石松の誕生日
男の正体は?
あんた達はどっから来なすった?
鎌太郎は、美濃から来ましたと答えた。
美濃といやぁ、見受山の鎌太郎親分さんのいるところだなぁ。親分さんを知っているかい?
と男は聞いてくる。名は売れても、顔はまだ知られていないんだなぁ。と、鎌太郎は下を向いてどうしようか考えている。このまま知らない振りをしようか、自分がその見受山の鎌太郎だと言おうか。
太郎と不動は鎌太郎がどう答えるのか待っている。ここは清水一家。これが違う場所ならドーンと鎌太郎のことを紹介するのだが、相手が誰だかわからない。
さあどうしよう。
見受山の鎌太郎の親分さんてのはまだ若いんだがこの辺りでも名の知れた親分さんでな、石松が金比羅帰りに立ち寄って良くしてもらったんだそうだ。帰るときにはお蝶さんに香典を100両包んで石松に言付けた。石松はその話を立ち寄ったところで話していたんだそうだ。
そうですか。
と鎌太郎は相づちを打つしかない。その男の話はまだ続きそうで、相手は結局のところ誰でもよさげだった。
俺は石松に1度しか会ったことはないんだが、想像通りの人だったよ。
1度ですか。
ああそうだよ。江戸からね、来たんだよ。たまたま生まれた日を聞いてね、金比羅へ行く船の上で。
そうですか。
とは言ったが、この人はいったい誰なのかは分からずじまい。いや、もう分からなくてもいい。こうして話を聞くだけでいい。自分も名乗らなくてもいい。自分が誰でもどうでもいい。
ここは石松さんの話をして聞くところ。ここには本当に石松さんが居るようで、鎌太郎は酒を誰もいない方へ差し向けて、乾杯をした。
太郎も不動も同じようにそうして酒を飲んで、石松さん、誕生日おめでとうと心の中で祝っていた。
その様子を次郎長が目を細めて見ていたのだった。
誰もがこの場所で石松を祝っていた。