太郎、元気になる。
ヤクザはヤクザなりにいろいろある。
戸をスゥーっと開けて入ってきた太郎は、兄貴、帰ったよと、小さな声で一言だけ鎌太郎に声をかけた。
新吉が太郎の叔父貴、お帰りなさいませ。と声をかけると、手を軽く上げて、暑いのに囲炉裏の前に座り込んでしまった。
熱射病にでもかかったんじゃないかと心配した鎌太郎が太郎に声をかけるより早く、太郎は自分が何故に元気がないのかを話しだした。
実はよう、俺が相撲取りをやめてヤクザになった事を皆んな知らなくてな、ヤクザといったら人から意味嫌われる。一緒に育った奴も、和尚にも、あまり良くは思われてなくてな。
そうか。そりゃそうだろよ。俺もまだ妹には言っちゃいねえ。ヤクザっていやぁ、犬棒一家の親分さんみたいに悪さばかりしている奴の方が多い。
よく思われなくて当たり前かもしれねぇな。妹と連絡を取らなくなって、もう6年になる。俺には他にも太郎みたいに家族のように思う人達もいるんだが、ヤクザになった事をやはり言えずじまいだよ。
あー、兄貴の実家かあ。あの大きなお城だろ?
、、、。鎌太郎は黙って頷いた。
そうかぁ、兄貴ですらそうだったか。でも俺ら、そんな悪くないのになあ。
賭事仕切って、土場を派手に開いているんだ。旅籠では囲いの女もいる。大手を振って、道を歩けるような身分でもない。
けど街の人達は俺らのことをそんなに悪くは思っちゃいねえよ。俺らがいるから街は平和に暮らしていけるって喜んでくれる。それに、季節がくれば祭り事も仕切ってくれと頼んで来られる。
そうは言っても自分の子をヤクザにしたいと差し出す親は居ねえだろ?
そうだなぁ。でも俺ら、そんな悪くねえのになあ。
世間の人の声はそうでも家族は違うってことだろうさな。
そういうもんか。
俺は太郎の良さを知ってるよ。新吉もそうだよなぁ。
もちろん!
と新吉が元気に答えた。
ここにいる奴みんな、太郎の良さは知ってるよ。俺らの兄弟分もみんなだ。意味嫌われる稼業だけど、立派な親分さんは大勢の人に知られ、親しまれるようになっているよ。
俺らの恩人の辰五郎親分もそうじゃねえか。民の生活を守ることが、いまの俺らには必要なんだよ。人の痛みの分かる俺らなら、きっと皆様から認めてもらえるようになる筈だ。そうなるまでは俺は死ねねえよ。
兄貴、
太郎は今まで閉じ込めていた思いを吐き出すように、鎌太郎の横で男泣きしている。
鎌太郎はその太郎の背中にトンと手を乗せた。
俺ら、同じだから。お前の気持ちは分かるから。手のひらにそんな思いを込めた。
その手が太郎には唯一の救いのように思えたのだった。
太郎、草鞋の紐といて風呂に入ってこい!お前、臭え!
太郎は頷いて風呂に向かった。
太郎の叔父貴!風呂、まだ水です!
太郎は新吉に、丁度良いじゃねえか!と少し笑って風呂に向かっていった。
とりあえず、太郎は元気になった。