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クラシック音楽業界の闇

プロローグ


 音楽は偉大である。聞く者の心を揺さぶり、楽しみを倍加させ、悲しみを半減させる。音楽とは奏者と聴衆がお互いの魂を奏で合うものに違いない。

中国の太古において「楽」は君子の必須科目であり、詩・書・礼・楽・易・春秋の六経の一つに納まっている。かの孔子様も音楽は文字や言葉より強く思いを伝えるとして、その共鳴性を論じ、「楽」の効用を説いている。


 月影に浮かぶ蔦で覆われた古い洋館からブラームス作曲のピアノ四重奏曲第一番ト短調の第一楽章の旋律が、かすかに響いてくる。

静かな始まりから徐々に力強くなり、心に沁みてくる。これが共感だろうか? この現象はどんな時にでも起きるのだろうか?

例え奏者と聴衆が悪魔に魂を売り渡して、邪悪な夢に浸っているとしても……。


 モスクワ

9月半ばでも日本人にとっては肌寒い。周囲のモスクビッチ達はTシャツにジャケット姿。半袖もいる。

 地下鉄フィリョウフスカヤ線の車内。朝夕の通勤時間帯は相当な混雑であるが、昼下がりの車内は比較的空いている。ベージュのコートを着た黒髪を無造作に束ねた若いスレンダーな女性が座席で大事そうにバイオリンケースを抱えている。

 ドヤドヤと4、5人の武装警官が隣の車輛から入ってきた。乗客はいつものことなのか皆、平然としている。女性の前に立ち、ロシア語でまくし立てるが、通じない。「パスポート、パスポート」と言っていることが辛うじて分かる。ロシアでは、全ての外国人にパスポート携帯の義務がある。屈強そうな身体をした警官が彼女のパスポートを点検している。指揮官らしい一人が、バッグを指さし英語で、

 「Open! This bag!」

 彼女がバッグのジッパーを開くと、バイオリンとその上に1枚の絵ハガキが出てきた。

図柄は富士山を満開の桜で囲んだ、いかにも日本を連想させるものだった。

 部下達がバッグの検査をしている際に、先の上級警官が、絵葉書に目を通し、

 「Are you Japanese?」

 警察官による偽罰金通告や賄賂の横行を注意されていた彼女は少し怯えた表情を見せながらも、はっきりと答えた。

 「Yes」

 所持品検査を終了した武装警官達は、何事もなかったかのように次の車輛へと移動していった。

 絵葉書の文面……。

『東京はもう秋です。全て解決しました。詳細は貴女宛のEメールで御存知のことと思います。小生のようなアナログ人間は手紙を書かないと落ち着かないので、葉書をだしました。安心して勉学に励んでください。夢に向かって精進している人が、今も昔も、そしてこれからも大好きです。倉科』

 彼女は手にとって一瞥すると大事そうにバイオリンケースにしまい込んだ。


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