痛みと恐怖と希望の道ー3
激闘だった。
物理攻撃が基本的に効かないスライムと、筋骨隆々な強靭な肉体とそれに見合った大剣を装備するゴブリンキング。
スライムの擬態を封じたが、それでも動きを止めようと何度もまとわりついてきた。それを振りほどくのが遅れれば、大剣が迫り、何とか回避するも壁に打ち付けられた。臓物や体内の空気が圧迫され、口から血を吐いた。
それでも、死なずに勝ち切った。
スライムの核を破壊し、ゴブリンキングの左眼に槍を突き刺した。そして両目を失い、無闇矢鱈に大剣を振り回すことしか出来なくなったゴブリンキングの首を落とした。
文面上では簡単なように見えるが、暴れるゴブリンキングに近づくだけでさえ一苦労。何度壁に叩きつけられたか数はしれない。
倒したものの、これ以上体が動く気がしない。
大の字で仰向けに地面に倒れ、そのままピクリとも動かなかった。
ゲームのようにボスもリポップする仕組みなら、その時が俺が死ぬ時だろう。
『あーあー、お久しぶりだね!』
気が遠くなりそうだった。
『いやいや、目を瞑ろうとしないでよっ!? とにかく、1層突破おめでとう! まだ5回くらいしか死んでないね。それはいい事だ』
何を言っているのか。ただ魔女王の言葉の真意は分からないが、初めと最後の部分では声のトーンが違った。
『私が出てきたのは君を褒めるためでもあるけど、本題はそっちじゃない。ボスがリポップすることは無いよ。それとこれはこのダンジョンでの仕組みの話になってややこしくなるから簡潔に済ますけど、ーーボスを倒すと報酬が出るよ!』
ーーボスを倒すと報酬が出るよ!
その言葉と同時に、まるでパチンコスロットのような機械が目の前に現れた。
なんだこれ?
『そのスロットは名付けて、ご褒美スロット! その機械が君にランダムで報酬を与えてくれるよ! 倒したボスのリソース、強さによってスロットの中身も変わるから、これからもこれを励みに頑張ってね!』
よく見ると、ご褒美スロットのボタンの下に
『初回ハズレなし! 大当たり1.5倍!』
まるでソーシャルゲームの課金アイテムの広告文句のようなことが書かれている。
初回ハズレなし……………次からはハズレがあるのか。
ご褒美だと言うのにハズレが用意されているとは些か器の小さい気がしないでもないが、そもそもご褒美スロット自体が予想外のプレゼントだ。
それを踏まえると、初回分だけでも十分に満足するべきなのか、どうなのか。
中身もわからないし、とにかくやってみるだけやってみるか。
ボタンをポチッと押すとスロットが回り始める。3つのスロットがそれぞれ回っているが、何かが書かれているものの、それを視認することは出来なかった。
ジャン、ジャン、ジャン!
軽快な音と共にスロットは止まり、3列のスロットに書かれた文字が1つの単語を表していた。
『速度3倍』
なんとも反応が難しい。
俺の予想ではスキルか何かだと思っていたのだが、なんだかボードゲームのマスに書かれた内容のようだ。
速度3倍。それが事実ならば並のスキルよりも余っ程有用性が高い。魔力と言われるアートルダム特有の不思議パワーは魔法適性がゼロのため、使い道がない。
俺が今求めるとしたら、魔力を対価に発動できるスキルだろう。
レベルはボスを倒したことで15まで上がっている。それでも次の層のレベルがわからない以上、油断はできない。
速さが3倍になっても俺には物理攻撃しか手段がないことに変わりはない。ボスのスライムは物理攻撃が核以外に効かないという厄介な相手だった。
今後、層の基本エネミーがスライムなんかだった場合、俺には打つ手がない。
早々に魔法攻撃の手段を………
◇
「……ん、寝てたのか」
どうやらこれからのことを考えているうちにそのまま寝てしまったみたいだ。体のあちらこちらが痣だらけなのはそのままだから、死んではいないのでよかった。
初めて湖で体を洗った日。痛々しく体に刻み込まれていた拷問の痕、その中の上半身の痕は1つ残らず無くなっていた。
このまま戦っていけば、全身を消滅させるような敵と出会うかもしれない。そうなれば、俺の傷は1つ残らず消えてくれるのだろう。
それは1つの形としていい事だ。あの傷が何かあるわけじゃない。ただ、あの傷を付けられるのが、王国にいるクラスメイト達かと思うと胸が締め付けられた。
俺は生きる意味を傷と共に心に刻みつけていた。
だが、このダンジョンで死ねば、元から何も無かったように消え去る。
「大丈夫。外傷だけが、傷じゃない」
傷を、痛みを忘れると、その意味が薄れる。そんなことはあるわけが無いのに、それでも不安に思ってしまうことがあった。
1つの支えの形。
俺は太ももに残る裂傷を手でなぞり、その傷を確かめ、次の階層へと続く階段へと足を進めた。
階段は上にも下にも繋がっている。魔女王はどちらに進んでも変わらないと言っていた。今のところ魔女王の言葉が嘘であったことは無い。
「下にしよう」
別に理由があったわけじゃなかった。
まあ適当だ。
◇
降りるとそこはまるでボス部屋のような広間になっていた。
「まさか……まさか、ボスかよっ!!」
「Keeeee!!」
ケルピー、馬の形をした北欧に伝わる幻獣。それを模した魔物だろうか。水色の鱗を体に貼り付けた巨大な馬。鬣はヒレのようになっているが、足には蹄がついている。
体を見る分には物理攻撃も効きそうだ。
だが、今の俺のレベルで倒せる相手なのか……、いやそんな訳が無い。50層のボスに挑む時にはレベルが1000必要だと言っていたはずだ。
なら、1層1層で成長していかなければならないよう設定されているはず。
それに。
「逃げ道は用意されているか」
俺から見て正面で、ケルピーはだいたい部屋の中心にいる。そのケルピーの両サイド&背後には道が続いている。1層とは作りが違う。
1層への階段はどこかへ消えているが、どうにかしてここから脱出して、2層でレベル上げをしてこの部屋に戻ってこよう。
だが、策を考えるほど長々と暇は与えてくれないようだ。
「くっ、重いっ!!」
ケルピーが吐き出した水弾。大きさはバランスボールよりも少し大きいくらい。2本の剣をクロスさせ、体の前で水弾を受け止めようと試みたが、水弾が割れる兆しはない。
体を地面に並行になるように後ろに傾けて、2本の剣で水弾を上に打ち上げた。水弾は天井に衝突し、壁をえぐって破裂した。あのまま、まともに受け止めていたら、どうなっていたことか……。
正面に向き直るとケルピーの体の周りには小さな水弾が宙に浮いている。小さなと言ってもドッチボールに使うボールくらいの大きさはある。
それらが一斉に俺に向けて放たれた。速度は早くはない。ゴブリンキングの太刀の方が速かった。むしろ、遅すぎるくらいだ。
回避することには余裕がある。
「それでも、数が多い!」
初めは5個だった。しかし、それらを回避し終えると、ケルピーの周りには10個の水弾が浮いていた。そして、それが倍々になっていき………数えるのが馬鹿らしい位の数の水弾がまるでケルピーの周りに水の壁を作るようにずらりと並んでいた。
「Keeeee!!」
「っ、小馬鹿にしたような声出しやがって」
まず、ここまで回避出来ていたのは『速度3倍』の恩恵のおかげだろう。明らかに俺の速度が前のそれとは違っている。ケルピーの攻撃が遅く見えるのも多分そのせいだ。
だが、恩恵、つまりスキルを使えるのは俺だけじゃなくなった。前のスライムもそうだったが、ケルピーの水弾は生物的な特性とかそういう次元を超えている。水弾が倍々に増えているのも何かのスキルの恩恵なのかもしれない。
槍の投擲を試したいところだが、あの水弾の連射を喰らえば、槍が壊れるかもしれない。
1層のようにゴブリンみたいな武器を使う敵が現れれば、その武器を手に入れることも出来るだろう。だが、もしケルピーのように武器を使わない敵は倒しても武器は手に入らないだろう。
1層と違って武器は簡単に手に入らない。ならば、今ある手持ちの武器を簡単に壊される訳にはいかない。
そして連射が始まった。
回避すれば回避するほど増えていく水弾。1秒に3つもの水弾が俺を襲うようになっていた。
「くっそ、ぐはぁ!?」
5秒ほど回避したあと、俺は正面から水弾を受け、壁に磔にされていた。
追い打ちをかけられると、眼前にあるはずの大量の水弾に備えようとしたが、水弾は1つ残らず消えていた。
「くっ、痛いな」
ゴブリンキングと戦った時もそうだったが、壁に打ち付けられたると、地の利を奪われる。それに、このダンジョンの壁がクッション製ならばともかく、岩に打ち付けられるのは死なずとも大きなダメージとなる。死ななければ復活せず、痛みは動きを鈍らせた。
再びケルピーが水弾を5つ生み出し、俺を襲う。
俺は壁から横っ飛びして回避しようとしたが、完璧には避けきれず、足に水弾が掠った。
ケルピーの方を見ると………水弾は5つしか浮いていなかった。
「俺に、直接か?」
再びケルピーが攻撃を仕掛けてきた。俺は落ち着いて水弾見切り、最後の1発だけ、腕に掠らせた。
水弾は5つしか装填されていたかった。
「俺に直接当たるまで倍々に増えていく水弾。一撃でも掠れば、数は5つに戻る、か」
敵の攻撃の仕組みは明らかになった。これで脱出する算段もついた。
攻撃を1発喰らえば前に進める。やつは1歩も動いていないから機動力は分からないが、それでも逃げに徹すればまず死ぬことは無く、この部屋から出られるだろう。
「1発!」
まず確認として、初弾を喰らえば他の4つの水弾は消えるのかどうかを確かめた。結界は消えずに、他の4つも俺を襲ってきた。
リスタート。
出口まで最短で50メートルくらいだ。全力かつ直線で走れば7秒あれば余裕だ。その7秒を稼ぐために、槍を1本犠牲にすることにした。
「ここだっ!」
5つ目の水弾を左腕に掠らせ、右手で握っている槍をケルピーの馬にしては長い首に向かって投擲した。
5つの水弾が発生する前の投擲ならば、やつは避けるしかないだろう。そして、回避行動を取れば次の水弾の装填までの時間が稼げる。
すでに10メートル稼いだ。ここで何メートル進めるかで2本目の槍の犠牲が必要かどうかが決まる。
槍が投げられ、ケルピーの首に到達するまであと少しというところで、バッチィィ、と音がした。
「はっ!? そんなのありかよ!」
ケルピーは槍の軌道上と槍そのものの座標に水弾を発生させ槍を粉々に砕いた。
槍の破壊に使った水弾が3つ。後2つが俺を襲い、俺はそれを反射的によけ、前に転がる。
距離はあと30メートル。
「っ! しまった」
ケルピーの周りには10個の水弾が浮いていた。
俺はそれが放たれる前にあの出口へと走った。
「間に合えっ!!」
5メートル先に迫った出口へと飛び込んだ。
だが俺の願い虚しく、水弾が連続して俺を吹き飛ばした。出口の枠の岩壁に衝突し、俺の口から血が吐き出される。内臓が潰れたのだろうが、心臓と肺は無事なようだ。
生きている、なら結果オーライ。
俺はふらふらになりながら壁にもたれながらも前へ進み。
ケルピーが待ち構える部屋に着いた。
出口は今いる通路を含めて4つ。
つまり、この層の基本エネミーはケルピーらしい。
take6 討伐数2 Lv15
ーーtake7 start
ʕ★♔︎✿ʔ
『ケルピーは【水弾】と【倍加等価】というスキルを持っているよ! 元々ケルピーは【水弾】じゃなくて【水撃】という上位スキルを持っていたんだけど、それじゃ流石に勝ち目ないから【水弾】に変えて、私の【倍加等価】というスキルを付与したの』
【水弾】
水の球を生成し狙い通りの場所に打ち出すことが出来る。消費魔力量は威力と射程に依存する。最大5つまで同時に展開できる。
【水撃】
水の砲弾を放つ。接触と同時に破裂するバージョンと、敵を押しつぶすように破裂しないバージョンがある。最大展開15個まで。
【倍加等価】
1回分の魔力量で2回スキルを発動できる。敵に攻撃を与えるまでその効果は倍加していく。限界は使用者の魔力限界まで。
ʕ★♔︎✿ʔ
『……5層までの敵よりも強くなっちゃった』