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痛みと恐怖と希望の道ー5

 初めて力の発現を自覚したのは師匠と出会う少し前だった。だけど、その力がスキルとは別物の力で、尚且つ、スロットで付与された類の力ではないことも何となく理解出来た。

 人間という生命に刻まれた進化の可能性。それを先取りしているような感覚に何度も陥り、その進化に耐えられず、体が崩壊しそうな程の痛みに襲われることもあった。


 だが、それはもう昔の話だ。

 カッコつけて『昔の話だ』とか言ってみたものの、きっかけはある階層のボスを倒した時のスロットで、【痛覚半減】のボーナスを手に入れたことだった。

 別に自分の力だけで克服した訳では無いが、俺も【痛覚半減】を手に入れるためには努力したので誇っていいだろう。いや、誇らせてくれ。


【痛覚半減】を手に入れた俺は、その謎パワーを使いこなす訓練を始めた。その戦いの中で、自分の体が、その力に耐えられるように作り替えられ、馴染んできた。完全にその謎パワーを使いこなすことが出来るようになったのはついこの前、この最終層に来てからだ。


『この星に内蔵されるエネルギーを自分の力に変換する能力』


 これが俺が手に入れた謎パワーだ。

 思えば、2層くらいでケルピーを倒した時にもこれが発動していたような気もする。

 星やら内蔵やら分かりにくい言葉で表現してしまっているが、要するに無限のパワーを得られるってことだ。このパワーの正体がわからないが、とりあえず星のってことにしておいただけの話だ。


 この能力を使いこなせるようになったことで、やっと師匠の技が真似できるようになった。

 どう頑張っても師匠がいた時に習得できなかった技の数々は、能力発動で、大幅に身体能力を向上させることでなんとか形にすることが出来た。


 謎パワーと剣技とレベル。

 これを持って50層のボスに挑む。


 50層の基本エネミーがフラインダードラゴンという竜系のモンスターだったことからボスも同じ竜系であることは予想がつく。

 経験上、竜系のモンスター相手には魔法のような飛び道具が欲しくなる場面が多かった。だが、結局スロットからも魔法系のボーナスを手に入れることは出来ず、遠距離から攻めてくる相手には一方的な展開を強いられてきた。

 このボス戦も厳しい戦いになるだろう。



 いつもの扉よりも一回り大きく、豪華な装飾が施された扉。その扉に手を付き、おもむろに頭上を見上げ、息を吐く。

 初めてボス戦に挑んだ時と変わり映えしない天井の岩肌。この景色を見る度に人の温もりが恋しく感じてしまう。

 3年、それだけしか経っていないはずだ。小学校に入学た子供がやっと半分学習過程を修了させた程度の短い時間。

 それでも、俺には5年にも10年にも感じられる、今まで生きてきた年数を超えるほどの年月をこの岩肌とともに過ごしてきた、そうとまで感じられるほど密度の濃い3年間だった。


 これでようやく3分の1。


 この先にいるボスを倒してもまだ50層が2回残っている。


「楽しみだな」


 軽く笑顔を作り、扉を押し開けた。


 壁は動かない。その壁を乗り越えるためには自ら1歩踏み出し、自分の力で歩まなければならない。

 敵はやってこない。ただ己の力を高めるために自ら恐怖に打ち勝ち、敵に立ち向かう。


 先の見えなかった壁はすぐそこにある。

 後はーー立ち向かうだけだ。



「我に挑みし勇者よ、灰に還るがいい!!」


 予想は間違っていなかった。

 扉を開け、中に入った。視界には群青の鱗を纏い、宙の支配者とばかりに空中で翼をはためかせるドラゴンが映っていた。


 そしてそのドラゴンは人間の言葉で敵意を伝え、問答無用で青い炎のブレスを放った。


「仮抜刀剣、雅!」


 迫り来る青い炎に刃をくい込ませ、左右に断ち切る。そのまま足を止めることなくドラゴンとの距離を詰めにかかる。


 俺に遠距離攻撃の手段がない以上、距離を詰め、有利な状況を作り出すしかない。幸い、この広間はドラゴンが満足に飛び回れるほどの大きさはない。地面に降りてくれば、走り回ったりされると厄介そうだが、宙にいる分には問題ないだろう。


「……全く。久方ぶりの挑戦者だから期待してしまったでは無いか。……宙にいる間は問題ないだと? 随分と力量を測るのが下手くそらしいな」

「っ!!」


 強者が放つ圧力プレッシャー。ここに来るまで、相手との力量差があった時ほどよく感じられたものだが、今までで一番だ。空気が震えているような感覚を与えるほどの圧力(プレッシャー)がヒシヒシと伝わってくる。


「丁度、あの女の支配も弱まっている。本来は後100層登ることで初めて挑戦権を得る試験だが、特別だ。どうせ死ぬのなら、最大限の力でおもてなしをしてやろう!」


 ドラゴンの体が光に包まれる。まるでポケ○ンの進化のようだ。

 その光の中でドラゴンが口角を上げ、ニヤッと笑ったように見えた。


「まさか、人になるってのか!?」


 ゲームなど大概の創作物などでは、ドラゴンは大きな体や翼、人間を簡単に噛み砕くことが出来る顎を武器に人間を力で圧倒する。

 だが、それはほとんど理性のない知能の低い動物の場合だ。


 人間の言葉を話す高位のドラゴン。その力を人間の型に押し込め、武術など使われれば、それこそ人間に勝ち目はないだろう。


「どこを見ておる? すでに進化は終わってるおるぞ?」


 首筋に言葉が刺さった。反射的に首を後ろに向けようとする体を無理矢理しゃがませる。髪の毛を掠り散らしながら、俺の頭上を鱗の生えた腕が通り過ぎた。


「いい反射神経だが、まだまだ甘いぞ」


 メリっと足が肉に食い込む音がしたと思うと、横腹に激しい痛みが走り吹き飛ばされる。

 壁に衝突する前に体をなんとか反転させ、壁に足から着地して、刀に手をかける。


「竜壊拳!」

「仮抜刀剣、雅!」


 悪くない剣筋だった。しかし、俺の剣が鱗に覆われた拳を砕くことは無く、ひび1つ入れただけで、鍔迫り合いのように張り合うことも出来ずに押し返されていた。

 足で懸命に壁を蹴ると同時に剣で拳を僅かに逸らしてその場から離脱する。俺を潰す気だった拳は、壁を砕き、天井まで続く大きな亀裂を作っていた。

 地面に着地した俺は息を整えて剣を土煙の上がる方に構える。


「思っていたよりもやるではないか。いい剣筋に、いい刀だ」


 ドラゴンの無造作な腕の一振で土煙が飛び散らされ、進化したドラゴンの姿が明らかになる。

 俺の身長よりも高いが、人間の範疇。だが肌はドラゴン姿の時と同じく鱗に包まれ、背中には折り畳まれた翼がついている。顔は何故か美麗秀麗な人間そのものだ。

 武器は見られない。先程の『竜壊拳』という言葉からも拳法を使うのだろう。

 武器は見られないと言ったが、やつの体そのものが武器みたいなものだ。


 この刀だって師匠が手懸けた紛うことなき業物だ。だがやつの鱗に防がれた。傷と言うにはあまりにも小さいヒビも、既に修復されている。

 これほど高位のドラゴンが回復能力を持っていないはずがないとは思っていたが、ここまでの防御力を誇るとは思ってもいなかった。

 それに忘れてはならないのが、思考を読まれることだ。これが完全な読心術ならいいのだが、心の内を読むなんてスキルだったら……それは未来予知にも等しい力だ。


 今のところ、俺のアドバンテージが見当たらない。


 死んでも、おっと考えたらダメなんだった。


「お前ら挑戦者の特殊な能力は知っている。Lv100を代償に生き返ることが出来るのだろう? 負けた時よりもレベルが下がるのだから殺される回数が増えるだけだと思うがな」


 そう言えば、他にも挑戦者がいたようなことを言っていたな。死なない相手にこいつはどう戦ったんだ?


「死なない? 違うな。お前達が魔女に与えられたのは『生を諦めない限り条件付きで蘇生する能力』だ。今までの挑戦者は例外なく絶望に堕ち、体を炎に焼かれながら生き続けるくらいなら死にたいと泣き願って灰になって死んだ」


 この炎でな、と手の平から青い炎を出しながらニヤッと笑った。今の時点で諦める気など毛頭ないが、問題は今の形態でも炎を使えるという事だ。

 打撃のみなら、なんとか刀で受け流すこともできようが、炎を組み合わされると厄介極まりない。


 目を瞑り、神経を研ぎ澄ませ、力を体全体に広げるような感覚に入り込む。


 どうせ最大の火力を持ってしても届かないなら、一か八か、やつが対応する前に必殺の一撃で勝負を決める!



「むっ、なんだその力は!?」


「さぁな。俺も分かんねぇよ。ただ……お前に突き付ける刃が鋭くなるだけだ」


「それなら……期待してみるとしよう!」


 青い炎の色が勢いを増すと共に薄くなっていく。やがて透明になり、オーラのようにも見えるものがドラゴンの右腕を覆っている。


「そう言えば挑戦者、お前の名前を聞いていなかったな。最期に聞いといてやろう」


「三雲焔だ」


「良い名だ。我は青龍、竜祖2代目だ」


 竜祖とやらのことは知らないが。6代目〇影的なやつだろうか?


 もう最後に漫画を読んでから約3年になる。長い……長い時間が経ったものだ。


「俺はみんなをあの毒国から元の場所に帰してやりたいんだ。俺のスキルならその可能性もある。……俺はもうこっちに浸かり過ぎたけどな」


 体の至る所には再生しても消えない傷ができている。それに、ボーナスの力がなくても、超人人智を超えた存在になってしまっているだろう。

 今更どう普通の生活を送ればいいか分からない。


 「悲しいものだな。だが、その願いは嫌いではないぞ。まあそれとこれは別だがな」


 そりゃそうだ。青龍が俺の願いを聞いてくれるような存在だったら、俺が戦う必要も無い。


 「それと………随分と体感時間をずらされているようだが、お前がこの塔に囚われてから5年が経過しておるぞ?」


 ……確かに太陽はないし、自分の感覚でしかなかったが、2年もずれているとは思っていなかった。


 「そろそろ、覚悟を決めたか?」


 空気が嵐の前の静けさを壊すようにざわめき始め、肌がちりちりと焼けるようなプレッシャーに襲われる。

 俺の体が崩壊するかどうかの瀬戸際まで力を貯めることが出来た。

 これ以上待っていても、俺が不利になるだけだ。


 「行くぞ青龍っ!!」

 「その力、我の拳で打ち砕いてやろう!」


 無色透明のオーラを纏った拳と、仄かに白色光を発する俺の力を纏った刀がぶつかる。

 剣技・閃破。一刀だけに全てを費やし、折り返しの2閃目の余裕などない。


 ーーーーこの一閃が全て。


 「はぁぁぁっ!」


 オーラは混じり合うことなく衝突し、途轍もないエネルギーを生み出した。

 互角。両者、衝突した場所から1歩も進むことなく、1歩も後退することも無く、その場で己の持てる全てを叩きつけあった。



 先に限界が来たのはーーーー2人ではなく


 ーーーーーー世界の方だった。



 ガギィンと不気味な音がして、視界に映る空間に大きな亀裂が現れた。

 俺のオーラを超える白色光が亀裂から吹き溢れ、俺と青龍の体を包み込み、亀裂に引きずり込もうとしてくる。


 「ふははははぁ! まさかこうなるとはな!! 再会した時はこの続きを約束しよう!」


 青龍の言葉の真意は分からないが、勝負どころではないのは理解出来る。


 俺の意識は亀裂に飲み込まれた。その寸前、目の前の青龍は自ら亀裂に飲み込まれて行ったように見えた。




 目を覚ます。


 青い空が、白雲の漂う晴天が5年ぶりに俺を出迎えた。

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