この残酷で救いの溢れた世界ー6
side・スミカ
「ふわぁ、よく寝た」
それはついこの間までの自分の声とは似て非なるものだった。発達途上だった私の口では上手く発音することが出来なかった言葉が今では鮮明に発音出来ている。
ーー楔が一つ外れたか。
記憶を封印していた楔が1つ砕け散った。
取り戻した記憶は2つ。1つは記憶と力を楔で封印されていること。その事実だけを思い出した。
もう1つは自分の正体だった。
「知らない方が良かったなー、……仕方の無いことだけどね」
スミカとしてガランという父に育てられたことによって生まれた善性がその正体を受け入れることを許さない。
だが、楔が全て壊れ封印がとかれた時、私の善性はその正体が孕む闇に塗りつぶされてしまうのだろう。
「ただいまー! スミカ、起きてる?」
父ガランを救おうとした青年の声が私を呼んでいる。彼は自分が命懸けで救ったこの私の正体を知ればどう思うのだろう。
だが知らない。
私の正体はーーーーだということを。
◇
side・三雲焔
結論から言おう。
スミカは泣かなかった。
事実を真摯に受け止め、その事実から目を逸らそうとせず向き合うことを苦と感じていなかった。
『父は立派だった。その教えは、ここにある。私は生きている。なら父もまだここに残っている』
スミカは自分の胸に手を当ててそう言った。とても子供とは思えない眼差しだったが、その後の『お腹すいちゃった!』と言った言葉と笑顔はどこから見ても年相応の表情だった。
スミカは進み始めた。負けていられない。
だが、忘れてはいけない。
スミカは昼ご飯を食べて昼寝をしていただけ、『お腹すいちゃった!』な訳が無い。
歳が幼いながら、しんみりとした空気を
ぐぅ〜
…………なんでもない。
◇
side・アリシア
『三雲よ! 昼間の事はすまんかった! 目覚めたばかりのお主にする話ではなかったな。お詫びとしては粗末なものだが、これをやろう』
ここでポケットからお土産を取り出す。
『気にしてないですけど、なんですかそれは?』
『これはゼヒドニア名物のブローチじゃ! お主は装飾品を何も持っておらんかったからな。これは謝罪の気持ちと歓迎の気持ちを込めた我からのプレゼントじゃ!』
『わぁ! ありがとうアリシア!』
ふふ、今のは中々の出来だった。
私は家までの道をを歩いて帰ってきた。飛ばずに歩いているのはこのシュミレーションを練習するためだ。飛べば家までは直ぐについてしまう。そうなれば練習不十分のまま挑むことになってしまう。それは私にはハードルが高い。
すでに脳内シュミレーションは完璧だ。三雲の反応予想も完璧なはず……入ろう。
実は家には着いていた。家の前で3回、完璧なシュミレーションを繰り返した。
私ならやれるっ!!
「あ、おかえり」
「うむ、ただいまなのじゃ。……三雲よ! 昼間のことはすまんかった!」
「気にしてないよ。それに俺も謝らないといけないことがあるんだ」
ポケットに入れた手を止める。予想外の流れだが、とりあえず謝ることは出来た。後はブローチを渡すだけ、私にはその力があるはず。今はその時じゃない。
「セルファ殿の喧嘩を買っちゃったから魔王子ベルハルトを殺すために強くならないといけないんだ」
「ん、んんっ!? どういう事じゃ! シューラグド!」
「アリシア様、三雲の言っていることは本当です。セルファ殿が魔剣鍛冶師となり我々に仕える条件として三雲焔による魔王子ベルハルトの殺害が提示され、三雲はそれを承諾しました。これは三雲が決めた選択、我々はそれに協力する。それがあなたが出ていく前に言っていたことでは?」
「ぐっ、確かにそうじゃがっ! ベルハルトは強い、武力だけでいえば我単体では勝てぬかもしれぬ。そんな相手を三雲がなぜ殺さねばならぬ」
「喧嘩だよ。俺がやりたいことでもあるしな」
喧嘩とはなんの事なの? セルファ殿との間に何があったのよ。でも……三雲がそう決めたなら、私はそれをサポートするだけ。
でも、私じゃ…………ベルハルトよりも弱い私じゃ、三雲をベルハルト以上に鍛えてあげることは出来ない。
「ご納得いただけたようですね。では、アリシア様。これ以上の話は夕食の後に致しましょう。スミカ様が今にも夕食に食らいつきそうなので席に着いてください」
シューラグドの言う通り、スミカの右手にはフォークが左手にはナイフが握られ、ヨダレを口の裾から垂らして夕食に見入っている。目が……狂気的だよ。
「そうじゃな。詳しいことは後で。ではいただきます」
「「いただきます(!!!!)」」
「こらスミカ! そんなにがっついて食べたら喉に詰まるわよ、のじゃ!」
食卓がここまで明るい雰囲気なのは久しぶりね。魔王の座をかけた勢力争いが続いているせいでどこか、張り詰めていたみたい。
気を抜きすぎるのも良くないけどこの空気は心地いい。私が魔王を目指す理由、そのうちの一つがこの幸せな家庭を理不尽な蹂躙から守ること。
そのためにも頑張らないとね!
「……うん、おいし」
◇
side・三雲焔
「強くなるためにはどうすればいい? 誰か協力してくれる師匠的な人に心当たりはない?」
夕食を終え、スミカはお風呂へ行っている。食卓には俺とアリシアが、台所ではシューラグドが食器洗いなど後片付けをしてくれている。
『強くしてくれ!』そうアリシアに頼んでみたものの、アリシアからは『力不足じゃ、すまぬ』と返答されてしまった。アリシアの表情を見るに、俺を鍛えてくれる人に心当たりがあるみたいだけど、中々教えてくれない。
「…………オススメはせぬ。じゃが、お主に死ぬ覚悟ができているのなら、止めもせぬ」
死ぬ覚悟。
力を得るには……永久に近い生命を持つ吸血鬼に勝つための力を得るには死ぬ覚悟が必要だと言う。
俺は地球で生まれた。戦争を経験した訳では無い。命のやり取りと言っても剣道くらいで、命の危機に瀕したことは1度もない。
けど、この世界では比喩ではなく、本当に命を落とすかもしれない。そこまでして俺が手に入れたいものはなんだ?
…………平和な幸せが欲しい。
地球に戻れないとしたら、このアートルダムという世界で地球のように平和な生活を送りたい。
「いいよ。覚悟はある。むしろ、覚悟をしないと死んでしまうかもしれないからな」
覚悟を決めろ。
決して諦めない覚悟を。
この世界で平和に生きるために、死にかける覚悟を。
「俺は強くなりたい。教えてくれアリシア」
「……魔女王。我が知りうる中で最もお前を強く鍛えてくれるかもしれない者じゃ。だが、奴は危険そのもの。鍛えてなぶり殺しにされるかもしれぬ」
「頼む、その人に紹介してくれ!」
「分かった。今日はもう休むが良い。明日からはそれすらもままならなくなるかもしれぬからな」
アリシアの表情はどこか後悔と哀愁が漂っていた。その魔女王とアリシアがどんな関係なのかは分からないけど、あまり良いものでも無さそうだ。
そんな相手に頼み事をさせるのだ。結果を出さないとアリシアに申し訳ない。
俺はさっと風呂に入り、すぐに寝た。
明日に備えて、これからに備えて。
◇
「魔女王さんはどこにいるんだ?」
「小屋におる」
「本当に魔女だな」
俺は顔には数多くシワが刻まれ、鼻が異常に高く、ボロボロの帽子とローブを身につけた老婆が怪しい大釜をグツグツとやっているのを想像した。
アリシアに連れられその魔女王が住むという小屋に向かう。シューラグドとスミカはお留守番だ。
「……ヘイド森林」
ミラド王国とゼヒドニアを隔てる大森林であり、ガランが亡くなった場所。スミカと出会った場所でもある。
ここに魔女王が住む小屋があるというが、ここは人が住めるような環境ではなかったはずだ。常に魔物が徘徊していて、この森の生態系の頂点に立っているのは古地龍だ。
ミラド王国が派手にゼヒドニアを攻撃できないのはそれが理由だ。あまりにも発達しすぎた魔物生態系。ミラド王国にはヘイド森林を超え、魔王を討ち滅ぼすことが出来るほどの戦力はまだいない。
話は逸れたけど、これが俺が魔女王がこの森に住むことが出来ないと思う理由だ。
「思い出しておるのか?」
「いや、ちょっとだけだよ。それよりもやるべき事があるからな」
「そうか、ちょっと意外じゃが……悪くないな」
「そうか、ありがと」
後ろを気にしながら前に進むのと、前だけを見て突っ走るのでは速度が全然違ってくる。
俺は…………走り切ってから後ろを見ることにした。
そして森に入った。それから数分間魔女王のことなどを話しながら森を進んだ。
そして、転移させられた。
アリシアから予め教えられていたことだが、なんとも奇妙な感覚だ。飛行機が飛ぶ感覚でもなく、ジェットコースターで落ちる感覚でもない。なんと表現していいか分からないけど、自分の内側から風が吹き出した、そんな感覚に近かった。
そして景色が変わる。
鬱蒼としてした木々は岩肌に…そして一軒の小屋と1人の女性がいた、
そして声が聞こえた。
「ようこそ、私の家へ」
それはどこかで聞いた声だと思った。けど、それをどこで聞いたかは思い出せる気がしなかった。
なぜかそんな確信があった。
「私が魔女王と呼ばれる女ーーオウカ・スメラギだよ。よろしく三雲焔くん」
オウカ・スメラギ?
それって日本人の
「そしてさようなら。頑張って強くなってみなよ」
再び俺を体の内から風が吹き出す様な感覚が襲った。
突然のことに目を瞑る。
目を開けた時、目の前の光景は、まるでRPGのダンジョンの様だった。
そして丸腰の俺の前に…………お約束のようにゴブリンが現れた。
『やぁやぁ三雲焔くん! 今とても混乱しているだろうが、落ち着いて聞いてね? そこは魔女王が手掛けた専用ダンジョンだよ』
アナウンスのように魔女王オウカの声がダンジョンの中に響き渡る。だが、俺には目の前のゴブリン以外に意識を割く余裕はあまりない。
『君にはそのダンジョンを制覇してもらうよ。全部で地上50層から地下50層まである。上がっても下がっても同じ仕様だからどっちでもいいよ!』
「それより! 武器か何かないのか!?」
『ん? そこのゴブリンから剣でも奪えば?』
「……っ!」
ゴブリンはいきなり現れた俺を警戒しているのか、まだ襲ってくる気配はない。しかし、それも時間の問題だろう。
『続けるよ。君には【超絶自己回復】を付与してあげる。これは、君が死んだ時に蘇らせるスキルだと思ってね。君は死んでも蘇る、まあ痛覚はそのままだから文字通り死ぬ程痛いけどね。だけど、デメリットとしてスキルが発動すると同時にレベルがマイナス100されるよ! 1よりしたにはならないから今回は安心して死んでいいよ』
これを聞いたらどこかの王女が大喜びで俺を殺しそうなもんだが、今はとても心強い。
敵がどんなものかは知らないが、Lvがある程度貯まれば【スキル作成】で手札をふやせるはずだ。それなら、ダンジョンを踏破することも不可能ではないかもしれない。
『ちなみに君が今考えてる事は無駄だよ。そこではスキルが使えない。自分の体だけが頼りだよ。もちろん相手はバンバン使ってくるけどね』
「そんな……っ!? ならどうやって敵を倒せって言うんだ?」
『ヒントはもうさっきあげたから自力で頑張りなよ。ここで一つだけ忠告。50層のボスの時にはLv1000を超えているのが最低限と思って頑張って!』
…………はっ? Lv1000?
「KAAAKAAA!」
俺が鍛えるための環境は整えられたらしい。
地獄が始まった。
ʕ★♔︎✿ʔ
『誰って? オウカ・スメラギよ! 補足説明などは後書きで私が担当するわ、よろしくね』