黒・白・巨・獣
すこし先では二つのクリスタルが輝いている。
当然、その手前には広い広い空間が横たわっていた。
そこに魔物が出現することは、未来視のスキルによってわかっている。
俺達は準備を整え、覚悟を決め、空間に足を踏み入れた。
「来るぞ」
黒い霧が立ちこめ、それが一箇所に集って形を為す。
現れたのは純白の毛並みと鋭い銀の瞳を持つ、獣。
肌は漆黒に染まり、同色の角が冠のように生えている。
逞しい両腕の先には凶悪な爪が生え、それは血のような赤い液体で濡れていた。
その全長はあの石像と大差ない。
「オォオオォオオオオオォオオオオオッ!」
気味の悪い咆哮を上げ、大きく跳ねた。
両の拳が振り上げられ、着地と共に叩き付けられる。
その光景を事前に見ていた俺は、それよりも速く稲と共に退避していた。
「直撃したら一溜まりもないな」
振り下ろされた拳は床の石材を打ち砕き、陥没させている。
原型がなくなるくらいぺしゃんこになってしまう。
「稲!」
「はい」
合図を送り、稲の狂化スキルがオンになる。
「あははっ! いっくよー!」
勢いよく地面を蹴って魔物に肉薄し、兎のように跳ねて足や腕を経由して巨躯を駆け上がる。
「オォオオォォオオオォオッ!」
それを振り払おうと巨躯が出鱈目に暴れるが、稲はうまくバランスを取り続ける。
伸ばされる両腕も器用に躱し、剣を振るって斬り裂いていく。
その様を視界に納めつつ、俺は未来視と千里眼の両方を同時に使用した。
「くっ……ちょっとキツい、けど」
未来視と千里眼。
その役割を右目と左目で分担し、魔物の一手先を読みつつ、俯瞰視点から戦況を把握する。
飛び跳ねる稲に気を取られている隙に距離を詰め、右脚に一刀を見舞う。
「オオォォオオオォオオッ!?」
それでようやく俺の存在を思い出したのか、魔物の意識がこちらに向かう。
地面を浅く削るように振るわれた鋭爪が身に迫るが、それも未来視によって把握済み。
軽く跳んで躱し、次いで迫る左腕の鋭爪もダブりを見て回避した。
「俺ばっかり気にしてていいのか?」
両腕で俺を狙えば、その間は稲が自由に動ける。
肩から跳んだ兎が魔物の眼前に現れ、剣を構えて大きく身を反らす。
「あはははははははははっ!」
その動作から繰り出される大振りな一撃が、魔物の眉間を深く斬り裂いた。
「オォオオオォォオオオオォオオオオッ!?」
顔面に負傷を負い、その巨躯が大きく怯んで後退る。
その隙を見逃すことなく、俺は左手に魔力を集めた。
「フレア」
唱えるのは炎の最上級魔法。
灼熱の火炎で満たされた火球を灯し、極小の太陽を投げ付ける。
着弾と共にそれは爆ぜ、爆風と火炎を撒き散らして巨躯を吹き飛ばす。
そのまま奥の壁に激突した魔物は全身に火傷を負い、地に伏した。
「――」
まだ油断は出来ない。
即座にスキルで未来を見る。
瞬間、流れてきた映像は自身が引き裂かれるものだった。
未来から現実に帰還すると、地に伏していたはずの巨躯が見当たらない。
直ぐさま振り返ると、鋭爪を振り上げた魔物がいた。
あの位置から俺の背後までを、一瞬で。
「くっ――」
ダブって見える鋭爪の軌道を見て瞬間的に判断を下す。
俺は後方に跳ぶのではなく、前方へと転がり込むことで鋭爪を回避した。
背後で鋭爪が過ぎ、地面が抉り取られる。
ひとまず引き裂かれる未来は避けられたが、ここは魔物の懐だ。
危機はまだ終わらない。
「オォオオオオオォオオオオオッ!」
その強靱な両脚で跳躍し、魔物は宙に浮かび上がる。
握り締められる拳を見て、開幕の一撃が脳裏を過ぎった。
速度が異常に上がっている。
これを回避しても立て続けに攻め続けられてしまう。
なら、俺が取るべき行動は回避ではなく、迎撃。
そう判断を下して左手に再び魔力を集めて、落ちてくる魔物を迎え撃とうとした。
「――未来!」
だが、その巨躯は突如としてくの字に折れ曲がり、視界の端へと吹き飛んでいった。
俺の正面に残ったのはぴんと足を伸ばした、稲の姿。
その小さな体は紫電を纏い、一条の稲妻となっていた。
「無事!?」
「あぁ……なんとかな」
さん付けでなく、呼び捨てだったと言うことは、まだ稲は狂化状態のはず。
レベルⅡになったお陰でオンオフだけでなく、狂化したまま魔法を使えるようになっていた。
「スキルと魔法の重ね掛けか」
だから、あの巨躯を稲の小さな体格で蹴り飛ばせたんだ。
「俺も見習わないとな」
蹴り飛ばされた魔物へと向き直った。
その赤く染まった巨躯が立ち上がり、吼える。
「アイル」
そして俺は背中に魔力を集めて風羽を生やした。




