千・里・開・眼
それからというもの中難易度ダンジョンに挑戦し、未来視を駆使して攻略していった。
どれだけ危険な罠も回避でき、どれだけ危険な魔物にも対処できる。
あっと言う間に周辺にある中難易度ダンジョンを攻略し、たんまりとクリスタルを回収できた。
それらすべてを吸収したことで存在の次元もかなり引き上げられた。
レベル0は人間。レベルⅠは超人、レベルⅡ以降は人外だと人は言う。
レベルⅠの超人程度では未来視があっても対処できない事態に見舞われるかも知れない。
まずなによりもレベルⅡを目指す。
その思いを胸に、また中難易度ダンジョンの入り口前にたった。
「今日はこれが最後かな」
朝からダンジョンを梯子して、時刻はもう夕刻だ。
流石に飯を食って風呂に入って眠りたい。
「よし!」
気合いを入れ直してダンジョンへと足を踏み入れた。
内部は炭鉱のようになっており、剥き出しの岩や土が荒く削られていた。
天井を支えるための支柱や梁が一定間隔で備え付けられている。
地面には途切れ途切れのレールが敷かれていた。
「複雑そうなところだな」
迷宮とだけあって、かなり入り組んでいそうだ。
最後に持ってきたのは間違いだったかな、と軽く後悔しつつ足を進めた。
通路に沿ってしばらく行くと、剥き出しの岩肌に複数の輝きを見る。
「おっ、あれは」
駆け寄ってみると、やはり宝石の原石が露出していた。
手で掴んで引っ張ってみると簡単に採掘できてしまう。
「ダンジョン様々だな」
こう言ったダンジョンの資源を持ち帰るのも冒険者の役目だ。
取れるだけ取って、空間魔法で開いた異次元に放り込んだ。
換金すればまとまった金になる。
夕食はすこし奮発しようかな。
そうして採掘を終えて再び足を動かしたところ。
「――馬鹿にしてるのか?」
視線の先には一台のトロッコがある。
その中には溢れんばかりの宝石の原石が積み込まれていた。
あれが宝石の原石を無限に生み出す魔法のトロッコなら話は別だが、どう考えたって罠に決まっている。
あれに引っかかる冒険者なんているのか?
「とはいえ、確認は大事だよな」
スキルを発動して未来を見る。
すると案の定、亜人型の魔物に囲まれた自分の姿が見えた。
「やっぱりな」
魔物の出現位置と頭数を把握して、堂々と正面からトロッコに近づいた。
そうして何事もなくトロッコの側に辿りつき、原石を拾い上げてみる。
「うわ、土でかさ増しとかセコい真似してるな」
これに釣られて罠に嵌められるなんて最悪だな。
「ケケケケケッ!」
馬鹿が罠に嵌まりやがった、とでも言うように亜人型の魔物が登場する。
「馬鹿はお前等だよ」
その瞬間を狙って抜刀し、手早く最寄りの魔物を斬り捨てた。
「ケケッ?」
仲間が倒れるのを見て、魔物はクビを傾げる。
「こんなはずじゃないのに、ってか?」
血糊がべっとりと貼り付いた刀身を振るい、鮮血を散らす。
これまでのダンジョン攻略で集めたクリスタルの分だけ強くなっている。
その実力を遺憾なく発揮して、意図もたやすく魔物の包囲を打ち破った。
「原石はありがたくもらっとくよ」
血を払い、トロッコから原石を回収する。
数は少ないが、これも立派な飯の種だ。
「さて、と。なるべく速く終わらせたいけど……」
更にダンジョンの奥へと足を進めると、分岐路に行き着いてしまった。
異なる方向に向かう道が三つあって、どれを選ぶべきか迷う。
「うーん。まぁ、未来を見てからでいいか」
この分岐路の先を知ろうとスキルを発動する。
その瞬間、かるい頭痛に襲われた。
「いっ――またか」
以前、この頭痛が来たのは戦闘の最中だ。
これが切っ掛けで自身に未来の自分がダブって見えるようになった。
なら、今度は?
その疑問の答えはすぐに知ることができた。
「わっ、わっ、なんだこれ」
脳内に情報が流れ込んでくる。
絶え間なく映像が流れてきて止まらない。
次々に移り変わるビジョンに戸惑っていると、不意に一つの輝きを見る。
「クリスタル」
それを意識した途端に、すべてが見渡せた。
周囲だけでなく、このダンジョンの隅々まで目が届いた。
どこに何があるのか、今の一瞬ですべて脳内に叩き込まれたような感覚を得る。
「これ……千里眼か?」
千里を見渡す眼。
離れた位置から遠くを知る力。
超広範囲感知能力。
「なんで未来視と関係ないスキルが……」
同じ見る能力でも、方向性が違いすぎる。
未来を見る能力で、どうして現在の情報が流れ込んでくるんだ。
「……いや」
別に構いやしない。
何はどうあれ、使えるものは使えばいい。
今の俺は千里眼によってダンジョンのすべてを知り尽くした。
「よし」
露出した原石の配置、魔物の分布、クリスタルの在処。
それらをすべて把握した上で、まず最短ルートを通って資源回収を行った。
「ふぅ、こんなもんか」
大量の原石を確保したら、最後は肝心なクリスタルだ。
魔物の住処を回避するルートを選びつつ、広い空間に出る。
その先にはクリスタルが浮かぶ台座があり、例の如く魔物が立ち塞がった。
「悪いけど、夕飯までには終わらせてもらう」
亜人型のでっぷりとした魔物を相手に地面を蹴る。
体格が大きい分だけ力も強くて脅威的だ。
ただそれは攻撃が当たればの話。
「ヌォオオオオオオオオオッ!」
勢いよく振り下ろされた棍棒を躱し、懐にもぐり込んで跳躍して首元に刀身を振るう。
ばっさりと首を刎ねて一体目の魔物を討ち取った。
けれど、まだまだ数がいる。
「しようがない」
この後は家に帰るだけだし、魔力の温存は考えないことにしよう。
迫りくる魔物の群れを前にして、一呼吸をして息を整える。
そして魔法の頂点である最上級魔法を唱えた。
「アイル」
背中に生えた一対の風の羽。
それによって地上を離れて飛翔した俺は制空権を取る。
そうして風羽から大量の羽根の弾丸を飛ばし、眼下のすべてを打ち抜いた。
あとには魔物の亡骸だけが横たわっている。
「追加は……なし、と」
未来視で追加がないことを確認し、地上に降りてクリスタルを手に取る。
「これで帰れる」
クリスタルが光の粒子となって俺の体に吸収される。
これですこしはレベルⅡに近づけたかな。
「さて、今日は奮発するぞー!」
足下で魔法陣が輝き、ダンジョンの入り口まで転移する。
それから街に帰った俺はその足で冒険者管理協会に向かい、回収した資源を換金した。
その金額足るや思わず口角がつり上がるほど。
急いで冒険者管理協会を後にすると、高級店に足を運び、そこで一番高い肉を注文した。
「あー、うまい」
ステーキを切り分けては口へと運ぶ至高の時間。
それを存分に堪能しつつ、ふと思う。
「そろそろ相談してみるか……スキルのこと」
知り合いにスキル研究者がいる。
俺が冒険者になった頃からの知り合いだ。
彼女なら信頼できる。
なぜ未来視のスキルが変化したか判然としていないし、なぜか獲得できた千里眼のこともある。
明日、スキル研究室を訪ねてみるか。
そうと決めて、またステーキを口へと運ぶ。
そうして大満足のうちに俺は帰路についたのだった。