駆・動・石・像
ダンジョンの内部には美しい装飾が施されていた。
あたかも神殿の内部であるかのような造りに思わず背筋が伸びる。
土足で踏みつけるのが憚られる程度には、このダンジョンは荘厳だった。
「さて、と」
スキルを駆使して千里眼を発動する。
脳内に雪崩れ込んでくる情報を整理し、このダンジョンの構造を把握した。
やはり深度弐とだけあって構造が複雑だ。
千里眼を習得していなかったら、途中で絶望していたかも知れない。
「だいたいわかった。こっちだ」
「はい」
千里眼によって、先行した秋葉パーティーの居場所も把握できた。
そちらと鉢合わせにならないように違うルートを選ぶ。
出来ればクリスタルを手に入れるまで、会わないようにしたいものだ。
「――しかし、誰が造ったんだろうな。このダンジョン」
真っ直ぐに伸びる通路の両端には、見上げるような大きさの石像が並べられていた。
その造形は精巧であり、今にも動き出しそうですらある。
この石像に限らず、壁の装飾にしろ、鏡面のような床にしろ、随分と丁寧に造られていた。
誰がどう見たって職人技の光る人工物だ。
それは誰かがなんらかの目的で、このダンジョンを建造したということ。
「神様……とか」
「神様か。まぁ、世の中に起こった不可解な事象は神様の御業ってことになりがちだからな」
昔から人はそうやって理解の追いつかないことの理由付けに神様を持ち出してきた。
本当にいるのかどうかなんて誰にもわからないけれど、こんなダンジョンが造れるとしたら神様くらいに候補がいないのもまた事実だった。
すくなくともかつての地球上にダンジョンを造れた者はいない。
「異世界と地球が融合したのも神のご意志って奴かな」
「だとしたら……なんのために?」
「さぁ? 暇潰しとか?」
そう言ってすぐ、未来のビジョンが見えた。
「おっと、今のは不敬だったかも知れない」
足を止めて振り返った先で見たのは、石像の一体が立ち上がる様だった。
硬くて重い肉体が駆動するだけで、振動が床を介して足を駆け上ってくる。
二本足で立つ石像の全長は更に大きく、天井に頭をぶつけそうだ。
そして、そんな高い位置から石の瞳が俺達を射貫いた。
「神様が怒ったぞ。走れ!」
直ぐさま駆け出して通路の奥を目指す。
その間にも石像は足を進め、ほかの石像まで立ち上がり始める。
「歓迎してくれるのは嬉しいけど。ちょっと大袈裟過ぎるな、これは」
稲の狂化スキルがオンオフできるようになっていてよかった。
自動発動のままなら暴走した稲が石像の群れに突っ込んでいたに違いない。
勝った負けたはともかくとして、とても面倒なことになっていた。
「えーっと、たしかこの先は」
千里眼で把握した構造を脳内に描き、この通路の先を再度思い出す。
この先の壁を一枚挟んだ向こう側に広場があったはず。
あの起動した石像がどこまで俺達を追ってくるかはわからないが逃げ込んでみるか。
「稲! 前方の扉を蹴破るぞ!」
「はい」
更に走る速度を上げて跳び、両開きの扉を蹴破った。
そのまま広場へと転がり込むと、即座に背後を警戒する。
連鎖するように響く重い足音が扉のまえで静まり返り、そして再び鳴り出すと遠退いていく。
「ここは管轄外みたいだな」
石像が追ってくるのは通路だけみたいだ。
壁を打ち破って広場に入ってくることはないらしい。
「未来、さん」
「ん?」
呼ばれて振り返ると、広場の中心に人影を見る。
焦点を合わせると、それは正面で剣を真っ直ぐに立てた騎士の鎧だった。
ただ一人、寡黙に佇む西洋騎士。
それは軋むような音を立てて、動き出した。
「これがいるから帰ったのか」
ここを管轄している者に任せた、というわけか。
「でも、二対一だ。こっちのほうが有利だな」
そう言うや否や、西洋騎士の隣になにかが落ちる。
がしゃんと重い音を鳴らして着地したのは、まったく同じ姿をした二体目の西洋騎士。
天井にでも張りついていたのか?
「……二対二に、なりました」
「見ればわかる」
千里眼でざっと目を通しただけでは見逃しが多そうだ。
こういう見落としも、思考の次元が上がれば減っていくかもな。
まぁ、ともあれ敵が増えても数的不利になったわけじゃない。
あの馬鹿でかい石像の群れに追い回されるよりはるかにマシだ。
「片方、任せていいか?」
稲から目を離すことになるが、もう片方を俺が相手していれば問題はないはず。
狂化状態の稲は不意打ちに弱いだけで、正面切っての真っ向勝負にはめっぽう強い。
まず負けないはずだ。
「稲……がんばり、ます!」
抜剣して剣を構え、稲は狂化スキルをオンにする。
「あはははははははははっ!」
狂ったように笑い、兎のように跳ねる。
俺もそれに合わせて駆け出した。