対決(三)
「どれくらいの数だと思う?」
デリアの質問にガンダルが答える。
「ざっと二十体ほどだな。だが別の偵察隊もやってくるともっと増える」
「どのように戦えばいいのかな」
「俺がここに連れてこられた時は、あっという間に囲まれてしまってな、抵抗する間もなかったよ。とにかく左腕の先端から出る粘液を浴びてしまうと粘膜に閉じ込められ動けなくなってしまう。それを避けながら右腕の三又、口から出てくる鎖と手持ちの武器で戦わねばならん。だが奴らの体は固くて鋼剣があっても恐らく倒すことは無理だろうな」
「じゃあ、彼らの弱点を見つけるまでは防戦一方というわけか」
「まあその通りだな」
アモンとガンダルの会話にデリアが口を挟んだ。
「もうこうなっては戦うしかないわね。一人では無理のようだけど協力し合えば活路が見えてくるはずよ。もちろんマックスやマギーにも戦わせるわ」
「ガオー」
双子犬にも話が通じるようでうなり声で応じた。
水路から戻ってきたキテカも城兵を見て驚いた。
「とうとう見つかってしまったね。こちらに向かって来るよ。どうするの?」
「逃げるわけにはいかないわ。戦闘開始よ」
デリアの決断にキテカは頭を巡らして答えた。
「僕は応援を募ってくるよ。すぐに戻って来るから」
と言いながら、心当たりがあるのか反対側の方向に大急ぎで飛んで行った。
そして、再び前を見るとかなりの速度で近づいてくるのがわかった。
『ギシギシ、ギシギシ』
彼らは声を発しない代わりに体の動作音とともに近づいてくる。
目の前の敵を標本として拘束するために造られたからくり兵士だった。
もちろん分別も感情もない不気味な相手だった。
「来たわ!」
間近に来た先頭集団に対してアモン、ガンダル、双子犬が動く。
デリアも武器となる木棒を手にしているがもっぱら指示役となった。
バリアを効かしているためある程度相手の攻撃から身を守れるとは思われるが、どれほど効果があるのかわからない。
突進力に優れる双子犬はあっという間に先頭の二体を倒した。
更に後ろの城兵に向かっていくが、右手の三又に防がれる。時折、口から鎖が『シャー!』という音とともに伸びてくる。
「マックス、マギー、鎖に気を付けて。巻き付かれると動けなくなるわよ」
その声に反応し双子犬は圧倒的なパワーで何体か倒す。
けれどもいずれも致命傷にはならず倒された城兵は起き上がって交戦する。
アモン、ガンダルも戦闘に加わったが棒剣で叩いても金属音がするだけで全く効き目はなく、むしろ粘液や鎖を避けながらの不利な戦いとなった。
双子犬はパワーがあったが正攻法だったため、粘液を浴びるのも時間の問題であった。
一頭の体の周りに粘膜が覆う。
その内側で抗ってもびくともせず囚われの状態となった。
「アモン、マックスを助けてあげて!」
アモンは素早く移動し、球状の膜に棒剣を突き立てる。
すると膜が弾けマックスが外に飛び出した。
もう一頭のマギーも閉じ込められたが、近くにいたガンダルが助けに入る。
けれどもやや動きの遅いガンダルの腰に城兵が繰り出した鎖が巻き付く。
抵抗したものの徐々に引き寄せられ、まさに粘液を浴びる寸前、ゴール兵は苦しまぎれに木片を突き出した。
その先端が城兵の喉の部分に触れた瞬間、軋み音とともに首と胴体がズレてしまい仰向けに倒れてしまった。
城兵のあっけない崩壊に、鎖から逃れたゴール兵は頭を巡らし叫んだ。
『首だ!首を狙え!』
成り行きを見ていたデリアもすぐに呼応する。
「アモン、マックス、マギー、城兵の弱点は首の部分よ。首を狙うのよ」
その指示に従って、アモンは素早く動き城兵の首に木剣を突き立てる。
マックス、マギーも倒した城兵の首に牙を食い込ませる。
狙いは的中し次々と城兵の体は崩壊していったが、左右前方を見ると、続々と別の偵察部隊が迫ってくるのが目に入った。
「気をつけて!別の部隊もやってきたわ!」
敵の弱点を見つけ戦いやすくなったが、圧倒的な数の前では劣勢には違いはなかった。
『デリアさん。後ろからも何かやってくるわ』
その声は、水路の奥にエネルギー球体を隠して戻ってきたモナからであった。
デリアが振り返るとかなりの速度で、四つの動体が向かってくるのがわかった。
そのうち一体は空を飛んで近づいてくるが、どうやら城兵ではなさそうである。
そして真っ先に目にしたのは人の姿をしているが、三つ目の顔をした巨体であった。
彼はデリアの前に来て言葉を発した。
『俺たちを空飛ぶ種族が、繭から外に出してくれた。俺は巨人族のライゴン。憎っくき城兵と戦うためにやってきた』
『私はイーカロ族のパミュ。一緒に戦うわ』
馬のような顔つきで大きな羽根で宙に浮く種族も名乗った。更に他の2種族も続く。
いずれも標本として繭の中に閉じ込められ、キテカによって解放された種族であった。
長期にわたって拘束されていただけに、城兵への敵対心は強かった。
「ありがとう。力を合わせて城兵を倒しましょう!」
デリアは翻訳機でそれぞれの言葉に置き換え、城兵の弱点、戦い方、繭に閉じ込められた者への対応の仕方を説明していった。
そして、各自、身に着けた武器で敵に向かっていく。
「応援よ。仲間が応援に来たから頑張って!」
その声に既に参戦している者は勢いづく。
新たな仲間も加わり城兵は次々と崩壊していった。
更に後続の種族も駆けつけ戦いに挑んでいく。
ほとんどが姿形の異なる種族で初めて目にした者ばかりであった。
もちろん全てが戦力になるわけではない。
戦いに向かない者は武器の調達等サポート役として協力し合った。
味方の数が増え、ある程度目途が立った段階でガンダルがデリアに向かって声を掛けた。
『あとは俺たちで何とかなりそうだ。今のうちに二人で城に向かうがいい』
デリアはその申し出に感謝し、アモンと一緒に城に行くことにした。
けれどもまだ距離もあり、戦場を抜けて行くのも容易なことではなかった。
その時、二人の意図を察したモナから声が掛かった。
『デリアさん。お城には水路を伝って行けるよ。私が送って行くわ』
アモンと共に水路に行くと、モナから説明があった。
『球体を隠すために曲がりくねった水路を辿って行ったらお城の近くまで行けたのよ。私の鰭につかまってくれたら辿り着くわ』
「それは助かるわ。じゃあお願いしようかしら」
『体が濡れるけど我慢して。後で乾かすから』
そして二人は黒い水の中に入りモナの背鰭につかまった。
モナが泳ぎ始める。
二人は口と目を塞ぎ捕まっているだけであったが、次第に速度が上がっていくのがわかった。
途中、左に右に何度も曲がっていく。
モナにとってはいとも簡単な進行のようだ。
もちろん全身びしょ濡れの状態ではあったが、疲労は感じなかった。
思ったより早く城の近くまで来ることが出来て、モナは二人を岸に導く。
岩場によじ登るとモナが言った。
『そのままでいて。これから乾かすから』
モナは大きく息を吸い込み、そして二人に向かって風を吹き出した。
口から出てきたのは温風で衣服がみるみる乾いていく。
体の構造がどのようになっているのか定かでないが、なるほど便利なものだと二人は感心した。
何度か温風を吹き付けられもとの状態に戻った。
「ありがとう。感謝するわ」
デリアが言うとモナが答える。
『二人ともくれぐれも気を付けて』
二人は笑顔で手を振った後、城の方に振り返った。
前方を見上げるとそこには背の高い茶色の城壁が、横に長くそびえ立っていた。
****
アモンとタミアが北辺境に向かい消息を絶ってから三日が過ぎていた。
デリアからの依頼で二人を送り出したリーラ母后とパリス王は、無事に戻って来るのを待つ以外になく、苛立ちは募るばかりであった。
警戒態勢を敷いている軍や関係機関から定期的に報告があるが、今のところ異常な事態を耳にすることはなかった。
平穏な状況が続くことは、ある意味では好ましいことではあったが、現状が長期に続くと緊張感が薄れる恐れがあった。
侵略者の正体が明確ではないことも、監視する立場からすると任務の遂行が不十分になりかねない。
執務室でパスカル政務卿の立ち合いの元に、警備担当官から報告を聞いていたが、今までと同様目新しい内容はなかった。
「アダンをはじめ最も警戒区域になっております北辺境の監視拠点からも、現在のところ異常はみられません。一応、入境者についてはすべて引き留め尋問を行っております。また、周辺地域同様に海洋方面にも数か所監視兵を置いておりますが、変りはないという報告です」
一息吐いたあと更に担当官の報告が続く。
「天空についても各方位を常時見張らせておりますが気になるような物は見られないということです。これは夜間も同様で見える範囲で異常はないとのこと。ある観察者が5日ほど前に南西の方角で輝きが増した区域があったとのことですが、今は消えており問題はないという見解です。今回の報告は以上でございます」
「そうか、ご苦労であった。引き続き監視を行うよう指示してくれんか」
パスカル卿が労い、担当官が礼をして退出しようとしたが、
「ちょっと待って!」
とリーラ母后が声を掛けた。
担当官が振り向く。
「南西の空で輝きが増したということだけど、どれくらいの規模で輝いていた時間は長かったのかしら?」
この質問に担当官は戸惑いながら答えた。
「は、今まで暗かった部分が突然光出したと、しばらく輝いていたがそのうち消えてしまったとしか聞いておりません。なにしろ今回の非常態勢が敷かれた以前のことですから詳しく問い質してはおりませんでした。申し訳ございません。なんでしたら見た者を寄越しましょうか?」
リーラは少し考え首を振った。
「それには及ばないわ。でもその者にその領域を今後も注意して見守ってもらうように言ってくれる」
「承知しました。そのように伝えます」
担当官が部屋から出て行った後でパスカル卿が尋ねた。
「リーラ様。何か気になることでもございましたでしょうか?」
「わからないわ。でもなんとなく気になるの。考えすぎかもしれないけれど」
「でも母上の気持ちも充分にわかりますよ。なにしろデリアが、我々の知らない未知の世界から来た人ですからね。空の彼方で起こっていることも監視対象から外すわけにはいかないでしょうね」
パリス王の意見にパスカル卿も同意する。
「その通りですね。どのような小さな変化も見逃さないように言いましょう」
その後も話し合いは続く。
北辺境に向かった二人が戻って来ないこともあって不安は尽きなかった。
****
デリアとアモンは用心のため城壁に沿って一周した。
その結果出入口は一か所しかないことがわかった。
見上げると、外壁の上部にも開口部があったが、閉ざされた城であることは疑いなかった。
二人は覚悟を決め前の階段を慎重に登り出入口から中に入った。
廊下は短くすぐに内部が見渡せたが、中は飾りもなく正面と左右に黄色い壁があるだけの空洞であった。
突然、『キキキキー』という音が耳に入った。
すぐに途切れたが、一定の間隔で音が続く。
二人は耳を凝らし音源を探るため内部に進む。
見上げると天井の一角に、三つの球体がぶらさがっていた。
その一つから音が発せられているようだ。
それは外で見たものと同じ標本を閉じ込める繭であることに間違いなかった。
デリアは慌てて首飾りを手にした。
「水に濡れて機能してなかったようね」
何度か摩ると音声が聞こえてきた。
『あかちゃん。がんばって。あかちゃん。がんばって』
アモンが首をひねりながら、
「私には『赤ちゃん頑張ってと』聞こえますが」
と言うと、デリアも頷く。
「私もそう聞こえるわ。でもいったい」
その時、別の叫び声が聞こえてきた。
『後ろ危ない!兵が襲ってくるぞ!』
アモンが咄嗟に振り返り、と同時にデリアを突き飛ばした。
二人の間を城兵が放った鎖が通り、かろうじてかわすことができた。
どうやら柱の陰に隠れていたようだ。
城兵の外観は外で戦った者と同じであったが、一回り大きかった。
「さあ来い。私が相手だ!」
アモンが自分の方へ引き付ける。
「気をつけて、アモン」
デリアが叫ぶと同時に城兵が右腕の三又を振り回しながら向かって来る。
アモンは避けながら棒剣を叩きつける。
もちろん金物で造られている城兵の体はびくともしない。
さらに今回の兵は瞬発力があった。
次々と手持ちの武器を繰り出し襲ってくる。
これにはアモンも攻撃をかわすのがやっとで、近寄ることもできない。
そして何度か退く内に広間の一角に追い詰められた。
もう逃げ場はなく、柱の側に身を寄せる。
が城兵の放った鎖がアモンの体に巻き付いた。
「アモン!」
デリアの悲痛な叫び。万事休すに思われたが、咄嗟に閃いた作戦であった。
アモンは柱にしがみつく。
城兵が鎖を引き寄せると同時に、思い切り柱を蹴った。
アモンは鎖が巻き付いたまま倍速で城兵の側に突進。
もちろん粘液を浴びる間もない。
城兵と激突する直前、棒剣を突き出した。
その先は死角である首を正確に突いていた。
その瞬間、城兵の頭部と胴体が離れ、金属音とともに床に横倒しになった。
「アモン、やったわね。ハラハラしたけど、とにかく無事でよかったわ」
デリアが安堵するとアモンも笑みを浮かべた。
*
『見事ですね。城兵が倒されるのを初めて見ました』
天井の球体からも声が上がった。
二人は声が発せられた天井の球体を見上げた。
「アモン、あの繭から出してあげてくれる。彼に助けてもらったのよ」
「もちろん、そのつもりです」
アモンは棒剣を球体めがけて放り投げた。
球状の被膜は破れ、中から異星の種族が現れ落下してきた。
アモンが手を貸し抱えた相手は、身体形状は人間に似ているが、頭髪がなく全身の肌は青みを帯びた茶色で、両目は藍色であった。
『ありがとう。久しぶりに出られてほっとした。感謝するよ』
「私たちは人間種族、私はデリアで彼はアモンよ」
『私はボア族のドルトン。種族の中ではかなりの年寄りだよ。今回の時間の流れがいつもより長い理由がわかったよ。あなたたちだったんだな』
その時、別の球体から声が聞こえてきた。
『お願い、ここから出して、お願い!』
ドルトンが見上げて言った。
『あの母子も出してやってくれないか。私からも頼むよ』
「わかったわ。アモン」
アモンは再び棒剣を投げつけた。
球体が破れ、今度は顔が橙と白の縞模様で耳が大きく尻尾の付いた種族が現れた。
明らかにドルトンとは別種で小柄な雌のようであった。
彼女はアモンに助けられ床に降りるなり、もう一つの球体を指さして叫んだ。
『赤ちゃんも。私の赤ちゃんも』
どうやらもう一体は赤ん坊のようである。
ドルトンが説明する。
『この母子は一緒にこの星に送り込まれてから、城内に逃げ込んできたんだが、先ほどの城兵に捕まり別々に繭に閉じ込められてしまってね。まあ、あのからくりの兵に親子の情を期待しても無理なんだが、可哀そうでね。最初の頃は母親が声を掛けるたびに赤ん坊が応えていたんだが、最近は返事をしなくなって』
「そういうことなのね。アモン、今度は慎重にね。受け止めてやって」
アモンは狙いすまして棒剣を投げつける。
すると、球体が割れ中から小さな塊が落下してきた。
アモンがしっかり受け止めると、母親と同じ姿形をしているが、まさしく小さな赤子であった。
母親が赤ん坊を受け取り、盛んに声を掛けたが全く反応しない。
『赤ちゃん、喋って。声を出して!』
赤ん坊は目を閉じ、顔が青白く息をしていないようだ。
『駄目だった。赤ちゃんが死んじゃった。赤ちゃんが死んじゃった!』
母親が涙を流して嘆き悲しむ。
アモンやドルトンも同情するしかなかったが、デリアが思いついたように声を掛けた。
「その子、私に抱かしてくれる」
母親は救いを求めるようにデリアに赤ん坊を手渡した。
受け取ったデリアはその子の頭に手を添える。
そして目を閉じ精神エネルギーを送ることに集中した。
しばらくすると赤ん坊の顔が徐々に色合いが増してきた。
さらに薄目を開け弱弱しく泣き声を上げ始めた。
『わあ!、赤ちゃんが生き返った。私の赤ちゃんが声を出した』
母親が感激し赤ん坊の顔を覗き込む。
ドルトンも顔を綻ばせ感嘆する。
『ほう、あなた方はお二人とも素晴らしい能力をお持ちなんですね。お見受けしたとろかなりお若く見えるのに』
いいえ、アモンは若いけど、私はこの女性の体を借りている精神体なの。だからある意味では相当の年寄りといっていいわね。ここで気の力が役に立つとは思わなかったわ」
『ありがとうございます。私の赤ちゃんが無事で、とても嬉しいです』
「あなた方は?、どうしてここに?」
デリアは盛んに感謝する母親に赤ん坊を手渡しながら尋ねた。
『私はキュート族のヒューイと言います。私たちが住んでいた水辺の村に突然とてつもない大きな波が押し寄せ、全てが飲み込まれてしまいました。生まれたばかりの赤ちゃんと山道を散歩していた私にも生きもののように波が襲って来たんですが、黒い煙のようなものに体が包まれて、気がついたらここに来ていたんです。もちろんここは今までみたこともないところで、さっきの兵たちに追いかけられて・・』
『それは主が企んだことだよ。キュート族の村を襲ったのも、あなた方がここに連れてこられたのも』
「じゃあ、ドルトン、あなたも同じ目に遭ったの?」
デリアはドルトンに聞き返した。
『いや、私はこの星の住人なんです。もともとここは時間の流れも正常で普通の生活を送れる世界だったのですよ』
この返答にデリアは驚きアモンも強い関心を抱いた。
「じゃあ、どうしてこのような不規則な時間と妙な風景に変わったの?」
ドルトンは恐る恐る天井を見回した後答えた。
『もともとこの星には私たちボア族以外にいくつかの種族がおり共存していました。生まれつき旅が好きで各地の地理に明るい私は、種族間に問題が生じた時の調整役を担っていました。ところが、領地問題がこじれ紛争に発展し、相互が戦い侵略しあう状況に至りました。私は終始戦いに反対していたため裏切り者として周りから隔離され牢獄に閉じ込められてしまったんです。そしてほとんどの種族を巻き込み戦いは長期に亘りましたが、牢番に親しい者がいて私はなんとか生きながらえることができました』
「それは不幸なことだけど、戦争には勝者があるのじゃないの。それと今の世界がどう結びつくの?」
『ええ、戦いは次第に泥沼化してきました。そしてある時期をさかいに敵味方の区別がつかなくなってしまったんです。つまり、同じ味方どうしで、さらに兄弟親子で殺し合うようになってしまったんです。もはや皆が狂ってしまったとしか思えない状況でした。もちろん私にも魔の手が伸びてきました。信じられないことに親しい牢番が襲ってきたのです。幸いなことに彼は既に深手の傷を負っており、刃物で私を刺す寸前に息絶えてしまいました。その結果、私は牢から外に出ることができたのですが目にした光景は想像を絶するものでした。すべての者が死に絶え、私以外に誰もいなかったからです。なぜこんなことに。不思議でならなかったのですが、すぐにその理由が明らかになりました。私が途方に暮れて廃墟と化した街中に佇んでいると、空から黒い雲の塊が下りてきて目前に浮かびました。そして、驚いたことに私に向かって話しかけてきたんです』
『ボア族のドルトンだな。どうやら君だけが生き残ったようだ』
『お、お前は何者だ。どうして私の名前を知っている?』
『私はこの世の主と言っていい存在。そして君たちのことは全てお見通しなのだ』
『主と言ったな。もしかしたら、この有様はお前が手を下したことなのか』
『そうではない。これは欲に溺れた者どもが自ずと向かう末路なのだ。私は単に手を貸したにすぎない』
『皆が狂ったように殺し合ったのはお前に仕業か』
『彼らは本能に従って行動したにすぎない。思った以上に感染が速かったようだ』
『なるほど、お前の目的はこの地にある者を殲滅することだったんだな。どうやら私だけにはうつらなかったようだ』
『ドルトン、君の場合は隔離されていたからなのか、それとも他の者と違って特別なのか私にもわからぬ』
『じゃあ私を殺すがいい。それによってお前の意図したことが叶うはず』
『いいや私が自ら手を掛けることはできないのだ』
『そうか、それなら自ら命を絶つことにしよう。もはや一人で生き延びても仕方がないから。お前の手間も省けるだろう』
『いや、私が存在を明かした以上、君には生き残ってもらわねばならない。これからここを欲も争いもない理想郷に作り替えて見せる。観察者として過ごしてもらうことにする』
『それは光栄だが大事なことを忘れている。私は年寄りで寿命は長くない。それに手を加えるにしてもこの地はあまりにも広大だということを』
『なるほど、だがそれはどちらも私の力で解決出来ることだ。私は時間と空間を意のままに出来る。ドルトンよ、これから始めるから見ているがいい』
*
『そして主は思い通りの世界に作り替えていきました。不必要と思えるものは自然も生きものも排除していき、目に映る全てのものの配色も変えていったのです。さらに時間も必要な時以外は止めてしまいました。ですから年を取ることはありませんし、あの繭の中にいれば飢えることはありませんが、囚われの身であることは間違いありません』
デリアとアモンはドルトンの話を信じられない思いで聞いていた。
「すると時間が動くのは、標本と言っていたけど、主が新たな種族を送り込んだ時だけなのね」
『そうです。そしてその者たちを繭に閉じ込めるために、からくりの兵を作ったのです。通常は平面の世界で動きのある時だけ立体になり時間が動きます。もう何十回も感知していますのでそれだけの数の種族が囚われの身になっているようです。だが、あなた方はどうやら違うようですね。主の側からすると侵入者ということになります』
「その通りね。そして主はこのことを感づいているはずね」
『ええ、そうだと思います』
ドルトンは再び天井を見回しながら答えた。
その様子を見てデリアは言った。
「ドルトン、ヒューイ親子と一緒に今すぐこの城から出て行って。外には標本となった種族たちが城兵と戦って、アモンがやったように倒しているはずよ。皆あなたたちと同じように辛い体験をした仲間だわ」
『それは願ってもないことなのですが、あなた方はどうされるので?』
「私たちは危機に直面している自分の星を守るためにここにやってきました。どうやらあなたが言っている主を相手にしなければならないようね。もちろん私たちは非力で束の間の自由でしかならないかもしれないわ。でも会う必要があるのよ」
ドルトンは頷き答えた。
『わかりました。あなた方には心から感謝します。それと幸運を祈ります』
ドルトンは不安そうな顔をしているヒューイ親子を伴って出入口に向かった。そして彼らが表に出て行った直後、その上にあった大石が轟音と共に落下し塞がってしまった。同時に上部にある開口部も閉められてしまった。
*
「どうやら私たちはここに閉じ込められてしまったようですね」
アモンが木剣を握りしめ質すとデリアが答えた。
「そのようね。とっくに見られていたんだわ」
天井を見回すと一角から黒い煙が噴き出した。
「とうとう現れたみたい」
その煙は塊となって移動し、二人の正面の頭上で止まった。
それは雲のような形となって左右に赤い目が付いていた。
『あなたの言う通りよ、デリア。それにアモンと言ったかしら。私にはあなた方がここに来ることがわかっていたわ。それとその理由も』
その雲は揺れ動きながら言葉を発した。
「では自己紹介する必要はないわね。皆があなたのことを主と呼んでいるけど、破壊者と言ってもいいわね」
『ホホホ、それは創造者の説明ね。私は宇宙の調整役と思っているわ。秩序を守ることが私に与えられた使命よ』
「だからといって多くの大切な命を奪って良いということにならないわ。おそらく見解の相違ということになるのでしょうね。ところであなたは女性なの。ドルトンから聞いた印象と違うようだけど」
『私は人間でいう男でも女でもないの。もっと超越した存在。怖がらないように相手によって話し方を変えるのよ。もっともこの姿では話しにくいかもしれないわね。人間風に変えるわ』
黒い雲は移動し、正面の壁で分散した。そして一瞬にして女性の顔が現われた。
けれども目の色は赤のままで鼻と唇が大きく、さらに両耳が尖っており、髪の毛も逆立っていた。
むしろ怖さが増したようだ。アモンの木剣も一段と握りしめる力が入る。
今度は口を開け閉めして言葉を発した。
『どうお気に召したかしら。ドルトンが言ったように私には不可能という言葉がないのよ。この世界を意のままに変えることが出来るの』
「それはどうかしら。この城の外では今ごろ標本として連れてこられた種族たちが力を合わせて、あなたが造った城兵たちを倒しているはずよ」
『ホホホ、彼らは出来損ないのからくり兵だったわね。改良の余地があるわ。でもデリア、私の力をもってすれば種族たちを繭に戻すのは簡単よ。そうだ、その一端をあなたにお見せするわね』
壁の顔の口が大きく開き、再び黒い煙を噴き出した。
そして雲の形になって二人の方に移動する。
それはアモンの体を覆った。
必死で抗ったが抜け出すことは出来ない。
『行きなさい』
主の一言で、上部の開口部が開き、アモンを包んだまま猛烈な勢いで外に飛び出して行った。
その間一瞬の出来事で、デリアは焦った。
「アモンをどこにやったの?」
『彼には別の星に移ってもらいました。数々の天災によってもはや岩や土砂以外何もないところ』
「そうなるようにあなたが仕組んだことね。戻しなさい、アモンを戻すのよ」
『それはあなたの返事次第よ、デリア。あなたがいい返事さえすれば、すぐにでもここに戻すわ』
「それはどういうこと。私に何を言わせたいの?」
『正直に言うと、私はあなたに対して一目置いているのよ。あなたの星を改造するため何度か手の者を送り込んだ。ところがすべてがあなたの抵抗で失敗に終わってしまったわ。もちろん創造者の後ろ盾があったからかもしれないけれど、私にとっては極めて由々しき事態よ。今度こそ決着をつかないといけない。創造者が察知したように次の手は打ったわ。今すぐにでも実行に移すことができる。そうなればあの星に住むすべての者が無事では済まないでしょう』
「あなたの言う通りよ。大きなエネルギーを感知したと言ってた。でもいったい私に何をさせたいの?」
『もともとあの世界は子供だったあなたが移民船から拉致されて創られた世界。あなたが元いた世界の生態系をそのまま移植した、デリア、あなたの世界よ。そしてこのことを、両親から離され長期にわたって知らされなかったことに同情するわ』
デリアは破壊者が詳しい経緯を知っていることを不思議に思った。
そして次の言葉を待った。
『あらあら、なぜそのことを知っているのかって顔をしているのね。種を明かせば私と創造者は人間でいう一卵性双生児なの。つまり彼が行ったことはある程度把握することが出来るの』
それは初耳であった。
そういえばレアも破壊者の動きを前もって察知していたとデリアは思った。
『だからあなたを気の毒に思っているし、あなたに幸せを取り戻してほしいと思っているの。これからする私の申し出はあなたにとって損はないはずよ。また誰一人傷つくことがないから喜ぶべきことよ』
「どういうこと、それは」
『私から話すよりあなたの目で見た方がいいわね』




