vol. 1 高橋健二の場合
俺・・・高橋健二。 高校を卒業し、やっと就職が決まった社会人1年生。
俺の仕事は水産物を冷凍保存するのがメインだが、お得意先に水産物を配達するのも俺の仕事。
同級生や先輩も同じ会社に就職したので友達も多く楽しい職場だった。
入社して3ヶ月経った頃、俺はいつものように得意先の店に商品の配達に出かけた。
「今日は暑いなぁ・・・夏も近いぞ」と言いながら運転していた。
目の前の交差点の信号は青・・・普段通り車を走らせ、交差点に差しかかった時、横断歩道から老婆がヨロヨロと歩いて来た。
「危なっ!」 俺は急いでブレーキを踏んだが間に合わなかった・・・。
老婆は2メートルほど飛ばされ、俺が駆け寄った時にはもう意識が無かった。
「頼む!助かってくれ!」と願いながら救急車を呼び、俺もすぐに病院に駆け込んだ。
「俺は人をひいてしまった・・・怖い・・・あの人は生きているのだろうか? 頼む!生きててくれ」と必死で願いながら待っていた。
老婆の親族も何人か集まって来て
「どうなっとんや?! 何してたんや!」と詰め寄って来たが、俺は頭を下げる事しか出来なかった。
どれぐらい時間が経ったのだろう・・・ドクターが出て来て
「誠に残念ですが・・・」と老婆の死亡を告げられた。
俺の血が頭から下へサーッと流れるのを感じた。 と同時に親族の人が泣き崩れる姿が目に入った。 泣きながら俺に近づいて来て
「お前は人殺しか!許さんぞ! 何してたんや!」と罵倒された・・・。
それでも俺は頭を下げるしかなかった。
警察の事情聴取や検分の結果、老婆の信号無視が事故原因という事がハッキリした。
その結果を聞いて俺は少しホッとしてしまった。俺が悪いんじゃない、相手が信号無視したんだ・・・でも俺は結果的に人を殺してしまったんだ。
何で俺が? さっきまで同僚とふざけた話をして平凡な時間を過ごしていたのに・・・何で今はこうなってしまったんだろう?
あがいても戻らない時間に対する怒りと悲しみが一気に俺を襲ってきた。
相手の過失が証明されたので、俺の処分は免許停止だけで交通刑務所には入らなくて済んだ。 正直
「助かった」と思ってしまった。
しかしその後、親族の人から毎日にように電話がかかって来るようになり
「お前はいったい何を考えてるんや?! お悔やみには来んのか? 普通は毎日来るんじゃないのか?お詫びの言葉もまともに聞いてない! お前の事は許さんからな!」と。
お悔やみとお詫びには事故の後すぐに行ったさ・・・お詫びの手紙も書いたさ・・・お金も定期的に送ってるさ・・・。でも何をしても許してもらえない・・・また今日も電話がかかって来るのか・・・?
警察にも相談に行ったけど、適当にあしらわれて終わり。
あれから食事も喉を通らず、会社も休んでいた。 彼女がいたんだけど、俺は事故のショックで不能になってしまい、彼女の存在を重く感じていた。
あれから2年経った・・・。 今でも時々電話がかかってくる。 俺は電話の音に異常に反応してしまい、着信音が鳴ると血の気が引く。
俺は人殺しじゃない! でも俺は人を殺してしまったんだ・・・。 刑務所には入っていない。 罪を問われる事もない。 でも結果的に俺は人を殺してしまったんだ・・・。
何の変哲も無い平凡な生活から一気に奈落の底に落ちてしまった。 罪に問われなくても俺がやった事実は消せないし変わらない。
罪の意識を背負ったままの生活が一生続くのか?
事故が起きる前に戻りたい・・・戻れないなら俺が死にたい。
それでも俺は生きている・・・。