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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
35/35

対決(エピローグ)


挿絵(By みてみん)


城の中は元の姿に戻った。

デリアはその中央の壁面を見上げる場所にいた。


「どうやら私たちの星は無事だったみたい。でも破壊者はどこに行ったのかしら?」


この状況を推理する余裕もなく、城全体が揺れだした。

直後に天井付近が崩れ構造物が落下し始めた。

デリアは頭上を見て危険を察知した。


「ここにいては危ない」


デリアは壁際に素早く移動する。

けれどもその後次々と岩のようなものが粉塵を伴って落ちてきた。

それを避けながら出入口付近に向かったが塞がっていて外に出ることは出来ない。

更にデリアの体より大きな岩盤も目の前に大きな音を伴って落下。

デリアは焦った。

どうやらこの建物全体が崩壊するようだ。

辛うじて直撃を免れているが、このまま瓦礫に埋まるのは時間の問題である。

周りを見回しても身を避けるための安全な場所などどこにもない。

もはやこれまでと観念したその時、天井付近から声が掛かった。


「タミア、タミア、どこにいる!」


呼ばれた名前が自分ではなかったが、誰の声か分かった。


「アモン、ここよ、ここにいるわ!」


大声で応えると、すぐに返事があった。


「わかった。直ぐ行く」


そして、落下片やほこりの舞い上がる中を見ていると、アモンが壁を伝い降りてくるのが見えた。

そしてデリアの位置まで来ると、


「僕につかまって」


と言いながら、デリアを抱きかかえ上から伸びている鎖を二、三回引いた。

それを合図に鎖が上げられ、それにぶら下がったアモンは巧みに壁を蹴りながら上部に上っていく。

その間も周囲は崩れていくが、辛うじて避けながら開口部に近づく。


「もっと引いて。早く早く!」


隙間からキテカが声を張り上げているのが見える。

そして、開口部から二人の体が外に抜け出た瞬間、轟音とともに城全体が崩壊するのがわかった。

間一髪、無事脱出することが出来た。

二人の体は上空を進んでいくが、上を見るとイーカロ族のパミュが鎖を首に掛けて空を飛んでいることがわかった。

更に鎖は城兵が身に着けていたものを利用したようだ。


『良かったね、無事で』


側で飛んでいるキテカが話しかけると、デリアは感謝した。


「ありがとう、あなたたちのおかげよ。でもアモン、どうしてここに?」


「ああ、僕が黒い雲に包まれて連れていかれた所は灼熱の砂漠の真ん中だったんだ。何もしない訳にはいかないんで歩き始めたんだが、生きものの姿もなくどこまで行っても白い砂ばかりの場所だったよ。長時間歩いて、時折骨らしきものを見かけたんだが、どうやら生物が絶滅した星に飛ばされたようだと気が付いたんです」


「じゃあどうして戻って来られたの?」


「そう、このままだと暑さと喉の渇きでもたないと思って絶望して座り込んでいたら突然白い雲に包まれ体が冷えて蘇ったんです」


「レアね。レアがあなたの居所を探り当てたのね」


「その通りです。彼は僕にこう言ったんです。『アモン、これから元の場所に戻るが城の中にデリア、即ちタミアが閉じ込められてしまっている。城が崩れる前に助け出してほしい』と。そして雲に包まれたまま戻ると、城兵と戦った種族たちが城の外で見守っているところだったんです。着いた途端に開口部から黒い雲が飛び出し、更に城が崩れ出したので、彼らに手振りで上に登りたいと伝えたんです。そしたら皆が手伝ってくれて開口部まで来られたんです」


「まあそうだったの。皆に感謝しなければならないわね」


見下ろすと二十体ほどの種族が集まっている。


「でも私、タミアには悪いことをしたわ。破壊者に鞭で叩かれて顔中傷だらけでしょう」


アモンはその顔を見ながら首を振った。


「いいえ、傷などどこにも付いていないですよ」


その返答にデリアは安堵した。あれは破壊者が操った幻覚だったようだ。



デリアとアモンが種族たちの歓声に包まれて地面に降りた直後、驚くべきことが起こった。

周囲の景色が劇的に変わり始めた。

空の色が徐々に青色に、大地も色合いを帯びだし、樹木も緑色に変化し花や実が付き始めた。

空遠く太陽と思われる輝きが見える。

と同時に風が吹き様々な音色が聞こえてきた。

更に植物が蘇り、大地から閉じ込められていた虫や小動物が現われ飛んだり駆けたりし始めた。


『水の色が透明になったわ。魚も泳いでる!』


興奮したモナの声が聞こえてくる。

水路も川となり流れる音も耳に届いてきた。

そして、どこから現れたのか頭上に鳥が飛びまわっている。

集まっている種族たちは最初茫然とこの様子を見守っていたが、次第にそれぞれの方法で喜びを表し始めた。

別の種族同士が肩を組み喜び合う姿。

飛び出してきた生きものを指差して嬉しがる種族。

キュート族のヒューイは赤ん坊を持ち上げて空飛ぶ鳥を見せている。

全員がこの光景に満足していた。

その中には共に戦ったゴール族、巨人族、双子犬も含まれている。

もちろんデリアやアモンも喜びを分かち合った。

その中でボア族のドルトンが言った。


『どうやらこの星の元の姿に戻った様です。ほらあそこに私が暮らしていた街も見えます』


彼が指さす先は視野が広がり遠くに建物が立っているのが目に入った。

彼らが居るところは小高い丘陵のようで、山や草原、河も目に入り四方が見通せた。


「ここの自然は素晴らしいわ。もしかしたら私たちが住む星よりも美しいかもしれないわね」


デリアの称賛にドルトンが応えた。


『その通りですが、自然に恵まれていたたけに、豊かな土地や資源を求めて、各種族が奪い合ったのです。その結果、主に隙を突かれて破局の道に進んでいってしまいました。愚かなことです』


「またやり直せばいいわ。ここにいる仲間が力を合わせれば理想的な社会を築くことが出来ると思うわ」


『どうでしょうか。主が再び戻ってくることはありませんかね?』


ドルトンの危惧に対して、デリアは首を振って打ち消した。


「破壊者のことね。それはないと思うわ。かの者のここでの目論見は失敗に終わったのよ。再び来ることはないわ」


だがそれはデリアの願望であった。

後でレアに確かめる必要があると思った。

その時、彼らの方に渦を巻いた気流が近づいてきた。

ほとんどの者が警戒をあらわにしたが、デリアは冷静に言った。


「どうやら私たちが戻る時がきたようね」


アモンは頷いたが、他の種族に説明を続けた。


「私たちはあの渦のトンネルを通ってこの世界にやってきたの。本来であれば破壊者が去ってあれも消滅するところだったのだけど、レア、つまり私の協力者の力で持ちこたえているのよ」


『そうですか。まだまだあなたの助言が欲しいと思っているのですが』


「申し訳ないけど、アモンと私が体を借りているこの女性が戻るのを待っている人たちがいるのよ。名残惜しいけどお別れしなければならないわ。ここのことはドルトン、あなたなら皆を公平に正しい道に導くことができるわ。なにしろ、この土地を知り尽くしているのはあなたですもの」


『残念ですがお引止め出来そうにありませんね。おっしゃる通り私なりに出来ることは皆の協力を得ながらやってみるつもりです。けれども私をはじめ、各種族ともに一体ずつしか選ばれなかったようです。将来のことが心配です』


「それぞれの子孫ことを言っているなら、いずれ奇跡が起こるような予感がするわ。でも思ってもみなかった体験をしてきたのだから不思議に思わないでしょうね」


『ハハハ、デリアあなたがおっしゃるのだから間違いないでしょうね。期待することにしましょう』


「では行くわ。皆さん元気でね」


デリアが声を掛けると全員がそれぞれの言葉や身振りで別れを惜しんだ。

アモンと共に双子犬にも渦に向かうよう促したが、二匹は動こうとはしなかった。


「そう、あなたたちはここに残りたいのね」


デリアは思った。

双子犬が元の世界に戻っても居場所は無いということを。

ここであれば二匹の容姿を誰も怖くは思わないだろうと。

それを察したゴール族が双子犬に近づいて声を掛けた。


『双子犬は俺が面倒みるよ』


デリアは頷きながら言った。


「あなたなら安心よ。お願いするわ。マックス、マギー、皆さんと仲良くしていくのよ」


双子犬は嬉しそうに尻尾を振った。


「じゃあ行くわ。もうもたないようだから」


デリアとアモンは集まっている種族たちにもう一度別れを告げて渦に向かった。

二人に対して種族たちはそれぞれの言葉で感謝と惜別の気持ちを表した。

キテカ、モナをはじめ全ての種族が見守っている。

そして、渦の中に入った途端、二人の体は回転を始めた。

そのままの状態で奥に吸い込まれ二人の体はみるみる縮小していく。

更に進み、種族たちの目から見えなくなると同時に、渦自体も消滅してしまった。

そこには遠くの景色が見通せる空間があるだけだった。


***


王城の屋上でパリス王とリーラ母后親子が夜空を眺めている。

二人の目の先には半円だけが輝く天体があった。


「随分離れてしまいましたね」


「そうね、でもまだ他の星より大きいわ。それに綺麗だし、あのまま留まってくれるといいわね」


「なぜあのような形をしているのでしょうか。それにほうき星はどこにいったのでしょうか?」


「わからないわ。でもあの天体の出現と同時にこの星の危機は去ったような気がするわ」


二人の会話にあるほうき星は、この日の明け方近くに衝突の間際に迫っていた。

だが突然、夜空全体に亀裂が入り巨大な物体が現われた。

だが、それの正体を見極める間もなく彼らに向かって突風が襲い、強烈な頭痛や耳鳴りがして、立っておられないほどの過大な圧力が体全体に加わった。

その場にいた誰もが床に押し付けられ、この世の破滅を覚悟した。


しかしながら、身動きの出来ない状態ではあったがそれ以上酷くはならなかった。

徐々にではあったが体の自由が効くようになっていった。

ようやく屋上にいた人々が頭痛も収まり起き上がってみると、周りは色々なものが散乱していたが、建物自体に別条がないことがわかった。

ただ、頭上を見上げると、星の姿が消え空一面に褐色の巨大な物体が浮かんでいることがわかった。


「あれはいったいなんでしょう?」


もちろん誰も答えることは出来なかった。

何が起こっているのかわからないまま地平から陽が上ってくるのが目に入った。

幾条もの真っ赤な筋が眩しく輝き出す。

その美しい光景に人々は言葉もなく魅せられてしまった。

そして少しずつ褐色の物体が遠ざかっていく。

完全に陽が上りあたり一面が明るくなると、その物体は見えなくなった。


「どうやら私たちは無事に生き延びることが出来たようね」


リーラ母后の一言で皆は我に返った。

そして、その場に居る誰もがお互いに大した怪我もなく無事であったことを喜び合った。


けれども本当に国の危機が去ったのかを確かめる必要があった。

早速、街の様子を確認するために、パスカル卿の指示で部下たちを派遣した。

その結果、少しづつではあったが、パリス王、リーラ母后の元に報告がもたらされた。

街中の状況は早朝の突風により家屋の屋根や壁が破損する被害があちこちであったものの、すぐに収まり平穏を取り戻したとのこと。

また、同時にすべての市民が身体を圧迫されて体調を崩したが大事には至らなかった。

さらにギリア国のカルム、ライズ両河川も一時逆流し、洋海も干上がったが、昼過ぎには元通りになったという報告もあった。

いずれも二人にとって胸をなでおろす内容であった。


そして夕刻になり陽が落ち星々が空一面に輝く頃になって、再び屋上から謎の天体を眺めているのであった。


「でもまた一つ母上にまつわる伝説が増えましたね」


「まあ、大げさな、私は皆と一緒に見ていただけよ。何もしていないわ」


「いえ、誰もが言っていますよ。今までも国難の際にはいずれも母上が当事者にあって奇跡を起こしてきたと。だから今回もほとんどの人間が母上の側を離れなかったと」


「全てデリアのお陰よ。彼女がこの星を守ってくれているのよ」


「そうですね。でもほとんどの人間が彼女のことを知らないし、僕にしてもこの前初めて会ったんですから。それもオウムの姿で」


「それは私も同じよ。なにしろ五百年以上前の女性だったのだから、彼女の本当の姿は誰も知らないわ」


その時、階下から女官が声を掛けた。


「ただいまコペル様がお見えになりましたが」


「ああ、先生が来られるのを待っていたんだ。こちらに上がってもらえないか」


パリスの返事の後、すぐにコペルの幾分和らいだ顔が屋上の出入口に現われた。


「パリス陛下、リーラ様、お元気そうで安心しました」


「ええ、一時はどうなることかと危ぶんだのですが、何とか乗り切ることが出来ました。ただ、信じられないことばかりですので本当に危険が去ったのか誰もわからなくて」


リーラの意見にコペルは相槌を打ち応えた。


「全く私も同様で、理解できない不思議な体験を致しました。恐らく皆さまも驚くべき光景をご覧になったと思います」


「その通りですが突然混乱状態に陥ってしまって観察どころではなかったのですよ。先生がわかった範囲で教えてほしいのです。あれはいったい何なんでしょうか?」


パリスは頭上に浮かぶ謎の天体を指差して質問した。


「そうですね、私もあの時観測所で弟子たちと一緒にほうき星を観察しておりました。もはやこの星への落下は避けられないと覚悟しましたが、いきなり天上面に幾筋もの亀裂が走り、あの天体が徐々に姿を現しました。もちろん今まで何もない空間でその徴候もなかったのですから、今私たちのいる世界とは別の天空から移動してきたとしか思えません」


「ということは何かの意思が働いて出現したということかしら」


「ええ、科学者の立場からは理解不能な出来事です。ただ、あの時生じた現象については説明することは可能です。なにしろあれほど巨大な天体、おそらくこの星と同等規模の大きさの天体が間近に現れたのですから、その影響を受けて空気すなわち環境が急激に変化したものと考えられます。私たちの身体に異常をきたしたのも、突風や水面が変位したのもあの天体の接近が作用したのでしょう」


「ほうき星はどうなったのでしょう?」


「おそらくあの天体の裏側に衝突したものと推測します。私と弟子たちはあの突風の最中に必死で観測所の望遠装置が飛ばされないように守り、落ち着いた頃に表面を観察しました。その結果、岩石と土のみで出来た構造で所々に大小の窪みが見られました。どうやら過去にほうき星や様々な小天体が落下したものと考えられます」


「ということは私たちの星はあの天体に助けられたというわけね」


「結果としてそうなりますね。それともうひとつ不思議なことは、あの天体そのものがこの星と衝突してもおかしくない距離にあったのですが、ほうき星の消滅とともに徐々に離れていったことです。力学的な見地からはあり得ないことです。さらに観察を続けた結果、あの位置に留まりこの星の周りを回り始めたことがわかりました。おそらくあの天体のほうが小さいため力関係からいってあの位置で周回しているのが最も理にかなっていると思われます」


「ということはこれからも見られるということかしら。さきほど岩や土で出来ているとおっしゃいましたが、なぜあのように輝いているのでしょう」


「あれは太陽星の光を反射している部分を見ています。全面ではないのはこの星の陰に隠れている範囲があるからです。従って、大きさの割には輝きが弱い理由は、他の星のように自らが光を発していないからで、夜しか見ることができません。ただ、どこからあの天体が現われたのかは全くの謎です」


「私たちには、先生からすれば途方もないことだけど、少し心当たりがあるわ」


「ほう、それはどのような経緯だったのでしょうか」


「詳しいことは私の娘が帰ってくれば説明してくれるはずだわ」


「では母上は姉上やアモンが無事に戻って来ると信じておられるのですね」


パリスの質問にリーラは頷いた。


「これは間違いなくデリアが係わっているはずよ。そして、彼女のことですもの、二人を無事に返してくれるわ」


コペルは国王親子の会話を理解できたわけではなかった。

だが、納得して言った。


「その時には仔細をぜひ私もお教え頂けないでしょうか。楽しみにしておりますよ」


もちろんリーラとパリスは承知した。

そして三人は再び謎の天体を眺めた。


***


深夜の奥深い山林の一角。茂みの先にある気流の渦から、二つの物体が湧き出てきた。

徐々に大きくなり、それはいずれも人体であることがわかった。

それも二人の若い男女で完全に表に飛び出した途端、渦は消滅した。

前の男性が自分の体を見回しながら、後ろの女性に声を掛けた。


「どうやら今度は正常な状態で出てこられたようですね、デリアさん」


女性は笑みを浮かべて答えた。


「そうじゃないわ。私よ、アモン。わからない?」


「まさか、タミア!いつの間に?」


「そうよ。ここに戻る直前にデリアは私の体から離れていったわ。ありがとうって、とても感謝してくださって元の私に戻していただいたの」


「そういえば首飾りもなくなっているな。でもひとこと礼を言いたかったな。なにしろあの世界から無事に戻って来られたのは彼女のおかげだったんだよ」


「わかっているわ。あの世界で起こったこと全て知っているのよ。最初にデリアから私の体を貸してほしいと申し出があったとき、お願いしたのよ。私の意識はそのまま残るようにしてほしいと。だから、首飾りの中でなにもかも実感することが出来たの。あのお城が崩れる時にアモン、あなたが私の名前を呼んでくれたことも。嬉しかったわ」


アモンは照れ臭そうに言った。


「ああ、なにしろあの時は必死だったから。でもいろんなことがあって怖かっただろう?」


「ううん、ちっとも。デリアがレアと呼んでいる創造者が守ってくれていたのよ。もし、私の身体が危険に晒されたら防いでくれたし、あなたも破壊者に飛ばされた異星から戻って来られたのもレアのお陰よ」


「ああ、そうだったな。不思議なことばかりで夢を見ていたとしか思えないよ。でもこれからどうしたものかな。歩いて帰るには遠いし・・」


「大丈夫よ。レアの手配で馬が迎えに来るから。それまでそこの木株に座って待ちましょう」


二人は並んで腰掛けた。アモンが周囲を見回して言った。


「それにしては夜の割には以前より明るくなったような気がするよ」


「あれよ。あの星が暗闇を照らしているからよ」


タミアは夜空の星間に浮かぶひときわ大きな半円の光体を指差した。


「妙な形をしているな。何だいあれは?」


「あれは月というのよ。デリアに頼まれて創造者が別の宇宙にある天体と全く同じものを造ったの。私にとってとても嬉しいことは、デリアが私の頭の中に彼女の知識や経験をそのまま残しておいてくれたことよ。だから彼女が知っていることはほとんどわかるのよ」


「へえ、それは羨ましいな。するとあの月は今回の破壊者との対決で生み出されたものなんだね。僕は途中で未知の星に飛ばされたから知らないんだが、タミアは破壊者があの星から出て行った経緯を知っているのかい」


「ええ、デリアと破壊者の戦いが私の目の前で行われていたのよ。とても切迫した状況だったの」


そして、タミアはその折の両者の間に起こった一部始終を話し始めた。

アモンが黒い雲に囲まれ城から外へ出された後、破壊者がデリアに対して映像を見せながら過去にさかのぼり、両親や子供たちとの幸せな人生を送れるように時の流れを変える提案を行ったこと。

もしこの誘惑に応じた場合、今の世界は消滅したはずだったが、デリアはあくまでも拒絶。

破壊者を怒らせ更に痛みを伴う攻撃をしかけられたが抵抗したこと。

そして最終的に、破壊者が別の宇宙から彗星を次元移動させ、この星に衝突させようとしたことを説明した。

さすがにデリアは窮地に陥ったが、必死に子供の頃に学んだ知識を思い起こし、母星の周りを回る月を盾にしてこの星を守ろうと閃いたのだが、それがあの天体なのだとタミアは空を見上げながら言った。


「そうか、デリアさんはその時とても苦しかっただろうね。危機が迫るこの星を一心に守ろうとされたんだ」


「そうよ、そのために彼女は子供の頃に学んだ天文に関する知識を必死に思い出そうとしたの。もちろんその時に彼女が住んでいた宇宙ステーションから毎日見ていた月については習ったはずだけど、でも思いついたのはとても日常的なことだったのよ」


「それは何だったんだい?」


「デリアが小さい頃に、お母様が何度も歌っていた唄よ。月の唄。デリアはそれを思い出したの」


「へえ、唄か、どんな唄なんだろうな」


タミアはにっこり笑って言った。


「私、その唄、歌えるのよ。頭の中に残しておいてくれたのよ。どう、歌ってほしい?」


アモンはびっくりしたが、すぐに頷いた。


「じゃあ、歌うわね。聞いてくれる」


タミアは歌い始めた。

アモンにとって歌詞は異世界のもので分からなかったが、とても心地よいものに思えた。


【眠れなくて寂しい時には

 窓を覗いて夜空を見ると

 今日も姿を変えて微笑み

 温かな光を降り注ぐ

 心を癒し、心慰む

 微かに届く月のささやき】


タミアは首を左右に振りながら、アモンにもたれかかる。

アモンは自然に彼女の肩に手を回す。

まだ唄は続く。


【とても辛く悲しい時には

 カーテン開いて夜空を見ると

 今日も安らぐ横顔見せて

 誰にも静かに語りかける

 心を癒し、心慰む

 遠くて近い月のささやき】


遠くで馬のいななきが聞こえる。どうやら二人を迎えに来たようだ。

けれどもアモンはまだしばらくこのままでいいと思った。

タミアも変わらず歌い続ける。

頭上から月の光が穏やかに二人を照らしていた。


***


近くの高所に位置する岩場に二匹の山猫が同じように夜空を見上げていた。

一匹が片方に声を掛けた。


『でも不思議だわ。あれほどの力を持った破壊者が、失敗したからといって、なぜ反撃もしないであの星から立ち去ったのかしら』


もう一匹が答える。


『おそらく彗星を次元移動するのに相当なパワーを費やしたからでしょう。あの城であなたと相対した時は、すでに余力がなく戦法も限られていたようですね。結局企図したことが空振りに終わり、あの星を支える力も残っていなかったようです』


二匹の体を、デリアとレアと呼ばれる創造者が借りて会話していた。


『じゃあ、私に別の時空の映像を見せて誘惑し、未来を変えようとしたけど、あれは可能だったの?』


『破壊者もこの世界がデリア、全てあなた自身を反映した世界だということを知っていたからですよ。時空を操作して別のシナリオに導こうと目論んだわけです』


『それはレア、あなたがしたことを真似たわけね』


『そう言われれば返す言葉もありませんが』


『ところで、破壊者はまた別の方法でこの星を攻撃するかしら?』


『いえ、当分は大丈夫でしょう。破壊者はあなたのおかげで何度も失敗を繰り返しています。破壊することでエネルギーが増すことから、それが出来なくてかなりのダメージを被っているはずです。消滅することはないのですが回復するには相当な時間がかかるでしょう』


『じゃあ安心ね。でもレア、だからといって好きなことをしていいわけではないわ。あなたも創造者として自制しなければいけないわ』


『もちろん私も必要以上に宇宙の自然律に介入することはありません。あくまで距離を置いて見守っていきます。そこでデリア、あなたもこのまま私のような立場でいることも可能ですよ』


『どういうこと、それは?』


『つまり、あなたが望めば私の力で、この星の守護神のような存在になれますし、またあの破壊者の支配から解放された星を導いていくこともできます』


『駄目よ、そんな存在にはなりたくないわ。私はあくまで人間よ。人間として自らを貫き、役目を終えた今は人間として生を終えること。それが私の願いよ』


『そうですか。あなたならそうなるに相応しいと思ったのですが。お気持ちは変わりませんか?』


『そうよ、もう思い残すことはないわ。今度こそ本当の眠りにつきたいの。人間として当然のことだと思っているわ。レア、あなたと別れるのは寂しいけれど仕方がないことだわ』


『どうやら説得しても無理のようですね、大変残念ですが。デリア、私はあなたと出会ってから今まで大変有意義な時を過ごせたと思っています。特に人間的な心情に接することが出来たことは、創造者としての私にとって非常に価値あるものになるでしょう。心からお礼を言わせてください』


『そう言ってもらえるととても嬉しいわ。私もあなたと会ってとても楽しかったわ』


『それは私も同じですよ。あなたのことは決して忘れないでしょう』


『もう行くわ。元気でね、レア』


『ああ、さよなら、デリア・・』


『さよなら・・』


その後、すぐに二匹の山猫の頭部から光球が飛び出した。

それぞれが夜空高く上がってゆく。


残った二匹はいずれも戸惑い周りをキョロキョロ見回した。

そして別々の方向に走り始める。

一匹は山の茂みを掻き分け駆け降りて行く。

何処に向かうか何をすべきか分からず走り続ける。

体を動かしていればそのうち思い出すだろう。


水の流れる沢に差しかかった時、林道を二頭の馬がゆっくりと下っていた。

先を行く馬の背には若い男女が乗っている。

男性が手綱を取り、女性は後ろでもたれ掛かっている。

どうやら親しい者どうしのようだ。

山猫はそれには目もくれず駆けていく。












  『ハレー彗星確認』

前回の地球への接近(1986年)後の観測で、一時崩壊が報じられたハレー彗星が、ヨーロッパの天文台でその姿を二度にわたって捕らえられた。そのため、核本体が失われるような衝突や崩壊が起こっていないと推定されている。今のところ次回(2061年)の出現予定に変更はなさそうである。


****


寝台に一人の女性が横になっている。

突然室内に風が吹き込み、周りにあるものを揺らす。

何もないはずの部屋の空間から彼女に向かって声が掛かった。


『デリア、デリア、起きてください、デリア』


それに反応し女性の目が開いた。

少し思案したがすぐに返事した。


「その声はレアね。どうしたの?」


『デリア、またあなたの助けが必要になりました。力を貸してください、デリア』


それに対して女性は頭を巡らした後、溜息を吐きながら、


「わかったわ」


と言って、自分が誰の体を借りているのかを確かめながらゆっくりと起き上がった。


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