能・力・本・質
「ふむ。それはつまりスキルの前提が違っていたのだろうね」
とても成人しているとは思えない童顔幼児体型の女性が語る。
「スキルの本質は変化しない。つまりキミのスキルは未来予知ではなく、未来予測だったというわけさ」
白衣を纏い、コーヒーを啜り、彼女は続けた。
「もっと言えば、補助機能だね」
「まったく話についていけないんですけど」
未来視のスキルが変化した、その翌日のこと。
俺は冒険者管理協会のスキル研究室を訪れていた。
「おっと、すまない。過程をすっとばしてしまったね」
研究員である目見夢メメはコーヒーカップを机上において言葉を続けた。
「つまり、だ。キミが見ている未来のビジョンは、現状の観察からなる予測なのだよ。例えばの話、キミが競馬で大勝ちしたいと考えているとしよう」
「競馬……」
競馬場には行ったことがないけれど。
「キミは競争馬や騎手のコンディション、これまでの戦績などの情報から一着になりうる馬を選ぶはずだ」
「まぁ、そうですね」
「しかし、キミのスキルはその何倍、何百倍、何千倍の情報を元にした未来の予測演算を可能とする。気温、湿度、日差し、風向き、芝の状態、観客の声から羽虫の一匹まで計算に入れた、ほぼ完全な未来予測を導き出してくれるのだよ」
今を調べ尽くして、未来を予測する。
「言ってしまえば天気予報みたいなものさ」
「それ結構な確率で外れますけど」
「そうの通りだよ、未来くん」
指差される。
「だから面白いのさ」
得意げな顔をしてメメさんは解説する。
「私がキミのスキルを補助機能だと言ったのは、実際にこの演算を行っているのがキミの脳だからだ。スキルは演算の処理を手伝っているに過ぎないのだよ」
つまり、とメメさんは断言する。
「スキルの本質はなにも変化していない。したのはキミのほうだ」
「俺、ですか?」
俺自身が変化した?
「……そもそもの話、そんな複雑な演算が出来るんですか? 俺に、っていうか人間に」
「まず不可能だね。補助機能があったとしても、とても情報を処理しきれない。その的中率は五十パーセント未満だろう」
「五十パーセント……」
それは奇しくも、以前のスキルと同じ的中率だった。
「そう。人間には思考の次元が低すぎて未来予測など不可能だ。レベルⅠでも超人止まり。だが、それ以上に次元を引き上げられれば話は違う」
次元の引き上げ。
それには心当たりがある。
「ダンジョンで手に入れたクリスタルによって、キミは我々が定義するところのレベルⅡの領域に踏み込んだ」
俺はすでにレベルⅡになっていたのか。
「思考の次元が引き上げられ、今まで処理し切れていなかった情報を加えた完全なる未来の予測演算が可能になったんだ」
完全なる未来の予測演算。
今までは思考の次元が低すぎて未来予測の精度が悪かった。
けれどレベルⅡになったことで思考の次元が引き上げられて、今は精度を増している。
ほぼ完璧に近い精度にまで昇華した。
「言わば限定的なラプラスの悪魔と言ったところだね」
「そういう仕組み……だったんですね」
未来の的中率が五十パーセント未満だったのは、スキルのせいじゃなくて俺のせいだった。
ポンコツだったのは俺のほうだ。
「千里眼の獲得もその延長であると言えるね。クリスタルを大量に得たことで演算処理に余裕ができたのだろうさ」
未来視の片手間に千里眼の処理まで、このスキルはこなしていた。
正確にはスキルの補助を得た俺の脳が、か。
「キミは実に幸運だ。レベルⅡとなってスキルの本質を正しく知ることが出来た」
「えぇ、そうですね。もしレベルⅡになれてなかったら……」
最初の段階で多くのパーティーを渡り歩けたのが幸運だった。
その分のクリスタルがなければ、低難易度ダンジョンをすべて攻略できていても、レベルⅡには至れなかった。
「恐らくだが、キミのようにスキルの本質を勘違いしたまま引退していった冒険者は多い。大抵、そういった者はレベルⅠになった辺りで冒険者であり続けることを諦めてしまう」
俺も諦め掛けていた。諦める寸前まで来ていた。
俺は恵まれている。
「ありがとうございます。お陰で色々とわかってきました」
「いいよ、いいよ。私も随分と面白いものを見させてもらった。あぁ、そうだ」
白衣を揺らして、メメさんが椅子から飛び降りる。
「このことは出来るだけ内密にしておいたほうがいい」
「……」
その理由はすぐに理解できた。
「スキル研究者としてはキミのような事例を大々的に発表したいところだが、そうもいかない。スキルを使わずとも予測はつくだろう。必ず面倒事になる」
「はい」
完全な未来予測。
それが魅力的に聞こえる人間は多い。
良い方向にも悪い方向にも傾くこのスキルを、悪用しようとする人間が必ず出てくる。
「肝に銘じておきます」
「うむ、よろしい」
そう言ってメメさんは背の高い椅子に跳び乗った。
「では少年よ、冒険者として励みたまえ」
「ありがとうございました」
礼を言って研究室をあとにする。
今回のことでスキルの本質を知り、理解が深められた。
これからはスキルと共に二人三脚で歩んでいこう。