして、マスコミは殆ど取り上げなかったように記憶している。友好とはおもねることではなかろうに……。

 王陳軍は、近年「爆買い」を報道される都市の富裕層ではなく、地方出身の貧しい出稼ぎ農民の子弟だ。実家からの援助を全く当てにできない境遇で、留学生生活を送っている。現在の留学生の多くは実家からの仕送りを受けているが……。いずれにしても十年程前と比べると昔日の感がある。

王と同じ経済的状況の留学生五、六人が、この新聞販売店で勤務している。

 「また雨か。やってられないなぁ……」

 「こんなとこ辞めて、もっと稼げる仕事探そうぜ」

 口々に、日本人には耳障りな中国語独特の音声で、語り合っている。

店主がガラッと奥の扉を開けて現れ、早く配達に行け、とばかりに顎をしゃくった。

駅の西口周辺は複雑に路地が入り組んでいて分かりづらい。来日してすぐにこの仕事を始めたときは、何度も道に迷った。

王は新聞が雨に濡れないよう注意して配達を続けた。読む人のことを考えてのことではなく、“濡れているぞ!”と販売店に入る苦情が怖いだけなのだ。

外国人に食と住を保証してくれる職場は多くはないので、取敢えず当分はこの場所は失いたくない。

配達を始めてニ十分ほど経つと、自転車のペダルが軽くなる。雨はまだ止まず、空も暗いままだが、王の気持ちは少し明るくなった。将来のことを考える余裕が出てきた。

(大学を卒業して、日本か中国の給料の高い一流企業に就職できたらなぁ……)

二車線の通りから少し奥に入った駐車場。ブロック塀と細い金網に囲まれている。

車一台がやっと通れる路地の反対側は、大きな屋敷のコンクリート塀。王の自転車がきしみを上げて駐車場の角をまがった。

先に二棟の五階建てマンションがあり、行き止まりになっている。雨が全てを洗い流すかのように激しく路面を打っている。

白い物体と黒い箱状のものが王の目に入った……。屋敷の壁際にもたれかかるようにして、顔はうつぶせ、白いレインコートの肩に濡れた長い髪が広がっている。そばに転がっている黒い箱は形状から見て、バイオリンケースのようだ。白いハイヒールの片方が脱げている。

王は自転車から降りて、恐る恐る近寄った。倒れている女に動く気配はない。

「死んでいる……」

王は後ずさりしながら、言葉を飲み込み、自転車に乗ると全力で今来た道を引き返した。

通報者は新聞店主だった。

血相を変えて駆け込んできた王が事情を告げた。二人は現場へ急ぎ、警察官の到着を待つことになった。雨はやや小降りになっている。

王は死体発見の動揺より、警察官から受けるであろう事情聴取が不安でならなかった。

 (困ったなぁ……。いろいろ聞かれるんだろうなぁ……)

彼の周辺には不法入国者、在留者が何人もおり、窃盗団、ネット詐欺の関連者と噂されている者さえいる。できれば、この場から早く立ち去りたいとの思いに強く駆られていた。

 幸い、王に対する事情聴取は、発見の時間、周囲の状況、不審者を目撃したか?等の簡単なもので、気構えていた王としては拍子抜けの感を受けた。

「また後で、いろいろ聞きたいこともあるので、警察署に来てもらうかも知れなから連絡を取れるようにしておいてください」

(いろいろかぁ……。これとは別のことを聞かれるのかなぁ…。警察署に呼ばれる…?)

王は自分が抱いている不安が現実になるのを恐れた。


 「関わりあいになるのを嫌ったんだよ。中国人にとって警察は鬼門だからな」

 ベテラン刑事の発言に多くの捜査員が頷き、王は捜査圏外に出た。



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