お吉さん?
屋台で話を聞いていた鎌太郎だったが。
「下田港にもお吉さんって居たのはこの江戸でも有名な話なんだが、知っているかい?」
「いや、知らねえ。」
「そうか。御幸山は知らねえか。」
大将にコクンと頷いてみせ、おでんを食べ始めた鎌太郎は、「唐人のお吉さんの話かい?」と聞いた。
「なんだよ!知っているんじゃないか。」
「あれだろ?船の中で仕事してる男たちの洗濯やら掃除やらしてた娘が、玉泉寺に療養に来てた偉い外人の世話をするように言いつけられて、そこで病気もらって3日で帰らされた娘がお吉さんだろ?」
「いや、なんかちょっと違う。それ。」
「え?違うのかい?そのあとお吉さんは、世間の人から白い目で見られて、それに耐えきれなくなって、酒に溺れて死んだって話じゃないのかい?」
「まあ、最後はそんなもんだが、、、ま、いいや。」
「確か、その玉泉寺で療養していたハリスって爺さんも死んだんだったね。」
「そう、爺さんだった。こっちのお吉さんが世話していたのはもうちょっと若くてな。おまけにスケベだった。」
「じゃあお吉さんは手篭めに遭ったのかい!」
「その通り!お吉さんにはもう決まった人が居てな、身請けも決まっていたんだよ。2人は絵に描いたようにお似合いでな、幸せそうだったよ。ここにも何度か来てくれていてな。まさか芸者を手篭めにするなんてみんな思いもしなかった。」
「その話はあっという間に広まって、お吉さんの身請け話は無くなったよ。おまけにお抱えの店は悪い噂を断ち切るように、お吉さんをクビにした。そのあと、お吉さんは行くところが無くなって、小さな長屋に1人で細々と住んでいたよ。けれど、長屋の人からも白い目で見られてな。お吉さんは行き場をなくしたんだよ。」
「え!お吉さんはその後どうしたんだい?」
「何年か姿を見なかったんだが、ここへ戻ってきたらもう、あの姿になっていたよ。どこでどうやって暮らしているのかはわからないんだが。」
「なんとも言えない話だなぁ。」
「なぁ。」
話を聞いているうちに、器のおでんはほぼ無くなっていた。
「じゃあ、そろそろ行くかな。勘定してくれるかい?」
「いらないよ。」
「そうはいかない。」
「いらないって!」
鎌太郎は黙って一両を置いて屋台をあとにした。
大将は、「御幸山ー!ありがとうよー。」と大きく手を振って見送ってくれた。
それに手を振って歩いていると、ドーンと誰かがぶつかってきた。
目の前に倒れてきたのはさっき大将から話を聞いていたお吉さんだった。
「誰だい!人にぶつかってきて危ないねえ!倒れちまったじゃないか!この落とし前、どうしてくれるんだい!」
お吉さんは鎌太郎を睨みつけて地べたに座り込んでいる。
鎌太郎は、「すまないね。」と、お吉さんを立たせて土を払った。
お吉さんは、鎌太郎に向かって手を出している。
「ぶつかっただけじゃねーか。何、手を出してんだ?てめえ、いい加減にしろよ」
「斬るなら斬りやがれ!あたしゃこの世に未練はないんだよ!」
「なら、手を出して金なんかせびるんじゃねえよ!てか、酒飲むのやめなよな!死ぬなら勝手に死にやがれ!刀が可哀想だわ。」
「あんた、さすがヤクザだね!血も涙もないね!」
「ああ、もうどうにでも思いなよ。お吉さんだったかな!思ったより元気だね。良かったよ。じゃあな。」
お吉さんに笑いかけ、鎌太郎は後ろ手に手を振ってその場を後にして、懐に入っていた財布が無いのを確かめた。
「フフフフ、ハハハハハ」と、なんだか面白くて笑い飛ばしていた。
「兄弟!何笑ってんだ?」
旅籠の近くで不動と会った鎌太郎は、財布を擦られたと言って笑っている。
「財布擦られて笑う奴がいるかよ。えらいこっちゃじゃねえかよ、それ。」
「だって俺、ここにほら!」と、お腹にグルグル巻きにして大事に持っている大金を見せて笑っている。
「江戸は賑やかな街だけど物騒な街だろ?俺はまんまと騙しにかけられたようだ。」
「ヤクザのクセに人が良いからなぁ。兄弟は。」
「だって、昔の俺のこと知ってんだよ?ちょっと嬉しくてな。騙されてきてやった!」
「なんじゃそれ?」
「兄貴ー!。なんか楽しそうだなぁ。2人とも!」
旅籠の前に太郎もやってきた。
「おお、太郎も戻ったか。」
3人は仲良く旅籠に入っていったのだった。
明日は江戸から離れる鎌太郎たちだった




