能・力・覚・醒
五十年ほど前のことである。
突如として地球と異世界が融合し、空に、地上に、地中にダンジョンが出現した。
それを機に未曾有の事象が連続する。
超常的な力の覚醒、魔物の襲来、魔法の発見、生態系の崩壊、環境の変化。
自然の猛威に晒されながらも人類は抗い続け、ついに一つのダンジョンを攻略する。
人類史上初めてダンジョンを制覇した者曰く 。
「我々は存在の次元を引き上げられた」
ダンジョンを攻略した者には、その褒美であるかのように存在の次元が引き上げられる。
それによってもたらされるのは身体能力の上昇、魔法精度の向上、思考速度の加速などなど。
ダンジョンを攻略すればするほどそれは引き上げられ、人々はその度合いをレベルと呼称した。
そうして現在、彼らのような人々は冒険者という職業となり、盛んにダンジョン攻略が行われる世界となったのだった。
§
白亜の石材でこのダンジョンは構築されていた。
積み重なる壁、敷き詰められた地面、天井からぶら下がる魔法光のランタン。
前方には開けた空間があり、その先にはダンジョンの最奥を示すクリスタルがある。
「さて、当たってくれよ」
右手に大きな水晶玉を持ち、スキルを発動する。
そうして水晶玉に映し出されるのは、何事もなく空間を横切りクリスタルを手に入れる自分の姿が映し出されていた。
固有スキル、未来視。
この未来予知が正しければ、俺は無事にダンジョンを攻略できる。
「よし」
足を進め、恐る恐る空間に足を踏み入れる。
瞬間、空間の至るところから人型の魔物――ゴブリンが現れた。
「あぁ、くそ。またかよ!」
通算何度目になるだろう?
予知は外れ、水晶玉ごしに見た未来とは違う結果になった。
溜息を吐きつつ空間魔法で異次元を開き、水晶玉を収納する。
そして得物を振り上げて跳びかかって来たゴブリンへと抜刀した。
「まず一匹」
閃いた一刀がゴブリンの胴を引き裂いて過ぎる。
続け様に二体、三体と斬り捨てると、周囲のゴブリンが怖じ気づく。
それを好機とみて魔法を唱えた。
「フレイム」
左手に宿った火炎を振るうと火球が散る。
放たれたそれはら距離に拘わらず、すべてのゴブリンを炎上させた。
「ギャアアァアァアァアアアアアッ!」
地獄の底から響いてくるような酷い断末魔の叫びを上げて、すべてのゴブリンが燃やし尽くされる。
第二波が来ないかと身構えたが、その気配はない。
どうやらここまでのようだった。
「はぁ……このポンコツスキルめ」
俺の固有スキル未来視は未来を予知することができる唯一無二の能力だ。
昔はそれを買われて有名な冒険者パーティーに入っていたこともある。
けれど、このスキルの使用に水晶玉が欠かせないことや、そもそも的中率が五十パーセント未満なこともあって、すぐにメンバーから外されてしまった。
それからも色んなパーティーを渡り歩いたけれど、どこでも俺は足手纏いだった。
冒険者を続けるにはソロになるしかなかった。
幸いにもそうなる前に、寄生のような形で中難易度のダンジョンをいくつか攻略できた。
レベルも上がってⅠになれたし、どうにか一人でもダンジョン攻略はできている。
まぁ、ここは低難易度の初心者御用達ダンジョンではあるけれど。
「でもまぁ、これで攻略完了だ」
台座の上で宙に浮かぶクリスタル。
それを手に取ると光の粒子となって散り、俺の体に吸い込まれた。
すると、自分の中で何かが駆け巡るような感覚を覚え、同時にすこし体が軽くなる。
これでまた存在の次元がすこし引き上げられた。
レベルⅡになるには、あとどれくらいクリスタルが必要かな。
「やっぱり、無理してでも中難易度に挑戦したほうがいいのかな」
すでに低難易度のダンジョンはほとんど攻略してしまった。
これ以上のクリスタルは望めない以上、やはり中難易度のダンジョンに挑戦するしかないか。
でも、そこで俺が通用しなかったら、もう冒険者として先がなくなる。
引退も視野だ。
そう悩んでいると足下に魔法陣が展開されて淡い輝きを放つ。
それがピークに達すると、一瞬にしてダンジョンの入り口まで転移していた。
「……」
外の空気を吸い、開けた景色に目を向けた。
ここは山の中腹あたりで見晴らしがいい。
木々が生え、草原が広がり、緑化した建築物の残骸が散らばっていた。
その最中には防壁に囲まれた生きた街、城郭都市がある。
愛すべき俺の故郷だ。
「帰るか」
気合いを入れ直して下山した。
§
跳ね橋を通って街に舞い戻ると、その足で冒険者管理協会へと向かう。
ダンジョンで手に入れた細かな財宝を換金するためだ。
と言っても所詮は低難易度ダンジョンから取れたもの。
それほど高価という訳でもなく、しばらく喰うに困らない程度の稼ぎにしかならないが。
「ふあぁ」
あくびを一つしながら、横断歩道の信号機が青になるのを待つ。
赤が点滅し始め、青となり、待っていた人達が我先にと歩き出す。
合わせて俺も横断歩道を渡ろうとして、ふと脳裏に映像が過ぎった。
「――」
それは俺の隣にいる親子づれが、猛スピードで突っ込んでくる自動車に跳ねられるビジョン。
俺は咄嗟に母親と子供の手を掴み、手前へと引き寄せる。
瞬間、目の前を暴走した自動車が過ぎり、近くのガードレールに衝突した。
当初、呆気に取られていた親子は衝突音を聞いて我に返り、子供と顔を見合わせる。
「あ、ありがとうございます! お陰で助かりました!」
「あ、あぁ、いえ」
母親は何度も何度もお礼を言ってから子供を連れて去って行く。
俺はそれを見送りつつも、頭はほかのことで一杯だった。
「なんだったんだ? 今の」
俺が未来を見られるのは水晶玉を触媒にしたときだけのはず。
だが、先ほどの映像は直接、脳内に流れ込んできた。
一体なにがどうなっている?
考えごとをしつつ歩いていると、子供の元気な声が聞こえてくる。
それに釣られて視界の端に映っていた公園に目を向けた。
直後、またしても未来の映像が見えた。
今度は公園のベンチに座っている老人の頭部に、野球ボールが直撃するビジョン。
咄嗟に駆け出して公園に入り、未来の映像から老人の居場所を割り出した。
「打ったー! これは大きいぞー!」
金属バットの高い音が響いて、大きく飛翔する野球ボール。
それが放物線を描いて落下する先には、やはりベンチに腰掛けた老人がいた。
ギリギリで駆けつけ、間一髪で飛来する野球ボールを手で掴む。
「わっ、すげぇ! 手づかみだ!」
落下軌道は間違いなく老人の頭に向かっていた。
俺がキャッチしなかったらどうなっていたか。
「ワンアウトだ! 野球をするなら周りに気をつけろ!」
「す、すみません!」
野球ボールを投げて返すと、少年達は帽子を取って頭を下げた。
一方で老人はと言うと、命の危機にあったとは知らずに、うつらうつらと微睡みの中にいた。
「これではっきりしたな」
やはり水晶玉の触媒なしで未来を見ることが出来ている。
もしかしたらクリスタルで存在の次元が上がったからか?
とにかく、試してみる必要があるな。
「近くのダンジョンは……」
記憶の引き出しを空けて未探索ダンジョンを検索した。
しかし、低難易度のダンジョンはほとんど攻略してしまっている。
そして一番近いのは中難易度のダンジョンだった。
「いける、か?」
明らかに未来視は変化している。的中率も上がっているかも知れない。
「……いや、行こう」
もともと低難易度のダンジョンはもう片手で足る程度しか残っていないんだ。
中難易度のダンジョンに挑戦するいい機会だと考えよう。
そうと決めたら即行動だ。
急ぎ足で公園を出て、再び街の外へと向かう。
俺は逸る気持ちに背中を押されるように中難易度ダンジョンへと急いだ。
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