異郷(四)
(四)
デリアがサラの庇護のもと村人達と生活を共にし始めて、当初、言葉の違いと異質な日常の慣習に戸惑ったが、もはや一人ではないという安心感の方が強く、いずれも同居の妨げとなる大きな問題とはならなかった。むしろ彼女の持ち前の明るさと、社交的な性格により彼等に溶け込むのは早かった。まだ幼かったことが逆に幸いし、誰とでも気さくに接する事が出来たし、無邪気で天真爛漫な性質は相手を惹きつけた。言葉も急速に進歩し対等に会話が出来るようになるのにそう時間はかからなかった。
もちろん一番彼女を歓迎したのはサラであった。当初亡くなった娘のカリンの生まれ変わりと信じて甲斐甲斐しく世話をして、失ってしまった親娘の愛情を一心に注ぎ、周囲の目を驚かせたが、日数を経るに従って、もはや改めてデリアの素性を問い質す意味がないほど二人の絆は実の親子以上に強くなっていった。
サラの行く所どこへでも付いて回り、日常の作業や、様々な慣習を覚えたがった。それはサラにとっては願ってもない展開で、自分の知っている限りの知識を熱心に教えていった。そして彼女に生きる張り合いをもたらし、以前の明るく温和な性格が蘇った。
彼女にとってデリアの存在は掛け替えもない貴重なものとなっていった。
一方のデリアは好奇心旺盛で積極的に物事を吸収する反面、自分の能力を村人達に知られないよう気を配った。むしろ子供とはいえ宇宙ステーションで学んだ知識は、彼等を上回っていた。けれどもそれを悟られることで、人々から警戒されることを恐れた。当初、特殊な能力で彼女の正体を見破った祈祷師も、その素直で明るい性格が村人に好ましい印象を与えていると判断し、再び口にすることはなかった。むしろ彼も彼女の成長を温かく見守る一人となった。
デリアは恩返しの気持ちもあり、サラを通じて少しずつ人々の生活に役立つ知識を還元していった。食物栽培、紡織、製紙、各種加工技術等々、彼女が記憶しているあらゆる教養や知恵を不審を抱かれぬよう控えめに、出来るだけ偶然を装って伝えていった。それらは徐々に生活の向上と社会の発展に繋がっていく。
いつしかサラも彼女の才能に気がついたが、疑問を呈することはなく、皆を幸福に導くことであればとその普及に協力を惜しまなかった。村人達からも相談を持ちかけられるようになり、その都度親切に応えていった。そしてすくすくと、部族の一員として認められ、育っていったのである。
数年後、デリアも少女から大人へと成長し、サラの介添いの元、周囲から祝福されて自然とムラトの妻となった。彼もヒーローに巡り合い一瞬ではあったがその背に乗ったことで、自信がつき、何事にも積極的に挑戦する立派な若者へと変貌していった。もともとムラトはデリアにとってこの星で初めて出会った人間であり、憔悴していた彼女を村まで背負って連れ帰った男性であった。つまり彼女にとって命の恩人である。そしてお互い年を重ねるに従って感謝の気持ちと身近な存在が、異性相手の好意的な感情に変化していった。もうその頃には、サラも血の繋がった娘であるとは言わなくなり、二人の結婚を許した。
そしてすぐにデリアは妊娠した。本来であれば喜ぶべきことではあったが、姿形こそ同じに見えるものの異星人同士には違いなく、はたして正常な子供が生まれてくるのか、一抹の不安があった。レアに聞くことが出来れば答えが出たであろうが、もはや手の届かない場所に居て不可能である。
けれどもそれは杞憂に過ぎなかった。十ヵ月後に初産で苦しみはしたが無事にサラが取り上げた子供は、元気で健全な男の子であった。彼等はその子をロンと名付けた。
デリアは幸福を噛み締めた。その一方で想像も出来なかった自らの巡り合わせに、不思議な感慨を抱いていた。仲間達と乗り合わせた宇宙船が遭難し、人間では彼女だけが助かりこの惑星に不時着。そして自分と同類の人を求めて旅立ち、途中生命の危機に瀕するような困難を乗り越えた末に、この地に辿り着いてサラやムラト等と出会い、念願を果たした。
そのうえ、彼らと一緒に暮らして結婚し、子供まで儲けることになろうとは、運命の悪戯としか言いようがなかった。
その後、さらに二人の子供が生まれた。次男のヤマトと娘のパジルである。もうこの頃になると、宇宙船や過去のことも思い出すことはなかった。子育てや家事、部族の一員としての役割に忙殺され、賢婦として周囲の者から何かと頼りにされていた。村の規模も徐々に大きくなり他の部族との交流も盛んになる。それに伴って様々な催しや会合が行われるようになったが、彼女のアドバイスは的を得たもので、ムラトや幹部の者からも重宝がられ、忙しくはあったが充実した日々を送っていた。
悲しい出来事もあった。子供達もようやく手が掛からなくなった頃、彼女の保護者であり養母でもあったサラが亡くなった。サラは夫と娘を一度に亡くし、一時はすっかり気落ちし生きる張り合いを喪失してしまったが、デリアの出現によって見違えるように明るさを取り戻した。デリアにとっても彼女の擁護がなければ今日はなく、二人は実の親子のように手を携えて二人三脚で生きてきたのだった。サラは息を引き取る寸前にデリアに言った。
「私もようやくマロンとカリンの所に行けるわ。悲しむことなんて少しもないのよデリア。マロンに会ったらあなたを寄越してくれた礼を言うつもりよ。おかげで私の人生最高に素晴らしかったって。三人の孫にも恵まれて楽しかったわ。ありがとうデリア」
デリアは泣いた。彼女にとってサラは感謝し切れぬ大切な恩人であり、精神的支柱であった。また、ムラトや三人の孫達も嘆き悲しみ、村人達の多くが愛すべき人柄ゆえにその死を惜しんだ。
その後さらに歳月が流れ、周囲の人々から推されムラトが族長となった。以前に比べ住民も増え、生活基盤も拡充し衣食住の環境や様式も一変していた。部族の発展に対する彼の積極的な取り組みと、村の運営の公正な態度は誰からも評価され推挙されるに至ったのである。もちろんデリアの協力が大きく寄与したことは言うまでもないが、ようやく尊敬する父親マロンと同じリーダーの地位に就いたのであった。
そして長男のロンが妻を娶り子供が生まれた時には、デリアがこの星に両足を踏み出してから四半世紀が過ぎていた。もはや宇宙船ははるか遠い昔の懐かしい思い出に過ぎなくなっていたし、記憶も薄れがちであった。残りの人生もこの土地で骨を埋めることになると確信していた。
それがある日を境に状況が急変する。娘のパジルがそれを見つけたことが発端であった。彼女がデリアに見せるため住居に駆け込んで来た。
「お母さん。近くの川原で妙なものを見つけたの」
「なに、慌てて、一体何を見つけたのかしら?」
「それが、葦の茂みの所で鶴が暴れていたのよ。近づいて見てみると足に紐が付いていて、それが茎に絡まっているのよ」
「え、鶴の足に紐が・・」
デリアは遠い昔の体験を思い起こしていた。まさか同じようなことが起こるとは信じられず一瞬疑った。
「そう、それで可哀そうだから外してあげたの。そしたら紐の先に袋が付いていて、その中にこんな物が入っていたの」
それは、文字が書かれた紙切れと、金属片であった。彼女はそれを見て顔色が変わった。紙に書かれた文字は、彼女が子供の頃目にし、学んだ母星の文字そのものだった。そこにはこう書かれていた。
『デリア、この惑星に危機が迫っています。至急戻ってほしい。レアより』
明らかに彼女が宇宙船で愛用していた用紙にプリントされた文字で、レアからのものに間違いはなかった。また、紙に色褪せはなく最近打たれたようであった。更に同封されていた金属は、以前ヒヒに盗まれた方向指示器と同じものであった。
真っ先に彼女の頭に浮かんだのは、どのようにして用紙や方向指示器をビニール袋に入れ、鶴の足に括りつけたのかの疑問であった。コンピュータのレアがいかに優秀であろうと、自ら細工が出来るとは思えないし、双子犬を手なずけたとしてもこのように精巧にいくかどうか。更に二十五年も経ち犬達が健在とも思えない。
「お母さん、どうかしたの?」
パジルの呼び掛ける声に我に返った。
「ああ、あなたはお母さんにとって大切なものを見つけたのよ。でもいったいどうすればいいのかしら」
デリアは思い出していた。宇宙船から出発する際、レアに何か重大な発見があれば、どのような方法でもいいから知らせてほしいと依頼した。あれから二十五年も経ちレアがいまだに活動しているとは驚いたが、助けを求めているのは余程のことが起こっていると推察された。しかもこの星の破滅を示唆している。移住船を襲った異星船と関係があるのかしら。一瞬にして他の乗組員を消滅した破壊力は相当なもので、あの敵がこの星を侵略してきたら一たまりもない。
そして色々想像して出た結論は一つしかなかった。くよくよ悩む必要もなかった。行くのだ。宇宙船に戻り真相を確認する以外なかった。
側でパジルが浮かない顔のデリアを心配そうに見守っていた。
「パジル、ムラトの所に一緒に来るのよ」
デリアはメッセージが書かれた紙と方向指示器を握り締め、外に飛び出した。後ろからパジルが続く。夫のムラトは近くの長男のロンの家族が暮らす住居に用があって訪れていたのである。
名を告げて中に入ると、丁度次男のヤマトも来ていた。
「ムラト、あなたに大切な話があるの。ロン、ヤマト、あなた達にも聞いてもらった方がいいわ」
「いったいどうしたんだ。藪から棒に」
ムラトは幾分興奮気味の彼女に怪訝な顔をして尋ねた。
「私、高峰の向こう側に行かなくてはならないわ」
開口一番の一言に皆驚きを隠せなかった。
「その訳を説明する前に謝らなくてはいけないことがあるの。今まで隠していたけど、いいえ誤解を受けると困るから話さなかったけど、私、この星の人間ではないの。ここから遠く離れた宇宙からやって来た人間なの」
今度は本当に仰天してしまった。その途方もない言葉に問い返すことすら出来ずにいた。
皆固唾を呑んで説明の続きを待った。
デリアは最初から順序だてて語り始めた。彼女が宇宙ステーションで生まれ育ったこと。別の惑星に移住のため母親や仲間達と共に旅立ったが、途中で何者かに攻撃され船体が破壊され、人工知能の誘導で九死に一生を得てこの星に不時着したが助かったのは彼女一人だけであったこと。そして、同じ人間を捜すためにあの高峰を越えて来てムラトやサラと巡り合い部族の一員として迎え入れられた経緯を簡潔に話した。
そして宇宙船を守っている人工知能のレアから、この星が危険な状況にあり、彼女に戻ってきて欲しいとの懇請があったことを付け加えた。同時にプリントした紙と方向指示器を見せた。
子供達にとって全くの寝耳に水のことで、信じられる内容ではなかったが、高度の技術で作られた精巧な機具を見ると、疑問を投げかける余地はなかった。
彼等が戸惑い呆然とする中で、一人ムラトだけは終始冷静に聞いていた。
少し間を置いて彼が言った。
「私には分かっていたよデリア。お前をこの村まで連れて来た時、祈祷師がこの世界の人間ではない者を中に入れるなと言った。それに対し母親のサラは死んだカリンの生まれ変わりだと反論し面倒を見ることになった。祈祷師は敢えて反対はしなかった。彼がサラに好意を持っていたこともあって、せっかく元気で明るくなった彼女が再び落ち込んでしまうよりいいだろうと判断し、二度と口にすることはなかった。ただその後、彼は私のところに来てアドバイスした。お前が身につけていた衣類を燃やすようにと。この世界にはあり得ない物で村人が怪しむといけないからとの理由だった。私はそのようにした。だからお前が何者かわかっていた。けれども祈祷師と同様、私もそのことを決して口にしなかった」
そこまで話しムラトは一息吐いた。
そして考え込んだ末に決心した。
「行くがいい。あの山の向こう側へ。お前の言うことなら間違いはないだろう。行って真実を突き止めてほしい。何が起こっているのか。だが一人では無理だ。もう若くはない。私も行ってやりたいが、族長としての責任がある。ロンも家族がいて難しいだろう。ヤマトを連れて行くがいい。どうだヤマト」
「もちろん行くよお父さん」
彼は目を輝かせ緊張した面持ちで言った。ロンも自ら行けないことを口惜しがったが異存なさそうであった。
「ありがとうムラト。私の我儘で皆に心配掛けてしまって。感謝するわ」
デリアは家族が理解を示してくれたことに心から幸せを感じていた。
「もし事実が明らかになり応援が必要であれば、族長として部隊を組織し掛け付けるよ。連絡方法は例の鶴を使えば取れるんじゃないか」
「そうするわ。必ず経過を知らせるようにするわ」
「よし、そうと決まれば早速準備しなくちゃ」
ヤマトが声を掛けた。
その時、妹のパジルが口を挟んだ。
「私も行く。私もあの高峰の向こう側を見てみたい」
「おいおい、お前はまだ子供だ。足手まといになるだけだ」
ロンが反対した。デリアもこれには困惑した。
「大丈夫よ。迷惑掛けないから。私絶対に行くわ」
ムラトは思い出していた。パジルが亡くなった彼の妹カリンに似て、言い出したら退かない性格であることを。
数日後、デリアはヤマトとパジルと共に、高峰の反対側の宇宙船目指して出発した。パジルは結局皆の反対を押し切って同行してきたのであった。単独でも行くと言い出し連れて来ざるを得なかったのである。
村の人々には新たな開拓地の調査のため暫く旅に出るとしか伝えていない。デリアは何十年も昔の子供の頃とはいえ高峰を越えてきた経験があり、その困難さは充分理解していた。何泊も覚悟しなければならず、寝具、食糧等考えられる必要な荷物は持参してきた。もちろん前回のような身を守る武器やバリヤ装置のような先進的機材を都合出来るはずもなかったが、レアが寄越した方向指示器は手元にあった。デリアはそれに従ってさえいれば大丈夫な気がした。
山間部に入り草木に覆われほとんど道のない難路続きだったが、思っていた通り指示器通りに進むと障害物がなくなり先が見通せた。それでもなんどかの山越えを繰り返し、年を重ねたデリアにとっては体力的にきつく、また同行の二人にも無理をさせないよう、こまめに休憩を取った。そして、思っていたより早く山塊を抜け、平原にたどり着くことが出来た。
「懐かしいわ。この景色は昔のままよ」
ここからは指示器なしでも進むことが出来た。背の高い野草もあったが径はなだらかで今までよりもはるかに楽であった。道々、デリアは昔のことを思い出しながら、この地で体験した事柄を二人に話聞かせた。
そして、宇宙船が不時着している山の麓までこぎつけると自分の故郷に戻ってきた思いを抱いた。けれども家族が待っているわけでもなく、二十年以上過ぎており双子犬も健在なはずはなかった。ただ、人工知能型コンピューターであるレアが機能しているだけであったが、戻ってきたことが不思議な気がした。
そこで一泊したあと、翌日いよいよ宇宙船を目指すこととなった。
ところが、登り始めると急勾配の連続で、デリアは途中で息が上がってしまった。はるか昔、この地に人がいる痕跡を発見して喜びに溢れながら登ったことを思い出した。その時は無我夢中で疲れなど感じなかった。今、二人の子供たちも期待を胸に抱き元気そのものであった。
「母さん。かなり登って来たと思うけど、あとどれ位?」
「もうすぐよヤマト。あの稜線に見覚えがあるもの」
「そう、いよいよお母さんが乗ってきた船が見られるのね。なんだかワクワクしちゃう」
「もう二十五年前のことよパジル。すっかり変わっているかも知れないわよ」
そしてようやく三人は山の中腹に到着した。正面に小山のような樹木の塊が見えた。蔓や枝葉、雑草に囲まれた宇宙船だった。一見、山林の一部としか思えなかったが、所々に船体の外壁が覗いている。
「まあ、なんてことでしょう。二十五年も経つと植物も立派に育つものなのね。すっかり埋もれてしまってるわ」
「でも、あれが宇宙船だとしたら何て大きいの。吃驚しちゃうわ」
パジルが絶賛する。
「さあ、行くわよ。あそこが入り口よ」
デリアが指差した方向に坂を降り始めた。
あとわずかな所で突然正面の扉が開き、中から二匹の犬が飛び出してきた。
「まあ、あなた達ね。以前とちっとも変わってないわね」
双子犬であった。けれどもどうも様子が違った。彼等の前で止まり唸り声を上げ威嚇し始めた。相手に対し警告しているようであった。
そして不意になにかに驚き向きを変えて船内に入ってしまった。
「そうだわ。二十五年も経ってるもの、変わらないわけないわね」
そう言いながら入り口のスロープの前に立った。
「レア、私よ、デリアよ、中に入るわよ」
以前と同じようにそう呼びかけながら中に進んだ。ところが、後ろから付いてきたロンとパジルの前で透明の壁が現れ二人は通れなくなった。デリアは気がつき、
「レア、二人は私の子供達よ。シールドを解除して」
と指示すると、二人の前の障害物は即座に消え動けるようになった。二人とも勝手が違い気味悪がった。彼等にとって見るもの全てが珍しく周囲を何度も見回した。
「大丈夫よ。船内はレアが認めた者以外は虫の子一匹入れなくなっているの。でも私が言えば通してくれるわ」
「ふーん、お母さんて偉いんだ」
パジルの妙な感心の仕方に苦笑しながら奥に進む。そしてかつて彼女が生活していた部屋に辿り着いた。
今度は自動的にドアが開いた。
一歩中に入るや懐かしい声が聞こえてきた。
『いらっしゃいデリア、お待ちしておりました』
「レア、久し振りね。当然だけど以前と同じだわ。逆に私の方はすっかり変わってしまったでしょ」
『生体の確認は声、外見、色調等様々な方法がありますが、あなたの場合声色は以前と異なっていますが、声質は登録してあるものと合致しました。デリアご本人と認証しました』
「うっかりしていたけど子供達は始めてね。男の子はヤマトで女の子はパジルよ」
『お二人ともデータ入力し登録しました。あなたが取り消さない限り当宇宙船への出入りは自由とします』
二人とも頭上から聞こえてくる声に混乱してしまった。そして室内に配置された家具や機器、照明に至るまで全てが魔法で出来た物の様に思えた。
「教えてほしい事があるの。メッセージが書かれた紙と方向指示器をどうやって鶴の足に取り付けたの」
『双子犬に作業を依頼しました。実はあの犬達はあなたが出発してから三代目にあたります。その間薬物投与や光線照射を施すことにより品種改良し進化しました。現在の二匹の行動範囲は広くなり、かなり複雑な作業をすることも可能となっています。私の指示通りに忠実に行動してくれるので助かっています』
この時、デリアの脳裡にある種の疑念が生じた。が、とりあえず胸にしまい込む。
「それじゃあ今回の危機について説明してくれる」
『はい、事の発端は五ヶ月前にさかのぼります。宇宙との通信アンテナがある信号をキャッチしました。それは残念ながら連邦の救援信号でも、同胞の宇宙船から放たれたものでもありませんでした。すぐに解析を行ったところ、我々を襲った異星船が別の船と交信している電波を受信したことがわかりました。問題はその内容です。彼等は人類の新惑星への移住を妨害しましたが、出来る限り彼等の支配領域にある惑星の生物進化を阻みたい意向を持っています。我々には特殊な武器を用いましたが、進化途上の惑星には間接的な破壊活動を行い生物を消滅させていくようです』
「それはどのような方法なの?」
突然部屋の中央の空間が明るくなり、ホログラムが浮かび上がった。徐々に実体が明確になってゆく。その映像を見て子供達から悲鳴が上がった。
そこには全身瘤があり、三つ目で眼が真赤で角の生えた、身の毛のよだつ怪獣が映し出されていた。
デリアも衝撃を受けたが、何か心に引っ掛かるものを感じた。
「なんなのこれは」
『そうです。彼等はこの生命体を惑星に投下します。どうやら、あらゆる物を焼き尽くし、あらゆる物を食い尽くすようです。非力な生物はこの敵から身を守る術はないでしょう』
「じゃあ、これがこの星にも現れるっていうの」
『通信のやり取りからすると、この惑星は次のターゲットになっています。至近距離まで来るのにあと一ヶ月しかありません』
デリアは呆然と立ち尽くした。この怪物にこの地の美しい自然を根こそぎ破壊されるというのか。とてもあってはならないことに思えた。
「それで私にどうしろと言うの」
『彼らからこの惑星を守れるのはあなたしかいません。入手したデータを分析した結果、この生命体にも死角があることがわかりました。あなたが不在の間、ある種の武器や装置を蘇らせることが出来ました。ただ残念ながら私や双子犬には操作することは出来ません。あなたを呼び戻す以外なかったのです』
「わかったわ。私ももうこの星の住人よ。滅亡させてはならないわ。全力で戦うわ。だからその方法を教えて」
『わかりました。この生命体の能力及び弱点、さらに攻撃方法について説明します』
「でもその前に教えてほしいことがあるの」
『はい、データにあるご質問であればお答えします』
「私ここに来る間に、すっかり忘れていたことで思い出したことがあるの。二十五年前にこの場所から初めて平原に降りた時に夢を見たわ。ママやパパ、移住船の仲間達の所に行こうと思って前に進もうとすると、後ろから誰かに押さえられて動けないのよ。単に夢だからどうってことないんだけど、その後も今にしてみれば妙なことが多いのね。鶴が人の存在を知らせたり、道に迷って疲労困憊した時にトナカイが現れ行き先を教えてくれたり、今まで幸運だったとばかり思っていたわ。今回レア、あなたが鶴を私との連絡手段に用いたことはその前例を真似たものと理解出来るの。でもね、私がここを出発した時、あなたにお願いしたことは乗組員の安否が判ったとき知らせて欲しいと言ったけど、異星人の動向ではなかったわ。私、ママから聞いたことがあるの。あなたのような人工知能型コンピュータは知識活用能力やある種の学習能力を持っているけれど、指示された項目について応用しても、自ら判断して実行することはないって。いわば制限を設けているのね。そういう意味からするとあなたの行為は逸脱していると思えるのよ」
『いえ、今回の異星船の発見は、行方不明の乗員の調査の延長線上にありその関連で行動したにすぎません。双方は密接に係わりがあり決して異質なものではありません』
「仮にそうだとしても、双子犬の能力強化や武器の補修はその前のことだわ。あらかじめ予測して手を打っていたとしか考えられないの。もっと深読みするとある筋書きに沿って物事が起こっていたんじゃないかって。そうだとすると信じられないことだけど不可解なことの辻褄があうのよ。要するに、夢で見た私の自由を束縛している者の正体は、レア、あなたじゃないかって。もしママの言う通りだとするとあなたはレアではないわ。どこかで入れ替わったんだわ。だとするとあなたは誰。いったい誰なの?」
『私はマスターから指示を得て、忠実に任務を履行するコンピューターであり、それ以上のものではありません』
「それともっと決定的なことがあるの。なぜ今まで疑問に思わなかったのかしら。この星の動物にしても植物にしても私達の母星のものと全く瓜二つよ。学問的なことは判らないけれど惑星の生物進化の多様性からすると確率的に有り得ないはずよ。また、子供だったから不思議に思わなかったけど、移住船が遭難した時、この星が近くにあったこと自体が奇跡だわ。なぜ、先発隊がこんな理想的な環境の惑星を見逃していたのかしら。それと、ようやく思い出したわ。あなたが見せてくれたあのおぞましい姿をした生命体は、もう捨ててしまったけど双子犬の愛玩用の怪獣人形にそっくりよ。どう説明してもらえるの」
立て続きの疑問点にレアから即答はなかった。これは珍しいことであった。通常、判らないことでも何らかの反応はあったのだ。
明らかに答えに窮している状況である。
子供達も言葉は理解出来なかったが、双方のやり取りが尋常ではないと察していた。
そしてようやく話し始めたが、今までと明らかに声のトーンが変わっていた。
『デリア、あなたも以前と比べると格段に成長されたのですね。まあ、当然でしょう。もはや誤魔化しは通用しないようだ』
「やっぱりそうなのね。ここはどこなの。あなたは誰なの」
『分かりました。最初から説明しましょう。私はこの場所に止まり時空間を行き来する者。そして創造者。ここはあなた方からすると数十億年前の別の宇宙空間です。そして数十億年後の銀河が現れ、あなた方の船が私の領域に入り込んで来たのです。かねてこの世界の歴史を造り替える対象者を求めていたところ、宇宙船の乗員であったデリア、あなたに出会い、新しい世界の生成のモデルとして決めたのです』
「よく判らないわ。なぜ私なの、新しい世界って何?」
『この宇宙のこの惑星で、私は何度となく長い年月を積重ねて生物を進化させてきました。けれども姿や特徴をその都度変えやしたものの、結局私とは別の進歩を阻む存在、要するに私の敵、つまり破壊者が現れ、せっかく築いた文明を滅亡に追い込むのです。それはあなた方で言う、水中生物であったり逆に飛行生物や昆虫文明であったりします。破滅の種類は自然災害や伝染病、戦争によって自滅するケースもありました。生物種や内容こそ違うもののその時期やパターンは同じで、私がその敵から直接世界を守ることは出来ないのです。私には時間を遡り生物の種類を特定させ進化を促進することしか出来ないのです。そして時には高度な能力を身につけた種も現れたものの、結局敵の力に及ばず破綻してしまいます。それは私にとっては残念でなりません。せっかく長い時間を掛けて創造したものを破壊されてしまうのですから。そして今度は新たな生物種の物色に、未来に目を向けました。するとあなた方が現れたのです。新しい種となる生物のデータも豊富でした。あなたのお母さんの仕事だと思いますが、コンピュータのメモリからDNA配列、特徴、種類等苦もなく手に入れることが出来ました。更にあなた方の歴史も学びました。母星は環境破壊で滅んだものの、テクノロジーを屈指して再生の道を歩まれています。新たな文明を模索されています。それは私が期待する種族に相応しい特質です。そこで私はそのデータを活用し新たな世界を構築することに決めたのです』
「いつの間にその膨大なデータを入手したの。なぜ私だけ宇宙船と一緒にこの世界に来たの?」
デリアはその想像を絶する話の内容に圧倒されてしまったが、宇宙船の他の乗員が消滅したのでなく、逆に自分だけが移動したようだと、かろうじて憶測できた。
『私は自ら時間の移動が出来ます。あなた方の一秒が私にとっては一日でもあるのです。その間に船内の情報を解析することは簡単です。又、遺伝子データを使って数十億年前に戻り生物を誕生させ進化させることも可能でした。そして順調に動植物、そして人類が生まれて来ましたが、今度の敵は私と同様にあなた方の宇宙船から選択した怪獣の人形をベースに滅亡のシナリオを描いてきました。つまり、敵は私の行動に合わして時には邪悪な方法で破滅に導きます。全てを燃えつくし残らず食い尽くす魔獣。今の進化のタイミングでは今までと同様に確実に破壊されてしまいます。指を咥えて見ている訳にはいきません。そこであなたの力を借りる必要があったのです。あなたが学ばれた知識と教養を新たな人間に普及させ、対抗する能力を早く備える。それは、この試みに疑問を持つ大人であっては駄目でした。更にある程度良識と忍耐力があって、感情の豊かな人でないと、彼等にいい影響をあたえません。その点あなたは見事に合格されました』
「そして私に戦えと言うわけね。あなたにとっては都合のいいことかも知れないわね。でも私はママやパパとの新天地での生活を楽しみにしていたのよ。それが台無しになったわ。あなたには些細なことかもしれないけれど、私には大きな問題だわ」
『わかっています。今回の世界も失敗だったと分かった段階で、あなたを元の世界に戻そうと思っていました。もちろん子供の頃の宇宙船に帰します。いや、もしお望みなら今のあなたを連れ戻すことも可能です』
「あの時の私に戻れるの。じゃあ、この世界はどうなるの?」
『あなたがこの世界に現れる前まではそのままで、その後の世界は変わります。でも安心してください。あなたの記憶に残ることもありません。それとこの宇宙船もあなたが戻った段階でこの世界から消滅します。いわばあなたと一緒に移動して来たのですから』
「じゃあ、この子達も生まれることもないのね。では今の私が戻るとするとどうなるの」
『その場合、お子さん達があの怪獣と戦うことになるでしょう。まだ時間はありますから、私が戦い方を指導します。この世界が救われる確率は上がるでしょう』
「でもそれじゃあ私はママより年を取っているわけね」
『その通りですが、あなたはご家族や乗務員と再会することができ、この世界の記憶も心に残ります』
デリアは迷ってしまった。母親や移住船の仲間達との再会は願ってもないことだった。けれども子供達と別れることも否だったし、ましてやこの世界の記憶や思い出が無くなる事も本意ではなかった。
『デリア、あなたの望まれる通りにします。全てを告白し理解して頂いた以上、あなたの意思に反した筋書きを実行していくことは困難ですから』
デリアはこの途方もなく不可思議な体験を夢ではないかと疑った。けれども外には美しい自然があり、愛すべき家族が真近にいる。間違いなく現実の世界だった。
「少し考えさせてくれる?」
彼女は母親や父親への思慕を感じた。が一方でこの世界の家族への愛情も意識した。サラや夫のムラト、そして三人の子供達。彼女にとってかけがえのない人達であった。彼女の脳裡から、いずれかを犠牲にしなくてはならない。
ある意味では答えは出ていた。ただどうやって想いを伝えれば良いのか。悩みは尽きなかった。
ちなみに、三人の子供の内、長男のロンは統一国家の基礎を造り、次男のヤマトとその子孫は侵略者と闘う。そしてパジルは・・