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狂・化・少・女


 冒険者管理協会のエントランスには一枚の大きな地図が貼られていた。

 そこにはこの街とその周辺にあるダンジョンの位置が記されている。

 それを眺めつつ、次はどのダンジョンに向かおうかと思案していた。


「あそこは……もう攻略したっけ」


 近場のダンジョンはもう攻略したし、すこし足を伸ばしてみるか。


「……よし」


 次に向かうダンジョンを決めて、エントランスをあとにしようと動き出す。


「あー、未来くん。春風未来はるかぜみくくん。至急、研究室に来るように」


 唐突にメメさんの声が響いて、名指しで呼ばれる。

 お陰で周囲の視線が俺に突き刺さった。


「こういうのこそ、予測してほしいんだけどな」


 危機が迫ればスキルが自動発動してくれるが、こういうのには反応してくれない。

 常にスキルを発動させている訳にもいかないし、割り切って諦めるか。


「はーやーくー、しーたーまーえー」

「あー、はいはい」


 聞こえてもいないであろう返事をしつつ、衆目に晒されながら研究室に急いだ。


§


「失礼します」


 研究室の扉をノックして入ると、メメさんと見知らぬ少女がいた。


「やあやあ、未来くん。よく来たね」

「放送で呼び出すくらいなんだから、余程の話なんでしょうね?」

「ご期待通り、余程のことだ。まぁ、座りたまえよ」


 進められて近くのソファーに腰掛ける。


「実はキミに頼みがあるんだ」

「頼みって言うのは……」


 視線は自然と見知らぬ少女へと向かう。


「彼女絡みってことですか?」

「話が早くて助かるよ。彼女はいなと言うのだがね、少々厄介なスキルを持っているんだ」


 厄介なスキルか。


「狂化と言ってね、所謂ベルセルクという奴だ」


 またの名をバーサーカー。


「自動発動型の制御不能スキルだ。戦いになると別人のように豹変し、人の言うことを聞かなくなってしまう。冒険者はパーティーで活動することがほとんどだ。狂化によってチームワークを乱してしまう稲はどこのパーティーでも厄介者扱いでね」


 境遇は俺と似ているな。


「彼女もキミと同じでスキルを持て余している。レベルⅡに上がればあるいは任意でオンオフくらい出来るようになるかも知れない」


 存在の次元が上がればスキルを制御できるかも知れないか。

 どういう理屈かはわからないが、メメさんには確信があるのだろう。


「スキルの性質上、ソロも危険で出来ないんだ。その点、キミのスキルならうまく稲を制御できるかも知れない。期間限定でも構わない、お願いできないだろうか?」


 スキルに振り回される苦労は知っている。

 今でこそ自分が悪いとわかっているが、スキルを恨んだこともあった。

 彼女は昔の俺とよく似ている。


「……ちなみに俺のスキルのことは」

「あぁ、話してある」

「舌の根の乾かないうちに……」


 スキルのことは他言するなと言ったのは、ほかならぬメメさんなのに。


「大丈夫だよ、彼女は口がとても硬い。それは私が保証しよう」


 まぁ、言ってしまったものしようがないか。

 それにソロを辞めてデュオになるなら、説明はしないといけない。


「……わかりました。出来る限りのことはやってみます」


 一度は引退を意識した身だ、似た境遇にある人を放ってはおけなかった。

 未来視のスキルを知られたから、という事情をなしにしても。


「おお、そうかそうか。キミならそう言ってくれると思っていたよ」


 そう言ってメメさんは彼女へと視線を向ける。

 それを受けて稲は椅子から立ち上がり。


「えっと……よろしく、です」


 ゆっくりと頭を下げた。

 蚊の鳴くような小さな声だが、たしかに聞こえた。


「あぁ、よろしく」


 そう返事をして、今日この時から俺はソロではなくデュオになった。


§


 稲はとても大人しい少女だった。

 いつも伏し目がちで、表情に乏しく、声もか細い。

 身長もそれほど高くなく、華奢な体付きをしている。

 見た目の年齢は、実年齢よりも幼く見えた。


「あははははははははっ!」


 だが、一度狂化のスキルが発動すれば印象が一変する。

 見開かれた瞳、狂気じみた笑顔、張り上げられる声。

 体格の小ささを感じさせないほど激しく躍動し、乱暴に繰り出される剣撃が獣人型の魔物を引き裂く。

 中難易度ダンジョンに出現する魔物を、魔法なしで圧倒している。

 その様子はもはや人というより獣に近いものだった。


「たしかに厄介なスキルだな」


 眼界には無数の魔物の亡骸が横たわり、血の海を形成している。

 その最中に立つ血だらけの稲は、その表情を笑顔から無表情に変えた。

 どうやら狂化のスキルが解けたみたいだ。

 先ほどまで気にも止めていなかった返り血を浄化の魔法で消し去っている。


「どう……だった?」


 稲は不安そうに問う。


「見たところ、なんとかなりそうかな」


 狂化状態の稲は縦横無尽に戦場を駆け巡る。

 その動きは予想が尽きづらく、合わせて動くことは難しい。

 だが、この生まれ変わった未来視のスキルなら話は別だ。

 一手先を常に読めていれば、合わせて動くことはたやすい。


「次は二人で戦ってみよう。ちょうど出てくる」


 未来視で見た通り、追加でまた獣人型の魔物が現れる。


「あははっ! いっくよ-!」


 再び狂化スキルのスイッチが入り、稲が飛び出していく。

 すでにそれを見ていた俺は、それに合わせて魔物の群れに突っ込んだ。

 狂化した稲は、あたかも一人で戦っているように剣を振るう。

 こちらの身などお構いなしで、振るった剣が意図せず俺に当たりそうになる。

 しかし、それもすでに見た光景だ。

 迫りくる剣を躱しつつ、近くの魔物を斬り裂いてその命を断つ。


「ちょっと大変だけど」


 息つく暇もなく稲が跳ねる。

 その動作も、現在の稲に映し出した未来の姿――そのダブりを見て、合わせられる。


「掴めてきた」


 激しい動きにも慣れ、それに合わせることも覚えられた。

 未来視を駆使すれば、俺の立ち回り次第で稲を制御することもできる。

 それさえ出来れば稲は厄介者ではなく心強いパートナーだ。


「ラストはもらったよっ!」


 兎のように跳ね、最後の魔物が斬り裂かれた。

 胴に太刀傷を負った獣人型の魔物は力付きで膝を折る。

 これで追加で現れた魔物もすべて討伐した。


「凄く……はやく、終わった」

「もうちょっと慣れが必要だけど、どうにか出来そうだな」


 刀身にべっとりと貼り付いた血を払って納刀する。

 未来を見ても更に追加の魔物は現れなかった。

 あとはこの先で輝いているクリスタルを手に入れるだけだ。


「ちゃんと二つあるな」


 台座の上で宙に浮かぶクリスタルは二つあった。

 この場に到達した人数分、ちゃんとダンジョンは用意してくれる。

 ちなみに他人の分まで横取りしたり、持ち帰ったりすることはできない。


「これでまた強くなれる」


 二人でクリスタルを手に取り、光の粒子となったそれを吸収する。

 存在の次元がまたすこし引き上げられ、レベルⅢに近づけた。


「今日は……ありがとう」


 足下に魔法陣が現れ、淡い輝きを放つ。


「これからも……よろしく、です」

「あぁ、よろしくな」


 その言葉を最後に魔法陣は起動し、俺達をダンジョンの外へと転移させた。

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