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この残酷で救いの溢れた世界ー1

 異世界転移、それは思春期の男の子なら1度は考えたことがあるであろう夢物語。

 その物語の主人公は地球では約立たずの残念君というのが定番だ。その主人公が成長していくのが面白い。



 それこそが夢物語なのだ。



 約立たずの残念君が女神様に微笑まれ、特別な誰かになれることなどない。

 女神様だって、勇者として選ぶなら有能なイケメン君を選ぶだろう。


 俺は高校1年生の入学式で異世界、アートルダムに新しいクラスメイトと共に召喚された。


 俺の異世界での役割は『勇者の危機感を煽るための物語の序盤で退場するモブ』だった。


 今でも鮮明に思い出せる。

 召喚されて3日目、約5年前だ。


 ◇



「お前らのくらすめいとだったか?」

三雲みくも ほむら君ですよ、お父様」

「そうその三雲とやらを今日朝一で追放した」


 王直属の召喚士30人が勇者として呼び出した25人の俺のクラスメイト達と王と王女が、王座の間と言われる広間で集まっていた。


 俺が追放されたと聞かされ、クラスメイト達はパニックに陥っている。当たり前だろう。俺達は生きている内には戦争が1度も起きておらず、平和と言っても誰も文句を言わないような時代を生きてきたのだ。

 そんな自分達のうちの一人が追放されたのだ。


 今から強制で日本から追い出される。高校1年生には想像をすることも出来ないことだ。



 実はこの時、俺達はまだ追放などされていなかった。加虐性癖の王女の玩具オモチャにされ、ボロボロになった状態でこの場所にいたのだ。もちろん他の人には見えないように細工をされた上で壁に磔にされていた。


 これだけでは説明が足りないな。


 俺達を召喚する上で、前もって王共は魔物を弱らせ、檻に入れて捕獲していた。その理由は究極の『寄生プレイ』である。

『寄生プレイ』とは本来、実力のないものが、あるものの腰巾着として格上を倒すプレイスタイルだが、この話においてはそうではない。元々限界まで魔物を弱らせ、トドメだけを譲ってもらうのだ。

 それでも経験値が入るのだからおかしな世界なもんだ。


 経験値とはなんぞや?


 ゲームでよくあるそれと変わらない。一つの例外もなく、生物を倒した時に手に入る概念的数値。生物を倒した時の報酬の1種として認識しているが、間違ってはいないだろう。


 俺達は召喚されてからの2日でLvを10も上げていた。つまり、全員Lv11だ。この世界で村人、農民とされる戦わず、平和に過ごしている人々の平均Lvが5以下。冒険者や騎士といった己の力で戦うことを生業とし、生活している人々の平均Lvが60らしい。

 つまり、Lv11は駆け出しの冒険者や見習い騎士と同レベルくらいの実力だろう。


「お前達が知っている通り、その三雲とやらは勇者ではなかった。ならばこの国で養ってやる必要がどこにある? 我らは勇者を求めているのだ! 約立たずの凡人は簡単に切り捨てる、そのことを忘れるなよ?」


「っ! 俺達を勝手に召喚しておいてその言い草はおかしいんじゃないのか!? 俺達は勇者だぞ!!」


 この世界には2つのシステムがある。1つは説明した通り、誰にでも平等に与えられるLvと経験値というシステム。もう1つは神から授かるとされる天職とスキルだ。



 天職とスキルとは。



 平均的に歳が十代前半の時に神から与えられるその人の才能だ。例をあげれば、戦士、魔法使い、それこそ勇者や賢者、王なんてものもある。スキルはLvを上げた時に手に入ることや、特定の条件を満たすことで手に入ることなど様々な要因があるが、全ては天職に由来している。


 天職による恩恵はスキルだけではない。Lvは平等なシステムだと言ったが、それは半分正解で半分間違いだ。Lvは全ての例外なく平等に上げることが出来る。しかし、そのLvの上昇によっての成長の度合いは天職によって大きく異なるのだ。村人や農民が例えLv150まで鍛えたとしてもLv70の勇者には歯も立たない。



 結局、天職によってその人の人生が確定するのがこの世界のシステムだ。



 そしてこの世界に俺達が召喚された日、俺以外には天職勇者という神からの恩恵と、唯一無二の何者かになれるという希望が与えられた。


 俺には……天職異人という神のイタズラと、明確な才能による劣等感が与えられた。


 しかし俺は絶望していたわけではなかった。異人とは今まで誰にも与えられた記録のない天職であることを知ったからだ。異人は未知だからこそ誰も見た事のない可能性を秘めているかもしれない、そう自分に言い聞かせ、勇者に選ばれなかった劣等感とこの先の不安を可能性という都合のいい言葉で塗り潰そうとした。



 しかし、次の日、俺は絶望の底へと、叩きつけられた。


 天職の理から外れ、唯一平等に与えられる才能。

「それが魔法適性である」

 召喚されたその日、世界のシステムと共に魔法というものについてそう聞かされていた。誰もが火、水、風、土、光、5属性の中から1つの属性の魔法適性があり、それには天職による例外はなく、どの属性も優劣つけがたい長所と短所を兼ね備えているので、正直あまり興味はないと。

 興味が無いというのは勇者という天職だからといって特別性がないからという王族達の勝手な見聞である。

 そのため、魔法適性は召喚された次の日に行われた。



『そ、そんな馬鹿なっ! 魔法適性がどの属性も示さない……、無適正です!!』



 それは最後の通達だった。

 俺は希望をなくし、絶望した。


 結局、この世界に来たところで自分は選ばれた唯一無二などにはなれない凡人。それどころか凡人というにもおこがましい劣等種だった。



 その夜、俺は王女に呼び出された。

 健全な高校生男子ならばその呼び出しがムフフな何かじゃないか?などと妄想を膨らませることもあったかもしれないが、俺の精神は疲弊し切っていた。

 クラスメイトから憐れみの目を向けられ、どうにか励まそうと声をかけてくるやつに対してどうしても抱いてしまう嫉妬という感情。そして、それを抱いてしまう自分に対して嫌悪した。魔物を目の前に差し出され、『寄生プレイ』でレベリングする時でさえ、こいつにここまでする価値はあるのか?と言われているような目で見る騎士達に囲まれる。それが拷問に思えて仕方がなかった。


 そうして疲弊していた精神をさらに蝕む王女の加虐性癖。その時の王女はただの悪魔にしか見えなかった。えすえむプレイなどではない、ただの拷問だった。


 地下の牢に入れられ、鎖で手足を固定され逃げ場を防がれた。そして首筋に注射針を刺され、中に入っていた液体が全身に回っていく。鎖に繋がれ、金属に触れる手足首のひんやりとする感覚がどんどん敏感になり、金属の冷たさが痛みに変わる。肌が凍傷を起こすほど感覚が増幅されていた。あの悪魔は『あはっ! ひえひえで痛いでしょう? 私こう見えても回復魔法が使えるのよ、だから……誰にも気付かれずに人を半殺しにするのが趣味なの!!』狂気で瞳を輝かせ俺の体に釘を突き刺した。痛みで頭が可笑しくなりそうだった、いや目の前で起こっていることに対して頭が理解したくないと悲鳴をあげていたのかもしれない。同じ年頃の女が釘を皮膚に突き刺して頬を赤らめて興奮している。痛覚も増幅された俺の叫び声を耳で感じ、釘で皮膚を突き破って肉の食感を手で感じ、その悪魔は日の出を迎えた。


『あら、こんな時間! あなたにはプレゼントがあるのよ。楽しみにしてなさい』その言葉を最後に俺は意識を失っていた。この拷問以上のプレゼントでも用意してくれるのか、そんなアホみたいな考えを抱いていたのがついさっき。


 冒頭に戻るが、俺は騎士に連れられプレゼントを受け取っている最中だった。



「何を勘違いしている? お前達がこの国に歯向かおうとした所で何も出来はしない。束になってもこの場にいる騎士1人にさえ勝てはせぬ。勇者だからといって天狗になっては痛い目をみるぞ?」


 その王の一言でクラスメイト達は俺の事など忘れ、恐怖に震え上がっていた。



「それ、は? ……三雲君に何をしたぁ!?」


 どうやら透明にして隠していた俺の姿をさらしたらしい。俺は俺を見る情けない程に震え上がっているクラスメイト達に助けを求めようとは思わなかった。どうせ無駄だと諦めていた。

 声をはりあげていたのは虚勢、ただ恐怖を紛らわせるために声を出しているに過ぎなかったから。それを示すように膝は震え、その眼はただ怯え切った弱者のものだった。


「なんじゃ? まだ三雲とやらの話をするのか? ()()()()()、まだ口を出すと言うなら」


 王が右手をあげるとクラスメイト達の横にいた騎士が剣を抜いた。それだけで『ひぃっ!』と無様な悲鳴をあげ、何故か謝りはじめている奴もいる。


 俺がボロボロにされていることを何も無かったと認め、追放されたと無視をしろと、王はそう命令しているのだ。そうしなければ騎士が黙ってはいないぞ、と圧倒的暴力と権力を振りかざして、勇者達を自分に従順な手駒にしようと調教しようとしているのだろう。


 その王の狙い通りに俺のことを直視するクラスメイトはもう誰ひとりとしていない。



「もう用はない。これからも訓練に励み我が国の力となってくれることを期待しているぞ勇者諸君」



 とぼとぼと重い足取りで王の間から出ていくクラスメイト達。途中でこっちを振り返る人もいたが、大半の人が余裕をなくし、俺の心配などしていられる余裕のない心理状態に陥っていた。



「ふむ、見捨てたか……まあ良い」



 出ていったクラスメイト達を見て、王はそう呟いた。俺は『お前がそうさせたんだろうがぁ!』と怒鳴り散らしてやりたかったが、もう俺には口を動かす気力すら残っていなかった。


 俺に希望は残されていない。


 クラスメイト達はこれで俺がこの国にいると考えることはなくなった。まず、俺の事を気にする余裕が無いだろう。これから王女が飽きるまで王女の醜悪な欲を満たすためだけの玩具に成り下がり、最後には殺される。そんな悲痛極まりない未来しか想像出来ない。

 そんなことになるならば、いっそ王の言葉通りこの国から追放してくれた方が余っ程マシだ。



「それでは私は自室に戻らせていただきますわお父様。何か御用がありましたらシンリーにお申し付けください」

「……程々にな。後始末も怠るなよ」

「承知しております。では失礼します」



 王女はその場を離れ自室に戻ると言った。これから、俺はどうなるのだろうか?


 お付きの騎士が俺を背負って王女の跡を追いかける。この騎士もなぜあんな女に従っているのか、それも嬉嬉として。この世界では拷問など貴族の娯楽のひとつとして珍しいものでもないのだろうか。そう思えるほど、俺を痛めつけるのに躊躇もなく、罪悪感を抱いている様子もなかった。



「さて、三雲。……今の気分はどうだ? 才能がなかっただけでここまで惨い姿にされるとは思ってもみなかったか?」


 自室と言いながら牢屋に直行するあたり欲望にどこまでも忠実なのが伺える。そこまで俺は玩具として面白いのだろうか。

 今、この牢屋には王女の他に、お付きの騎士とメイドが一人いる。お付きの騎士は王女と同じように、楽しんでいる下衆の目で俺を見ている。メイドは俺の方に一瞥もくれず、ただ目を瞑ってそこに立っているだけだった。



「最高の、気分だよ、お姫様。俺は、これからどうなる?」


「さぁ? あなたの態度次第よ? あなたの命は私が握っている、どうするかは私の気分によって決めるわ」


「……なぜ、勇者召喚などした? 魔王討伐はそこまで差し迫った問題でもないじゃないのか? 本当は他国に対して優位な状況をもたらしてくれる、強力な兵器として利用したかっただけじゃないのか?」


 俺の行先に希望は無いかもしれない。しかし、それでも俺は呼び出されたこの世界のことを知りたかった。……何も知らず、ただ知らない場所で死にたくはなかったから。自分が死ぬ世界のことくらいは知りたかった。


「うふ、そんな小さな目的ではないわよ。間違ってはいないけど、他国の支配などに興味はないわ。興味があるのは、そう人間以外の劣等種を駆逐することだけよ!」


「人間以外の劣等種?」


「あなたはまだ知らないでしょうけど、人間の支配領域はこの星の大陸の半分だけよ。もう半分は醜い魔族、家畜臭い獣族、人種と呼ぶにはおこがましい魚族、劣等種共の支配領域なのよ。私はそれが耐えられない! 奴らは劣等種でありながら自分の種族こそが支配種だと勘違いしてこの世界にのさばっている!」



 何に恨みがあるのか知らないが、顔がどんどん憎悪で歪んでいる。目は血走り、正気の沙汰とは思えない表情だ。


「お前はその劣等種とやらを絶滅させるための兵器として勇者召喚を行ったんだな」


「ええそういうこと。伝承では勇者は多種族との架け橋となり、魔王を討伐する者と言われているけど、魔王を倒すのに劣等種の力など借りる必要は無いわ!」


 俺からしてみれば、人間族こそが自分が支配種だと勘違いしているように思えるが、そんなことを口にして、神経を逆撫でしたら殺されそうなので言葉を飲み込む。


 ここまで劣等種、劣等種と見下しているのだ。魔族や獣族など他種族の正確な情報は得られそうにないな。伝承を聞いた時点では魔王率いる魔族に対して他の種族が対抗する、つまり魔族が1番力を持っているように聞こえた。なら、1番初めに魔族を、魔王を訪れてみるのも一興かもしれないな。まあ、ここから五体満足で出られたらの話だが。


「ああ、劣等種の話をしたら気分が悪くなってきたわ。メルト、シンリー、私の部屋に戻るわよ。三雲、お前は私に劣等種の話をさせたことをここで反省してなさい」


 つまり、ここで放置か。


 暗い牢屋を照らしていた炎が消え、完全な暗闇となった。ここは古い地下牢なのか、他の囚人は見当たらない。



 コツンコツンと足音が聞こえた。王女達が出て行ってからまだ1時間も経っていない。


「……ライト。み、三雲君!?」


 人が来た、俺はまたどこの誰とも知らない奴に半殺しにされるのかと絶望していた。


「大丈夫、助けに来たから、もう大丈夫!」


 涙が流れ落ちていた。拷問の痛みで泣いていた時の涙とは違う、胸が締め付けられ、溢れ出た涙だった。


 見知らぬところに召喚され、王に脅された。間違いなく、誰一人として逆らうなんて考えは浮かんでいなかっただろう。


 それでも間違いなく俺を助けに来た人がいた。1人ではなく、3人も。


 「ひっでぇな! 今すぐ出してやる!」


 天職勇者、魔法適性火、スキル【竜翔剣】名前は天野龍斗あまのりゅうと

 天職勇者、魔法適性水、スキル【雷鳴のツカイ】名前は雨水輝うすいてる

 天職勇者、魔法適性光、スキル【聖女】名前は堤朱里つつみあかり



 「諦めてた。天野、雨水、堤、ありがとう!! 感謝しようにもしきれないが、頼む、すぐに戻ってくれ、俺は俺でどうにかする。これ以上、お前達が危険を負うのは駄目だ!」



 救い出された安心感が胸から溢れそうになるが、ぐっと抑え、その3人を無事に帰すことを優先する。


 「俺はこの国を出る。もう会えないかもしれない。けど、俺はどこにいてもお前達がしてくれたことは忘れない。本当にありがとう」


 「当たり前のことをしただけです! 三雲君、私達はこの国に利用されるだけの勇者にはなりたくない! 強くなって自由を手に入れます! その時は」


 「ぜひ、俺も仲間に入れてくれ。俺はその時まで生き延びてみせる!」


 「大丈夫だ、他のやつらは俺たちに任せろ」

 「ああ、王女は糞野郎だ。王族には気をつけろ」


 このまま3人について行っても幸せな時間は直ぐに壊される。なら、ここは茨の道を進むべきだ。

 堤が言った『自由』、これを手に入れるために!


 「リカバリーヒール! 私に出来るのはここまでですね、お互い頑張りましょう!」


 体の痛みが引いていき、手足の感覚がまともに戻る。牢は天野が切り開いてくれた、体は堤が回復してくれた。後は俺がこの国から出るだけだ。


 「ありがとう、また会おう」

 「「おう!」」「うん!」


 できる限りの速さで走る。地下牢から出てすぐのところに裏門がある。俺は騎士達が呼び止める声も無視して走り続けた。

 ボロボロになった、もはやただの布で体を覆い、街中を走る俺はさぞ目に付くのだろう。直ぐに騎士達が俺を追いかけてくる。いくら騎士達をまこうとしてもこの姿ではすぐに見つかってしまう。


 「くそたれ! 街じゃダメだ!」


 この姿で逃げ切るには森の中しかない。だが、この世界には全種族共通の敵、魔物がいる。俺のレベルはまだ11、倒せる魔物の方が圧倒的に少ない。それでも、ここで騎士達に捕まるよりは、やらずに後悔するよりもやりきって死にたい!


 こうして俺はこの国から出た。どこまで走って、いつの間に騎士達から逃げ切れたのかは覚えていない。走っている途中で魔物と遭遇することはあったが、俺を死なせては困る騎士達が魔物から俺を守ってくれていた。俺はそのすきをついて距離を稼いでいたのだ。


 俺の名前は三雲焔。

 天職異人、魔法適性無し、スキル【スキル作成】


 この国からクラスメイトたちを解放するために、魔王の元を目指す一般人だ。

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