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恩を桜舞い散るあの頃で10

「おはようございます」


 社長秘書。ショートカットに眼鏡、それにこの世界では珍しいスーツに近い服装。


「秘書の方ですか?」


「秘書ではありませんが、やってることはそんな感じのことですね。ところで、体の痛いところなどはありませんか?」


 布団から起き上がり、体をひねったり、肩を回したりして調子を確かめる。


「ないですね。ここは……海賊船の中ですか?」


 大きな窓があり、そこから見えているのは青空だった。ペリカンのような海鳥が真横に飛んでいるのが見える。高度は低くなさそうだ。


「申し遅れました。私、ハースストラクト海賊団の航海士兼金庫係を務めさせていただいております、レディカ・アンメールと申します。ロクさんのことはご迷惑をお掛けしました。船長があなたと戦いたいと仰ったので、()()()()()()()させていただきました」


「……ロクのことを攫ったのはレディカさんですか?」


「はい。一番確実な手がそれでしたので」


「ロクは無事なんですよね?」


「あなたが起きるのを待っていらしたのですが、途中でお眠りになられてしまわれたので、隣の部屋のベッドに運ばさせていただきました」


「そうですか」


 今回のことは俺が気が抜けていたのが悪い。

 海賊王という世界的にも悪名高い国王の国に滞在し、寝込みを襲われることにも気をかけないほど警戒心が薄れていた。

 それに、海賊王バン・ストラクトと戦うことになるのにも関わらず、俺は情報収集もせずに戦いに挑んでしまった。

 バン・ストラクトが最後の攻撃を防いだ方法は恐らく、あの男の骨だ。スキルか種族か、王冠職ゆえの力なのかは知らないが、情報収集を行っていれば事前に知っていれば、対策はしようがあった。


 そして相手が悪党だということを、つい忘れがちになる。


 本当は分かってる。どこの世界にも根からの悪人がいて、どうしようもない悪事を喜んで行う人がいることを。


 俺は何か決断をする時、出来るだけ王国を避けている。もうあの王女にやられた傷は残っていない。それでも心の中に刻まれた記憶は消えてくれない。

 アリシアやスミカの事が心配なのは紛れもない本心で、彼女達にも恩を返すべきなのは確かだ。

 でも、俺は死馬稜に一緒に王国と戦わないかと提案された時、断る理由としてアリシア達を使った。


 俺はあの王女が存在していることを認めたくない、受け入れられない。

 真性の悪人。悪事をすることに罪悪感も、躊躇もない価値観。

 俺はその価値観を認められず、そんな価値観が存在していることを受け入れられない。

 だから逃げる。できるだけ出会わないように、その価値観に毒されることがないために。



 そしてレディカ・アンメールという女もその類だ。

 仕方が無いからと、赤の他人を人質にとることを厭わない。そのことは当然だと考え、罪悪感など一切もみられない。


 悪人による悪人のための、海賊王による国家。

 俺はこの国にいることが耐えられない。


「悪いけど、ロクを引き取って出ていかせてもらう。俺はあなた達を理解できるほど器が大きくない」


「? よくわからないですが、そうされたいのであればどうぞ。しかし、その前に船長にあって頂きたい。そうでなければ今回のようなことをもう一度行う必要があるかもしれないので」


「今から行く」


 この世界で自由を勝取り、国を興し、王となった男に憧れはあった。しかし、それは海の王というものに幻想を抱いていただけだった。


 対面し、その想いが正しいことを確認できた。

 一刻も早く、この船から降りたい。


「用はなんだ海賊王」

「そう急いてんじゃねェよ……元勇者、それとも迷い人か?」

「聞きたいことはそれだけか?」


 鑑定系のスキルを持っているのだろう。【異人】なんて天職を持っているのだから、そこから推測されることもあるだろうと予想していた。


「……俺はお前達の世界を知りてェ。この世界にはもう俺が侵略する海もなければ、欲しいものもねェ。俺が興味があるのはお前達の世界の遺産……古代宝具アーティファクトや、お前達の世界だけだァ」


 なるほど、古代宝具アーティファクトは噂には聞いたことがあった程度の認識だったが、海賊王はそれを集めているのか。

 古代宝具アーティファクトの中には冠級クラウンと呼ばれるものもあるらしい。その古代宝具アーティファクト1つで王冠職1人に対抗できるほどの力を秘めている物をそう呼ぶらしい。


「俺は地球から来た。お前が欲しい情報が何かは知らないが、逆に、地球に帰る方法についてお前が知っていることは全部教えてもらうぞ」


 世界を渡ることの出来る古代宝具アーティファクトがある可能性もある。


「初代勇者が死んだ後、共に戦った鍛冶師はとある舟で、この世界から消え去ったという伝承は残っている。だが、それがどこへ向かったのか、そもそも舟が実在したのかさえ分からねェ。その他の勇者召喚で召喚された者は全員この世界に骨を埋めてるぜェ」


「その船の名前は?」


救済船ノア


 救済船ノア。この世界で初めての向かうの世界と繋がる手がかりだ。

 予想外にも十分過ぎる情報を得られた。そこは感謝だ。


「じゃあ次は俺が話す番だな」


 海賊王が知りたがったのは地球の技術に関してだ。スマホやパソコン、ミサイルや発電機、様々なものの用途について聞かれた。

 さすがに古代宝具アーティファクトでもミサイルや発電機は見つかっていないが、戦車の砲台部分などは発掘されていた。(海賊王が所持している)


「俺が使う銃は魔力だけでなく、撃ち出そうと思えば、水や火もいける。だが、鉄の塊を撃とうと思ったことは無かったなァ」


「地球には魔力がない。もちろん治癒魔法なんて便利なものもないから、鉄の塊を撃ち込むだけで十分なのさ」


 地球とアートルダムでは個々の力の大きさが違いすぎる。特殊なスキルを持っている人は限られてはいるが、帝国と王国の戦争を見れば分かる通り、国の戦力そのものという扱いを受ける。

 この世界には人間兵器が多い。


 そう考えると俺の【スキル作成】は異常なほど価値が高いのではないか?


 身体能力そのものがレベルに完全に依存している訳では無い。それは俺のレベルがリセットされた後も身体能力の急激な衰えを感じなかったことからも考えられる。

 しかし、スキルと天職は才能だ。天職は極めれば王冠職というゴールが待っている。だが、スキルに限界はない。多種多様で、戦闘において必ず主軸となるものだ。


 それが任意で増やせるスキルがあれば、時間はかかれど、世界の頂点にいつか立てる日が来る。

 まぁそんなものを目指す気は無いが、伸びしろに溢れているというのはいい事だ。


「はァ、てっきり向こうに帰る手段を持ってるかと思ったんだがなァ。何せ異人なんて天職初めて見たから期待しちまったじゃねェか」


「あるならこっちこそ教えて欲しいよ」


 こっちは被害者だ。

 というか、こんなやつ地球に行ったら何をおっぱじめるか分かったもんじゃない。


「用件は以上だな。なら、俺はロクを連れて帰る」



「…………あの娘は何者だ? なぜ生きてる」

「は?」




 ……なぜ生きてる?だと




「アレはこの世に人間として存在していいものじゃねェ」

「お前みたいなクズ野郎にロクのことをどうこう言う資格はない」


「だが、アレは」

「それ以上口を開くな、黙らせるぞ」


 善良な人がロクのことをどう言おうが気にしないが、悪人が真っ当に意見を述べようとするな。

 1番苦しいのはロク自身だ。それでも希望を抱いて、普通の暮らしを望んでる。別に普通の子供なら望むべくもなく手に入れているものを、ただ純粋に願っているだけで、自分のエゴで人を傷つけることを厭わないヤツらにそれを否定する資格なんてない。


「分かったから落ち着けェ! 船が壊れるだろォが!」


 刀にかけた手を下ろして足元を見ると、床が俺の軸足を中心に歪んでいた。まるで水の波紋のように床が畝っている。


「手を出すわけじゃねェよ。とりあえず今はな」

「邪魔をするなら排除する。俺はロクをこれ以上不幸にするやつに容赦はしない」


 たとえロクが魔王よりもこの世界に危機をもたらすことになっても、俺だけはあいつの幸せを願う。そして味方になる。


 もう話すことは無いと、部屋を出ようと海賊王に背を向けた。


「……お前、寝てる間に何があった?」


「夢でも見てたんじゃねぇか」


 夢なんて一々覚えてないけどな。


 俺は部屋を出てロクの元へ向かった。


 ◇


「船長。ロクさんに何かあるんですか?」

「あるなんてものじゃねェが、今はまだ大丈夫そうだァ」


 あの娘の天職とスキルはどう見ても……狂っている。まるで神が世界を壊すために遣わした悪魔のようなステータスだ。

 鑑定持ちの奴隷もそれを見た後怯えて、あれから鑑定することがトラウマになったとか言っていたな。確かにあれを実際に見た時には絶望しかないかもしれない。

 だが


「今はそれよりも三雲焔の方だァ。あいつは寝ている間に強くなりやがった、それも超パワーアップだ、あれは何かあるぜェ」


 明らかに力の質が変わっていた。元々、妙な力を使う男ではあったが、さっき娘のことに怒った時の力は別次元の怖さを感じた。

 いつもなら、力で屈服させようと立ち上がったところだが、今日は足が動かず、口が動いた。


「やっぱりおもしれェ男だったな」


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