石松の旅立ち
帰る石松に鎌太郎は手土産がわりに100両をわたした。
月が顔を出して、あたりは少し明るくなった。祭りのあとの静けさが、鳴り響く虫の声のせいで余計に寂しい。
夜が明ければ石松さんは旅立っていく。
石松さんが来た時は自分の顔を売る時だと気合いを入れていたが、その人柄を知るたびにもうそんな事を思わなくなっていた。
清水へ帰る石松さんへ、自分たちの出来る事と言えば、遅ればせながら、次郎長親分の連れ合いのお蝶さんの香典を持って帰ってもらうくらいしかない。
そこで鎌太郎は兄弟たちと相談し、100両、香典に包んで石松さんへそれを渡した。
石松さんはその100両を懐にしまうと、鎌太郎に言った。
ここへ来て良かったよ。良い親分さんに出会えた。鎌太郎親分の事は次郎長親分に、ちゃんと話しておきますよ。清水へ来たらまた寄ってくださいね。
石松の親分こそ、またこの土地へ遊びに来てやってください。相撲の決着をちゃんとつけなきゃアッシは死んでも死に切れないですからね。
ハハハ。鎌太郎親分は面白い人だ。お互い負けず嫌いみたいだ。
そうですね。同時に倒れて引き分けは、引きずりますよ。石松の親分がまた来るまでに鍛えて今度こそ勝ちますよ!
さあ、それはどうかなぁ?
ハハハと2人は笑いあい、夜が明ける頃、石松さんは美濃追分の地を後にした。
見えなくなるまで振り返り、手を振って、その姿はまるで子供のように無邪気だった。
石松さんがこの土地へ現れることは2度となかった。