表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事務員のお喋り  作者: 今日の空
1/2

事務員たちのお喋り



 学校や病院には、必ずと言っても過言ではないくらいに、『恐い話』が付きまとう。

 この話は、そんな病院に勤めている事務員たちのお喋りである。




A……,


「私、幽霊は見えないんですよ」

そう言って話始めたのは、Aさん。

「私が以前に勤めていた病院の話なんですけどね、



その病院には、不思議な決まりがありました。『お昼休憩の時に、必ず一人は病院の庭で過ごすこと』というものです。いつから出来た決まりなのかは、誰もわからないそうです。


その決まりは交代制で行っていました。中には、断固拒否する人も居ましたが。


ちょうど私の番の時に、雨が降っていたんです。それはもう、前が見えないくらいの大雨。


困った私は、きいきいの木の横にある、透明な壁と屋根に囲われたベンチに腰をかけました。

きいきいの木が何かって? ああ、病院一大きな楓の木のことですよ。子供たちが遊んで呼び始めたのが、きっかけらしいです。


で、私は不覚にもそのベンチで居眠りをしてしまいました。

私はふと、「キィ、キィ……」という音で目が覚めます。まるで、ブランコのように一定に「キィ、キィ…」と鳴るのです。不思議に思って、体を起こすと、目の前の大きな人形と目が合いました……

いえ、その時は、人形だと思ったんですよ。思い込みたかった。


聞けば、あの場所は自殺者のメッカだそうで。あの、「きいきいの木」を切り倒そうという計画もあったそうですが、いずれも何かしらの理由により計画は中止されているらしいです。


この件で、私はハッキリと自覚しましたね。


私は、幽霊なんて見えないのだ、と」




B……,


「人間の防衛機制って、分かります?」

そう言って話始めたのは、Bさん。

「ショックや欲求不満から、自身の心を守るためのものです。抑圧、合理化、投射、同一視、反動形成、逃避、退行、代償、昇華。これらのうち、一番よさそうに思えるのが、昇華ですよね。


とある女性が入院していた。彼女趣味は、絵を描くことだ。僕も何度か庭でスケッチする姿を見かけた。彼女を担当していたのは僕と仲の良い看護士だ。


「これを、Bさんに。だってさ」

看護士は、彼女の絵を僕に渡してきた。その絵は、僕が仕事をしている姿だった。

「上手いな」

「伝えておくね」

それから、彼女は僕に何枚も絵を描いて贈ってくれた。いずれも、僕がメインの絵であった。


「彼女、Bくんに気があるみたい」

「勘弁してくれ」

ここでいうのもなんだが、僕は同性愛者の上に恋人がいる。彼女に全く気はなかった。それに、仕事関係でそういう話は、泥沼化しやすいのでやめてほしかった。


次の日から、カラフルだった絵がなんともいえない色、一色だけで描かれるようになった。

「…これ、なんか怖いね」

受け取りはするが、直ぐに事務のごみ袋行き。

同時期に、「………んで…の…」という囁き声が聞こえるようになった。

「なんで、捨てるの?」と言われている気もしたが、無視をした。やがて、囁き声も聞こえなくなり、絵も贈られなくなった。


これで、この件は終わったのだろうと思った。


「例の彼女、いまは昏睡状態なの」

「そっか」

「でね、これが、最後の絵なんだけど……」

そう言って渡された絵に、僕は居なかった。


何の絵だったかって? 女性の顔の絵さ。トリックアートみたいに、どの角度から見てもその絵と目が合うんだ。


僕は、恐くなって、その絵を実家に持っていった。実家が寺なんだ。ただ、ちょっと遠い。


道中、不思議なことが起こった。県境に差し掛かったとき、突然、目の前が真っ赤に染まったのだ。一瞬の出来事で、まばたきをすればもとに戻った。


実家に着くと、僕はさっそく住職に絵を見せた。

「…B、生霊って知ってるかい?」

「まあ、うん」

「この絵は、生霊が憑いていた。」

「いた? じゃあ、もういないってことか?」

「ああ。彼女はもういない。この世には……」

その絵はお祓いすることになり、僕は病院に戻った。


「聞いて、Bくん。例の彼女、変な死に方したの」

「変な死に方?」

「首と胴体が引きちぎれたような、変な死に方」


……彼女はあの日、僕を首で追っていたのではないでしょうか?


彼女は、恋ごころを昇華に替えていたが、上手くいかなかったみたいですね。


あれからずっと聞こえるんですよ。

『死んで、私の夫になって!』と」




C……,


「以前、ニュースになった事件なんですが」

そう言って話始めたのは、Cさん。

「患者無差別殺人事件。犯人はただの愉快犯でしたよね。逮捕されてホッとしましたよ。


私、かなりのラッキー人間なんです。就職氷河期と呼ばれるときに第一志望の内定を一発で頂けました。


私、仕事をしている姿と、普段の姿が別人ってよく言われるんですけど。病院に出勤中に、黒い服を着て紙マスクをした大柄な男の人とぶつかりました。


更衣室で着替えて、仕事場へ出ると病院内は騒然としていました。私が同僚にどうしたのかと訪ねると、「殺人事件だって」と告げられす。


そこへ、警察がやって来て

「あなた、怪しい男性を目撃しませんでしたか?」

と、次々に訪ねていきました。

「い、いえ」

私は、警察の勢いに気圧されて、思わずそう答えました。


やがて、他の警察もやって来て、

「誰か、目撃しませんでしたか? 犯人逮捕のためご協力ください! まだ、犯人は特定されていません。僅かな情報でも構いません、ご協力ください」

と、同じような質問をされます。


…不自然ですよね? 犯人は特定されていないのに、最初の警察の人は何故、犯人は『男性』であると言い切ったのでしょうか?


私がもし、あの時に正直に話していたら…。と思うと、慄然としますね。


えぇ、私は本当にラッキー人間なんですよ」




D……,


「よく、消耗品が消えていった時期がありました」

そう言って話始めたのは、Dさん。


「何度計算してもね、地味に、けれども明らかに、減っているんですよ。


ある晩、私は忘れ物に気が付いてねぇ、取りに行ったんですよ。カチャカチャと物音がするもんですから見に行くと、先生がいるんです。私が声をかけると、いつも通りの優しい笑顔で「調べものをしていたんだよ」と仰ったのを何故か鮮明に覚えていますね。


その日は、消耗品は不自然に減らなかった。


しかし、しばらくすると、また消耗品が減るようになりましてね。そんなある日、大事件が起こりました。


病院の受付へ珍しく先生が出てきましてね、訳の解らないことを叫ぶんですよ。

「私の中には、赤ちゃんがいる!」とね。

患者も居たので、現場はパニック状態。

「赤ちゃんがいるのよぉ、信じて!ほら、証明するわ!」

先生は、医療用のメスで腹を裂いた。

「ほら、ね?」


お腹の中には、もちろん、赤ちゃんなど居なかったですねぇ。

先生は、取り押さえられ、なんとか一命を取り止めたようですが、今はなにをしているのでしょう?


ああ、不自然に消えていった消耗品が何かって? 注射器ですよ。

あの先生は、クスリをヤっていたんですね。


今は、もう、消耗品が不自然に消えることは減りましたよ。時折、カチャカチャという音は聞こえるけれど、ね」




E……,


「わたしの話は、あんまり恐くないんですけど」

そう言って話始めたのは、Eさん。

「患者さんがね、不思議な動きをするんですよ。もう、いい歳したお爺さんなんですけどね。


病院の渡り廊下のところで、一人で「だるまさんが転んだ」といって、遊んでいるのです。まるで小さな子供と遊んでいるかのように。わたしが声をかけると、お爺さんは微妙な顔をして誤魔化すんです。


ある朝、わたしのロッカーのなかに、お手紙が入っていました。クレヨンで平仮名で書かれていたお手紙。内容は、『あんしんしてね、あとごじゆうにと、まると、まる。そのときは、おねえさんが、ぼくとあそぶばん』というものです。


その日、あのお爺さんは亡くなりました。遺族はいなかったようです。その後、職員の間ではある噂が流れました。

お爺さんのベッドからこんな手紙が見つかったそうです。『あそぼうね、あとまると、いちと、まる。さみしくないよう、ぼくとあそぼうね』。そういえば、お爺さんが不思議な動きをするようになったのは、ちょうど1ヶ月前でしたね。


老人専用の病院で、家族もいない彼に、誰がこんな手紙を書いたのか。


あの日から明日でちょうど52年たつのですが、最近、わたしになついてくれた子供がいるんですよ。


ほら、駆け寄ってくる音がするでしょう?」





?……,


「人間って、集団でいると感覚がおかしくなりますよね?」

そう言って話始めた人物に、誰も心当たりは無かった。

「非常事態にこれは正常だと思い込んでしまうのが、正常性バイアス。非常事態に周囲に行動を合わせてしまい避難などに遅れることを、多数派同調バイアス。というらしいですね。ネットなんかで調べると、その衝撃的な写真や映像が出てきます。


私は、この現象をよく目にしています。今もそうです。


あなた方は、どうして、患者のいない、医師のいない、電気もない、水もでない病院で、仕事をしているのですか?


あなた方は、自身の名前が言えますか?」


「えっ…あれ?」

「僕は、僕は、」

「思い出せない…」

「名前…はて?」

「…わたしは、遠藤 聡美。ちゃんと言えるわ」


「遠藤さんだけは、正常性バイアスと多数派同調バイアスにならずに直ぐに避難したそうですね。ただ、頭部を強打されて、意識不明のようですが。

遠藤さん以外のみなさんは亡くなりました。


理由を覚えていらっしゃらない?

ああ、可哀想に。

みなさんは、実験されたのですよ。とある医者に。


あの医者は、まず、あなた方を睡眠薬で眠らせ、手足をベッドに固定し、実験を始めました。


何の実験かって? 『思い込み』の実験ですよ。

プラシーボ効果とノーシーボ効果ってご存知ですか?

プラシーボ効果は、思い込みによって効果の無い筈の薬が効果を発揮したりする。という、プラスの効果をもたらすもの。実際に、医療現場で使用されています。

反対に、人間にとってマイナスの効果をもたらすものがノーシーボ効果。



病室で、静かに囁かれたのでは?

「いま、何ミリリットルの出血です」と。


聞こえていたのはその声と、ポタポタと入れ物のなかに血液が滴るような音でしょう。


パタパタ、ポタポタ


「いま、何ミリリットルです」


ポタポタ、ポタポタ


「いま、何ミリリットルです」


ポタポタ、ピチャピチャ


「いま、何ミリリットルです」


ピチャピチャ、ピチャピチャ


「いま、何ミリリットルです」


ピチャピチャ、ポチョポチョ


「いま、何ミリリットルです」


ポチョポチョ、……ピチョン


「いま、致死量です」




あなた方を殺害するのに使用した道具は、メスでもクスリでもありません。水と桶です。



暗い、病院の事務室の床下。あなた方は、まだそこにいます。ちなみに、私をここへ呼んだのは、あなた方ではなく、他の方々です」




そこは、実験が頻繁に行われていた病院。

事務室の床下を開けると、貝塚のような大穴に大量の黄ばんだ砂が敷き詰められていたそうな。




 この話は、そんな病院に勤めていた事務員たちのお喋りである…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ