六幕 要請
「…ということですみませんが、最後の10人の試験は俺じゃなくて他の試験官が務めることになりました」
そういって天満さんが290番以降の受験生に深々と礼をした。
なぜこういうことになっているのか、話は数分前にさかのぼる。
「…応援要請?俺にですか?」
天満の無線に宇塚から連絡が入った。
試験番号290番までの実技試験が終わると同時に緊急の伝令が飛んできたのだ。
「ああ。…どうやら新庄が不穏な動きを察知したらしい。
…【ウトガルズ】が絡んでいるそうだ。お前にしか頼めんのだろう」
宇塚はため息をつきながら話した。
「正直残りもお前に相手をしてほしかったぐらいだが…
新庄がわざわざ俺経由で天満に連絡してほしいといっていたからな、仕方がない」
この仕方がないという言葉には2つの意味があった。
一つは緊急の伝令という点。
ノクチルカが他の隊に伝令を送って応援要請をすること自体は日常茶飯事なのだが、緊急の伝令を出すことは滅多にない。
それもそのはずで、混乱の回避のため緊急の伝令を送ることができるのが一定以上の役職についている隊員のみだからだ。
更に今回、緊急の伝令を送ってきた新庄紬は滅多に伝令を他の隊に送らない。
大抵の内容は自分一人で解決できるから、という理由らしいが、その新庄が応援要請、しかも天満にとなると話は別だ。
そしてもう一つは――
「しかし宇塚さん、それでは俺の代わりの試験官は誰が務めるんですか?
残りの10人だけ俺じゃなく別の試験官になると言ったらそれは色々と不満も出るでしょう」
「そのことについてだが…
運がいいのか悪いのか、丁度帰ってきてしまったからな。もうそちらに向かっている、あとはお前に任せる」
そう言うと宇塚は無線を切った。
「…まさか」
その天満の予感は的中する事となる。
そして今の状況になっている。
「私達だけ違う試験官…?納得がいきませんわ!」
一人の受験生が天満さんに言い寄る。
今回の受験生の中でも一番注目されているらしい【扇町朱音】だ。
彼女は相当な自信家のようで、実力も筆記試験も開始数分で終わらせる程だ。
「正直私の相手をそこら辺の試験官が務めることなんて不可能だと思いましてよ?」
ものすごい自信だ。煉に聞いた話だと自国の学校を首席で卒業したらしい。
「まあ天満さんが試験官じゃないっていうのは俺も納得は行かないけどな…仕方ないとは思うけども」
「そう…だね…」
煉も愚痴をこぼす。
私としては自分の戦闘の醜態を天満さんにさらさなくて嬉しいような、でも一生に一度あるか無いかのチャンスが目の前で消え去るのは悲しいような。
私達の落胆の様子を見て天満さんがすかさず、
「…それについては問題ないですよ。
むしろ俺よりも良い試験を行ってくれます」
「どういうことですの?貴方より良い試験官だなんてそれこそ――」
そこまで言った瞬間、後ろから遮るように声が聞こえた。
「この俺、ストラグルの隊長ぐらいじゃあないと務まんない。か?」
皆が後ろを見る。
そこに立っていたのは、紛れもなくストラグルの隊長の帯刀忠成だった。