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迷・宮・深・度


 冒険者管理協会、スキル研究室にて。


「あぁ、間違いないね。レベルⅡになっているよ」


 メメさんは手元の資料を眺めながらそう断定した。


「狂化スキルによる精神支配。それがレベルⅡになったことで精神の次元が引き上げられ、支配に対抗できるようになったのだろう。稲がレベルアップを自覚できたのも、その副産物のようだね」


 狂化スキルの支配から脱した合図が、稲の言っていた変な感じだったのだろう。

 レベルⅡになった自覚現象と違うみたいだが、まぁ似たようなものだ。


「狂化スキルをオンに出来るのならオフにも出来る。それは狂化スキルの影響化でも、稲自身の意思を反映できるということなのだよ。戦闘スタイルもこれまでと違ったものになるかもしれないよ」


 メメさんは資料を机上におき、代わりにコーヒーカップを持ち上げた。


「という訳で、もう中難易度の浅い部分は浚い終わった頃だろう。そろそろ深いダンジョンへ挑戦してみるのはどうかな?」

「深度弐、ですか」


 ダンジョンには難易度のほかに深度という分類がある。

 深度壱は文字通り浅いダンジョンであり、深度弐はそれまでより複雑で奥が深い。

 低難易度のダンジョンはすべて深度壱であり、中難易度のダンジョンから深度弐が登場する。

 その昔にほかのパーティーに誘われて挑戦したことはあるが、とにかくキツかった印象だ。

 でも、あの時はそもそも挑戦する資格すらない状態でパーティーに寄生していただけだ。

 今は違う。

 今なら、今の俺達なら深度弐に挑戦する資格くらいあるはずだ。


「どうする? 稲」


 自分の中で答えを決めつつ稲に意思を問う。


「うん……稲も……挑戦したい、です」


 稲も俺と同じ気持ちだった。


「ふふふ、どうやら決定したようだね。では、私は二人の武運を祈るとしよう」


 そう言いながらメメさんはコーヒーを啜る。

 それから俺達はスキル研究室を出て、深度弐に挑戦するための準備を整えた。


§


 折れた石柱に、瓦礫の廃墟、割れた石畳みの地面。

 何かを奉るように装飾されたこの場所に、ダンジョンは口を開けていた。

 この先は中難易度の深度弐。

 これまでにないほど危険なダンジョン攻略になる。


「準備は大丈夫か? 稲」

「うん……大丈夫、です」


 やや緊張気味ではあったけれど、体調は悪くなさそうだ。


「――そこ、退いてくださる?」


 後ろから声がして振り返ると、五人くらいのパーティーがいた。

 その先頭に立つブロンドの長い髪をした少女が声の主か。


「あぁ、悪い」


 ダンジョンの入り口の前に立っていたから邪魔になったか。

 すぐに移動して道を開けると、彼女が前を通り過ぎる。


「あら?」


 けれど、稲の前で足が止まった。


「稲。あなた、まだ冒険者を続けていたのですね」

「秋葉……ちゃん」


 知り合いか。


「身の丈に合わないことはお止しなさいな。あなたのスキルは周囲の味方や自身でさえも危険に晒してしまうもの。意地を張るのを辞めて、いい加減引退を考えなさい」


 現実を突き付けるように、秋葉という少女は言う。

 実際、彼女の言い分は正しい。

 狂化はそれだけリスクを伴うスキルだ。

 でも、この場においてはただのお節介に過ぎない。


「その辺にしてくれ」


 いつもより更に伏し目がちになった稲を隠すように、彼女の正面に立つ。


「あなたは?」

「春風未来。稲とデュオを組んでる」


 俺の名前を聞いたパーティーメンバーの一人が彼女に耳打ちする。


「そう、あなたが未来視の……」


 俺もちょっとした有名人だ。

 スタートダッシュで躓いて晒し者になっただけだけど。


「……あなた、このダンジョンの難易度をご存じ?」

「あぁ、重々承知してる」

「それでも十分な勝算があると?」

「とても信じられないだろうけどな」


 そう答えた俺を見定めるような視線を彼女は向けた。


「……少々、出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」


 意外なことに頭を下げられた。


「ですが、失礼を承知で忠告しておきます。ダンジョンの中では誰の助けも得られません。命の危機を感じたら、恥など捨ててお逃げなさい。なにも命を粗末にすることはありませんから」


 そう言い残して、彼女たちは一足先にダンジョンへと入っていった。


「いま俺達は煽られたのか、心配されたのか……どっちだ?」

「秋葉、さん……根はいい人、だから……心配、してます」

「それにしては言い方ってものがあると思うけどなぁ」


 まぁ、でも、言い方が悪いだけで彼女は間違ったことを言ってはいなかった。

 方や不安定な未来視で、方や暴走する狂化。

 そのデュオが中難易度深度弐に挑戦しようと言うんだ。

 一言、言いたくなりもするだろう。

 彼女なりの心配の仕方が、あれなんだ。


「随分と敵を作りそうな人だな」

「うん……いっぱい」

「だから、言い方がキツくなるのかねぇ」


 それがまた敵を生んで、悪循環だな。


「まぁ、いいや。行こう」

「はい」


 俺達も止めていた足を進める。


「見返してやろうぜ」

「頑張り……ます」


 そうしてダンジョンへと足を踏み入れた。

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