駿河の街よさようなら
急ぐ早駕籠とは裏腹に、鎌太郎たちの足は遅い
早駕籠は昼夜構わず走り続けた。早くお時さんを連れて行き、鎌太郎の驚く顔が見たい。きっと気に入ってくれるに違いない。もう、一家に着いている事だろう。冬が訪れる前になんとか仮祝言をあげてやりたい。
揺れる籠の中、辰五郎親分は浮き足立った心持ちでいた。
その頃、鎌太郎一行は、お花と大将に見送られ、宿を出発するところだった。まだ駿河に居る。
「あの、親分さん。」
お花が言いにくそうに、でも言わなきゃいけない!というふうにうん!と決心したように頷いて言った。
「このかんざし。」
「そのかんざしね。お花ちゃんによく似合っているよ。これからもずっと、そうして飾っていてくれるかい?」
お花は少し涙ぐんで、うんと頷いた。
「またくるからね。」
「いつまでだって待ってますからね。またいつでも寄ってくださいね。」
「それじゃあ一家に戻るとするか!」
旅の支度も厳重に、3人は駿河の街を後にした。
「そろそろ辰五郎親分、一家に着いただろうか。」
「着いたんじゃないか?」不動が答えた。
「お花ちゃん、あのかんざし、本当は返そうと思っていたんだろうなぁ。」太郎がお花ちゃんの様子を浮かべてそう言った。
「そうかもしれねーな。でもよ、あのかんざしは本当にお花ちゃんによく似合っていたんだから。」
「兄弟、お前それはそうだけどお花ちゃんの気持ちは複雑だよ?きっと。」
「俺は昨晩、仮祝言をあげた。」
「はっ?」
「仮祝言をあげておいたの!」
「あれか?お花ちゃんにお酒飲ませたやつか!」
「そう!」
「兄貴、医者に診てもらお!」
「俺、どこも痛いところないよ?」
「いや、頭が痛い事になってるよ?」
「大丈夫だろ。歩いてりゃそのうち良くなる。」不動が太郎にそう言った。長い道のりを歩いていればそのうちに忘れる。
お花もきっと時が経てば鎌太郎の事を忘れ、良い人と出会うかもしれない。
その時がきたらあのかんざしはきっともう似合わない。だからそれまでの間だけ、お花と共にあればなと鎌太郎は思うのであった。
空からとうとう白いものが落ちてきた。雪が舞っている。まだ積もるなよ。
3人の足が少し早まった。けれど一家まではまだまだ遠いのであった。
一家に近づいてきて、空気がだんだん変わるのをお時は感じていた。