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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
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 辺境(二)

 辺境(二)


挿絵(By みてみん)


 かつて初代ロンバートが、この地上で初めて今のダモイ付近の西洋海沿岸に国を興し、王と名乗ってから既に二百年が経っていた。

最初はこの良港を中心とした小都市であったものが、水上輸送と陸上交易の中継点であるメリットを最大限に生かし、周囲の地域に経済的に影響力を持つようになる。そして次々とシオドス川以北とソロマ湖に至る諸部族を吸収、併合し傘下にしていった。

やがて近年にはソロマ湖畔の豊潤で、しかも風光明媚な地域に食指を動かし、徐々にではあるが王国の版図の中に加えていったのである。特にソロマ湖の東側は、世界に名高い緑草地帯で、見渡す限り続くなだらかな草原に、一方では透明で静かな湖面を有し、更に遠くに連峰の白い帯を従えて、一種の桃源郷を思い描く。

代々の王全てがこの見事で美しい地域に、強い憧れを抱くと同時に、手中に収めてみたいとの願望を示した。長年の苦労の甲斐あって今、ようやくロンバート王国の領土の一部となり、重臣リワード侯爵の提言により、首都をこの地に移そうと決意したのも無理からぬことと言わねばなるまい。

けれどもこれは大事業である。中心となる王宮の建設のみならず、それに伴う都市の開発、道路網の整備、人々の入植等およそ十年の歳月を掛け、移設の間際にまでこぎつけた。

もちろんその間数々の困難に見舞われたことも付け加えねばなるまい。

近隣部族の度重なる反乱、移転反対派の妨害、工事資材及び労働者調達の難航等、その都度試練を克服して遷都の運びとなったのである。


「ウワアー、綺麗だあ!」


護送馬車から外に出されたリーマが歓声を上げる。


「ふん、この世で最高の贅沢とはよく言ったもんだな」


その横でハンスが冷笑。

正面に立ち誇る宮殿は、この時代の最先端の技能を結集し建設されただけに、豪華絢爛、威風堂々としたものであった。リーマ達一行はその前の広々とした空き地に立っていた。

真正面中央には王宮から続いているバルコニー風の円座が設けられ、長い石段でつながっている。恐らくここは、多くの国民を集め祝祭、行事或いは儀式に使用される場所なのであろう。

もう一ヶ月もすると、背後にソロマ湖の美景を擁するこの場所で、盛大な祝宴が催されるに違いない。

しかしリーマ達にはそれを見る事は許されない。休む間もなく連峰の果ての伝説の地に出発することになるからである。

だがなぜアルガンなのか。この地だけでは飽き足らぬのであろうか。


「見ろあの部隊を。王宮守備隊だ。まさか奴等が同行するのか」


とシモンは集まった兵達の方を見て言った。


「どういうことだシモン?」


ドッグが尋ねる。広場には彼等とは別に百人程度の兵士、数十人程の荷物運搬要員が集まっていた。兵達の中に派手な真紅の兵服を着用した一隊が目立つ。


「あの部隊は、この国の選り優りの兵が集められ訓練された最強の軍団だ。もし彼等が今回の編成の中核を占めているとすると、余程の意志が働いていることになる」


「じゃあ、王自らの計画ということか」


ハンスが問い返す。


「いやそれはよく分からん。だが単なる探検では無さそうだ」


その時、集合合図があり、彼等も兵達と共に集められた。その内の一人が彼等の前に立った。


「諸君、私が今回の遠征隊を指揮することになったジョンストンだ」


と一同を見渡しながら喋り始めた。彼は四十代半ば位であろうか、目が鋭く、頬骨の出張った精悍な顔付きをしていた。更に高位の身分を示す特徴ある軍服で身を固めていた。


「既に皆も承知していると思うが、我々はこれから連峰の東側に向け出発する。諸君は特に選ばれ志願してもらった有能で粒ぞろいのメンバーである。だが行き先は謎に包まれた未開の地だ。何が起こっても不思議ではない。一同、自分の任務を充分に認識し使命を全うせよ。我々の目的は彼の地の調査、開拓にあり、この偉大なロンバート王国の歴史に新たなページが記されるであろう。この遠征の成功と、皆の無事の帰還を誓い合おうではないか」


と締めくくった。そしてその後、


「それでは号令があり次第出発する」


との声で、一同準備にかかり隊列を組み始める。ジョンストンは副官達にいくつかの指示を与えた後、囚人馬車の方にやって来て、


「シモン」


と彼等に向って声を掛けた。それに応じてシモンが前に出る。


「お前がシモンか。お前の事は聞いている。カルム川に出てから先頭で道案内をしてもらう。それまで待機していてくれ」


そして他のメンバーにも指示と注意を怠らなかった。


「お前達もこの馬車の中では窮屈だろう。ここから先は一人に一頭馬を与えよう。我々と共に来るのだ。但し逃げようとしても無駄だ。お前達には屈強の兵士の目が光っていると思え」


釘を刺すことも忘れてはいない。


「よくわかっているよ。俺も命が欲しいからな」


ハンスがぶっきら棒に答えると、ジョンストントンは幾分むっとしたが、ローパスが名乗り出て質問した。


「隊長、少し聞きたいことがあるんだが、いいかね」


「なんだ、言ってみろ」


多少警戒気味に応じる。


「俺達の役目についてだ。何をすればいいのかまだ聞いていない」


「今はまだ言えん。彼の地に着いてからお前達にも働いてもらう。今はそれだけだ」


「わかった。だが今ひとつ解せないことがある。この娘のことだ。彼女は何の為に今回の遠征に連れ出されたんだ」


とローパスは食い下がる。リーマも自分のことだけに気が気でなかった。


「それもだ。今、お前達が知る必要はない」


彼の素っ気ない返事。が、ふと用件を一つ思い出したようだ。


「お前達がドッグ、ロイド兄弟だな」


双子の男達を見て言った。


「それでは早速役目を申し伝える。この娘を守るんだ。何があっても目的地に着くまでこの娘の側を離れず守る事。それがお前達の使命だ」


兄弟はその命にいささか勝手が違った趣き。代わりにリーマ自身が憤慨した口調で言った。


「あたい、馬に乗った事ないよ」


ジョンストンにはあらかじめ見越していた質問だったようで、即座に、


「チャンプ、チャンプはいるか」


と名前を大声で呼んだ。すると人垣の中から、荷馬車を走らせて来る男がいた。なんと馬車の主は既に六十を過ぎている白髪の老人であった。

そして、彼等の前に横付けして言った。


「何ですかい、ジョンストンさん」


「チャンプ、しばらくはこの娘と同乗するんだ」


「お安い御用で」


そして彼を残したままジョンストンはその場を離れて行った。


「お前さん達だな。ダモイの監獄から出て来た男達っていうのは」


老人はメンバーを見回していきなり毒づいた。


「おいじいさん、じいさんのような年寄りがまたなんでこんな仲間に加わったんだ」


ハンスがさも不思議そうに尋ねた。それに対し老人は威勢よく言い返す。


「ワッハッハ、わしわな、お前さん達も含めこの連中の食事係りって訳だ。長い道中だ。わしの事はチャンプと呼んでくれ」


「だがな、カルム越えのルートは、いくつもの峰や谷が立ちはだかる難所だと聞く。じいさんの足ではたして越えられるかな」


「なあに、まだわしも若い者には負けておらんぞ」


「それに連峰の向こう側は野蛮な連中が住んでいると聞く。よく行く気になったな」


「ふむ、わしももう先行き長くないわな。一度でいいから伝説の地に行ってみたかったのさ。それよりお前達こそ人の心配などしていないで自分の身を案ずるがよい。果たして何人が無事に戻って来られるかじゃ。さあ娘さん行くぞ乗った乗った」


チャンプ老人は不安の素振りを全く見せなかった。


「全くなんてじいさんだ」


呆気に取られ一同顔を見合わせた。ただシモンだけは気難しい表情を隠せなかった。


「確かにじいさんの言う通りだ。彼の地にはあの気狂いじみたパルディンが俺達を待っている。そして、そのパルディンすらも怖れるアルガン。そこにはいったい何があるというんだ」


恐怖に身を竦め呟いた。

その後、出発の合図があり、一向はようやく旅立って行った。



*

「大丈夫かリーマ」


「あたいは平気よ。それよりじいちゃんが・・」


と彼女は疲れ果てた様子のチャンプ老人を見て心配そうに言った。老人はもはや息も絶え絶えで足取りも覚束ない有様であった。


「ロイド、チャンプに手を貸してやれ」


とドッグは弟に言った。ロイドも見るに見かねて近寄り、


「おいチャンプ、俺の背中に摑まれ」


と声を掛けた。しかし、この期に及んでも強情を張った。


「なあに・・まだまだ大丈夫だ・・まだ歩け・・」


とは言ったものの、喋ることすら息切れで難儀な状態である。


「じいさん意地を張るなよ。じいさんがへばっちまうと皆にも迷惑がかかるんだ」


ハンスがたしなめると、とうとう観念したか、ロイドの世話になることになった。


「だがなんて酷い所なんだ。やぶ蚊に蛭、おまけに毒虫がうようよ。全くこの世の地獄ってのはこの事を言うんだぜ」


ハンスもうんざりした様子である。


 彼等遠征隊一向はカルム川に近い、連峰の山中に足を踏み入れていた。ソロマを出てロンバート王国最北の駐屯地カシリアで休息を取った後、いよいよカルムの道程に入ったのだ。

いやもはや道らしき道はなかった。荷馬車は早々に諦め、川に沿った湿地帯の中を進んだ。その間、いくつもの支流を渡る事を余儀なくされた。

そして連峰の裾野に差し掛かり、カルム渓谷が始まる。かつてシモン達はこの渓流をいかだで下ったが、すぐ滝に阻まれ崖を這い登る羽目になった。従って今回の遠征隊は最初から谷を迂回し、山沿いのルートを目指した。

しかし悪条件には変わりはない。彼等の行く手には延々と温帯原生林が続いている。ブナ、樫等の樹木、そしてシダ類、雑草が密生していて、いわばジャングルを道を切り拓きながら進む。出来る限りカルム川から離れることなく、尾根道を選んで動く。

谷間に入り込む事は危険である。だがそれでも、ヘビ、トカゲ、怪虫等の出現に大いに悩まされた。もはや馬も同道することは困難であると決断、徒歩のみの進行となり既に二日が過ぎた。途中ガレ場が何箇所かあり、人夫一人足を滑らし転落した。

更に彼等の前に立ちはだかったのは、集中的に降り注ぐスコールであった。その雨水が足元の地面をぬかるみに変え、いよいよ進行が覚束なくなった。


三日目に入り、カルム渓谷は遥か直下で視界から遠ざかり、しらかんば等の高山樹木が目だってきた。彼等は連峰でも比較的低いルートを選び登行していたが、それでも数千メートルの山岳に入っていた。地肌は硬く岩場が目立ち、見通しは良くなってきたが登りは急で兵達の呼吸も荒い。夜に入ると一段と寒さが厳しくなり、何枚も重ねた毛布に包まり睡眠を取った。

そしてようやく四日目に連峰の頂きに到着した。微かではあるが東側の状景が見られた。カルム川沿いに果てしなく陸路が続いている。この日は雲一つなく快晴に恵まれ、皆初めて見る大地の広大さに目を奪われた。


「シモン、どうだ、お前達が捕まったという所がここから見えるか」


ジョンストンは遠く下界を見ながら尋ねた。


「確かあの辺りの小高い丘陵の向こう側と思われます隊長」


「そうか、で、あそこまであとどれ位かかる?」


「はい、あと三日はかかると・・」


と答えたが、不意に漠然とした不安が頭をかすめた。


「ま、まさかあの部落を目指して行こうというのでは」


「ふむ」


としかジョンストンは答えない。肯定とも取れるし、迷っているようでもある。


「アルガンはどの辺りかわかるか」


シモンは穏やかでない様子で答える。


「いや、アルガンには実際行ってないので。ただ、地元民の話ではここから南東方向のあの山々の付近ではないかと思われます」


ジョンストンはその方向を直視していた。何か心に秘めるものがあるのか彼の眼差しは真剣であった。

 それからしばらくして再び前進し始めた。但しこれからは比較的下りが多く隊員達も楽な様子である。そしてこの峰を境にして植生が一変した。どちらかと言えば、杉、ヒノキ等の亜寒帯の樹木が目立ってきた。木々の間隔も広く年輪の長いものが多い。多少熊笹の一群が彼等の進行を拒みはしたが、今までの苦労からすると、まだ余裕があった。但し気候は肌寒く所々雪が残っており、勾配が急で足を滑らせる者も多い。もちろん危険は過ぎ去った訳ではなかった。


 「じいちゃんはどこの生まれなの?」


リーマは小休止の合間を縫ってチャンプに尋ねた。彼は連峰に足を踏み入れてから、食事番の役目も満足に出来ぬほど体力を消耗してしまったが、ドッグ、ロイド兄弟に助けられ、なんとかここまで辿り着いたのである。


「わしか、わしはなここからずっと南の国の生まれだ。それは暖かくて住みよい所だった」


年老いた顔に懐かしさが蘇る。


「ふーん。でもそんないい所を離れて、なぜわざわざこの国まで来たのさ。それと一人で来たの?」


「何故かな。それはわしにも解らん。ただわし達親子を導くものがあったのじゃ。この国に渡って来いとな」


リーマは不思議そうな表情で老人に聞き返す。


「解らないなあ。それじゃあ子供さんがいるんだね。今どこに住んでいるの?」


「娘がいるんじゃ。それに孫もな」


「え!そうなの。でも家族から離れて寂しくないの?」


「うむ、それはな」


と幾分困り顔でリーマに説明しようとした矢先。


「ワアー」


頭上から大きな悲鳴が聞こえて来た。二人が振り返り見上げると、正に落石から身を避けて、隊員が必死で逃れようと右往左往しているのが見えた。それも束の間、大岩が目前に迫っていた。


「逃げろ、リーマ、チャンプ!」


誰かが声を掛ける。けれども二人とも身が竦んで動けない。あわや激突が避けられないと思われたその瞬間、大男二人がその間に割り込み、顔を真赤にして岩の転落を食い止めた。いやむしろその落下物目掛けて体当たりしたと言ったほうが正解かもしれない。ドッグは肩で、ロイドは両腕を伸ばし渾身の力を込め巨石を支えていた。


「リーマ、チャンプ、今の内にそこから離れるんだ」


誰かが彼等に指図したが、二人とも泡を食い即座にその場を動けない。


「仕様がないな。おい、ハンス手を貸してやれ」


近くにいたハンスは二人に手を差し伸べ、安全な場所に誘導した。それを見届けた兄弟は巨石を人のいない方向に放り投げる。


「なんて馬鹿力なんだ」


口の悪いハンスも思わず感心の体。


「ありがとうよ、ドッグ、ロイド。もう本当にお陀仏だと思ったわ。二人のお蔭で命拾いしたよ・・」


とチャンプが感謝しようとした言葉を遮るかのように、


『礼を言います、マックス、マギー。あなた方の忠節、私は一生忘れないでしょう』


皆一様に違和感を覚えた。この場にはそぐわない威厳と品位に満ちた言葉は、姿勢を正した直立したリーマの口から発せられていた。


『私達の前途には、まだまだ困難が待ち構えているでしょう。使命を全うするにはあなた方が頼りです。これからも共に歩みましょう』


彼女の鋭く射抜くような眼差し、毅然とした表情も一瞬のことでしかなかった。すぐに虚脱状態に変化し、岩場に座り込んでしまった。他の者はその様子を呆気に取られて見守っていた。


「おい、お前一体どうしたっていうんだ・・」


ハンスが訝しげに声を掛ける。名前を間違えられた兄弟も首を傾げて注目。


「あれ、私どうしちゃったの。何故こんな所に座っているのかしら」


素っ頓狂な声でリーマが答える。どうやらいつもの彼女に戻ったようだ。


「おいおい、恐怖のあまり頭が変になったようだな」


ハンスが冷やかす。いつの間にかジョンストンが側まで来ていて、一部始終を目にしていた。


「ドッグ、ロイド、よくやった。二人とも無事なようだな」


と身を挺して事故を防いだ働きを労った。


「幸いケガ人は無かったとはいえ、ここは崩落の危険がまだある。休憩は終わりだ。出発するぞ」


彼が号令をかけると、隊員達は慌しく身支度を整え動き始めたが、その中の一人がリーマを見ながら呟くのを気にする者はいなかった。


「やはり思った通りだ。あの娘を連れて来たのは間違いなかった」



*

「た、大変だ。あいつの姿が消えてしまったぞ!」


カルデラ族の村落の一角でちょっとした騒ぎが持ち上がっていた。彼等が捕らえ監視していた敵対部族パラディンの若者が、軟禁用の家屋から抜け出したようである。


「用足しに行きたいと言うから部屋から出してやったんだが、目を離した隙にいなくなってしまった。くそ、今まで従順で素直だったので油断した。迂闊だった」


「それはまずい。あいつ、サダクと言ったな。奴等の本拠地に戻るぞ。この場所も知られてしまったからな。厄介なことになった」


「宝玉は大丈夫か?」


「それは心配ない。厳重に保管してある」


「いや、かえってまずい事になった。あれだけの貴重な宝物だ。仲間に報告して必ず取り戻しに来るぞ。言うまでもなく残虐で好戦的な部族だ。手を打たないと酷い目にあうぞ」


「だから可哀そうだが始末しろって主張したんだ。こうなる事は初めから分かっていたんだ」


「だが、まだ年端もいかない若者だ。人情からいってもむごい事は出来ないし、様子を見ようって皆の意見だったじゃないか」


「今さら言い合っても仕方が無い。まだ間に合うかも知れん。手分けして後を追うんだ」


「わかった」


早速、村中の男達が召集され、それぞれのグループでサダクの脱出ルートと思われる地域の捜索が開始された。

彼等はパルディン族の残忍で戦闘的な習性を知っており、人数から言っても倍以上の規模で、まともに戦えばとても敵わないことが分かっているだけに、追跡も真剣であった。現に彼等の仲間が部族のエリアの外を出たために、不運にもパラディンと遭遇し、その刃に掛かり命を落とした者、帰って来なかった者は数知れずいた。

もともと、一世代前にその非情で残忍な難敵から身を守るため、一族をあげて奥深い山里に避難し、そのまま現在の住まいに腰を落ち着けたのである。従ってそれ以来、彼等の部落の存在を知られないよう細心の注意を払い、外部との接触を絶ち、限られた行動範囲での生活に徹したのである。


半日が過ぎ、草原ルートを東寄りに辿った十数人の一隊が間もなく彼等の領地外に差し掛かる場所まで来ていた。各ルートとも捜索は申し合わせの守備ラインまでとし、それ以上は踏み越えずに戻って来ることになっている。このメンバーも境界に達し、諦めて引き返そうと決断した矢先、一人が遠くで動く者を目にし声を張り上げた。


「見ろ、あれを」


他のメンバーも彼の指差す方向に目を向けた。確かに人が歩いているのが見えたが、それも一人や二人ではなかった。おまけに徐々に近づいて来るではないか。

その様子を腰を屈めて見つからない様気を配って眺めていたが、人数は膨れ上がる一方である。


「まさか、こんなに早く・・」


誰かがパラディン族が大挙して攻めて来たと思い絶句した。

皆、最悪の事態を予期したが、誰一人逃げようとは言わなかった。それほど唐突に現れた集団で、身が竦み唖然と見守っている以外なかった。既に百人は超えていよう。

けれども何か奇妙に思われたのは、彼等の姿形を視界の中にはっきり捉えてからであった。その中にサダクが居るにはいるが、他のメンバーの身なりが明らかに異なるからである。彼等の着衣が体型に合った服装で、パラディンやカルデラの粗末な皮革製ではなく、独特の素材で作られた統一したものに思えた。

また、それぞれが戦士には違いないが手にした武器も今まで見た事のないものであった。顔も面で防護されており外観からだけで圧倒されてしまった。

もはや先頭が目前まで迫って来ており、相手からも気が付かれてしまった。それでもその光景に魅了されたように誰一人動こうとはしない。

ようやく理性を取り戻したのは、その集団が目と鼻の先で停止し、内一人が彼等に向って声を掛けてからであった。


「お前達はカルデラ族か?」


と。



*

ロンバート王国の遠征隊の総勢は、カルデラの村落に入っていた。

パラディン族の脱走捕虜を追跡中のグループと出会い、その内の一人が以前にパラディンの追撃から偶然に窮地を救ったシモンの顔を覚えていたのである。彼等のリーダーとの会見と、休息場所の提供を求めると、共通の敵から難を逃れたことのある安心感と、集団そのものが統率が取れ友好的だと思われたこと、仮に刃向かったとしてもとても敵わない相手であることから、彼等を村落まで案内するのに躊躇いはなかった。

遠征隊としても長期間の行軍の疲れを癒す為と、食料、水を補給する必要があり、もちろん第一の目的地で希望が叶い胸を撫で下ろす状況となった。

隊長のジョンストンが村長に紹介され簡単な話し合いが持たれた後、遠征隊は整然と入村したのである。もっとも、村落の人数とほぼ同数の隊員を収容する施設などなく、ほとんどは空き地にテントを張り腰を落ち着けることとなった。

村人も最初はものものしい装備の遠征隊の突然の到来に不安と警戒を隠しきれず住居に閉じこもったままであったが、一旦害がなく、むしろ彼等の味方ととなる友好的な訪問者だと解るや、全ての住人が好奇心を抱いて隊員達の周りに集まって来た。これには隊員達も戸惑ってしまったが、村人の文化がかなり後進であり身なりも質素、且つ素朴で親切な性質であることが分かり、お互い穏やかで打ち解けた会話が交わされるのにそう時間が掛からなかった。


「久し振りに見たお家だわ。なんだかほっとした気分よ」


隊員の中でも紅一点のリーマの周囲には親しみ安さもあって、多くの女性、子供達が集まって来た。


「お姉さんは一体どこから来たの?」


チコが好奇心を顕わにして質問した。普段外部から訪問者など迎えたことが無く幾分興奮気味で熱心に聞いた。


「あの山の向こうのはるか彼方にあるダモイと言う港町から来たのよ。その先には海があって毎日大きな船が入って来るのよ」


「へえー、山の向こう側に人が住んでたなんて知らなかったな。海って何、そこからどうやって来たの?」


「ウーン、海はね、あちこちの川の水が注ぎ込む所で、あたり一面塩水で満たされているの。そして途方も無く遠くまで広がっているんだわ・・」


山里から外に出た事のない村人にとっては、彼等の話全てが興味深かった。リーマに限らず隊員の多くが質問攻めにあったが、久し振りの弾んだ会話にそれぞれが心地よさを感じた。

お互い意気投合し親交を深めた後、やがて陽も落ち改めて歓迎の宴が開かれることとなった。中央広場に集合し、村人達が精一杯のご馳走を振舞い、昔から伝わる唄と踊りが披露された。

文化の進んだロンバート王国の隊員達にとっては決して派手な催しではなかったが、今までの旅の疲れを癒し、くつろいだもてなしを充分に堪能したのである。夜も更け各々が心に残る充実した思い出の一日となった。



*

翌朝、遠征隊とカルデラ族の主なメンバーが村長の住居に招集され、会合が持たれた。部落側は長老及びリーダー格が、部隊側からはジョンストンを始め幹部達、そしてシモンは当然としても、どういう訳かローパス、チャンプも呼ばれていた。

冒頭ジョンストンが村人から心からの歓待を受けたことに対し、感謝の意を述べた。

その後、ロンバート王国の概要と今回の遠征の目的について説明。その具体的な内容に関しては、遠征隊のメンバーも強い関心を示した。


「我々の王国は連峰の西側でより進んだ文化を築いているが、いずれこの地も社会の変化を余儀なくされるでしょう。これだけ肥沃な土地を有しており、未開の資源も豊富に存在すると思われることから、今後色々な国が食指を伸ばしてくることが考えられます。平和的に交流を申し出て来る場合は問題はないが、武力でもって強制的に支配しようとする欲望が悲劇をもたらすことは、過去の歴史で何度も繰り返しています。我々としても今までの経験からそれは望んでおりません。あなた方の様な誠実で善良な人々と公正で平和的な交易を進め、信頼関係を築いた上で発展に協力していきたいのです」


それに対し村長が返答した。


「それは我々村民にとっても願ってもないお話です。昨日隊員の皆さんと接して、私達の生活様式がかなり後れていることを皆痛感していることでしょう。このことはこの土地に散在する村落、人々全てに言えることでしょう。今以上に便利で進んだ文化の導入に何ら反論はございますまい。けれども現状お互いの交流を妨害する種族が存在します。しかも彼等の勢力に残念ながら歯が立ちません」


「それは充分承知しております。そこにいるシモンの体験、昨日のあなた方の話からもパラディン族の残虐性は確信に至りました。実は我国は何年も前から様々なルートでこの地に調査員を送ってきました。けれども誰一人戻って来なかったのです。今回はシモンの話を検討した上で、かつてない規模の部隊を編成した訳です。今その話が裏付けられた以上、今後の行動が明確になりました。我々はパラディン族の排除を実行します」


隊員達にとっても予想はしていたが、その話は初耳であった。いずれにせよパラディン族との戦いが決定したことで部屋全体が緊張感に満たされ、静まり返ってしまった。

しばらくして村長が沈黙を破る。


「我々にとっても過去に多くの仲間を失った憎き敵です。全面的に協力致しましょう。出来る限りご期待に沿えるようにします」


「そう言って頂けると心強い限りです。けれどもこの事態を想定して我国の最強の兵士を選抜し連れて来ております。パラディン族の戦闘能力を上回るメンバーであると確信しております。戦いは我々にお任せ下さって結構です。ただ敵地までの案内と、馬の調達に協力して頂ければ幸いです」


「わかりました。早速手配しましょう」


村長はそう答えて仲間達に目配せした。ジョンストンは続けた。


「一両日で出発の運びとなるでしょう。それともう一つ目的地があります。当日は二隊に分かれての行動となります。もちろん主力と私も含め大半はパラディンの攻略に参加します。もう一隊は少数の人員の派遣となります」


「いったい、どこに・・」


思ってもいなかった予定を聞き、村長は怪訝な顔付きで尋ねた。


「アルガン、アルガンの王宮を目指します」



*

一同、目的地の名前を耳にし、今度こそ驚きのあまり部屋の空気が凍り付いてしまった。それは予想もしなかった行き先であった。


「し、しかしそこは我々にとって魔山として怖れられた禁断の地。今だかつて誰も訪れたことないタブーとして扱っている場所。ですから案内することは難しい・・まてよ・・」


その時かれの脳裡にある人物がひらめいた。


「いや、一人だけ可能な男がいるが、しかし問題がある」


と言い渋ったが、ジョンストンは急かす。


「パラディン族の若者です。あなた方がこちらに来る途中で捕らえ連行してきた男。今は厳重な監視のもと軟禁していますが、彼はアルガンに登り、命からがら逃れて渓流で倒れていたのを助けました」


村長は一瞬戸惑い、迷ったものの決心し、傍らの者に宝玉を持ってくるように命じた。

もはやそんな高価な物を保持していたところで、何の意味も無い無用の長物とみなした。逆に今回の件で味わったように災いをもたらすと思われたのだ。

奥の部屋から取ってきた宝玉を受け取ると、袋から取り出し片手で掲げた。


「この宝玉を王宮から盗み出した為に、彼以外の男達がそこを守る怪獣に殺されたということです。彼自身あわやというところで崖から谷川に飛び降り辛うじて一命を取りとめたのです」


その宝玉から発する輝きはそこにいる者の垂涎の的となった。


「これは見事だ。さぞかし高級な宝石に違いない。どうでしょう、手にとって見せてもらっても構わないでしょうか?」


「どうぞどうぞ、一向に構いません。もともと我々の物ではありませんし、持っていても混乱を招くだけです。差し支えなければもらって欲しいのです」


「それはそれは、とりあえず拝見しましょう。ローパス」


といきなり声を掛けた。


「ローパス、それを手にとって鑑定してくれ」


彼は突然の指名でうろたえた。が、すぐに気を取り直した。今回の遠征の一員として選ばれたのも、ある意味では宝石がらみではないかとの予感があった。

手渡された宝玉に顔を近づけ意識を集中する。角度を変え、又ひっくり返して観察する。その間、回りの者は固唾を呑んで注目していた。

ようやく鑑定が終わったようで正面に顔を向けた。けれども浮かぬ顔で小首を傾げている。


「どうした何か分かったか?」


「うむ、俺は世界のあちこちを旅し、自慢ではないがありとあらゆる高価な宝石を見たり手にして、その種類を知っているつもりだ。もちろん本物とまがい物の区別も一目瞭然明らかに判別は出来る。けれどもこの宝玉は今までに見た事もなければ、まがい物でもなさそうだ。明らかに宝石としての質は高い。もしかしたら我々の知らなかった純度の高い鉱石なのか、それとも・・」


「どうした、他に心当たりがあるのか」


言い淀んだローパスを急かす。


「人工的に造られた可能性もある。宝石や自然界に存在する物ではなく、何らかの理由で製作された物。普通原石を細工師の手で装飾に適した加工を施すが、この形状を見ると完全な球体でここまでの技術を持った職人はなかなか見付からないだろう。従って高度な技術力で合成され造られた、そう、道具もしくは何らかの部品かもしれないな・・」


「部品?、いったい何に使われるというのだ」


ジョンストンは不可解しげに問い返す。けれども言った本人のローパスも返答に苦慮、見当も付かない。再度両手で持ち上げ間近で仰ぎ見る。

室内の僅かな光でも内部から発する輝きは強烈である。微妙に見る角度によって光沢は異なるように思える。空気に触れてまるで生き返ったようだ。

と、その時ローパスの頭にある暗示があった。彼は立ち上がり、入り口に向って歩き出す。そして、


「失礼!」


と言いながら扉を開いた。その行動を周囲の者は訝しげにじっと見守っていた。

彼は陽の光が室内に注ぎ込むのを確認し、宝玉を片手で持ち上げかざした。

すると、宝玉を通して収束した光が、室内に放射しその周囲に陽炎が現れ、光線の当たった床の部分が高熱を発し一気に燃え上がったではないか。

これには皆驚き、慌てふためいた。

ローパスは即座に宝玉を両手で覆い、袋にしまい込む。そして額を汗びっしょり掻きながら扉を閉めた。

数人がかりで炎を必死に消し止めにかかったが、室内はパニック状態となった。誰もがその強烈な放熱に驚嘆し、一瞬の惨状に恐怖した。

消化した後もお互い暗然と立ち尽くす。宝玉の威力を垣間見たことで、一気に警戒心がもたげたのである。


「いったいアルガンには何があるというんだ」


一人が疑念を口にすると、すかさず真っ先に正気を取り戻したジョンストンが答えた。


「だからこそ確かめに行かなければならないのだアルガンに。この地を安全な社会にする為には、パラディンの危険性の解消とアルガンの謎を解く必要があるんだ」


彼は自分の考えが間違いではないことを力説し、改めて二つの計画の実行を訴えた。それに対して異議を唱える者はいなかったが、いずれの行き先も困難を伴いそうな予感がその場を支配した。

その後、今後のスケジュールと参加メンバーの打ち合わせが行われた。



*

パルディン族の掃討とアルガン王宮の探索への出発は、いずれも同時に三日後と決まった。

各々リーダーは仲間にスケジュールと行き先を伝え、早速準備に取り掛かる。掃討軍の人員は遠征軍の大半とカルデラ族の勇士も参加し総勢二百名位となる。ジョンストンが指揮し、彼等に捕らわれたことのあるシモンも加わる。狩と戦いに慣れた種族相手だけに、最強の布陣で臨むこととなった。

一方でアルガンに向うメンバーはある種奇妙な一隊となった。親衛隊から十数名が選ばれ、捕虜であるサダトに案内させる事になったが、シモンを除く囚人達とチャンプも含まれていた。そして、その中には紅一点のリーマも入っていたのである。


「なんで俺達がアルガンなんだ。あそこには得体の知れない怪獣が居るって言うじゃないか。おまけにリーマとチャンプが同行するって、何があるか分からないっていうのに足手まといになるに決まってる。何故、何故なんだ」


ハンスは今後の予定を聞かされ、八つ当たり気味にぼやいていた。


「分からん。俺は宝玉の正体を明かしたこともあり当然だとしても、リーマを初めお前達の役目が何なのかさっぱりつかめん。分かっている事は、使命を果たすのは容易ではないことだ。唯一奇跡的に生還したパラディンの話によると、宝玉を手にした奴の仲間は怪獣に八つ裂きにされたということだ。おまけにどこに逃げても無駄で間違いなく見つけられ、直ぐに追いつかれ餌食にされるそうだ」


それを聞いたハンスは身震いしながら泣きついた。


「そんな所にとても行けるものじゃない。どうだろう俺はこの村が気に入っているんだ。留守を預かり待機する人間も必要じゃないか。隊長に進言してくれないかな」


「まったく、女の子のリーマも行くんだぞ。男のお前に気概というものが無いのか。情けない奴だ」


「逃げようたって無駄だ。俺がとっ捕まえて引き摺ってでも連れてってやるさ」


ドッグ、ロイド兄弟が交互に釘を差すと、ハンスは辟易して前言を撤回した。


「わ、わかった、わかったよ。行けばいいんだろ。どこでも行ってやるさ。ふん、アルガンの怪獣よりおっかないのが身近に居るようだからな」


 同じ頃、リーマもチャンプから予定を聞かされていたが、むしろ同情されていたのはチャンプの方だった。


「じいちゃん大丈夫、また険しい道を登って行くことになるのよね。体力のある人が他にも大勢いるのにね」


「わしか、わしは平気さ。今度はそんなに日数が掛からんそうだ。ドッグ、ロイド兄弟もいるしな。それよりアルガンには化け物がいるんじゃないかという噂だ、怖くないか」


「あたい、あたいは平っちゃら、逆に興味津々。誰も踏み込んだことのない謎の神殿があるっていうじゃない。面白いわ。何だか探検に行くようでワクワクするわ」


「ハハハ、それは頼もしい、わしなんかより肝が据わってるわい。それを聞いてほっとしたよ。もっとも危険な事があっても皆がお前を守るさ。少々頼りないが、わしもいるから安心するがいいさ」


「じいちゃんこそ気をつけたほうがいいよ。でも伝説の地、幻の宮殿っていうじゃない、無事に辿り着けるかしら」


 一方で、案内役に指名されているパラディンの捕虜サダトは、当初協力要請を猛然と拒絶したのであった。悪魔のいる宮殿には二度と行きたくないと言う。仲間達が無残にも殺され、恐ろしい体験をした場所でもあり抵抗するのも無理はなかった。

けれども探索の成否の鍵を握っており、あくまで先導させる必要がある為、説得には熱がこもる。

結局、脱走を企てた捕虜として極刑をほのめかしながらも、片方で案内役を受け入れれば現地に着いた時点で開放するとの条件で承諾させたのであった。



*

そして、混成部隊の出発の日がやってきた。

ターゲットは二箇所となるが、途中まで共に行軍し、分岐点で二手に分かれてそれぞれの目的地を目指す。カルデラ族もかなり参加しており、部落の留守を預かるのは、老人と女子供中心となった。

ロンバートの遠征隊員も久し振りにじっくり休養し、体力、士気も充分に蘇っている。

ただ三日間のカルデラ村落での滞在で親しくなった相手との別れは、辛く名残惜しい思いもあるようだ。ほとんどの村民が見送り、再会を誓い合った。


「リーマ、必ず戻って来てね。皆で待ってるよ」


「チコ、アルナ、皆も私ここが大好きよ。今までこれほど楽しかった事なかったわ。終わったらすぐに帰って来るわ」


「約束よ、もっと色々な事教えてほしいの。私待ってるわ」


「私もよ。知りたいことが一杯。山菜、草花、踊りに唄、まだまだあるわ、楽しみにしてる」


お互い話は尽きぬようだった。けれども多くのロンバート兵士は来るべきパラディン族との戦いに思いを馳せ気を引き締めていた。

最強の経験豊富な戦士達とはいえ、今まで経験したことのない狂信者集団が相手であり、何が起こるか分からない不気味さがあった。もちろん武器の手入れ体調の管理には余念はなかった。

連峰を越え当地に入ってからは、用心のためもあって出来るだけ山麓沿いに徒歩で移動したが、今回はカルデラ族の道案内で湿地帯を乗馬で進む。良く育ったヨシ、スゲを掻き分け、滑り易いコケ類、泥土に足を取られないよう気をつけながらの道程である。

見渡す限りのなだらかな平原が続くが、国元のロンバート高原とは異なり、植生が大型で熊笹などが頭上を覆う為、敵に見つけられる可能性は少ないが、案内がなければ進むべき方向を迷ったであろう。ただ目印としては、彼等が越えてきた山頂に雪を抱く連峰が、常に遠くに望めたのである。その眺めは同時に、離れてきた国、残してきた人々を懐かしく思い出すことにもなった。


 半日が過ぎ、目的地が異なる二隊が分かれることとなった。

一隊はパラディンの部落を目差して、カルム川の下流に沿って進む。もう一隊は少数ではあるが、西側に連なる山腹を辿る。丁度カルデラ村からアルガンの峰を見れば、反対側に位置することになるだろう。

いずれの隊も行く手に待ち受けているものの正体が判然としないだけに、一抹の不安と好奇心が交差した侵攻となった。



*

パラディンの村落は背後に岩山を抱き、その高台に偶像を祭ったいわゆる神殿と集会場を配置し、その前方に族民の生活する居住家屋が点在する造りとなっている。

外部とは周辺を柵で仕切っており、二箇所に監視用の櫓が設けられていて、ある意味では砦の様相を呈している。もともとこの地では彼等に匹敵する部族は存在せず、むしろ周囲からその残虐性を怖れられ、攻められる心配はなかった。

日頃の暮らしも一部家畜を飼ってはいるが、狩猟が生活の基盤で、日の明るい間は村落から外に出て、食料となる野生動物を捕獲することが一日の活動の主体であった。

時にはその優れた闘争能力を武器に、彼等のエリアと接する弱小部族を襲い、物品、食料等を戦利品として収奪することもあった。

もちろん外部から侵入して来る人々に対しては、迷い込んだ場合であっても容赦はしない。かつてのシモン達のように相手を捕らえて部落まで連行し、彼等が崇める偶像神体への貢物として生贄にするか、奴隷として働かせた。

抵抗された時は、好戦的な性格が表面化し、徹底的に相手を傷つけ殺す事も平気であった。この圧倒的な攻撃力でパラディン族はカルム川流域の広範囲を長年にわたり支配してきたのである。

しかし、今その勢力に隙間風が吹き込むこととなった。


「どうした、私に用とは、何かあったか?」


部落の一番奥に位置する神殿と隣り合わせの巫女の住居に族長が訪れた。

パラディン族の最高権威者の証として全身に刺青を彫り、豹と思しき獣皮をまとい、頭に羽根付きの冠をかざした仰々しい成り立ちであった。


「東の方角から災いが向ってくる。それも多くの気を高めた勇士の姿が見える」


彼女は机の上に水晶球を置き、占いによって透視した異変を報告した。全身を白衣で覆い、額から左右に垂れ下がった黒髪と厚化粧で、容貌を隠してはいるが目が光輝いている。


「それは本当か。我々に楯突こうとでもいうのか。いったいどの部族だ。まさかあの軟弱なカルデラではあるまいな」


「そこまでは解らぬ。だが我々に対する強い敵意と、見た事の無いオーラが感じ取れる」


「ふん、誰が来ようと向かい撃って蹴散らしてやるさ。丁度よい、そろそろご神体に生贄を奉納する時期に来ている。格好の獲物が向こうからやって来る。捜す手間が省ける」


族長は思わず凄味を効かしてほくそ笑む。


「それともっと驚くことがある。彼等がアルガンの宝玉を携えているのが見える」


「何、それは間違いないか。どうして彼等が持っているのだ。本当に宝玉なのか」


「誓って相違ない。この波動は宝玉そのもの。徐々に強くなって来るわ。彼等の到来を察知できたのもそのエネルギーが、水晶球を通じて神体と同期したればこそ。言い伝え通りの兆候を示しておるわ。何としても手に入れねばならぬぞ」


「それは当然のこと。だが我々が何度アタックしても戻って来た者すらいないアルガン。その生命の源である宝玉を彼等が持っているとすれば、これほど幸運なことはない。よし、一石二鳥だ。全力を挙げて攻撃し奴等を襲い奪い取るのだ。そして、我々の長年の悲願であるご神体の復活する日がついにやって来るのだ」



パラディン族の巫女と族長は、お互い顔を見合わせ笑みを浮かべた。


























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