この残酷で救いの溢れた世界ー2
「……こ、ここは?」
どうやら、限界まで走り続け、そのまま意識を失い倒れたようだ。だが、生き延びた。俺はまだ生きている!
地面は固く草木は見られない。太陽の光もほとんど入ってきていないようだ。立ち上がり周りを見るが、騎士に囲まれている、なんてことは無く、魔物が待ち構えているなんてこともなかった。
「洞窟か? それともダンジョンに迷い込んだか?」
入口も出口も見えない。そもそもどっちが入口の方向なのかも覚えていない。
「ステータスオープン」
俺があの国で学んだことの一つであり、この異世界の特別なシステムだ。ステータスと呼ばれるホログラフィックの画面が自分の目の前に現れる。これは俺にしか知覚できず、他の人に覗き見される心配はない。
三雲焔Lv11
天職:異人
魔法適性:無し
スキル:スキル作成
【スキル作成】
Lvを代償にランダムでスキルが手に入る。基本的に代償にしたLvが多ければ多いほど強力なスキルが手に入るガチャ使用。
こんな感じのがステータスだ。スキルの説明には少々の遊び心が見られるが気にしない。だが、この遊び心のせいで俺はこの【スキル作成】というスキルを使えずにいる。Lv11という低レベルでこのスキルを使ってもいいものかどうかが分からない。スキルは千差万別、俺の知らないクソスキルも多くあるだろう。
おなじく勇者召還としてこの世界に来たクラスメイト達のわかりやすい優秀スキルとは違った、使いづらいスキル。けど、その分可能性という点だけでは負けていないと思う。
「よし、Lv30まで上げてLv20を代償に【スキル作成】を使おう」
王国は俺たちに強くなりすぎてもらっては困るのか、明らかに弱そうな魔物ばかりを倒させていた。確かに、早い段階で勇者が強くなり、国に反逆できる力を所持してしまえば、勇者達が逃げる可能性が高かったからだ。
俺を無視しろと言った場面でも、騎士の武力を脅しに使っていたが、勇者のLvが上がればそれの脅しの効力もなくなるだろう。いくら王国の王直下の騎士とはいえ、勇者20人以上を相手にできるとは思えない。
Lv11が駆け出しの冒険者と同じレベルくらいなら、弱い魔物なら倒せるはずだ。ものは試し、やってみるしかないか!
それからひたすら歩いた。魔物どころか虫の1匹さえも見当たらない。それに、出口らしきものも見えず、特に高低差も感じない。
ザザッ
「魔物か!?」
「マモノ、チガウ。ニンゲン、ドウカ助ケテ!」
そこにいたのは耳が丸く、小人のような少女だった。見るからにボロボロで、今にも倒れそうだったが、彼女は俺を別の場所に案内し始めた。
「……これは酷いな」
「止血シタ。デモ、長ク持タナイ」
そこには少女の父らしき男が地面に倒れていた。顔色はすこぶる悪く、何よりも右肩の傷が酷い。確かに布をまいて止血をしたようだが、これでは焼け石に水状態だ。少女の言う通り長くは持たないだろう。
右肩の傷は、魔法でもぶち抜かれたのか、肩の骨が砕けている。しかも、傷口から菌が入ったのか炎症を起こし、熱を持っていた。
俺ができるのはその傷口を洗い、清潔にして、肩を固定することくらいだが、このどこかも分からない場所でできることは無い。
「ここがどこだか分かるか?」
「ニンゲンノ国ト、マゾクノ国ヲ繋グ洞窟」
なら、ここは王国と魔族の国、ゼヒドニアを隔てるように存在するヘイド森林の洞窟か。
「急ぐぞ、ゼヒドニアに向かう!」
「ッ、アリガト!!」
俺は男を背負い、走り始めた。だが、走ろうと思っても足が前に進まない。理由は明白だった。背中の男が重すぎるのだ。見た目はむしろ痩せている方だったのだが、いざ背負ってみると人間の大人よりも相当重い。
背中に生暖かい感触を感じる。出血箇所は右肩だけではなかったのだ。おそらく腹部からも出血している。ついさっきまでは痛みに対する呻き声が聞こえていたが、今ではその呻き声さえも聞こえない。感覚がなくなってきたのだろう。
光は見えてこない。
俺は迷っていた。今のままでは確実にこの男を助けることは出来ない。唯一、この状況をひっくり返すことが出来る可能性……【スキル作成】。一か八か、それでも数え切れないほどの可能性の中からこの男を救える可能性を持つものを引き当てなければならない。それを使用したあと、俺はLv1の村人同然になってしまう。Lv11とLv1では筋力などに違いはほとんど見られないが、それでもLv10差というものは確実にどこかで差が生まれているのだろう。
「ス、マナイ。俺ハ、モウ駄目ダ」
「諦めてんじゃねぇ! くそ、俺は……目の前に死にそうな人がいて、助けられるかもしれない手段を持っている、なら助けるために足掻く以外に選択肢はないだろうが!! 何がリスクだ! 何がLvだ! そんなのはこっちの世界の都合で、人を助けるのは地球でもこっちでも関係ないだろうが!!」
情けない自分に怒声を浴びせる。拷問で神経がおかしくなっていたのか? それともこっちのシステムがこの世界の本質とでも勘違いしてたのか?……それは違う。人として、三雲焔として恥ずかしくない生き方をするのが第一に決まってる。
『【スキル作成】を使用します。Lv10を消費しました』
勝手に現れたステータスのLvの数字が1まで巻き戻った。そしてまるでスロットのように文字が回転し、スキルの欄に新たなスキル名が刻まれていく。
『スキル【遠目】を作成しました』
【遠目】
常人の約3倍の視力を手に入れる。
……ああ、そんなに上手くいかねぇよな
目に力を入れるといつもよりも遠くまで見ることができた。それだけ。ただそれだけ。サイコロは振っただが、逆転の目は出なかった。それだけ。
「諦メナイデ! オトウ、助ケテ!!」
そうだ。逆転の目が出なかったことくらいで諦めてたまるか。助けるために足掻くと決めただろ、それを貫き通せよ三雲焔!
「大丈夫だ、安心しろ、最後まで助けてやるよ!」
俺が不安になっててどうする。横にいるこの少女は自分の父親が今にも死にそうなんだぞ。俺より不安に決まってる。
「見えたっ! 出口だっ!!」
【遠目】のおかげで微かな光を見つけられた。直接助けることには繋がらなかったが、希望を見つけることは出来た。『出口』という言葉を聞いた時の少女の安堵に満ちた表情が見られただけでもこのスキルを手に入れた意味があった。
「絶対助けてやるからな」
より一層足に力を込める。見つけた希望へ一歩一歩、例えその一歩が小さくとも確実に近づいている。それはこの瞳にしっかりと映っていた。
『スキル【魔剣鍛冶】【継承】をハリドから継承しました』
無機質なシステムの音が頭に響いた。
「っ、オトウ?」
背中でゴフッと音がした。肺に溜まった血が無理やり外に吐き出されたからだ。つまりまだ呼吸はある。
「青年、俺ハモウイイ。コノ人生ニ悔イハナイ。娘ヲ頼ンダ」
「お、おい! 待てよ、もう少しじゃねぇか!! この目には……この目には、光が見えてんだからよぉ!」
ふっ、と男が笑ったような気がした。
足を動かせ、筋肉が悲鳴をあげて、筋繊維が千切れてもその足を止めるな。一刻も早く、あの光まで!
大量の汗と血が混ざり合い、酷い匂いがした。それでも、まだ、まだ諦める訳には行かなかった。
「ハハ、本当ニヤルトハナ。……アリガトウ。オ前ノ名ハ?」
「三雲焔だ、もう話すな! 今なにか止血できるものを」
洞窟を出ると、外には照りつける日光と深緑の木々が待ち受けていた。この森ならば、止血に使えるものもあるだろうと走り出そうとした俺の手を男が掴んだ。
その時、俺は改めてその傷を直視した。
「三雲、責任ヲ感ジル必要ハ、ナイ。俺ガアゲラレル物ハモウ渡シタ。スミカ」
「オトウ、イカナイデ!!」
俺の手を握る握力がどんどん弱くなる。虚ろな瞳はもう何も映っていないのだろう。虚空を見つめたまま動かない。そんな男が絞り出すように娘に言葉をかけた。
「強ク、生キロ……」
「オトウッ! ヤダ、死ンダヤダヨッ!! ネェ、動イテヨォ……」
男は堂々とした最期を娘に残し、この世を去った。その場にはひとつの死体と、その死体に覆い被さって泣き叫び続ける少女がいた。
「どこまでも、救いのない世界か……」
勇気をだしてスキルを使った。その代償としてLvは1まで下がっている。【遠目】は便利なスキルではあるが近接戦闘ではなんの役にも立たない。
「スミカに指一本でも触れてみろ、死んでも殺してやるぞ!」
男と少女に救いを与えられなかった俺の前に現れたのは、遅れてやってきた救いなどではなく、無慈悲なこの世界の敵。その緑色の肌は生物に嫌悪感を抱かせる。
ゴブリン。
武装した緑色の化け物に俺達は包囲された。
救いのない世界、これが現実だ。
【魔剣鍛冶】
その者が打つ剣は魔剣となる。
【継承】
自分のスキルを他の人に継承できるスキル。
この2つのスキルをあの男から授かった。だが、2つともすぐに先頭で使えるようなスキルではない。俺は男の腰に差してある剣を自分の腰に差し替える。
俺の武器はまともに使ったことの無い剣。構えも何も無い、ただ正面に構え少女をゴブリン達から守るという意思だけで立ち塞がる。
「「キシャアッ!」」
ゴブリンの声なんかで怯んでいる暇はない。正面と背後から同時にゴブリンが迫ってきている。正面から迫るゴブリンに向けて片手で剣を振り下ろし、背後から迫るゴブリンに狙われている少女を引き寄せ、なんとかゴブリンが振り下ろした短剣を避ける。
そして、威嚇の意味も込めて、当たらないとは分かっていたが全力で、背後のゴブリンにむかって横一直線で剣を振った。
その時、ごっそりと力が吸い取られたような気がした。
吸い取られたものがなんだったのかは分からない。だが、その魔剣は効果を発揮した。
その剣がゴブリンに触れることはなかった。しかしその剣筋をなぞるように斬撃が飛び出した。ゴブリンは一瞬驚いた表情を見せたあと、胴体を引き裂かれ絶命した。
それは一体だけではなかった。その斬撃に巻き込まれ絶命したゴブリンは3体もいた。
残り13体。
いくら魔剣が優秀でも俺はまともに使えない。それを証明するように一太刀目は斬撃が発生しなかった。
額の冷や汗を拭う。拭ったはずの額は血と汗で濡れていた。
その動作を合図にゴブリン達が一斉に襲いかかってきた。
「くそぅ、既に遅かったようじゃな」
今度こそ、救いが遅れてやってきたようだ。俺に360度から襲いかかってきた13体のゴブリン達は一匹残らず氷漬けにされていた。
「お主は何者じゃ? 我の領地で何をしておる?」
ロリババ属性とでも言えばいいのだろうか、間違いなく年下の少女が年季の入った口調で、翼を背に生やして飛んでいた。
俺がその問いかけに答えることはなかった。なぜなら、俺の体力は限界を突破していた。
つまり、俺の意識はそこでプツンと途切れた。
「とりあえず、拾って帰るかの」