一幕 始まり
時は2XXX年―――
度重なる戦争や化学兵器の使用によって、
地球は荒廃が進み地上では普通の人間が住める状況ではなくなってしまった。
人々は地下に逃げ込み生活をしていたが、食料や地下で生活するには多すぎる人数などから、
この状況を打破する何かがないと長くはもたないという見込みが立っていた。
そして、またどこかでわずかな土地や資源を求めて地下でまた戦争が起ころうとしていた。
そんな中、とある学者が電脳世界【Δ】を創世。
このΔという世界は人体をそのまま電脳世界に送り込むことによって、
資源や広大な土地がある電脳世界の中で生きていくというものであった。
度重なる戦争によって疲弊し、希望を失いかけていた人々にとってこの世界は楽園のようなものだった。
人々はΔに移住することを決意、こうしてΔの歴史が始まる。
時は流れ電脳暦500年―
「むにゃむにゃ…でるたとはぁ…」
小さな宿屋の一室で、私は本を開きながら寝ている。
外は既に明るい。だが気持ちよく寝ている私は当然気づかない。
「おーい、起きてるかーっ……ってやっぱり寝てるよ」
そう言いながら部屋に入る女性。
「まったく、今日が何の日か忘れちまったのかねぇ?昔からすぐに寝るんだから困ったもんだよ」
女性は慣れた様子で少女の傍に行き、持っていた本で私の頭を小突いた。
「ふえっ!?な、なんですか―
なんだ、奏さんですか。もっと優しく起こしてくださいよぉ」
「あんたはこうでもしないと起きないでしょうに。
勉強熱心なのはいい事だけど今日は試験の日だろう?そろそろ準備しないと遅刻するよ」
私は時計を見る。時刻は11時。8時ぐらいには起きようと思っていたのだが3時間もオーバーしてしまっている。
「わー!やばい、新兵試験に遅れちゃう!」
「折角起こしてあげたんだからさっさと支度して会場に向かいなよ。私は別件があるから途中までしか付き合えないけどね」
半分呆れながらそう言っているこの金髪ポニーテールの女性。
彼女は「京奏」さん。
私が孤児院を飛び出して途方に暮れてた時に拾ってくれた命の恩人である。
そしてその奏さんに拾ってもらった私「フォスク=イルム」。
幼い頃に両親が行方不明になり孤児院に預けられていたが、孤児院の環境に嫌気がさし6歳の時に脱走。
その後、奏さんに拾ってもらって今に至る。
「よし、準備できた!それじゃあ向かいましょう!奏さん」
宿屋の店主に挨拶を済ませ外へ出る。
今日は私の人生の一大イベントがある日、そして絶対に失敗できない日。
「意気込むのは良いけどきちんと勉強はできたのかい?
昨日はぐっすりだったみたいだけど」
「だ、大丈夫ですよ。記憶力には自信がありますし、実技さえ突破すれば問題ないと思います。」
実際私は記憶力には自信がある。用語や単語などは昔からすぐに覚えられたし、聞いたことも忘れない。その代わり計算は得意ではないけども。
「その実技が厳しいんだけどねぇ。
アヴァネクサスの試験はそう簡単には合格できないもの、知ってるだろう?」
今奏さんが言った【アヴァネクサス】とは、
この世界で起きている争いなどを止める抑制者としての機関で、この世界で生まれ育った子供たちの憧れでもある。
近年、Δ内では争いが多発、国どうしの大きな戦争などは起きてはないものの、一触即発の状況が続いている。
そういう状況が続いていることもあってアヴァネクサスはΔとって欠かせない存在となっている。
アヴェネクサスでは年に一度新兵を採用する【新兵試験】があるのだが、採用条件がとても厳しい事でも有名なのである。
私は今からその新兵試験を受けようとしているのだ。
「知ってますよ。散々奏さんから聞かされました。本当なんでそんなにアヴァネクサスについて詳しいんですか」
実は私は奏さんの正体をほとんど知らない。
拾ってもらって10年にもなるのだが、名前と出身、それに戦場に立っているということ以外は何も教えてくれないのだ。
「知り合いにアヴァネクサス所属の人が結構いるからねぇ。結構情報は流れてきたりするのよ」
いつも通りそれっぽい理由で軽く流される。
もうこのやり取りは何回もしたのでこの返答が返ってくることも知っていた。
「それでイルムはどこの隊に志願するの?やっぱりストラグルかしら?」
「私は…」
ここで言葉が詰まる。
アヴァネクサスには4つの隊があってそれぞれ役割を持っている。
【ストラグル】は国レベルの争いを止める為の戦闘や、極秘の任務を請け負い担当。
【スペリオル】は事件の処理、紛争への出撃や無国籍の人々が集う集落などの用心棒を担当。
【クリサリス】は主に本拠地や戦争の被害を受けた民間人などの保護を担当。
【ノクチルカ】はアヴァネクサスの内政やスパイ活動などを(間諜、斥侯)を担当。
どの隊に入るのもとても難しいのだが、とりわけストラグルの採用条件は厳しく、4年前に2人の入隊が最後で以降誰も合格していない。
「私は…特に決まってないです。私を必要としてくれるところで頑張るだけですから」
笑って決まってないと言った私。
本当はそんなこと思ってはない。
私は子供の頃からずっとストラグルに入りたいと思っていた。
でも私は戦闘技術に長けていなかった。剣も槍も斧も、何一つうまく扱えない。
そんな私が戦闘が専門のストラグルに入るなんて無謀なのはわかりきっていた。
「じゃあそんなあんたに、人生の先輩からアドバイス」
突然奏さんが言った。
「イルム、あんたは努力ができる。
いくら才能があっても努力をしない奴にチャンスなんて巡ってこないのさ」
きょとんとする私をよそに奏さんは続ける。
「頑張って諦めなければあんたのもとにチャンスは絶対にくる。
これまでの勉強、経験を信じて全力でやっておいで」
そう言って私の肩をたたく。
「そう――ですね」
「やれるだけやってみます!私の全力で!」
私は力強く頷く。
チャンスが巡ってくるかどうかなんてわからない。
でも今の私には挑戦することしかできないのだから。