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カクテル

作者: 星野紗奈

こんにちは? こんばんは? 星野紗奈です!


新しい趣向の小説に挑戦しようと思い、ウミガメのスープという推理ゲームを利用した作品を書いてみました。

つたない文章ですが、お付き合いいただけると嬉しいです!


それでは、どうぞ↓

 誰も待っていない家に帰るには少し早すぎる。そう思って街中をふらふらと歩き回っていたのだが、喧噪とまとわりつく暑さで、体は予想よりずっと早くくたびれてしまった。どこかで時間をつぶそうかと考えていた矢先、目に留まったのはひっそりとたたずむ一見のバーだった。この時間から酒を飲むのはさすがにいかがなものかと一瞬気が引けたが、自分を制御できれば問題ないだろうと判断し、少し重たいバーの扉を押した。

 店内は人がまばらで、俺好みの落ち着いた雰囲気だった。さて、どこら辺に陣取ろうかと考え始めた時、こんな声が聞こえてきた。

「マスター、モヒートとオーロラ、どっちが好き?」

「どちらもご提供できませんが」

「そんなのわかってるわよ。冗談で聞いただけ。この姿でお酒なんて飲めるわけないじゃない」

 声の正体は、バーのマスターらしき男と小学生くらいの一人の少女だった。マスターはいかにもといった感じで、違和感がないのは納得ができる。しかし、少女については解せない。ワインレッドのワンピースを着た彼女は、カウンターの椅子にちょこんと座って、マスターと親し気に話しているのだ。オーガンジーの袖から透けて見える肌は、多少の色気は割り増しされているかもしれないが、やはり子供特有の若々しさが感じられる。

 おかしな光景に混乱しつつ、面白い話し相手を見つけたと思い、俺は「隣、良いかな?」と一声かけて少女の隣に腰かけた。

「あら、そういうのは席をとる前に聞くものじゃなくって?」

 彼女はどうやら、思ったより気が強いらしい。「そうだな、悪かったよ」という俺の言葉に「まあいいわ」と返すと、水に浮かぶ氷を指でつついて遊び始めた。そんな彼女を横目に、俺はカクテルを注文する。

「マスター、オーロラお願いできるかな」

「かしこまりました」

 俺とマスターのやり取りを見ていた少女は、頬杖をつきながら満足げに目を細めた。

「あなた、わかってるわね」

「おほめいただき光栄だ。ちょうど君と話してみたいと思っていたところでね」

「それは私が魅力的だから? それとも子供がこんなところにいるから?」

 なんて子供だ。恐ろしい二択を提示してきたではないか。ただ女性との出会いを求めていただけならば迷わず前者を口にするところだが、相手は子供だ。かといって後者を選べば、彼女がこの場を離れる可能性だってある。たかが子供に対して考えすぎだろうか、とここで、マスターがタイミングよくオーロラを出す。薄暗い店内で鮮やかな赤がよく映える。

「ずいぶんと悩むのね。まあ、なんとなく察しはついているけれど」

「わかっているくせに聞くなんてひどいなあ。もし君が魅力的だって俺が答えていたらどうする気だったんだい?」

「即通報ね。もしくはマスターにつまみ出してもらうわ」

「嘘でも言わなくてよかったよ」

 俺は「ははは」と笑いをこぼすが、内心冷や汗をかいていた。即通報、か。最近の子供は警戒心が強くて素晴らしい。おまけに会話のペースはくすくすと笑っている隣の彼女が掌握している。ああ、こんなにしっかりした子供たちがいるのなら、きっと未来は安泰だろうな。そんなことを考えているとも知らずに、彼女は「ところで」と会話を再開した。

「私の話し相手、というかゲームの相手になってほしいのだけど」

「ゲーム?」

「そう、水平思考推理ゲームよ。『ウミガメのスープ』っていうのが有名なのだけれど、知ってるかしら?」

「まあ、一応。イエスかノーで答えられる質問を繰り返して、物語の真相を暴くんだよな? ただ、一時期友人と何度もやっていたから、既存の問題だと知っているかもしれない」

「それは心配無用よ。だって私の完全オリジナルだもの。じゃあゲームを始めましょうか」

 その言葉を皮切りにゲームがスタートした。

 ――あるバーに、小学生くらいの少女がいた。飲めるはずのない酒を注文しようとしたり、マスターと親し気に話していたり、隣に座って来た男をからかって遊んでいたりする。さて、少女はいったい何者なのだろうか。

「それって……」

「気になるんでしょ?」

 すべてを悟っているかのように、にんまりと笑った彼女。それに対し、俺は「ああ、まあ」とあいまいな返事をする。本性を知りたい好奇心は確かにあるのだが、彼女の思惑が読めないから、どこまで踏み込んでよいのかが俺にはさっぱりわからないのだ。そんな戸惑いが表情に現れていたのか、彼女は「早くしないと気が変わるかもしれないわよ」なんて追い打ちをかけてくる。これ以上迷っていても仕方がないから、俺は意を決して好奇心に身を任せることにした。

「まず、君は未成年?」

「イェス。見ればわかるでしょう? もしかして、『見た目は子供、頭脳は大人』なんて考えてるんじゃないでしょうね」

「まさか。念のためだよ。ゲームを続けよう」

 今日は一人で来たのか――ノー。誰かに連れてきてもらったのか――イエス。その人は店内にいるか――ノー。マスターとは以前から知り合いか――イエス。

「なるほど。じゃあ誰かに連れてこられて、その人の用事が終わるまでここで待たされているってところか」

「ずいぶんと状況把握が早いのね。まるで探偵さんみたい」

「あっているかはわからないけどね。まあ、本題は君の正体だから」

「そういうところ、ぬかりないわね」

 待たされている用事と正体は何か関わりがあるのか――イエス。連れてきてくれた人は父親か――ノー。じゃあ母親?――イエス。

「うーん。マスターは親族か?」

「イエス。だけど、なんでそんな質問を?」

「次の質問につなぐためだよ。お母さんの用事は仕事?」

「イエス。なるほどね。確かに、仕事中なら親族に子供を預けていてもおかしくないわ」

「あてずっぽうに考えてもこういうのは上手くいかないからな。じゃあ次の質問」

 今日ここに来る必要があったか――ノー。自分のためにあえて来たのか――イエス。いつもこんなことをしているのか――イエス。

「……見知らぬ誰かと話すため?」

「イエス。面白くなってきたわね」

 これはいつもの話し方か――ノー。母親の仕事は表向きか――イエス。母親の仕事を尊敬しているか――イエス。

「母親は女優か」

「正解。そろそろまとめてくれてもいいんじゃない?」

「わかったよ。君の母親は女優で、今外で撮影をしている。その間は親戚であるマスターの元にお邪魔していた。君は母親の仕事を尊敬している。つまり、君も女優になりたいということだ。しかし、君はまだ子供で、できることは少ない。そこで思いついたのが、待ち時間にここで見知らぬ人と話すことだった。毎回違うキャラクターを演じながらね」

「ご名答」

 頬を紅く染め上げた満足げな笑顔を見て、僕は安堵のため息をついた。こんなに幼いのに、ここまでの会話が全て演技であったというのか。確かに、容姿と中身がいまいちかみ合わないなとは感じていたけれど。

「ここまでたどり着いたのはあなたが初めてよ。とても楽しかったわ。ありがとう」

「こちらこそ、面白かったよ。あ、正体までたどり着いたんだから、もう子供らしくしてもいいんじゃないか?」

 俺がそう言うと、「そうだね、そうする」と先ほどまでとは別人のような笑みを浮かべた。かと思えば突然、手元にあった水をごくごくと一息で飲み切り、グラスを元あった場所にコトリと置いて、彼女はこう言った。

「私、絶対有名になるから」

 唐突な宣言に目をぱちくりさせてしまったが、親指を立てて「期待しているよ」と声をかけたら、ふわっと笑ってくれた。こうして笑っているのを見ると普通の子供なのに、恐ろしい才能を持っているな、なんて考えながらオーロラをちびちびと飲む。すると、ドアがぎぎと音を立ててゆっくりと開いた。

「マスター、戻ったわ」

「ママ! おかえりなさい」

 どうやら、駆け寄って来た女性は少女の母親だったようだ。店内のわずかな灯りがスポットライトの様に彼女を美しく照らし出す。

「すみません。うちの子が迷惑をおかけしませんでしたか?」

「いえ、全然。むしろ俺も暇だったんで、話し相手になってくれて助かりましたよ」

「そうでしたか。こちらこそ、この子を見ていてくれてありがとうございました」

 母親に「帰るわよ」と促されると、少女はマスターに何かを耳打ちした。そして、席を立ち母親の手をぎゅっと握った。

「また遊ぼうね、お兄さん」

 可愛い笑みを浮かべながら、ドアが閉まるまでこちらに手を振ってくれた。ようやく見られた子供らしさに俺も笑みがこぼれた。少女の姿が見えなくなると、マスターは目の前にすっと何かを差し出してきた。

「先ほどのお客様から、ジプシーです」

 続けて「お代はいただいているので結構ですよ」とニコニコしながら教えてくれた。

「……あれは大物になるな」

 光を閉じ込めたような琥珀色を眺めた俺はそうこぼし、それをぐいと飲みほした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました( *´艸`)

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