辺境(プロローグ)
プロローグ
「おじいさん、おじいさん」
と部屋の外から子供の声が聞こえる。
質素ではあるものの家具、調度品がバランス良く置かれた居間は、暖炉の熱気が隅々まで行き渡り、うたた寝にはもってこいの室温であった。
「おじいさん。まだ起きているの?」
扉が半開きになり、幼い顔が室内を覗く。老人は気配を察して、慌てて体を起こし入り口方向に向き直った。
「なんだ、まだ起きていたのかい」
彼は穏やかに声を掛ける。部屋に入った少年は周囲を見回しながらやや寂しげに尋ねた。
「おじいさん。お母さんとお父さんはまだ帰ってないの?」
老人は姿勢を正し、手を差し伸べながら苦い表情で答える。
「こっちへおいで。お前の両親は今、仕事仲間の寄り合いに行ってる。もうそろそろ戻って来る頃じゃろうて。眠れないのかい?」
すると、少年は幾分興奮した面持ちで言った。
「今夜は星がとっても綺麗だよ。いつもと違って窓の外が輝いて見えるんだ。いいな二人とも。こんな夜出歩けて。僕もまだ眠くないよ」
「全く困った奴らじゃわい。最近はやれ交流だの親睦だのと、何かと言えば口実を設けては、お互い誘い合って夜会を楽しんでおるんじゃ」
老人はぶつぶつと呟く。
「外は気持ちがいいだろうな。うらやましいな」
「うむ。このリーマも辺境から北風が吹き始める今時分は、空も綺麗に澄み渡るのじゃ」
と炉端に腰掛けた少年の肩に手を回し説明した。
「ねえおじいさん。ここはなぜリーマって人の名前のような呼び方をするの?」
少年は首をひねりながら疑問を投げかける。それに対し老人は多少自慢げに微笑んだ。
「そうか知らなかったのか。リーマという地名はお前の言うように女性の名に因んで付けられたものじゃ。そして彼女は私の曾祖母でもあるんじゃ」
「そう、それじゃあ僕の大おばあさんでもあるんだね」
少年は強い関心を示す。
「でも、なぜその女の人の名前がつけられたの?」
老人ははるか昔を懐かしむかのように宙を仰ぎそして言った。
「そうだな、もうお前も知っておいていいだろう。今から百年前、この地方はまともな家もない荒地だったのだよ。ここに住む人々は未開で文字すらも知らぬ狩人であった。そこに私の曾祖母のリーマがやって来たのだ」
「どこから来たの。家族で引っ越して来たの?」
「いいや、家族から離れ一人で来たのじゃ。いやむしろ無理矢理連れて来られたと言っていい。この街の側を流れるカルム川の源流より、さらに遠くの国からやって来たのだ。多数の男達の中にただ一人の女性が混じっていた。それがリーマだった。当時十六か七だったと言われている」
と老人はその謂れを語りだした。