チーレムかと思ったら、チータラだった
ここは狭窄世界テンプレーティア。またの名を次元監獄。拉致された被害者が神々の駒となって覇を競う、修羅の世界。
善神オーギリーは心を痛め、ここに一人の勇者を差し向ける。新たなる拉致被害者だ。
少年が繰り出した渾身のイナバウアーは、襲い来るトラックを躱すには姿勢が高すぎた。少年の盲点だ。
気づいた時には、少年は白い部屋を経て、新たな世界に立っていた。チー転だ。
少年は不敵に笑うと、手を差し伸べて、叫んだ。
「ステータス、オープン!」
少年の体に、不思議な力が満ちる。湧き上がる全能感に、少年は恍惚の表情を浮かべた。虚空が揺らめき、少年の差し伸べた手の甲に、ポトリとなにか白く細い物体が落ちる。
それは食品だった。チーズをタラのすり身シートで挟んだ、食品だ。
それはチータラだった。
「チータラだー!!」
少年は天に向かって吠えた。
神は言った。『そなたに力を与えよう』と。
神は言った。『力を望むが良い』と。
少年は望んだ。
「チート!」
「チーレム!」
「チートハーレム!」
叫んだ少年に、清々しさが襲った。
神は厳かに答える。『叶えよう』
そして神は去る。否、去るのは少年だ。周囲の空間が歪み、ねじれ、少年を翻弄する。
そして力は宿った。チータラだ。
少年は、それを口にする。
「うめえ!」
少年は、感慨深げに噛み締めた。
少年は考える。ステータス、オープンでは長すぎる。これでは詠唱(そう、詠唱だ)をしている間に敵の攻撃を受けてしまうことだろう。
「ステップン!」「スップン!」「スップ!」
「スップン!」「ップン!」「プン!」「プン!」
「ステップン!」
すべてチータラが出た。これでチータラが8本だ。
「これが…詠唱破棄…」
唱えなくとも、チータラは出た。9本だ。
「オーッホッホ!あなたが新たな転生者ね!」
「だれ?」
背後に立つのは、銀髪の少女だった。
美しい少女だった。銀の髪は腰まで届くほど長く、手間隙かけて編み込まれている。白を基調にした、仕立ての良い絹の上下を身にまとい、金色の双眸が少年を強気にねめつける。
「ここは転生者にとって修羅の世界。私達は、戦い合う定めにあるのよ」
「わかった」
「理解が早いわね。気に入ったわ」
少年は闘いの姿勢を取る。少年に出来ることは限られている。だが、諦めずに最善をつくすのだ。少年は、手に持ったチータラをむしゃむしゃと食べた。うまい。
「こちらから行くわ。『次元召喚、複合材次元槍』!」
「スップ!スップン!プン!プン!スップン!…!」
6つのチータラが落ちてくる。
少女の召喚に応じて、空間に波紋が広がる。投射飛翔体が空間を突き破り、徐々に姿を現す。それは棒状の飛翔体だ。
それは肌色を基調にした、白い固形物が複合された、食品だった。魚のすり身を棒状に加工した、食品だった。
「チーカマだー!!」
屈辱に身を震わせ、少女は言った。
「私の負けね」
6対1だ。
「そうですか!」
少年は言った。
少女は身を翻し、空を見上げる。その顔に浮かぶのは、焦りの表情だ。
「いけない…奴が来る!」
「逃げよう!」
「早いわ?転生者殺し、この世界の抗体、『魔王』と呼ばれているものよ!」
「マオー!」
大きな黒い塊が、上空から落下してくる。その運動エネルギーによって、轟音とともに地面をえぐり着地する。風圧と地響きで、二人はよろめいた。
「ふぁーっはっはっは!見つけたぞ、愚かな侵入者共!」
「すいません」
少年は謝った。
「えっ…その、すいません!」
少女は慌てて謝った。
天を衝く巨体、紺色の肌、紅く輝く瞳の偉丈夫だ。長い金髪、日本の立派な角が生えており、禍々しい鎧を身にまとっている。
偉丈夫は二人を、手で制した。
「謝罪を受け入れよう」
「ありがとう」
「ありがとう?」
偉丈夫は髪をかきあげなびかせる。
「私が、魔王だ」
「マオー!」
少年はしっくり来なかったのか、言い直す。
「マ、オー!」
少年は首をひねりながら、高らかに言い直す。
「むぁおー!」
「うるさい!」
魔王は激怒した。
少女は叫ぶ。
「ここは私が!『次元チーカマ!』」
空間に波紋が立ち、チーカマがにゅっと生えてくる。
少年が言った。
「これ、ちん○じゃない?」
魔王がうなずいた。
「ちん○だこれ」
少女は不敵に笑う。
「その程度のセクハラに、私が負けると思って?」
「オーッホッホ!無駄なこと。なぜなら私は、『TSF』!」
少年は言った。
「TSFってなんですか!」
魔王は激怒した。
「よくも騙してくれたな!!引き裂くだけでは飽き足りん、貴様の魂が砕けるまで、粘着炎上魔法で焼き尽くしてくれる!」
少年は魔王に言う。
「それは良くない」
魔王の体にエネルギーが満ちる。怒りが魔力を呼び、膨れ上がり、天は轟き、大地は震え、空気は渦巻き金切り音を立てた。
少年は、最後の手段を使う時が来たと悟った。
少女に向き直り、やさしく微笑みかける。
「さよなら」
少女はうろたえる。
「な、何を…」
少年の力は、神が与えた力だ。世界の騒乱に心を痛めた善神が、渾身の神力を与えたものだ。
少年は理解した。自分はこのために送り込まれたのだと。すべての戦いに終止符を。すべての憎しみにやすらぎを。
少年は天に手をかざし、高らかに叫ぶ。
「天よ、地よ!この身に満ちるすべてのチー力よ!すべての力をチータラに!究極奥義、『無限チータラ』!!」
怒りの中で、魔王は悟った。
「や、やめろーーーー!!」
少女は混乱と困惑の中にいた。
「何が、何!!」
少年の力で呼び出された無限のチータラは、またたく間に世界を覆った。やがて惑星は肥大化し、高重力星となってチータラを押しつぶす。
かつてチータラだったものは、それでも止まらなかった。やがて星は重力崩壊を起こし、起こるべき爆発さえも押しつぶし、黒い重力の井戸となった。
善神オーギリーは心を痛め、病院に行った。
狭窄世界テンプレーティアには様々な人々が転生し、日々、こういったことが行われているのだ。
実際にチータラを食べながら書きました。