この残酷で救いの溢れた世界ー5
煌々と街や人を照らしていた太陽もオレンジ色に染まり、西の空へと沈もうとしている。
俺の目の前には数日前まで過ごしていた城よりも柵が高く、門が堅く、見た目からして堅固な城の前に立っていた。ミラド王国の城は白をベースにした作りだったが、ゼヒドニアの城は黒をベースにした作りになっている。
「これが、魔王城」
正直なところ圧倒されていた。白よりも黒の方が圧迫感があるというのも理由の一つだろうが、それよりも魔王の居城ということを意識しているからだろう。地球のフィクションで考えると、魔王城から生きて帰れるのは囚われの姫とその姫を助け出した勇者だけだ。村人は大概噛ませ犬として殺される。そうならないことだけを願っておこう。
「アリシア様専属執事シューラグドでございます。魔王軍鍛冶師セルファ・シャヌラトル殿に急ぎお伝えしたいことがあつて参りました。工房への入場許可を頂けますか?」
「了解しました。工房への入場を許可します」
「ありがとう、マダム」
シューラグドがマダムと呼んだのは魔王城に備え付けられてあった受付嬢風ロボだ。確かに女型だな。
マダムから鍵を受け取り、横の工場へと向かう。
「ふむ、魔女王か。厄介な手合いだが……三雲にはむしろ僥倖か?」
どこかここではない場所を見ているような瞳の動きだ。
「魔女王? 俺に僥倖って何が?」
「ん、ああ口に出ていたか。ゆくゆく追って話す、というかアリシアから聞いてくれ」
口に出ていないと思ってたのか。この人割と機密情報とか独り言で呟いちゃうタイプかな? そう言えば俺の妹もそのタイプ……忘れよ。
工房は魔王城のすぐ横に建てられているので当たり前だが、数分歩いて到着した。大きさは学校の体育館くらいの大きさで、見た目は倉庫と言った感じで、美的装飾などはどこにも見当たらない。それは魔王城にも言えることだった。
「セルファ・シャヌラトル」
「認識しました。鍵をお使いください」
吸血鬼族の鍛冶師の名前を工房の扉の前で言うとどこからともなく声が聞こえた。魔王城のようにマダムがいる訳ではなさそうだ。シューラグドが貰った鍵を鍵穴に入れて回し、扉が開いた。鍵は扉が開いたと同時に光の粒子となって消えていった。
「あれ? 狭い?」
外見の大きさが体育館程度だったのに対して、扉の中の部屋は教室分くらいの大きさしか無かった。
「工房は完全に孤立した空間がパズルのように重なって成り立っている。あの鍵はその空間に直接繋げるためのものだ」
孤立した空間がパズルのように、つまり大きな空間の中に小さな部屋がいくつも入っていて、その部屋に直接繋ぐ鍵があるということか。それにしても、こういった所の技術やマダムを見ているとゼヒドニアの方がミラド王国の数段上の技術を持っているように思える。特にマダムは地球で言うロボット工学に属する技術の産物だろう。まさか剣と魔法の世界のアートルダムでお目にかかることになるとは思いもよらなかった。
これも俺らと同じようにアートルダムに来た地球人が授けた知恵なのだろうか。
「お久しぶりです、セルファ殿」
「誰かと思えばアリシアのところの執事か! それと横の青年は初めましてだな、人間とは珍しい」
「初めまして、三雲焔です」
「おう、よろしく。で、今日はどうした? 武器か? 武器の依頼か!?」
中はイメージ通りの鍛治工房だった。釜に剣を打つ台、壁にはセルファ殿の作品だと思われる武具の数々が飾られている。
そして、中にある唯一の椅子の上には白髪を後ろで纏めた黒い肌の男性が剣を打つのを中断して俺達を中に手招きしていた。
見た目は若く見える。吸血鬼というものは日光に弱いという話があり、そのため皮膚が白い人が多いと思っていたが、彼の肌はこんがりと焼けていた。
「それは大変ありがたいお言葉ですが、それはまたの機会ということで。今日は……ガラン殿のことでお話があります。……つい先日ガラン殿が亡くなられたのは知っていますか?」
「知っておるよ。殺したのは魔王子ベルハルト派の刺客だろうな。これでお前の主人も大幅に勢力を削がれたわけだ。魔王直系のやつにアリシア様が対抗できていたのは【魔剣鍛冶】という魔王軍にとって最も重要なピースの1つを所持していたからだ。……勝負ありだな」
『魔王子ベルハルト』
『暗黒将軍ガルベルク』
『仙人修羅クラマト』
『紅蓮姫アリシア』
この4人が魔王軍を支える幹部であり(影では四天王と言われている)、次の魔王の座を狙い勢力争いを繰り広げていた。しかし、現在魔王の座を争う勢力争いに残っているのは2人だけらしい。それは魔王の息子の魔王子ベルハルトと紅蓮姫アリシアだ。ガルベルクは遠征という名目で勢力から除外された。クラマトはその姿を消したらしい。その理由は明らかにされていないそうだ。
魔王の息子というアドバンテージを持つベルハルトは魔王に仕えている多くの臣下を味方につけている。それに対してアリシアは着実に魔王軍の重要なパーツを所持し、彼女持ち前のカリスマ性を生かし、民からの支持を得ている。
ついに、ベルハルトはアリシアの勢力の片翼を担う魔王軍内の重要なパーツを削ぎに来た。
「セルファ殿の仰る通り、我々には余裕がありません。しかし、今回ベルハルトはガラン殿を仕留めきれなかった。正確に言えば、アリシア陣営からスキルを消しされなかった」
「……どういうことだ」
「ガラン殿はここにいる人間に【魔剣鍛冶】を継承し、その息を引き取られました」
「そういう事か」
セルファ殿は今の会話でここに来た要件を察したらしい。要件の中身はそれなりに考えるべき案件だと思うのだが、彼は顔色一つ変えないどころか、どこか吹っ切れた顔をしている。
「セルファ・シャヌラトル殿、あなたに魔剣鍛冶師になってもらいた」
「断る!」
迷いなく言い切った。清々しい笑顔で。
「……理由をお聞きしても?」
「そろそろやつの遺品ならスミカのやつに渡すべきだ。まあやつはそれでスミカが暗殺されることを懸念したんだろうがな。俺がそれを受け取らない理由は受け取るべきでないからと、受け取りたくないからだ」
「なぜ受け取りたくないのですか?」
「鍛冶師としての意地だ。俺の中で魔剣鍛冶師はガラン1人、やつ以外は認めない。それが例え俺であったとしてもな」
魔剣鍛冶師ガランはセルファ・シャヌラトルの心に刻まれた。彼以外の魔剣鍛冶師など要らないと言っているのだ。それは鍛冶師としての1つの意地の表し方であり、魔剣鍛冶師ガランへの敬意そのものだろう。
だが、その選択は……アリシア陣営には痛手になる選択だ。ベルハルトの思惑通りにことが進んでしまう。
「もちろん三雲焔であってもだよ。だが、そうだな……ガランを殺したやつが勝つのは許せないな。1つゲームをしようか」
「……ゲームとは?」
「シューラグド、お前じゃない。そこの青年に言っているんだ」
悪いことを考えている表情だ。異常発達した犬歯が剥き出しになり、赤い瞳が鋭く歪むでいた。
その視線は俺に向けられている。背中に冷や汗が垂れている。喉からはゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
「三雲焔、お前かアリシアが魔王になれ。その時は俺が【魔剣鍛冶】を受け継いで、この命果てるその時までお前達に仕えてやろう」
「なんで俺が魔王に?」
アリシアは魔王になろうとしている。だが、俺はゆくゆくは魔王軍には入りたいと思うが魔王になりたいなどと欠片にも思わない。
「へぇ、魔王軍に入りたいのか。もちろん断る。お前は弱い、そんなやつはいらん」
「なんでそんなことをあなたに!」
「永遠を生きる吸血鬼族がどれほどの権力を有していると思っている? 軍部の編成などどうにでも出来る」
『吸血鬼族をなめるなよ?』と一言言い、座っていた椅子から初めて腰を上げた。
先ほどよりもプレッシャーが重い。俺の手のひらが汗まみれになっている。それでも強く握りしめられずにはいられなかった。
「今のお前はただの約立たずでアリシアの邪魔にしかならない。ーーお前が殺せ。ベルハルトをお前が殺せば無条件でアリシアを魔王にしてやる。もちろん【魔剣鍛冶】は貰ってやるよ。お前の望みであるミラド王国の王族殺しも手伝ってやる」
「無茶苦茶な……!」
思い付き。セルファ・シャヌラトルは自分で言いながら俺に対する条件を適当に変えている。俺が魔王子ベルハルトを殺せばアリシアは自動的に魔王になるだろう。そうなれば、この人は魔王に仕えるのだからアリシアに仕えることになる。これはただの一方的な取引だ。
「だが、それではお前にデメリットが足りない。そもそもこの条件をのまねぇだろ? だからこうする」
瞬間、俺の首筋に痛みが走った。
「ガランを救えなかった罪で殺す」
「なっ……」
絶句した。それは今、命を奪うと、それが彼にとって余裕であることに対して、ではない。
俺が1番気にしていたこと。アリシアとシューラグドが俺に言わなかったこと。
俺が逃げられないことだと認識していた。
それを、『死』という形で突きつけられたことに対してだ。
「セルファ殿っ! 流石にそれはあんまりだ!!」
「……いいぜ、お前の言うことを聞いてやる」
「何言ってるんだ三雲!?」
「少し黙っててくれ」
セルファ・シャヌラトルは『ほぅ』とまるで感心したかのような声を上げた。
「俺は救えなかった。それをあなたが罪と言い、その対価を求めるなら従う。けどな……気に入らねぇ! 俺が魔王になった時、お前みたいな野郎は臣下にいらねぇ!」
「くはははっ! 愉快だぞ三雲焔!! 今吐き出した言葉を忘れるなよ? お前はこの吸血鬼セルファ・シャヌラトルの喧嘩をかったのだ! 」
俺はその言葉に何も答えず、工房を出た。
◇
鍛冶師としての誇りを持つ男セルファ・シャヌラトル。これからは敵になる男。こいつに一泡吹かせる、そんなしょうもなくて、明確な目標を得た。
俺は救えなかった。それが仕方の無いことだと片付けるのは簡単で誰もそのことを責めないだろう。
しかし永遠に近い生命を持つ男はその逃げを良しとしなかった。
「ごめん、シューラグド。頭に血が上ってカッとなってあんなことを……」
「後悔してるのか?」
「後悔はしていない。むしろ逃げる道を閉ざしてくれたことはありがたい。やり方は気に入らねぇけどな」
「ふっ、なら俺もお前に協力は惜しまない。セルファ殿は永遠に近い生命を持つかも故にどこか生命を軽く見ている節があった。まあ今回は、同じように長命だったガラン殿が亡くなったことで何か思うところがあったようだがな」
結局、俺のエゴで交渉することも無く話は終わってしまった。俺の手元には悲しくも【魔剣鍛冶】と【継承】が残っている。
「とりあえず、スミカとアリシアと話をしないとな」
魔王子ベルハルトを殺すことは到底不可能だ。そんなことの前に、スミカと向き合うことだけを考え、男二人で夕日を背負い帰路についた。
◇
side・セルファ
「うんがぁっ! やっちまったぁ!!」
釜からの空気で蒸しあがった部屋で汗水垂らしながら、叫びながら、一心不乱に剣を打つ男がいた。
その理由は簡単。
「俺がガランの死に際にいなくて、たまたま居合わせた三雲に嫉妬して無理難題を言っちまった……」
三雲のやつは逃げる道を絶った俺に少し感謝しているようにも見えたが、取引の材料で『救えなかった罪』を持ち出したのはいけなかった。
その罪はむしろ俺が背負うものだ。
彼は死ぬ気でガランを助けようとした。俺は何もしていない。
どちらの方が悪いかなど幼児でも理解出来る。
「謝りには……無理だよなぁ」
彼の行動が楽しすぎてノリに乗ってしまった。今ここでヘコヘコと謝りに行ったら拍子抜けもいい所だろう。
はぁ、と大きなため息が出た。
工房からは『やっちまったなぁ』という声とカンカンという金属音が夜通し響いていた。
これで焔は魔王軍に拒否されたことになります。
あれっ? 思ってたのと違うと思った方もいらっしゃるとは思いますが……
次の次から登場人物が大幅に減ります。
なので、今回出番の多かったセルファ・シャヌラトル!
しばらく出てこないので、少しだけステータスを公開します。
セルファ・シャヌラトルLv○○○○
天職:吸血王
魔法適性:【闇】【水】
スキル:【吸血王】【鍛冶】【身体強化】【読心】【血操作】【超回復】etc……
Lvの○の数は桁数です。
作中屈指のチートキャラの再登場をお楽しみに!