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デリアの世界   作者: 野原いっぱい
34/35

対決(四)

挿絵(By みてみん)


そして正面の破壊者の顔が消え、大きな宇宙船が現われた。

徐々にズームアップされるとその船体は大地に着陸していることがわかった。

デリアはその船体に見覚えがあった。

かつて新天地に向けて搭乗していた移民船であった。

その周囲に原野が広がる。

その景色は船室でホログラムに映し出された新天地そのものであった。

移民船は無事目的地に到着していた。


更にズームアップし搭乗口が映る。

その周りに多くの人々が集まっていた。

そして開閉扉が開きスロープが降ろされる。

すぐに船内から搭乗者が現われ一人ずつ降りてくる。

音声も聞こえその付近は歓声と拍手に包まれる。

デリアにとってスロープを降りてくる顔は全て顔見知りであった。

移民船で長期にわたって生活を共にした仲間たちであった。

もう五百年以上も昔のことであったが、まだ鮮明に覚えている。

その中には同じ年で親しくしていたビリーもいて、思わず目頭が熱くなった。


続いて降りてくる親子に目を見張った。

一人は母親のパジルであり、その傍らでスロープを駆け降りる子供はデリア自身に相違なかった。

どちらの顔にも笑みが溢れている。

迎えの人々の中から二人に声が掛かった。


「パジル、デリア、待っていたよ。元気そうで良かった」


「ハワード、とうとうやって来たわ。素晴らしいところね」


夫婦は抱擁したあと、父親はデリアを抱き上げて言った。

「デリアもすっかり大きくなったね。どうだいここに来た感想は?」


「パパ、ママと一緒に何度も船で見たけど、やっぱり本物が素敵よ。とってもきれい。それと何も着なくて出て来れたのもうれしい」


「そうよ。皆と一緒に言い合っていたの。防護服を身につけなくて本当に大丈夫かって。少しひやひやしたのよ」


「あははは、大丈夫だよ。我々調査隊は長期間ここにいるんだが誰一人問題になってないよ」


「だったら安心。これから思いっきり楽しむわ」


「だがねデリア。我々以外にここに住んでいる生き物は皆弱い者ばかりなんだ。彼らを守ることも我々の務めなんだよ」


「ママから何度も聞いてるわ。環境を保護しなさいと。もちろんそうする」


「それを聞いて安心したよ。私も嬉しいよ」


さらに親子の会話が続く。

しかし徐々に画面は小さくなり声も遠ざかっていく。



壁面には再び破壊者の顔が映し出された。

デリアは名残惜しく感じた。


『デリア、この映像は移民船がトラブルもなく予定通り新天地に到着し、再会を喜ぶ場面を撮ったものよ。皆が幸せそうで良かったわね』


「なぜ、このようなものを私に見せるの?いったいどうしようというの?」


『勘違いしないで、デリア。これは現実なの。作りものではないのよ』


デリアにはその意味が理解できなかった。

破壊者が続ける。


『今ある現実の世界。これが全てではないのよ。幾通りもの時間の流れがあるけど好き勝手に選択できないの。だから喜びや悲しみ、幾つもの人の表情が存在するのよ。今見た世界はそのひとつで、創造者が介在しなかった時間の流れよ。もちろんあなた自身でその世界を取り戻すことは出来ないわ。でも私ならその世界に誘導し、ご両親と一緒に新天地で暮らすことが可能になるのよ』


「じゃあ、今ある世界はどうなるの?」


『当然あなたがここに来ないのだからこの世界は存在しないわ。あなたがこの世界で知り合った人々や、景色、その他、見たもの耳にしたこと全てが消えてしまうの。でも考えてみてデリア、あなたは新しい世界で幸せに生きていくことが出来るし、誰一人苦しみ傷つくことはないのよ』


それはデリアにとって大変魅力なことに思えた。

今ある悩みや恐れ、過去の悲しみが雲散霧消することは理想的な形であることに相違なかった。


「いったいどのようにすればいいの?」


『そう。あなたの意志を確かめさえすれば私がその世界にお連れします。あなたは目を瞑り私に心身を委ねるだけで他に何もする必要はないのよ』


デリアはその言葉に従い任せてみようと思った。

だが頭の片隅で思いとどまらせようとする働きかけがあった。

そして次第にその中身が明らかになっていく。

デリアは破壊者に言った。


「私だけでは行けないわ。両親も大切だけど私には子供たちや孫もいる。私の家族を消してしまうなんて出来ないわ」


壁面の破壊者は少し恨めしそうであったが、気を取り直して言った。


『あなたがそう思うのはもっともなことね。ではこういうのはどう?』



再び壁面が変り室内の様子が映し出された。

部屋には三人の大人の男性がいて腰かけて話し合っている。

前には机があり食器類に食べ物が置かれており、周囲で子供たちが遊んでいた。

もちろんデリアにはいずれも知った顔であった。

年配男性は夫のムラトであったし、あとの二人はロンにヤマトの息子たちで、子供はロンの子たちに相違なかった。

奥の部屋から婦人たちが食べ物を持って入ってきた。

その先頭にいるのは紛れもなくデリア本人であった。

嬉しそうな顔をして食材を並べる姿は普通の主婦そのものであった。

後ろの二人も笑みを浮かべており、ロンの嫁ともう一人はヤマトの嫁と思われ、妊婦のようであった。


「さあ出来たわよ。みんな席に着いてくれる」


デリアが言うと、子供たちも含め決まった席に移動する。


「すごいご馳走じゃないか!」


「美味しそう」


「おなか一杯食べて。お代わりもあるわよ」


その時、表より二人の若い男女が入ってきた。

娘のパジルと彼氏のようであった。


「どうやら間に合ったみたいね。お父さん、お母さん、遅くなってご免なさい」


「ちょうど良かったわ。これから始めるところ」


「恐縮です。本当に僕もご馳走になっていいんですか?」


若者の方は少し緊張気味である。

無理もなかった。

ムラトは族長のはずであるから。

そのムラトが言った。


「ちっとも構わないよ。さあ入って、入って」


ロンやヤマトも同様に席を勧める。

何かの集いに違いないが、一家が楽しく食事しながら語り合う場面であった。

ここでの中心はどうやらデリアのようである。



再び破壊者から声が掛かった。


『そう、これはあなたがそのまま村に残った時の日常よ。船に戻らず数年を経た頃で、子供たちも成長し皆明るく仲が良さそうね。あなたもだわ、デリア。もちろんこの世界にあなたを導くことも出来るのよ』


デリアはまた誘惑に囚われそうになった。

壁面に映っている家族の顔は皆幸せそうであったし、確かにあのころは周りから慕われて満ち足りた日々を送っていた。

しかしながら、一方で冷静に見直す自分もあった。


「私があのまま村に残ったら誰が異星獣と戦うの?」


その質問には破壊者も心得ていたようだった。


『あの者を造り出したのは私よ。だから出現させないことも出来るの。あなたが望むのならね』


「でもそれでは魔物たちと戦った歴史がなかったことになるわ。今いる人々も私の子孫も存在しないことになるのね」


『そうその通りよ。あなたが本当に願っていた世界が手に入るのよ。デリア、あなたの理想とする世界が』


「それは、破壊者であるあなたの世界でもあるのよ。そしてこの世界のような末路が待っているのだわ。それに私だけが良ければいいというのは、皆を欺くことになるし、私もそれは望まない。だからあなたの申し出にははっきりとお断りするわ」



デリアがそう言った途端、壁面の破壊者の表情が変わった。

目が吊り上がり口から鋭い歯が剥き出しになった。


『せっかく好意で言ってあげているのに馬鹿な女ね。強情にもほどがあるわ。どうやら痛い目に遭わなければ私の凄さがわからないようね』


その言葉の途中で壁面に腕が現われ、手の先には紐のようなものが握られていた。


『あなたが女の子の体を借りていることはわかっているわ。妙齢の王女のようだけどその体に傷つけることは不本意ではないかしら。あなたに痛みが耐えられるかしら』


言い終わると同時に紐の先端がデリアの位置まで伸びてきた。

思わず両腕で顔を覆ったが、かなりの痛みを感じた。

バリアを働かせているはずであったが効果がなかったようだ。


『バリアなどなんの役にも立たないわ。どのように防いでもこの鞭の当たる箇所は私の思うままよ。もう一度試してみるわね』


次の一撃は覆った腕を通り抜け額に当たった。

更に頬にも直撃した。

破壊者の言ったことは正しかった。

防ごうが避けようが鞭の先は狙い通りに当たるようだ。

このままでは体中痣だらけになるのは明らかであった。

体の持ち主のタミアに対して申し訳ない気持ちが募った。

これ以上の抵抗は無理だと思った矢先に脳内に声が届いた。


(デリア、私のことは心配しないで。だから決して負けないで、お願い)


それはタミアだった。

デリアは改めて自分の使命を自覚した。

あの星で暮らす全ての人々の未来が自分の双肩にかかっていることを。

ここで諦めたら彼らを裏切ることになると思った。

デリアは答えた。


(わかったわ、ありがとうタミア)


そして、再び素顔を破壊者に向けて言った。


「そんなことをしても無駄よ。何度叩かれようが私の意志は決して変わらないわ」


その決意が伝わった様子で、破壊者の手から鞭が消えた。



『愚かなことを。どうしても考えが変わらないとみえる。もはや、止むを得ないようだ。これから悲惨な場面を見ることになろう』


今度は壁面の左右に両腕が長く伸ばされた。


『ホホホ、あなたがここにきて確かめたかったことがこれから起こる。見せてあげるわ』


その瞬間、周囲は暗闇に包まれた。

が、少しずつ小さな光があちらこちらに点灯していく。

それらは一様でなく輝きに大小があった。

デリアはその光景を見たような気がした。


『これはあなたも知っている宇宙の姿そのもの。私は現実の世界を自由自在に映すことができるの。更にもう少し位置を分かり易くするわ』


すると、右手の上に大きな光の塊が現われた。

その表面は青、緑、白等の美しい色調の大地、海洋、雲等が目に入った。

明らかに生に溢れた星であった。


「まさか、あれは!」


デリアは以前に創造者から、今いる惑星の姿を見せてもらったことがあった。

壁面の星によく似ていた。


『そう、これはあなたたちが暮らしている星そのものよ。これからこの星が破滅する場面を見ることになるわ』


そして、今度は左手の上に薄暗い塊が浮かんだ。


『これは何だと思う?、あなたも以前に見たことがあるかもしれないわね』


破壊者の眼が大きく見開き、鬼のような形相に変貌した。

大音声とともに塊は明るい尾を引きながら動き出した。

その方向にはデリアが守ろうとしている星があった。


****


「リーラ様、リーラ様」


寝室で就寝中のリーラ母后にお付きの女官から声が掛かった。


「何、何かあったの?」


「はい、パスカル卿がリーラ様に至急お伝えしたいことがあると申されまして」


緊急の場合は速やかに報告するよう指示していた。


「わかりました。直ぐに行くと伝えてくれる」


リーラは起き上がり服を着替えて廊下に出た。

側近の者の案内で大広間に向かう。

そこには既に十人程度の人たちが集まっていた。


「母上、私も呼ばれて来たところですよ」


王である息子のパリスが言うと、リーラが尋ねた。


「何かわかったのかしら?」


パスカル卿が返答する。


「お休みのところお越し頂きまして大変恐縮です。実は先日警備担当の者から報告があった際にリーラ様からご指摘がありました一時的に輝いた天体の正体について、それらしきものを突き止めたと連絡がございました。何分にも空の彼方の現象で我々への影響は全く未知数で関係者の意見も様々ではありますが、現在の非常時にあっては僅かな変異も見逃さずお耳に入れるべきだと思った次第です」


「そうしてもらったほうがありがたいわ。パリスも同じ意見だと思うわ」


「そう言って頂けると幸いです。ただ天体に関することですので実際に見て頂くのは夜しか叶いませんのでお呼びだてした訳でございます」


「私のほうは一向に構わないわ。で、その変異というのはどのようなものなの?」


「はい、その説明は専門家からさせたほうがよいと思い呼んでおります」


パスカルは今回の発見者である星や天体の運行に精通した老学者コペルを紹介した。


「国王様、リーラ母后様、私は長年にわたり天体の研究をしてまいった者でございます。従って夜空の星々のほとんどを知り尽くしていると自負しております。ただ、今回の現象のご説明は星の見える外のほうがよかろうと存じますが」


「それならばこの城の屋上がいいと思いますがどうでしょうか」


パリス王が答えると、コペルは相槌を打った。


「それは最もふさわしい場所であると思われます」


周りの者も承諾し全員で屋上に移動することになった。

パリス王とリーラは厚手の外衣をまとい先導者が持つ明かりを頼りに階段を登った。

屋上に出ると夜空一面に星が輝いていた。

美しい光景を享受する間もなくコペルが説明を始めた。


「この夜空に輝く星のすべては常に同じ間隔を保って動いております。実際にはこの大地が自転しているためそう見えるのですが、今はその事実を省略することにします」


そう言いながらコペルはある方向を指さした。


「この方向に四つの明るい星が四辺形を作っているのが見えると思います。五日前に突然強く輝いたのはあの中心付近で、一刻ほどで消えてしまいました。しかし昨夜から観察していると以前のような明るさではありませんが再び同じ位置で輝き始めました。そしてその光源は移動しております。それも明らかに全天の運行とは異なった独自の動きでございます。今では四辺形の外に飛び出しております」


コペルは一番光度の強い星の側で輝く橙色の点を指差した。


「確かに見えるわね。あれが怪しげな光源と思われるのですね」


リーラの問いにコペルは再び説明を始めた。


「そうです。もちろん天空には移動する天体は存在します。例えば流星や隕石の落下によって起こる発光現象ですがその場合は見た目にもっと速度があり短時間で消えてしまいます。むしろ遠方から太陽星に引き付けられ近づいて来る小天体に似ています。しかしながら遠くの天空でおそらく爆発的な現象が起こり、消えた後四日後に同じ位置から動き始めた理由は不明で今までにはなかった経験です」


「そうするとあの光源の今後の動きが問題になるということね」


「その通りです。今のところ予想するのは大変難しいのですが私たちが住むこの星に近づいてくる可能性があります。その場合でも通り過ぎるだけの小天体かもしれません。ただ、この非常時にあたって用心に越したこともないと思い注進した次第です。ただ残念なことに日中は星等の天空の姿が見られないため軌道が掴めなくなります」


「もうすぐ夜明けですね。すると次に見られるのは明日の夜ということですね」


パリスの確認にコペルが頷く。


「ええ、そのころになれば光源がどこに向かうのか明らかになると思われますし、もしかしたらその正体も判明するかもしれませんね」


「どうでしょう。状況次第で先生に明日の夜もここに来て頂けることは出来るでしょうか?」


リーラ母后から先生と呼ばれて気を良くしたコペルはすぐに返事した。


「私でよければ喜んで参りましょう。もちろんあれが危険なものでないことを願うばかりですが」


その後、パスカル卿や軍関係者も含め打ち合わせを行ったが、現段階では明確な結論が出ないため一般市民への通報は見合わせることになった。

ただ状況に応じて即座の対応を取れるような警戒体制にしておくことで一致した。

更に明日の夜も、他に緊急の要件がなければ、この場所に主な幹部、責任者が集まることになった。


****


『これはハレー彗星と呼ばれているものよ。知っているかしら。あなたの故郷である宇宙ステーションや母星に周期的に近づき太陽を周回した後遠ざかる、最も鮮やかで巨大な天体よ。それが今からデリア、あなたの星を目指して進み衝突するのよ』


デリアはかつて子供対象のスクールでハレー彗星について学んだことがあった。

直接目にしたことはなかったが、人類にとって有史以来その出現は不吉な出来事として注目を浴びることのほうが多かったようだ。

それが今自分の目の前に現れ、確かめたかった相手の正体だったとは想像もつかなかった。


『あなたも教わったかしら。かつての母星で繁栄していた生物が何ども絶滅したことを。それは彗星のような巨大な隕石が衝突して生じた急激な環境の変化が原因だと。あの星に住むあなたが守ろうとしている人間も無事では済まないわね』


そのこともデリアの知識にはあった。

衝突によって爆発的な破壊が生じることはもちろん、それによって引き起こされる自然環境の変動で母星のような人間が住めない惑星になる恐れもあった。

デリアの両親をはじめとする同胞が新天地を求めて計り知れない苦労を味わったことを知っているだけに、耐えられることではなかった。


「だめよ、そんなこと。やめて!」


『もう遅いわ。私の手を離れてしまってるから。どうにもならないわねデリア。あなたの目であなたの星の破滅を見るがいいわ。ホホホ、ホホホ、ヒヒヒ、ヒヒヒ・・』


デリアの耳に破壊者の高笑いが反響した。


****


その日の夜を迎え王城の全ての目が夜空に注がれている。

気掛かりとなっている光源は光度を増し近づいているように見える。

噂を耳にした多くの人たちがパリス国王、リーラ母后の側に集まっていた。

彼らの胸の内には様々な見解や不安を抱いていたが、不用意な発言は控えていた。

皆が最悪の事態を回避することを願っていた。

その中に発見者である老学者コペルの姿はなかった。彼からは確認作業を終えてから登城すると連絡があった。


屋上でのとりあえずの観察を終え、一同は大広間に集合した。

そして、パスカル卿の進行で今後の方針を話し合った。

しかしながら光源の正体が掴めない以上、明確な対応策を打ち出せない状況であった。

今までと同様の防御態勢をとる以外になかった。

意見が出尽くした頃に、コペルが弟子とみられる若者を伴って現れた。


「遅くなりまして申し訳ございません。軌道の計算をする必要がありましたので」


「いえいえお越し頂いて感謝しております。皆が先生の来られるのをお待ちしておりました。ここに居る者は今回の件を承知しておりますので忌憚のない意見をお聞かせ願えれば幸いです。何かおわかりになりましたでしょうか?」


リーラ母后の丁重な歓迎の言葉に恐縮しながらも険しい表情で説明を始めた。


「はい、あれは俗に言うほうき星と呼ばれる小天体です。私どもの観測所には望遠設備がありまして、それで観察すると進む方向とは逆側に尾を引いているのが確かめられました。これは天空で遠方から太陽星に引き付けられ極端な楕円軌道を回る小天体の特徴です。尾は内部から放出している高熱流だと思われます」


コペルが一息入れるとパリス王自ら質問した。


「どれほどの規模のものでしょうか?」


「過去に見られたほうき星の中でもかなり大きな部類に入ると思われます。もちろん天空のことですので正確には掴めませんが、外周でこの街全体に匹敵するくらいの大きさかもしれません」


集まった人たちからどよめきが起こった。

ただ、それが何を意味するのか想像の域を超えていた。


「もしその天体がこの地を襲えばどのようなことになるのでしょうか?」


人々の間からもっとも知りたいと思っている問いが投げかけられた。


「恐らく壊滅的な被害が発生することは間違いないでしょう。私もその方面の専門家ではありませんので正確なことは申し上げられませんが、大きさだけでなく速度も相当なものですので落下地点だけでなく、この星全体に影響すると思われます」


その説明に集まっている全ての人たちが凍り付いた。

その中から辛うじて次の質問が投げかけられる。


「ほうき星の進路は?どこに向かっているのでしょうか?」


「そのご質問には私の助手の者に説明させます。怪光現象の実際の発見者で、彼と共にほうき星の進路予測も行って参りました」


コペルに促され若者は一歩前に出て、緊張しながらも説明を始めた。


「先生から既にお話があったと思いますが、天空に見える星は全て相対的に同じ距離を保ちながら動いております。しかしながら実際にはこの私たちが住むこの星が自転しているため、そのように見えるだけで常に同じ位置にあるのです。そして光源、つまりほうき星は昨日、数日前に発光現象が起こった位置から、星間を縫って一定の速度で移動しはじめました。観察からは常に一定の方向に移動していることがわかっております。では今後どこに向かうかということですが、現在までにほうき星の辿ってきた経路と引き付けられ目指している太陽星の位置、更にこの星も太陽星の周りを回っておりますのでその移動距離等を計算して想定しました結果、現在位置の延長線上にこの星があることがわかりました」


「つまりこの星に衝突する恐れがあるということですか」


誰かの固唾を飲んだ質問に若者は即答した。


「コペル先生と話し合った末に出した結論は、かなり高い確率で最接近するだろうと」


「いつごろ私たちが住むこの星に接近するのでしょうか?」


「それについては、ほうき星が現われてから現在に至るまでの光度の変化に着目しました。それから速度を推計しこの星までの距離を換算すると、明朝から昼前後に最接近すると予想されます」


「そ、そんなに早く・・」


大広間に居る全ての者の顔が蒼白になった。

その様子を見てコペルが付け加えた。


「もちろん広大な天空のこと、少しでも他の要素が加われば離れた位置を通過するだけかもしれません。その場合杞憂に過ぎなかったことになるわけですが、今回現れたほうき星のことで不思議に思っていることがあります」


「それはどのようなことでしょう?」


「さきほど天空は広大と申し上げたのですが、通常ほうき星のような移動天体がこの星に接近するにしてもかなり離れた空間を通過するだけです。つまり規則性のある周回軌道を進む観察対象です。ところが今回のほうき星はあまりにも計算されて放出された存在であるような気がしてならないのです。発光現象が起こった位置で最も相応しい時期まで留まり、確実な進路を進むよう考慮された移動天体であるような」


「そ、それはあのほうき星が何者かに操られているということですか?」


「信じられないかも知れませんが、そう思うしか説明がつきません」


その見解に大広間は騒然となった。

誰もが突飛な感想を抱いたが、反論する人もいなかった。

その時、リーラ母后が口を挟んだ。


「私には先生のおっしゃる事に心当たりがあります。もしかしたら今、国中で警戒態勢を敷いて探し求めている敵の正体が、そのほうき星なのかもしれませんね」


その言葉に誰もが静まり返ってしまった。


****


『こうなったのもあなたが私の提案を撥ねつけたからだわ。見ているしかないわねデリア。私にも止められないし、ましてや創造者にも無理よ』


デリアは破壊者の声を耳にしながら懸命に考えた。

もちろん自分自身の力でどうなるものでもないことは分かっていた。

創造者の行動範囲でもなかった。

しかしこのまま放置すると私たちの星が破滅してしまう。

そうさせてはいけない。

誰かに頼るしかない。

するとデリアの脳裡にはるか昔、子供のころ生まれ育った宇宙ステーションで接した両親をはじめとする同胞の顔が思い浮かんだ。

母星が崩壊してから長い年月をかけて残った人類の英知を結集しながら、その子孫が知識を受け継ぎ、様々な苦難を克服して新天地を目指すに至った人々の顔を。

あの人たちであれば窮地を救う方法を見出せるかもしれない。

もちろん望むべくもなかった。

デリアはわずかな可能性を求めてあの頃に学んだことを思い返していた。


(私たちが住んでいる宇宙ステーションは母星の軌道上にありますが、この母星も太陽系の一員で太陽、即ち恒星の周りを回っている惑星の一つにすぎません。その太陽系は太陽を中心として惑星、小惑星、衛星、彗星等で構成されております)


デリアは思った、ハレー彗星もその一員であったと。

一方で破壊者の声が耳に響く。


『もう私の顔の下、半分の距離まで進んだわ。時間軸が違うけどあなたの星で気が付いた人もいるでしょうね。騒ぎになっているかもしれないわよ』


デリアは必死に思い返す。


(その太陽も銀河系宇宙に属しており、およそ4千億個ある恒星の一つに過ぎません。私たちはこの太陽系の外に出て、別の恒星系に所属する惑星を探索しております。その目的はかつての母星のように生身の体で生活が可能な新天地を探すことです。そこには大地があり海や川があるかもしれません。もしかしたら私たちが知らない生物が住んでいるかもしれません。空には雲が浮かび雨や雪が降り、風が吹くかもしれません。更に昼と夜があって、暗くなれば空一面に美しい星が輝いていることでしょう。そして母星と同じように・・)


『デリア、ご覧なさい。もう間もなくよ。彗星があの星と衝突するところが見られるわ。さぞかし派手な災厄の場面が見られるわよ。ホホホホ、ヒヒヒヒ!』


(母星と同じような衛星が夜空を巡り照らしているかもしれません)


その時、デリアの耳に母親が唄って聞かせてくれた歌詞がこだましてきた。


【眠れなくて寂しい時には

 窓を覗いて夜空を見ると

 今日も姿を変えて微笑み

 温かな光を降り注ぐ

 心を癒し、心慰む・・ 】


突然、デリアは思い出し閃いた。

それは月だと。

そして大声で叫んでいた。


「そうよ、月よ、月だわ」


更に前を見ながら呼びかけた。


「レア!、月、月よ!」


と。



****

リーラ母后は息子のパリス王や身近な人々と一緒に夜空を見上げていた。

既に明け方に近づいていたが、ほうき星は更に輝きが増し、肉眼で尾も確かめられ凶悪な姿をさらけ出しながら真っすぐに向かってくるのは確実であった。

もはや打つ手がないとわかった今、集まった人々は恐怖に震え、正視できない者も多数いた。


予想進路をコペルから聞かされた時、リーラとパリス王に重臣から進言があった。


「どうでしょう。陛下、リーラ母后様には避難なされては?」


それに対しリーラははっきりと拒絶した。


「ありがとう。でも私はここから動くことはありません。ここで最後まで見届けるつもりです」


もちろんパリス王もそれに倣った。

彼は、恐らくどこに身を寄せても安全なところはないだろうとも言った。

更に、リーラ母后は集まっている人々に向かって声を掛けた。


「もちろん皆さんには私たちに付き添う必要はありません。この状況において、ご家族や親しい方とご一緒することはむしろ当然のことだと私は思っています」


リーラの判断に対して、主要な関係者への連絡に文官や武官が退出した以外、ほとんどの者は動かなかった。

彼らにとっては、国王母子への忠誠ということもあったが、リーラ母后ならこの難局にあたって奇跡を起こしてくれるという期待があった。

今や伝説になりつつあったが、この国が今までに遭遇した窮地を乗り越えてきた場面には、必ずリーラが係わっていたからである。

不安の渦中にいる人々は、心の支えとなっている彼女の側を離れたくなかった。


一般市民への連絡は見合わせることになった。

深夜だということもあったが、混乱を招きかねない恐れもあった。

ただ、コペルと助手は引き続き観測を行いたいとの申し出があり戻って行った。

そして更にほうき星は近づき、まるで火の玉が頭上から落ちてくるような様相を呈していた。

市中から気が付いた者がいるようで、悲鳴が聞こえてくる。

集まっている人々の中から、


「この世の終わりだ」


「終末がやってきた」


とうめき声を上げる者もいる。

あまりの恐怖で座り込んですすり泣いている女官もいる。

そうした中でもリーラは目を背けず、真っすぐに空を見ていた。

彼女はタミアやアモンと同道しているデリアもこの状況を知っているはずとの確信があった。

そしてこの星の生ある者を救ってくれるはずと念じていた。

傍らのパリスも新国王としての威厳を保とうと辛うじて堪えていた。


その時、はるか上空の空間に裂け目のような筋が現われた。

と同時に一面に光の渦が現われ、一方で、人々に向かって猛烈な突風が吹きつけた。

そして誰もが空気の洪水に見舞われ、一瞬にしてパニック状態に陥った。


****


「月、月を出してレア!」


デリアは虚空に向かって何度も叫ぶ。


『何を血迷っているの、デリア。とうとうおかしくなったのかしら』


破壊者はデリアが恐怖心のあまり発狂寸前にあるとしか思っていなかった。

しかしこの解釈が油断を招くことになる。


『もうすぐよ。もう間もなくあなたの星は破壊されるわ』


その時、彗星が進む前方に裂け目が出現した。

そしてその隙間から徐々に茶色の塊が飛び出してきた。

破壊者はそれに気が付き、何が起こっているか理解した。


『なにをする創造者。やめろ、やめろ!』


破壊者は腕を伸ばし制止しようと試みた。

だが、塊は更に大きくなり、薄く輝き出した。


『くそ、こうなったら軌道を変えてやる』


今度は彗星を両手で操ろうとしたが、空を切るだけだった。


『駄目だ、駄目だ!』


暗がりの中でもデリアの目に破壊者の怒り狂った形相が見えた。


『やめろ、やめろ!』


必死にあがくが、もはや進行を止められないのは明らかだった。

そして、彗星はそのまま真っすぐ進み、塊の表面に突っ込んで行った。


『ギャー!』


破壊者の絶叫が周りに響く。

途端に暗がりの星々が消え、壁面に破壊者の歪んだ顔が映し出された。

それも一瞬で、見る間に顔の造作が分解していく。

そして、元の黒い雲に収束し高速で上昇し天井近くにある唯一の開口部から外に飛び出して行った。





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